26話 再戦! 赤角熊!
毎度お馴染み、清く正しいスケルトンです。
俺は今、一人で森の中を歩いています。
そう、あの赤角熊を倒しにいくのです。
ヤディカちゃんを含めエルカ族の皆には、瞑想する為に森に籠ると言っておきました。
ちょっと修行してくると伝えるだけで誰からも疑われないぜ! さすが【重度修行中毒】だ!
調子にのって瞬殺された相手に一人で挑む。
ボスモンスター舐めてんのって言われそうだが、俺も当時のままではない。
進化してスキルも増え、《ステータス》だって上がった。
今度は簡単にはやられない。
俺が今どれだけ強くなったのか確かめるにはハードな相手だが、いつまでも惨敗した恐怖を抱えたまま過ごすことなんて出来ない。
あいつだけは、俺が乗り越えなくちゃいけないんだ。
エルカ族の集落から離れると、水源の静謐とした空気から、草花と土の匂いが濃く感じる空気へと移り変わっていく。
繁茂する植物も少しずつ変化し、森に入ったばかりの時によく見つけていたイチゴカズラが増えていた。
俺は、ここで赤角熊と出会ったのだ。
強い相手と出会ったことに興奮し、自分の力を過信して勝負を挑み、そして一瞬で炎に焼かれた。
思い出すに苦々しい記憶。
負けたことじゃない。
いつまでも慢心を捨てられない自分が忌々しいのだ。
これはもう俺の生来の性格だ。
容易に変えられるものではない。だからこそ、変えようと意識し、長く付き合っていかなければならない。
しかし少なくとも、赤角熊にはもう油断しない。
俺を焼き付くしたボスモンスターの実力。ミサイルのような爆発力を持った攻撃でさえ、恐らく奴にとっては本気じゃない。
雑魚に噛み付かれてちょっとイラッとして炎を浴びせかけた。それくらいの認識だろう。
今の俺がどこまで通じる?
もう何匹もモンスターを打ち倒してはいるが、赤角熊に匹敵する強者はいなかった。
あのビルカートさんでさえ、赤角熊の攻撃を防ぎきることは出来ないと思う。
『千思万考』の世界の中で、赤角熊相手に何度もイメージトレーニングを繰り返した。
俺を一蹴した当時の赤角熊の実力 対 今の俺。
その勝率は三割を下回る。
赤角熊が更に二倍以上強化できる余地を残しているなら、勝率は一割以下。しかも辛うじて勝てた場合、相討ちで俺も死んでいる。
つまり、実際の勝率は無きに等しい。
現実に戦ってみれば、様々な要因が絡んでくるため、このシミュレーションがそのまま全部正しいとは限らない。
だが、限りなく真実に近い数字なのだ。
ならば今挑まなければいいだろうか?
確実に赤角熊を倒せるだけの実力を身に付けて、出来る限り死の危険を排除して臨むべきだろうか?
そう、それは正しい。
だが、それは何時だ?
今立ち向かうことから逃げれば、俺はこの先一生逃げるだろう。
人間が腐るのは一瞬だ。
師匠との長く濃厚な修行の日々も、異世界で目覚めてからの楽しかった時間も、全て台無しにして俺は腐るだろう。
俺はもう赤角熊に挑むと決めた。
退かず、媚びず、省みず、赤角熊と戦うのだ!
無駄死にするつもりはない。
死にそうになったら逃げるけどね。
ここいらで良いだろう。
俺は一際大きな木の根もとに座り込み、座禅を組む。
あとは赤角熊が来るのを待つだけだ。
◆◆◆
彼は生まれながらの王者だった。
母親を胎内から焼き付くし、その灰の中から産声を上げた彼に、育ててくれた親はいない。
野生のモンスターにして膨大な熱エネルギーを操る彼を群れの仲間は恐れ、赤子の内に殺してしまおうとした。
彼はそれを糧として生き延びた。
もしも誰も関わらず打ち捨てていれば、恐らく彼はなにも口に出来ず飢えて死んだだろう。
運命は彼を生かした。
この森に君臨する絶対の王者として。
一度彼が怒りを表せば炎が舞い、火が吹き上がる。
ただそれだけでどんな敵も灰になった。
生まれてからこれまで、ただそれだけで彼は無敵だった。
最早誰もそれを疑うこともない。
孤高にして帝王。それが彼である。
彼は日課として自分の領地である森を巡る。
彼は暴君ではない。群れを、仲間を統率するということを知っている。
それは彼の眷族のブラックベアやキラーベア達だけではない。
この森に住む全てのモンスター達が彼の臣民だ。
いまや彼の王国であるこの森の中で配下のモンスター達が彼を頼るなら、彼は鷹揚に頷き応えるだろう。
少し前も角ウサギの子供がスケルトンに襲われているのを助けてやった。
あの時は油断から軽い手傷を負ってしまったが。
まったく、今思い出しても腹立たしい。
雑魚のアンデッドモンスターに傷を受ける王がどこにいると言うのか?
