27話 炸裂! 必殺技!
万事休す、というやつだな。
文字通り、打つ手がない。
この赤角熊め、まったく何度も俺の四肢を砕いてくれるな。
残ったのは両足。
威力で言えば突きよりも蹴りの方が高い。が、如何せん突きよりも精度が低くなってしまう。
これは俺の鍛練不足だ、どうしようもない。
どうする? どうする、俺!
「ごぉあ、ごふっ、ごふっ、ごふっ」
赤角熊め、笑ってやがる。
勝ちを確信してるってか?
まだまだ俺の息の根を止めないうちは安心するんじゃねぇよ。
俺、息してないけど。
残った足で使える技は何がある?
関節技は論外。打撃技しかない。
だが、何がある!?
やばいやばい思い付かないッ!
「ごるぁああ!」
赤角熊は余裕を出しながら詰めを振るってきた。
火炎を纏っている危険な爪撃だ。
だが速度は見るまでもない。遅い、遅すぎる。
この野郎、嬲るつもりか!
「づえぁ!」
のんびりと言えるほどの攻撃を蹴りで弾き返し、『剽悍無比』で空中を足場に飛び離れる。
やっぱりただの蹴りじゃあダメージにならないな。
「ごふぁあ!」
爪を振り下ろす、横凪ぎに振るう、突き出してくる。俺の退路を塞ぐように、赤角熊は手を休めない。
俺は必死で足を動かして躱し続けた。
こうもしつこく攻撃されちゃあ『剽悍無比』で逃げ出すことも『HP自動回復(微)』を待つことも難しい。
時おり吐き出される火球は厄介なんてもんじゃない。威力だけなら爪より上だ。一撃死が見える。
掠っただけでHPが目に見えて減っちまった。
腕が吹っ飛んだことにより、HPの回復は遅々として進まない。
残りは軽く三分の二は切ってるな。
こんな低いHPで乗りきれるのか!?
……HPが低い?
なら、あのコンボが使えないか?
『練気』『根性』『渾身』『足掻く』のダメージ九千超えの一撃コンボ。
それにあの時は試すのを忘れた要因がある。
魔力筋による加算分だ。
この足一本に全魔力筋を集中すれば、破壊力はさらに上がるはず。
ならば、逆転の目はある!
ぶちこんでやる! 渾身の一撃を!
「ごるるるるる……」
俺がまだ諦めていないことに気付いたのか、赤角熊が不快げに唸った。
悪いな、絶望してやれなくてよ。
先程よりも強く振るわれる爪を、ぎりぎり最小限で避けた。
熊の爪が発する熱が骨を焼くが、努めて無視する。
今は、この最後の一撃を全力でぶち当てることだけを考えるんだ。
最高のタイミングを待て。
出来れば、赤角熊の力も速度も乗った最高の一撃のカウンターを取りたい。
段々と雑になる攻撃を紙一重で避ける。避ける。避ける。
じりじりと体力が減っていく。
半分を切ってしまえば『渾身』は使えなくなってしまう。
すぅう、はぁあ。
深呼吸、深呼吸。焦るな。必ずチャンスはある!
「ごぁッ!」
警戒しているのか、距離を開けようとする赤角熊。
まずいな、火炎だけで攻められたら為す術がない。
既に赤角熊の口の中からちろちろと炎が揺らめいているのが見えていた。
仰け反って思いっきり力を溜めてやがる。
お前もこれで終わりにするつもりかよ。
俺は余力がないから仕方がないんだけどな。
さっきまで俺を嬲って悦に入っていた余裕はどうしたんだい?
焦ってんのか?
恐いのか?
この俺が。
「ごぉおあああああああああ!!!」
赤角熊の口から溜めに溜められた炎が吐き出された。
いや、それはもう炎というよりも収束させられた熱線だった
こいつ、まだ切り札を隠し持ってやがった!
収束させられた炎は今までの火炎の息や火球とは比べ物にならないほど速い!
くそ、ここまで来て回避不可攻撃だと!?
せめて腕があれば!
バカ野郎! この期に及んで無い物ねだりとか現実逃避も酷すぎるだろ!
駄目だ、手段がねぇ!
例えどう回避しようともその余波だけでスケルトンなど溶解してしまうだろう超高熱のブレスが、俺の目の前に――――
◆◆◆
彼は目の前のガラス状に溶解した大地を見て、満足そうに頷いた。
黒いスケルトンは厄介な相手だった。
まずこの王を足蹴にするという無礼。
軽く触れられたと思ったら体の中身が暴れるように痛み、戸惑っている内に地面に倒された。
この森の王に泥を付けるなどあってはならないい。
彼は激怒し、炎の柱で以て裁きを下したが、スケルトンは炎の柱を強引に引き裂いて殴りかかって来たのだ。
その腕には得たいの知れないエネルギーが渦巻いていた。
あれは王に届き得る一撃だ。
あれを食らえば如何に王と言えど只ではすまない。
彼はその事実に気付き、ぞくりとしたものを感じた。
なんだ? この感情は。
この王に相応しくない。
これは弱いものが感じる情動だろうが!
