22話 担がれスケルトン
「ここが分岐点だ。巫女殿」
「分岐点、ですか~」
「そうだ。このまま我々と敵対するか。それとも手を取り合うか」
「…………」
「私は出来れば、亜人族同士、手を取り合って欲しいと思っている」
答えやすいように『威圧』を緩めてやろう。
敵対するなら、悪いけど容赦はしない。
油断することの愚かしさは身が焦げるほど知っているし、一寸の虫にも五分の魂って言葉もあるしね。
ゼクト族が絶滅するまで殺らせてもらう。
アンデッドであるスケルトンはしつこいぜ?
昆虫の特徴を『骨融合』で奪えるなら最高だし。
あれ、ゼクト族滅ぼす方がメリットが多い?
『骨融合』でメチャクチャ強くなれるんじゃないの?
今の《ステータス》も結構高いし、『威圧』一本で護衛のおっさんを無力化出来るくらいだし、全滅エンドにワンチャンありますわ。
カマキリの拘束力とか、ハチの機動性とか、蛾や蝶の擬態能力なんかもいい。何よりバッタの脚力!
脚力に関するスキルは『剽悍無比』がほぼカバーしているが、そうじゃない。
バッタが入るということが大事なのだ!
ふふふ、改造人間○ッパーとしてジャンプキックを……!
全身黒いし、一号よりも二号寄りかね?
よっしゃ、魔力筋纏って攻撃力全開にする時には「ラ○ダァーパワー!」って叫ぼうそうしよう。
いや、それよりも変身ポーズを取ろう!
出来れば本当に外見を変えたいんだけど、魔法や魔力でなんとか出来ないもんだろうか?
「私たちがぁ、エルカ族と手を組むメリットが分かりませんよ~」
組むメリットより滅ぼすメリット考え始めちゃってる俺に聞くことかい?
俺に聞いてどうすんだよそんなことァ!
「カサンドラ、別のこと、考えてた、でしょ?」
ヤディカちゃん、何故わかったし。
ちょ、痛くないけど、叩かないで。
「ちゃんと話、して?」
……ッ、仕方ないなぁ、分かったよ、やりますよ。
そもそもゼクト族を滅ぼすとかもね、本気で言ってないから。いやホント、割りとマジで。
じゃあ今から仕事モードね。
おねーさん本気出すから!
だから今のヤツを上目使いでもう一回やってもらえませんかね?
いや、すいません思ってみただけです。
「メリットか。私の修行法を伝えるのではどうだ?」
「カサンドラ殿!?」
おぉ、村長の息子さん、素っ頓狂な声上げるなぁ。
まぁびっくりするよね。
これ事前に伝えてないものね。
敵を騙すにはまず味方から、だよワトソン君。
そもそも俺の交渉材料って強くなる方法しかないのよ。
事前打ち合わせの時に言ったメリットは通商とか特産品とかだっけ? その話も実際必要だけど、それはゼクト族にだけ話すことじゃないし。
「話が違います! この修行法を漏らされては、我々の優位が崩れてしまうでしょう!」
小さい声で怒鳴るとは難しいことをするね、ワトソン君。
あと勘違いしてるようだけど、君たちが強くなったの修行法の所為じゃないから。【修行中毒】が感染したことが一番大きいから。
いや、そうじゃなかったね。君たちが【修行中毒】の効果が出るくらい頑張りまくったことが一番大きいんだ。
まぁ、君が本気で焦ってくれたから向こうに交渉をする余地が出来たみたいだし、結果オーライ。
ワトソン君がそこまで慌てふためいてくれなければ、彼方さんに取っては俺の修行法なんて交渉の価値無いからね。
「武道の技術とは本来秘匿されるものだ。だが仲間になら伝えられる」
「それを知ればぁ、そこのエルカ族のように短時間で強くなれるのですかね~?」
「私が教えなければ駄目だろうな」
「教えていただければ強くなれるのですね~」
「巫女様! このような者の戯れ言に耳を貸す必要は御座いませんぞ! 鍛練というものは一朝一夕で実になるものではないのです! こやつらは恐らく一時の強さのために悪魔に魂を売ったのでしょう! そしてその悪魔とは、この骸骨に違い有りません!」
ふむ。中々の食い付き。
そしてゴキブリモドキは黙れ。悪魔はお前だろ、飲食店の怨敵、茶色い悪魔め。名前をこれ以上降格させようがないぞ?
俺は悪魔じゃない。仮に悪魔だとしても、悪魔という名の紳士だよ。
「それがゼクト族の総意で構わないかな?」
「いえ、そうではありませんよぉ。部下の非礼を詫びます~」
詫びますとか言ってごめんの一言も無いし、頭も下げないじゃんかよ。
てか、真面目に謝ってんのか、それ。
まぁ、そういう文化じゃないのかも知れないけど、おねーさん少しだけ納得できないわ!