自分の不甲斐なさに激怒し、スケルトンを焼き尽くした。
哀れっぽく逃げていく姿に多少溜飲が下がる思いがしたものの、気が付くと森の一部分を焦土にしてしまっていたのだ。
それではいけない。
強大な力を持つが故に、彼は賢くあらねばならないのだ。
最近、森に住むモンスターが何者かに殺されているらしい。
敵の姿は見えず、感じず、聞こえず、匂わず、隣で立っていたものがいつの間にか息絶えている。
そんな恐るべき殺し屋をどうにかして欲しいと臣民に泣きつかれ、彼は日課である領内巡りをより注意して行うようにしていた。
例え相手が存在さえ感じさせない凄腕の暗殺者だろうと、彼を殺すことは不可能だ。
何故なら彼は生まれついて最強の王なのだから。
殊更ゆっくり歩いて森を見回っているとき、彼は異様な気配に気付いた。
自分の王国にあるべきではない禍々しい魔力がそこから立ち上っている。
まさか島の何処かに住まうという魔王の尖兵がついに領内に入り込んだか!?
彼は最強だが、彼を慕う臣民はそうではない。
争いになれば彼は負けないが、群れの仲間は死ぬのだ。
ならばこそ、生かして返すわけにはいかない。
彼は禍々しい気配に向かって駆け出した。
そこには、一匹のスケルトンが座っていた。
普通ではない。燃え落ちた炭のように真っ黒だ。
彼は威嚇するように低く唸った。
『威圧』の込められた彼の声を聞けば、大抵のモンスターはひれ伏し、たまに攻め込んでくる人間も尻尾を巻いて逃げ出す。
だが、そのスケルトンはただゆっくりと立ち上がっただけだった。
「ようやく……。会えた」
万感の思いを吐き出すように、スケルトンは呟く。
スケルトンが何を思っていようと彼には関係ない。彼の王国とその臣民の為に、万難を排すのみだ。
「ごぁあああああああ!」
疾くと去れ!
警告の意味を込めて彼は吠える。
元より逃がすつもりはないが、彼は王足る態度を見せなければならない。
いきなり殺しにかかっては、それはもうただの理性なき怪物だ。
「合間見えるのは二度目となる。この森の王よ。私の望みはただ一つ。御身との死合だ」
スケルトンは警告をさらりと流し、身構えた。
見覚えのある構えだ。
そうか、あの時逃げ出したスケルトンか。
なるほど、仕返しに来たらしい。
雰囲気が変わったのは進化したのだろう。
愚かなことだ。
進化を一度や二度経たくらいで王に並んだ気でいるとは。
力の差を思い知らさねばなるまい。
二度と王に挑むなどという不遜な考えを持たぬよう、今度こそ骨の髄まで灰にしてくれる。
「ごがぁああ!」
額の角に熱エネルギーを集め、火炎を吐き出す。
怒れば怒るほど力を増す彼の特性では、まださほどの威力は出ない。
怒るというよりも、今はこの不遜なスケルトンを面白がってしまっているのだから。
だがさほどの威力は出ないと言っても、森の王足る彼の火炎の息は、低級なアンデッドごとき灰にして余りある威力を誇っている。
王に挑むというのだからこれくらいは防いで貰わねば。
紅蓮の業火に包まれる黒いスケルトン。
構えたまま、ゆっくりと掌を前に突きだし、素早く円を描いた。
驚くべきことが起こった。
スケルトンの掌の動きに合わせて炎が自ら避けるように散らされ、僅かな揺らめきと共に掻き消されたのだ。
「矢でも火炎でも魔法攻撃でもやってみろや……!」
表情は分からないが、スケルトンは確かに笑っていた。
王者の火炎の息を捌ききり、挑発するように。
いいだろう。
彼は己の内にあった慢心を捨てた。
このスケルトンは以前の情けなく逃げ出したスケルトンではない。
王足る彼の前に立ち、その拳を向ける資格を有する者と認める。
「ごがぁああああああ!!」
全身を奮い起たせ、精神を戦闘のそれへと移行させる。
さあ、下克上を目指すスケルトンよ、その力がどれ程のものか、見極めてくれよう!