彼は怒りの咆哮を上げた。
その中には幾ばくかの恐れが混じっていたが、彼は決して認めなかった。
そして、運命はやはり彼の味方だったのだ。
不遜にも王に届き得る一撃を手にしたスケルトンの腕は、直前で砕け散ったのだ。
そうだ、いつだって勝利は彼のものだ。
偉大なる王に決して敗北の文字はない。
卑しいアンデッドなどが僅かでも王の輝かしい勝利にケチを付けられると思ったのが大間違いなのだ!
だが、王足る彼に恐怖と呼べるかもしれない感情を僅かばかりでも起こさせたこのスケルトンは只では殺さない。
嬲り、命乞いをさせ、その後残った足も砕いてその薄黒い髑髏を王の棲家に飾ってやろう。
そして強き王を讃えさせるのだ。
なのに、スケルトンは命乞いをしなかった。そればかりか、ますます不遜な目を王に向けるのだ。
両腕を砕かれ、戦う術など最早無いだろうに、なぜこいつは諦めない?
どんなに勇猛なブラックベアでも両腕を砕かれれば観念して相手に命を差し出すだろう。
なのに、このスケルトンは腕を失う前よりも獰猛な狂気を纏わせ、ゆらりゆらりと近付いてくるのだ。
訳がわからなかった。
戦いはもう終わりだろう?
お前はもう負けたのだろう?
それ以上やるのはおかしいだろう?
話が違うじゃないか!
知らず、王は後ろに下がっていた。
気圧されたのだ。この両腕を失った黒いスケルトンに。
馬鹿な! 王は退かない。媚びない! 省みない!
帝王に逃走はない!
これは、そうだ、あのスケルトンに完全に引導を渡してやるために、ブレスを使おうと距離を取ったのだ。
「ごぉおあああああああああ!!!」
ドラゴンのブレスにも匹敵する王の最強のブレスがスケルトンを飲み込んだ。
後には何も残らない。
どんな魔法でも再現できないほどの超高熱ブレスの前では、何者も生き残ることなどできないのだ。
あまりにしぶとく、厄介なスケルトンだった。
まるで生きることを度外視して向かってくる人間のようだった。
極稀にいるのだ。決死の覚悟とやらを決めてかかってくる人間の中に、王と渡り合う力に目覚める者が。
あのスケルトンには、それよりももっとおぞましい妄念染みたものを感じたが。
さて、ここに長居し過ぎたかもしれない。
領地の見回りはまだ終わっていないのだ。
焼け跡に背を向け、彼は森の奥に向かって歩き出す。
ふと、彼の耳に何か異音が聞こえてきた。
訝しげに辺りを見回す。
まさかあのスケルトンか!? と思うが、直ぐに馬鹿馬鹿しいと首を振った。
王のブレスはドラゴンブレスと同等。それに耐えきったとなればあのスケルトンはドラゴン並に頑強であるということになるではないか。
やはり、疲れているのかもしれないな。
また異音だ。
やはり勘違いではない。
どこから聞こえるのだ?
ガリガリガリガリと何かを削るような……、僅かな地面の揺れ。この音は地下からか!
「あーかーつーのーぐぅーまぁーーー!!」
地面が激しく揺れ、爆発する。
いや、地下から何かを飛び出してきたのだ。
馬鹿な、あれは、あいつは、跡形もなく消し飛ばしたはずの、黒いスケルトンではないか!?
「貴様ッ、逃げているんじゃあないぞッ! 」
全身に螺旋状に回転する魔力を纏い、それで地面を掘削したというのか!?
なんなのだ、それは!?
いったい何が起こっている!?
◆◆◆
赤角熊の熱線が俺に迫ったとき、俺は最後の賭けに出た。
上にも左右にも前後にも逃げ場はない。残りはもう下しかないじゃない!
赤角熊が気付きませんように!
足に魔力を全部集中していて良かった。
直ぐ様ドリルを形成し、地面に潜る。
うぉ! 頭のてっぺんが掠ったぁ! ひえええ!
俺が地面に潜ったことを赤角熊はまったく気付いていなかった。
そして早々に警戒を解いてしまう。
え? マジで? そんな直ぐに油断していいの?
警戒を解いてしまった以上は、俺が『千思万考』で回復出来るってことなんだよ?
本当にしちゃうよ? いいの?