「ですがぁ、当然の疑問でもあります~。本当にそこまで急激に強くなれるものなのですかぁ? それにぃ、そうだったとして~、エルカ族に行ったものと同等の修行法をぉ、伝授していただけるのでしょうか~?」
「そのつもりだ。私の言葉だけでは信用できないのは理解できるが、疑い拒めば何も変わらない」
「脅しですかぁ」
なんでそう悪いほうに取るかね。
お試しに一回くらいとかでいいじゃないのよ。
「違う。頼んでいる。同じ強さを手に入れてくれないかと」
あ、やべ、言い方ミスった。
なんかすごい上から目線な言い方になった。
違うんじゃよ~、もっと、こう、一緒に頑張ろうぜ! 的なこと言いたかったんじゃよ~!
「頼んでいるように聞こえませんしぃ、随分上からの目線で言うんですね~」
へ、へへ、そうですよね。
マジごめんなさい。言語ポンコツですいません。
うわー、うわー、どうしよう?
何も打開策思い付かない。
謝る? 謝る?
いや謝っちゃ不味いだろ。
えぇい仕方ねぇ、このまま突っ走るしかねぇ!
「事実だろう」
「何故そこまでして私たちを強くしたいのですかぁ? 私たちが強くしてくれと頼むのではなく~、あなたが強くさせてくれと頼むのではぁ、話があべこべです~」
あー、それ気になります?
いやねーこの世界の管理人さんが住民の健康意識を上げてくれみたいな話が出たらしくてですね? 派遣要員を拉致って調達する系会社から送り込まれたんですよ。
うん! 理解できねぇ!
自分で言っていて訳がわからないよ!
こういう時は日本の伝統秘密道具『都合の悪いことを包むオブラート言語』!
このいろんな意味を内包した疑惑のデパートな言葉を使えばあら不思議!
説明された気になるのさ!
「一身上の理由だ」
「ではこちらは何も分からないままあなたに従って強くさせられる、ということなのですね~」
あ ふ ん。
なんで巫女さんすぐ噛みついてまうのん?
どうしてそこで悪く取るのそこで!もう少し周りのこと思ってみろって自分のこと応援してくれてる人のこと! コミュ障だって頑張ってるんだから!
俺は強制してないし、従えとも言ってないでしょう!
もう! だからコミュニケーションとかベリーハードなもの押し付けるなって言ったのに!
「それも違う。最終的に決定するのは貴女だ。私の手助けがいらないのであればそう言ってくれ。それを理由に怒ったりはしない」
「そうですか……。では、お断りします~」
…………そうですか。
まぁ、そんな気はしてた、途中から。
「……理由は聞かせてもらえるか」
「聞かせるも何も明白でしょう~。貴方ならばぁ、いきなり武力で自分の国に押し入ってきた相手にぃ、首根っこを押さえ付けられながら『暴力を振るって欲しくなければ傘下に入れ』~と言われてぇ、分かりました従います~、と言うのですかぁ?」
「そんな積もりではない。私は――――」
「貴方はそうでも私はそうではなかった」
巫女さんの雰囲気が変わった。
今までは、その眼光だけが鋭かった。
今やその雰囲気が、立ち振舞いが、口調間でもが、切りつけるように鋭い。
こっちが本当の巫女さんか。
殴りあいで負けるとは思わないけど、舌戦じゃあ遠く及ばないな。
多分だけど、魔法の腕も相当だろう。
あとで『覗き見』させてもらいたい。
今のところ『覗き見』はこちらに敵対的だと効果が著しく下がるからなぁ。
もうこの話し合いは決裂ですからね。
友好的な交流はもう出来ないと思った方がいいだろう。
帰りがけにちょちょいとやっておこう。
「傲慢に暴力を振るった側はそのことに疎いものです。力ある貴方はその事をよく知らなければならないと思います」
苛めとかもそういうもんだよねぇ。
俺がいつ傲慢になったんだよ!
そりゃヤディカちゃんに暴言吐かれたときは怒ったけど、それとこれとは話が別でしょ!
あんたらまだ謝ってないんだからね!
「待て、傲慢などになった覚えはないぞ」
「私が気付いていないと思ったんですか? 貴方は一回も私たちのことを対等に見てなどいませんでした」
「…………」
もしかして、ライダーのくだりのこと言ってる?
いや、そこだけじゃなくて全部か。
そうかも。
いやそうだ。
下に見ていた。
俺の方が圧倒的に強い。だからコイツらは従うだろう。喜んで伏して教えを乞うだろう。
そうするのが当たり前だ、と思っていた。
さっきだって、話し合いが駄目になった悔しさとか悲しさよりも、あぁ、コイツらは馬鹿だなって気持ちの方が大きかった。
また俺は自分の不真面目さから失敗を招いたのか。
もう本当に学ばねぇな俺。
最悪。もう死んでしまいたい。
「私はゼクトの全枝族を束ねる巫女として、暴力を以て支配を目論む他国に尻尾を振るような真似は致しません…………。では~、言いたいことも言ったのでぇ、帰りますね~」
「お、お待ちくだされ、姫様!」
「今はぁ、巫女です~」
やべぇ、どうしよう。自己嫌悪に落ちてる場合じゃねぇ。
このまま終わりか?