◆◆◆
最高の防御技といえば廻し受けですよね。
基本にして奥義って考えは渋くて好きです。
いきなり火炎を浴びせられた時にはビビったが、体が咄嗟に動いてくれた。
以前のスケルトンのままなら廻し受けした腕がそのまま焦げ落ちていただろうけど、進化して防御力も上がった体なら余裕で捌けます。
回転体術もそうですが、俺は身を守る技術がそれなりに磨かれています。
何故かって?
師匠との特訓の中で少しでも死を回避したければ避けて躱して流して捌くしかないからだよ。
攻撃よりもまずは防御です。
師匠としてはその考えがあんまりお気に召さなかったみたいだけど。
あの人思考が攻撃極振りだから。
攻撃は最大の防御って言うけどね、それ攻撃が成立すればだから。
攻撃と認識されないような攻撃をいくら繰り出しても防御にはなりません。
防御は防御ですよ。
俺はそれに気付くまでに、飛んでガスバーナーに入る夏の虫のように死にまくりました。
死に覚えって魂でも有効なんだよ、マジで。
まぁ、赤角熊もまだ赤くないしね。
攻撃力もそこまで高くないように感じる。
あの時は一発入れたらキレたんだよな。そんで赤くなって傷が回復した。
であるなら赤くなる前に与えた傷はあんまり意味無いのかな?
それとも消耗した体力はそのまま?
うーん、こいつに『覗き見』が効けばいいんだけど、格上過ぎて成功しないんだよな。
考えててもしょうがない。
回復しても回復量を上回る攻撃を加えればいいんだ。
「ごがぁああああああ!!」
そんなことを考えている内に赤角熊はまた威嚇するように吠えていた。
俺にはもう『恐怖耐性』があるからその吠え声もそよ風みたいなもんだぜ。
赤角熊はその長い爪を降り下ろしてくる。
軽く後ろに跳んで回避。追撃は無し。
やはり赤くなっていないとそこまでプレッシャーを感じないな。
奴もまだこっちの出方を窺っているような気がする。
赤く染まる前に一気に息の根を止める勢いで攻撃してみるか。
右手に魔力を集中。『聖剣』と化す。
今まで抑え気味だったスピードを一気にトップまで加速!
赤角熊は俺がいきなり消えたように見えただろう。
一撃必殺を狙うなら首だ。
なぁ、お前ボスモンスターだろ? 首おいてけ! なぁ!
ガキュゥ! と金属と金属がぶつかり合う甲高い音が響く。
チッ、これは魔力の衝突音!
赤角熊の首回りの毛が盛り上がり、魔力の盾となっていた。
この熊やろう、いっちょまえに俺の狙いを読んだのか!
一瞬の魔力運用で『聖剣』を防ぐとかどれだけ熟達してんだ!?
「ごぁッ!」
吠え声と共に赤角熊の体から炎が迸る。
空かさず廻し受け。ただ撒き散らされるだけの薄い炎ならば体勢が充分じゃなくても捌ききれる。
ついでに蹴りを食らっとけ!
空中で体を捻り、回し蹴りを赤角熊の背中に打ち込む。
傷は治るからスパイクとかはいいや。
「がぁああ!」
鬱陶しいのか、赤角熊は腕を振り回して俺を追い払おうとする。
その腕を足場に俺はその場を跳び離れた。
『剽悍無比』は役に立つな。
赤角熊は火炎を吐くことを止め、執拗に爪で襲ってくる。
その威力たるや、ビルカートのおっさんの自慢の角レベルだ。
地面でも岩でも豆腐のようにスパスパ斬ってしまう。
だが速度はまだまだだな。
それともわざと隙を作っているのか?