……いや、いーやいやいや、流石にそれはないわー。
確かに生存率は上がるけど、それじゃ勝ったことにはならんわー。
拠点に引っ込んでは回復してもっかい狩るって、ゲームじゃないんだからさ。
これに慣れちゃったら真剣勝負の最中でも劣勢になったら逃げて回復したくなっちゃうよ。
まあ、きっと師匠なら、それで勝てるならやれって言うだろうけど。
あの方はホンマ汚いでぇ。
とにかく、俺はこのままやる。
まだケツ捲って逃げるほど追い詰められちゃあいないぞ!
腕が砕けた?
満身創痍?
それがどうした? 私、アンデッドですよ?
簡単には死なん!
さぁ、待たせたな! 続きといこうじゃねぇか! 赤角熊さんよぉ!
って、あれ、いない。
さくさく帰っちゃったの?
は?
はぁ?
はぁあああああああ!?
真剣勝負してたんだよね?
俺、死合って言ったよね?
何でしっかり勝ったかどうかも確認しないで帰ってんの?
勝ち名乗りも上げず、死体を確認した訳でもなく、あー疲れたみたいに帰りやがって!
貴様よくもこの俺を、最後まで誰にも見つけてもらえないかくれんぼみたいにしたな!
貴様はスケルトンを舐めたッ!!!
絶対に許さん! 絶対にだ!
このままドリルで潜行!
度胆抜いたらァ!
「あーかーつーのーぐぅーまぁーーー!!」
地中を進んでいるからか、地表の音がよく聞こえますね。
貴様が歩いている音もバッチリ聞こえるんだよ!
熊の目の前からドーンと登場!
ブラックスケルトン、推参!
「貴様ッ、逃げているんじゃあないぞッ! 」
こんなんでビビってんじゃあねぇ!
勝手に死合を終わらせようとしやがって!
よくも、よくも戦いに唾はいてくれたな!
これが、俺が無理矢理巻き込んで強引に死合に引き込んだなら百歩譲って諦めてたよ。
もう付き合うのがダルくなっちゃったんだね、付き合わせてごめんねぇ、今度何かお詫びするから懲りずにまた遊んでねぇ。
ってな!
でもこの死合は違うだろ!?
お前最初のりのりだったろ!?
楽しんでたじゃん!
あの楽しい殴り愛の時間を共有してたじゃん!
我にかかってくるがいい、弱きスケルトンよ。
みたいなどや顔してたじゃんかよぉ!
それをよくも自分一人だけ満足して飽きて帰ろうとしたな!!
怒った! もう怒った! 血管キレたぜ!
お前が格上とかもう関係あるか!
死合を全うしてやるからな! 野郎ぶっ殺してやらぁ!!
「ごるるぁ……」
俺のことを推し量るように赤角熊が唸る。
なんかもう勘弁してよ、みたいな鳴き声に聞こえてきた。
うるせぇ!
こちとら不完全燃焼なんじゃい!
お前を倒すって目標をどうしくれる!?
勝手に殺しかけておいて、復讐されるの超ダリィみたいになるなんて許さないよ!
ヤるんならヤられる覚悟を持てよ!
野生のモンスターだろ!?
『練気』『根性』『渾身』『足掻く』同時発動!
魔力筋、右足に集中! 円錐形に形成!
『魔力自在』による性質付与!“ 硬化 ”“ 螺旋 ” 回転開始!加速加速加速加速加速加速!!!
くらえ!これが俺の魂だ!
見よ! ライダーとロボの合わせ技を!
「ギガァ! ドリルゥ! キィーック!!」
背中に推進力用に集めていた魔力を爆発。
右足の巨大ドリルをピタリ赤角熊に向け、俺はロケットのように射出された。
「ごがぁああ!」
赤角熊がようやく戦闘体勢に移ったようだが、余りに遅い。
ギガドリルキックは勢いで今思い付いた技とはいえ、見てから回避できる技じゃない。
発射された、と思ったときにはもう既に終わっている。そういうもんだぜ、赤角熊よぉ。
「ご、ぁ」
巨大ドリルは赤角熊を貫き、その体をバラバラに引き裂いていた。
それでもなお威力は衰えず、地面洒落にならない大穴を穿っている。
この技、今度使うときは空に向けて撃ちましょう。
〈 行動経験が一定の値を越えました。
スキル『斬撃付与』を獲得しました 〉
〈 行動経験が一定の値を越えました。
スキル『貫通付与』を獲得しました 〉
〈 行動経験が一定の値を越えました。
スキル『超振動』を獲得しました 〉
〈 獲得経験値が一定の値を越えました
個体名:カサンドラ/菅野 照彦はLv.2からLv.11へ上がりました 〉
〈 特殊行動条件達成により
称号:【王種殺し】を獲得しました 〉
〈 王種:ラースベアを討伐したことにより、ラースベアの《ステータス》の一部と特殊スキルを引き継ぎます 〉
〈 特殊スキル:『激怒』『煉獄火炎』
を獲得しました 〉




