23話 ボディラングエージ
ゼクト族と協力しあうことを内密に約束してからはや三日。
ネビ族の方々が現れません。
もうこれ完全に無視してるね。
分かってて来てないね。
速度に長けた斥候チームが何度も催促に行っているのに、返事すら寄越さない。
もういいや。ネビ族さん達は放っておこう。
ゼクト族さん達も待たされてイライラし始めているし、俺も基礎トレしか出来ていない。
まだライダー技の完成に至っていないのだ。
いやね、そう簡単に習得できる技じゃないと思うよ?
何せヒーローの技なのだから。
だからこそ、本気で練習したいのに!
「村長。もう待つのは終わりにしよう。ネビ族とは縁がなかったようだな」
「残念ですが、そのようですな」
そう言いながら村長はまったく残念そうじゃない。
もともとエルカ族とネビ族は相性が悪いらしい。
できれば会いたくないのだろう。
「カサンドラ、修行、始めるの?」
「あぁ、ヤディカはどうだ? 新しい技を開発しているそうじゃないか」
「もうすぐ、見せてあげる」
得意そうに笑うヤディカちゃん。
結構自信ありそうだね。
いいねぇ、負けてられないぜ!
村長以下エルカ族達も自分独自の戦闘方法を試行錯誤するのに余念がない。
彼らは勤勉で、しかも努力を継続できる素晴らしい性格をしている。
恐らく、そうしなければ生きていけなかった厳しい生活環境が育んだものだろう。
願わくば強さを手にいれた後もその心根は変わらないでいて欲しいものだ。
ただ、おかげで戦い方にしろスキルの習得にしろ、上達が早い。
【重度修行中毒】という称号の効果で修行と認識する行為において獲得経験値を多大に増加させている俺が、もしかしたら追い抜かれるかもしれないと思うほどだ。
この前なんて村長の息子くんとの組手で一本取られそうになったからね。
エルカ族の特性を活かしきった攻撃には正直焦った。
あぁ、俺も早く修行をしたいよ。
誰もがやったことがあるだろうヒーローや漫画のキャラクターの必殺技の練習が、ここでは実を結ぶんだぜ!
そのうち手から波的なものを出してやる。
でも俺個人の修行に明け暮れ過ごす素敵な時間は、まだお預けだ。
まぁ、俺の場合『睡眠無効』があるんだから夜中もぶっ通しで訓練したっていいんだけど。
それよりも先に、ゼクト族の方々に修行を付けなければならないからね。
会議室の外から出ると、俺の目の前にはカブトムシのおっさんが立っていた。
稽古を付けてもらう前に、俺の実力が見たいんだと。
待たせちゃったね、すまんすまん。
ちなみにおっさんとは和解しました。
俺の出方を伺うためにわざと挑発をした、済まなかったと頭を下げてくれたので、俺としてはもう思うところはありません。
ヤディカちゃんも気にしてないって言ってたしね。
むしろ、すっかり騙されてゴキブリとか罵ってすいませんでした。
こういう模擬試合するのにエルカ族の敷地内はいいね。
だだっ広いからね。好きなだけ暴れられる。
テンション上がり過ぎて流れ弾で家屋や畑を台無しにしないことにだけは気を付けないといけないけど。
戦う前に、卑怯かもしれないけど『覗き見』を使っておこう。
どれだけ強いのかワクワクするね!
《ステータス》
名前:ビルカート・ゼクト・ウォリアーズ
種族:甲虫人種/ゼクト族
Lv.20
HP:520/520
MP:60/60
SP:440/440
攻撃力:400
防御力:690+69
素早さ:110
◇スキル
『堅固』『豪腕』『痛打』『猛進』『防御の才』『物理抵抗(大)』『HP自動回復(小)』『強化魔法』『痛覚軽減』
『毒耐性』『麻痺耐性』『恐怖耐性』
◇称号
【守護者】【戦士】【肉の盾】
防御特化の《ステータス》とスキルだね。
エルカ族の男衆も鍛えればここまで届くかな?