回転体術にて懐へ、魔力を勁に見立てた寸勁を腹のど真ん中に突き入れた。
浸透した勁が内臓を掻き回す。
赤角熊の口から苦しげな呻きが漏れた。
「ごふッ、ごふッ、ごぉおおおお……」
奴の雰囲気が変わった。
よし、赤くなり始めたな。
攻撃されて怒ったかい?
こっちだってまだまだボディラングエージで伝えたいことが沢山あるんだよ。
こっからが本番だぜ?
「ごぉがぁああああああああ!!」
凄まじい絶叫と共に赤角熊の全身が灼熱に染まり、炎を纏う。
こうなってしまっては格闘術が基本の俺には断然不利。
回転体術を用いた攻撃も、『呪術』と『邪気』の合わせ技である“ 呪いの骨手甲 ”も、『聖剣』もドリルも、俺の技は全て近接・隣接距離なのだ。
だから、俺は秘策を使う。
試せる相手がいなかったし、ぶっつけ本番になるけど、これが出来なきゃ俺は消し炭だ。
師匠からすれば邪道も良いところ、絶対に気に入らない攻撃方法だろうな。
いや、きっと師匠ならばどんな手を使ってでも勝ちにいけ、勝てばそれでよかろうなのだ! と言うに違いない!
相手の長所を潰して短所を攻めろとかエグいこと言ってたし、問題ないね!
エグさに関しては結構いい線いってると思うから、むしろ気に入るかもな。
両手両足に魔力筋を装着。
いつもよりも分厚いくらいでいい。特に掌に魔力増し増しで。
魔力筋に重さはない。ちょっと嵩張るだけだ。
「ごるぁああ!」
ちょ、準備中なんだけど!
赤角熊さん空気読んで!
死合したいって言ったの俺だから仕方ないけどね!
炎を纏った爪が唸りをあげて振り回される。
溜めた魔力が勿体無いが、時間稼ぎの為だ!
豪腕を掻い潜り、二の腕を下から掴み上げる。
熱ちちちっちぃ!
もう痛い! 熱い! 痛ァい!
痛い感覚薄いけど痛いぃ!
「こなくそッ!」
振り回す力に逆らわず、赤角熊のバランスを突き崩すようにそっと後押しする。
「ごぁ!?」
よろけてたたらを踏む赤角熊。
そうだね、それくらいじゃあ倒れないとは思ったよ。
だからこれをおまけで食らっとけ。
『呪術』をのせた腕の魔力を熊の背中で爆発させる。
上手いこと発動した『呪術』は遅延。
効果があるかどうかは分からないが、効けば御の字だ!
勢いに押され、赤角熊は遂に倒れ込んだ。
まぁダメージにはなっちゃいない。
この僅かな隙に秘策を完成させるのだ!
分厚く纏った魔力を、今度は圧縮する。腕の魔力が少々少なくなったが、許容範囲だ。
魔力圧縮に耐えかねて腕と足の骨がギシギシ軋む。
耐えてくれよ、これからもっとしんどいぜ。
「ごぁ、ごがぁああああああ!!」
赤角熊が怒りに血走った目で俺を睨み据えた。
真っ赤に染まっていた全身はもはや炎そのもの、まるで怒りの化身だ。
ダメージ云々よりも、転ばされた屈辱が大きいんだろうな。
すっかりもう俺しか目に入ってないって感じでブチキレていらっしゃる。
ははは、すげぇ恐い。
これ一発でも殴られたらそれでお陀仏だな。
分かった、俺も準備万端だよ。
ちょっくら食らってみてくれや、俺の今の最高の技を。
キィィィィィィィ――――!!
圧縮された魔力を纏った俺の腕から、耳に突き刺さるような音が響き渡る。
実はね、ヤディカちゃんに見せた防御貫通攻撃であるドリル。あれ嘘なんだわ。
ドリルが男の浪漫であることは万人が認めるところだろうし、このまま死蔵するつもりもないが、俺はより使い勝手のいい攻撃が欲しかった。
ヤディカちゃんの触れるだけで勝負が決まる『致死毒』。あれに匹敵する技を手に入れたかった。
当然、俺に毒はない。
では何がある?
高熱の火炎をものともせず、触れるだけで相手に致死的なダメージを与える技とは?