まだネビ族の人達だって来てないのに、俺のバカさ加減で話し合いが駄目になっちまうのか?
さっさと行ってしまうゼクト族の背中見送って、もう駄目だって嘆くのか?
ふざけんじゃねぇ!
一回、二回の失敗がなんだ!
どうってことない、直ぐに立てる!
もしもこのままただ自分で自分を責めて安心するだけの奴になってみろ!
それこそ死んだ方がマシのクズだろ!
「待ってくれ!」
素早さ1800を活かして巫女さんと護衛の目の前に回り込む。
そしてそのまま正座し、地面に額を打ち付けた。
「……何の真似ですかぁ?」
「巫女様、お気をつけ下さい。悪魔の儀式やもしれませぬぞ」
謝意を形で表すにはこれしかない。
土下座。
おフザケ無しの俺の誠心誠意です!
チャンスを、もう一回チャンスを下さい!
「私の国ではこれが誠意や謝意を表す姿勢なのだ。済まなかった。私に至らぬ所があったと気付かせてくれた。貴女に不快な思いをさせたのは私の落ち度だ。ムシのいい話だと思うが、もう一度チャンスをくれ! いや、チャンスを下さい!」
沈黙が降りる。
俺は頭を下げているから巫女さんたちの顔は見えない。
でも、巫女さんたちが此方を伺っているのは気配で分かった。
話を聞いてくれている。
ならばまだチャンスはあるんだよな!?
頼む。頼む。
この気持ちは、形容しがたい。
俺は自分の失敗を帳消しにしたいだけか?
それとも手っ取り早くレベルを上げさせる手段を逃したくないのか?
もしかして、本当にこの森のことを考えているのか?
そのどれでもあって、どれでもないような気がする。
でもこの気持ちが本物だってことは本当なんだ!
チャンスが有ったところで上手くいくかどうかは分からない。
でも、でも……!
どれだけ時間が経ったのか、不意に盛大な溜め息が聞こえた。
「はぁ~あ、貴方にこういう駆け引きは向いてないですねぇ」
「仕方ないでしょうな。ですが力に溺れて浮わついた奴と思えば、以外に骨があるようです」
「じい、それ駄洒落ぇ? 寒いわ~」
「なっ、いや、違いますぞ! 儂は駄洒落ではなく、この者の心根のことを言ったのです!」
「知ってるわよぉ、からかっただけ~」
「ぬ、ぐ……」
なんだ、この雰囲気は?
顔を上げると、にやにやと微笑む巫女さんと歯を剥き出して笑う護衛のおっさんの顔があった。
「な、な……」
「やっぱり驚いてるわね~。悪いことしたわぁ」
「いやいやこれも経験ですぞ! ぬははは!」
え? どういうこと?
まさか、俺、担がれたの?
「ごめんなさいね~。実はエルカの族長さんともう話は付いていたりするのよね~」
「……話が付いている、だと?」
「そうよ~。私達ゼクト族はエルカ族と手を組むってね~。ただぁ、貴方が何をしたいのかちょっと読めなかったからぁ、騙すような真似をしちゃったのよ~」
つまりは、俺は村長と巫女さんに嵌められたということね。
土壇場で俺が動くのか、とか。
マジで多種族と一緒にやっていこうって考えを持っているのか、とか。
見極められてたんだ。
うわーぉ。
そんな中で俺は調子に乗ったり慌てまくったりしてたのか。
恥ずッ!!
後ろを振り向いてみると、ヤディカちゃんと村長の息子くんも驚いた顔をしている。
あのカエルじじい、敵と手を組んで味方を騙すとはふてぇ野郎だ。
「ではこの話し合いは……」
「貴方は悪い人じゃないって分かったわぁ、ちょっと逆上せやすいみたいだけどね~。エルカ族と手を組んで森を暮らしやすくするというのもぉ、魅力があるし~。」
……良かった。
俺はどうやら道化を演じさせられたようだが、話し合いが上手くいくようならそれでいい。
今回、俺は謙虚に行くつもりで無意識に強者の立ち位置で驕っていた。
二度とこういうことが無いようにしていかなくてはならない。
体もそうだが、心も化け物になってしまっては、もとの世界に帰ることなど出来ないだろう。
今日の、あの頭をぶん殴られたような気持ちは、肝に銘じておこう。
結して忘れないように。
しかし、これでまだ会議が始まってすらいないんだよな。
ネビ族に至ってはまだ来てすらいないし。
はぁ、先が思いやられる……。