見たことないスキルは『堅固』『痛打』『防御の才』かな。
うーん、『堅固』と『痛打』は欲しい。
恐らく前者は防御力アップ。後者は攻撃力かクリティカル率アップといったところだろう。
「ではよろしいかな? 我らを鍛えると申した貴殿の実力を見せてもらおう!」
「構わん。いつでも来い」
「いざ、参るッ!」
カブトムシのおっさん、ビルカートさんはその巨体を武器に突っ込んできた。
素早さはそこまで高くないが、『猛進』の補正もあって踏み込みが早い。
俺とは比べるべくもない質量だ。受け止めることは出来ない。
スケルトンであった頃であれば、ね。
今の俺は進化したブラックスケルトン。
体の頑丈さも魔力の質も向上している。
例え相手が重量級の戦士でも、真っ向から立ち向かえる。
ただ受け止めるだけでは芸がない、というか、技がないから、やらないけど。
そもそも相手の隙を作らず、体勢を崩した訳でもなく、ただ突っ込んでくるって、それ無策って言わない?
あんた、《ステータス》に任せて蹂躙するような戦いかたしかして来なかったね?
『魔力自在』で腕に纏った魔力をクッションのように柔らかく変質させる。
イメージは低反発マットレス。包み込み、そしてわずかに保持する特性を付与。
落とした卵が割れないような、繊細な力の流れを作り出すのだ!
「受け止めるつもりですかな! 無謀ですぞ!」
「どうかな?」
無策の貴方に言われたくないです。
魔力のクッションとビルカートさんの角が接触する。
魔力クッションが突き破られる直前、そのコンマ数秒の一瞬で、俺は足を軸に回転した。
「ぬぅおぉ!?」
『千思万考』があれば簡単な受け流しですね。
自分の突進のスピードに俺の回転速度を乗せられたビルカートのおっさんは、盛大に地面に激突する。
うわ凄い、角が地面を断ち割ってるよ。
どれだけの切れ味なんだ?
俺の“ 聖剣 ”といい勝負が出来そうだ。
「ぬっはぁ! 儂の突撃を捌き落とすとはなかなか! では少し本気を出してみますぞ!」
元気満々で立ち上がったところ悪いんだけど、守勢に回るつもりは無い。
防御特化の面倒な《ステータス》してるから、まずはそれを下げさせてもらおう。
『呪術』を使用。
触媒として選択するのは俺の『邪気』と骨。
発動した『呪術』は衰弱。攻撃力・防御力・素早さの《ステータス》を徐々に下げる凶悪な呪いだ。
『呪術』はどんな呪いが発動するのかランダムなのが一番の欠点だが、この呪いならアタリだ。
衰弱の『呪術』を拳に乗せ、『邪気』を混合。さらに『魔力自在』で覆い、飛び散らないようにする。
俺の腕には魔力で造られた手甲が現れていた。
俺はこの魔力武具を“ 呪いの骨手甲 ”と呼んでいる。
最近思い付いたお気に入りの武具だ。
「ふんッ!」
気合一発。
振り向き様の鳩尾に“ 呪いの骨手甲 ”の左拳を抉り込む。
「ぬぐぅ!? これほどの攻撃ッ!」
呪いが通った感触が伝わる。じわじわと《ステータス》を下げる呪いが。
一発で終わるつもりもない。
当てれば当てるだけ呪いの効果が重複する。それが“ 呪いの骨手甲 ”の最も恐ろしい効果なのだから。
欠点は効果時間が短いこと、腕以外に装着出来ないこと、闇耐性のあるモンスターにはほとんど効果がないこと。
『呪術』の何が発動するか分からない点を含めると、欠点大分多いな。要改造です。
「オラオラオラオラオラオラオラ!!」
高校生に取り憑いた悪霊になった気分でビルカートさんにラッシュ!!