そんな都合のいい技があるのか?
あるんですよ、それが。
俺は一つの答えに辿り着いた。
ファンタジーではなく、SFでよく見られる技術。
『魔力自在』。文字通り魔力を自在に操ることを可能とするこの能力を使えば、大概のことは為せる。
魔力を自在に動かし、性質を付与する能力。
だったら、魔力を“ 超振動 ”させることもできるよね?
空気を振動させるのだから、炎にも干渉できる。分子レベルの微細な振動だから防御力もあまり意味を成さない。
まさに理想の技術だ。
何本も何本も腕の骨を自壊させながら、俺はこの超振動をに発生させる術を掴んだ。
実戦レベルにはほど遠いが、ここで出来なきゃ俺は死ぬだけよ。
「ごぉおおお!」
炎の塊となった赤角熊が突っ込んでくる。
敵は大質量、その上高温の火炎を纏っている。
つくづく俺は突進系の攻撃を受けやすいな。
まぁ、吹けば飛ぶようなスケルトンだからな、体重でも体格でも圧倒的に勝っている奴からすれば、突進はそこまで悪い手じゃないのかもな。
怒りで我を忘れているだけかもしれないけど。
だけどね、技術で劣ってるのに体格で圧倒しようってか? 俺を舐めるなッ!
足の魔力をバネ状に形成し、一気に上へ。
赤角熊の奴は躱されることも予想していたようで、直ぐ様上空めがけて火炎を放ってきた。
今までのような広範囲にばらまく火炎ではない。
赤角熊を中心に立ち上る火柱、と表現するのが正しいだろう。
空気さえ焦げ落ちる高熱に包まれ視界が炎の白さで埋まる。
だが俺だって無策に跳んだ訳じゃあないんだよ!
「おおおおおおッ!」
両腕を合わせて槍のように突き出す。
まるで水泳選手の飛び込みのように火柱の中へと突っ込んでいく。
腕の魔力は超振動を開始!
空気を弾き飛ばし、手の先を起点とした真空状態を作り上げる!
腕からみしみしぺきぺきとヒビが入って砕ける音が聞こえてきた。
代えの骨はない。こいつが砕けたらおしまいだ。
頼む! あの赤角熊を殴り倒すまでは保ってくれ!
「おおおァアああああ!!」
火柱を内側から強引に押し裂く。
空気を震わせる超振動あってこその力業だ。
さすがにここまで乱暴に自分の炎を突破されると思っていなかったのか、赤角熊が唖然とこちらを見上げていた。
嬉しいねぇ、俺の姿を見てビビってくれてるのかい、森の王さま。
まだ腕の耐久力は全然余裕。
このまま落下の勢いも合わせて顔面打ち抜いてやるぜぇ!
「ごぉああああッ!!」
赤角熊は悪足掻きのように吠え、空気を震わせる。
だから俺はもう『恐怖耐性』があるから効かないっての!
これで止めだぁ!
――――ぴしり
赤角熊を殴るために振りかぶっていた腕から致命的な音が聞こえた。
右腕の感覚ががくり、と抜ける。
は?
な、馬鹿な、待てよ! 今はまだ……!
――――びきっ、べきべき……
次いで左腕からも感覚が失われた。
何が起こっているんだ? いくら負荷のかかる超振動とはいえ、ここまで急に骨がボロボロになるなんて有り得ない。
俺の腕はもはや辛うじて俺に繋がっている状態だ。
そんな馬鹿な、おかしいだろ!?
感覚的にはまだまだ保つはずだ!
赤角熊が大きく息を吸い込むのが見えた。
また吠えるつもりか、だが、なぜ火を吹かず、叫ぶだけで……。
……まさか、赤角熊め!
あの咆哮で震動波を放ったのか!
俺の、ヒビだらけの腕を見て、一瞬で超振動の性質まで判断して!
くそ、くそッ!
火炎だけを警戒していた!
まさかこんな技を持っていたなんて!
「ごぉがぁああああああああ!!」
一際でかい咆哮が空気をびりびりと鳴動させた。
「ッあああ!」
せめて直撃を避けようと空中で体を捩るが、もう遅い。
両肩にくっついているだけの骨の残骸と成り果てていた俺の両腕は一溜りもなく、ガラス細工のように砕け散った。