防御力がガシガシ削れていくのが分かるぜ。
まだやるかい?
「まだまだぁ!」
うぉ、あぶねぇ。
角を振り回して俺を弾き跳ばしやがった。
その角の切れ味は攻撃力依存って訳じゃあ無いんだな。
種族特性ってやつか。羨ましい。
「そんな攻撃では儂の防御を貫けませんぞ!」
……呪いは効いているはずなんだけどな。
もとの値が高すぎて下がったように感じないのか。
ビルカートさんが角を降り下ろす。
まぁ、遅いし危険はない。仰け反ってさらりと躱す。
さっきから無策な攻撃ばかり――――
「とァッ!」
「ぐッ!?」
油断した俺に岩塊のような重い蹴りが激突した。
強烈な衝撃。
地面に突き立てた角を軸に蹴りを放ったのか。
重量級のくせにカポエラ染みた動きをする。
咄嗟にガードした腕の骨にヒビが入りやがった。
くそ、受け流す暇が無かった。
防御してなかったらアバラ砕かれていたな。
回復している暇はねぇ。魔力でヒビを埋めるように応急処置を行う。
「貴殿の攻撃には弱点がある! ご存知か!?」
「……知っている」
「そのままでは儂は倒せませぬぞ!」
俺の攻撃の弱点ね。
百も承知だよ。
攻撃力を通すときに必要な要素は体重と筋力と速さ。
その内の体重は骨のみなので絶望的。筋力も魔力頼りで安定しない所がある。
『魔力筋』の技術はまだまだ未完成なのだ。
俺が攻撃力として頼れるのは速度が基本なのだ。
だが、速度を高めたところで、ビルカートさんのような重量級防御特化の戦士には通じないことがある。
これはもう《ステータス》の問題ではなく、戦いの相性の問題なのだ。
ノーマルタイプの技で、はがね・いわタイプをぺちぺちするようなものである。
かくとうタイプの技が欲しくなるな。
一応、デカゴリラに使った『鎧通し』という防御無視の技もあるが、通常打撃に『鎧通し』を乗せられるほど熟達してはいない。
あれも隙が大きいしね。
ふむ。かくとうタイプの技か。
試してみても良いかもな。
俺の持ち味である速さと鋭さを活かせるかくとうタイプの技と言えばアレだな。
『からてチョップ』だな。急所に当てるしかない。
「しぃッ!」
取り敢えず一発。
狙いは頑丈な装甲と装甲の隙間、間接部分だ!
「ぬ! 効きませぬな!」
一回で通ると思っちゃいないさ。
じゃあ次だ。
頑丈なヤツの体の内側が柔いのは常道。ならば内部浸透系攻撃を使ってみよう。
かくとうタイプ的には『はっけい』だな。
「すぅうううう! 」
あくまでイメージだが、呼吸から気を溜め勁を練る。
スケルトンは呼吸できないからね。
拳法系を習得しようとすると、呼吸が出来ないということが凄くネックになってくる。
「カッ!」
「なんの!ヌゥン!」
わぁお、マジか。
ゴムタイヤを打ち据えた時のような感触。
完全に威力を殺されている。
頑丈な敵が内功鍛えてるとかどんなチートだよ。
今の一瞬で数発打ち込んだんですけど?
未熟とはいえ、数発の発勁が跳ね返されるとは、この人俺の指導なんか要らないな!
むしろ俺が教えを乞いたいわ!
「奇っ怪な攻撃ですが、決め手に欠けるようですな! そんなパンチでは儂は倒れませんぞ!」
理屈が分からないまま跳ね返したんかい!?
防御には天性のものを持ってるな。あ、『防御の才』を持ってるんだっけ。
俺の攻撃は確かに決め手に欠けるな。
《ステータス》では勝ってるはずなのに、相性が悪いとこうも手間取るのか。
折角魔力で武具を作ったというのに。
まぁ“呪いの骨手甲”に攻撃力は殆ど無いんだけどね。一応防具だし。
呪いの進行を早める為に速度重視で殴ったしね。ダメージとか考えてませんでしたから、本当。
まぁいい、じゃあリクエストにお応えして、デカイの行ってみようかい!
「決め技というものをお見せしましょうぞ!」
ビルカートさんが構える。
昆虫人間であることを示す四本の腕を開き、俺を逃がさぬように。
ビルカートさんの最大攻撃は角による斬撃。狙いは恵まれた体格の力を存分に乗せられる打ち下ろしと見た。
決め技というからには、先程のカポエラキックのような奇策は打ってこないだろうな。
四本の腕は俺の防御と回避を封じるための保険か。
最初の突進で使わなかったのは、様子を見ていたから、ということだな。
なるほど、必殺技じゃなくて、決め技ね。
地味でも確実に仕留めるための技なのね。
「往きますぞ! 角一文字!」
先程とは比べ物にならないほど早い踏み込み。
それも手加減してたのか。
今回は本気かな?
本気じゃなかったら後悔するぜ。
“呪いの骨手甲”を解除。
右腕に魔力を集中。
ただただ攻撃力のみを強化する。
凶悪な破壊力を秘めた右腕を引き絞る、引き絞る。
いわゆるテレフォンパンチ。
今から殴りますよと伝えるような、ばればれの大振りパンチだ。
溜めが大きく、前後の隙が大きく、外れる確率の高い博打のような一発。
だが、それがいい!
なぜならそれは浪漫だから!
「受けるか?」
力が臨界点に達した。
ヒビの入った腕の骨が軋んだ悲鳴をあげている。
まだだ、まだ溜める! 全てを一発の拳に賭けるこの技では、次の攻撃どころか次の行動を起こせるだけの余力も残らない。
一撃で粉砕出来なければ後がないのだ。
ふふふ、決め技ってのはこういう浪漫溢れる技のことを言うんですよ、ビルカートさん!
「このブロォォオオオオオオ!!」
右拳が爆発したように発射される。
後先考えずに技をブッパする。
気ん持ちぃいいイイイ!
俺の拳とビルカートさんの角がぶつかり合う直前。
視線が交錯した。
おっさんが獣みたいな笑みを浮かべていた。
きっと俺もそんな顔をしているんだろう。
スケルトンだからよく分かんないかもしれないけど。
そうだよな、力を比べあうって楽しいよな。
俺も楽しいぜ。
あんた、今まで《ステータス》に恵まれ過ぎてマトモに戦う相手もいなかったんだろ?
強いヤツと戦いたいってひりつくような渇望があったんだよな?
師匠と同じだ。
なあ、俺は今、あんたの渇きを癒せてるかい?
「遅延弾ぉ」
突然、世界が停滞した。
遅い。『千思万考』を使っている以上に、時間が流れるのが遅い。
腕が、足が、体が、壁のなかに塗り固められてしまっているみたいだ。
何が起こった?
この戦いが邪魔されたのか?
訳がわからん。
おっさんも同じだった。
戸惑ったように視線をさ迷わせ、やがて何かに気が付いたのか、諦めたように目を閉じた。
あぁ、そうかい。
おっさんが諦めるってことは、犯人は大体分かったわ。
「よいしょ~」
俺の体が押し退けられる。
おっさんはやや荒っぽく突き飛ばされ、二人揃ってゆっくりと地面に倒れ込んだ。
時間の停滞が解除され、俺の全力の拳とおっさんの決め技とやらが盛大に空振る。
ぬぅ、実践で使うのは初めてだったけども、やぱり隙が大きいな。外れる確率云々よりもそちらの方が問題だ。
おっさんは……、地面に角がめり込んで藻掻いているな。
切れ味が鋭過ぎて殆ど頭の半分までざっくりと地面に潜ってしまっている。
酷いことするもんだな。えぇ? 巫女さんよ。




