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02話 憑依先訪問



 目が覚めると、見たことがない場所にいた。


「知らない天井だ……」


 思わず言葉が漏れる。

 実際ここはどこだ?

 俺は確かに自分のベッドで寝ていたと思ったんだけど……?


 キョロキョロと辺りを見回す。

 駄目だ、やっぱりここがどこだか分からん。


 まさか、これ夢か?

 あー、夢かー、夢なら仕方ないなー。

 夢でなきゃ説明つかないもんなー。


 上下左右終わりのない真っ白な世界なんて。


 白一色の世界に、俺は一人ぽつんと倒れていたのだ。

 これが夢なら、くそぅ、なんて面白味のない夢なんだ!

 せっかくこんなリアルな感触がある夢なんだから、せめて夢の中でくらい二次元の嫁とイチャイチャしたかった……!


 俺が心の中で血涙を流していると、背後から深い深ーいため息が聞こえた。


「………………無念」

「はい?」


 慌てて振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。

 一目見てその人がただ者じゃないということが分かる。


 刃のように鋭い両眼。背中を隠す長い髪は漆黒。動きやすいように無駄を省かれ実用性のみを突き詰めた衣服。

 何よりもその全身。

 鍛えに鍛えてさらに鍛え上げたその先の、鋼を寄り合わせたような細く強靭な筋肉がその身を覆い、尚且つその硬い体には虎の縞のように幾つもの傷が走っていた。

 特に手が酷い。

 何度も千切っては繋ぎ合わせたかのようにボロボロで、傷で埋め尽くされている。

 これは日常的に拳を鍛え、振るってきた人の手だ。それも、並みではない密度で。

 彼女を女性足らしめているのは、その長い髪と胸の膨らみだけだろう。

 それも、辛うじてというレベルなんだけど。


「…………」


 こんな、どこの傭兵ですか?的な厳つい女性を前にしてオタクで引きこもりの負け犬である俺が何か出来るだろうか? いいや、無いね!


 ん? でも、どっかでこの人みたことあるような……。

 聞いてみるか?

 いや駄目だ! もしも身の程を弁えないナンパだと思われたらどうする!?

 その瞬間に『ストームブ○ンガーッ!!』とか言って手刀で串刺しとかなる。

 そうじゃないにしろ、殺されることは確定的に明らか。

 なら気のせいということにしておこう、うん。


「無念……。生涯をかけて鍛え上げた拳を振るうこともなく倒れ。伝える相手にさえ恵まれぬとは……」


 筋肉美人は俺のことなんかまったく眼中にないようで、独り言を呟き続けていた。


 この人ならここが何処か知ってるかも知れないな。

 これくらいなら聞いても不自然じゃないだろ。


「あのー……、ここは何処ですかね?」

「……人間の言葉を解すか。オークではないようだな」


 いきなり失敬だな!

 いやまぁ豚みたいなもんですけどね!?

 一応人類にカテゴライズされてますよ!?


「ここが何処か、か。簡単に言おう。ここは私の心の中。君は招かれざる闖入者だな」

「はぁ、心の中ッスか……」


「信じられなければそれでもいい。私も全て理解できている訳では無いのだからな。現実では私は死んだ。これは魂が世界に還元される前に見るという夢なのだろう」


 あーッ!

 思い出したわ!

 この人はあの『異世界転生斡旋事務所』で俺が選んだ人じゃないか!

 え、じゃあ何? これ転生ってか、憑依しちゃってんの?

 この人自分が死んだとか言ってるし、うわ、マジでそういうこと?

 えぇ、じゃあ俺は今後この人として生きていくってこと?

 うわー、覚悟もなんもしてないよ。ちょっと唐突すぎんよぉ。

 ファンタジーの世界にゲームや漫画はありますか? パソコンないと生きてけないんですけど。


 今からやり直しとか、出来ないですかねぇ。

 て言うか俺、殆ど働かなくても生きていける現状に満足してたから、転生とかノーサンキューなんです。


 新しい世界とかにはわくわくするけど、それって自分に関係ないからこそ楽しめるのであって、自分が剣と魔法と健忘と術数


と殺しあいの世界に入っちゃうのとは別だよ。


「すいません、帰りたいんですけど……」

「私にはどうすることも出来ん」


 おぉい! 斬って捨てられたよ!

 この人に何とかしてもらうのには無理があると思いますけどね! なんか無いんかい!


 いやまて、コミュニケーションには歩み寄りが大事だと聞いたことがある。

 いまこそ筋肉美人と交流を深める時!

 ネトゲですら無言を貫く俺だけど!


 取り敢えず、現状説明だ。

 俺がこうなってしまった理由というか、過程を聞いてもらおう。




「そうか。つまりテルヒコは己の不注意から私のところに来てしまったという訳なのだな」


 ……その通りなんですけどね。

 もっとオブラートに包む優しさが欲しいぜ。


 この筋肉美人、カサンドラさんはどうやら武者修行の旅に出ていたらしい。

 全身の傷痕から分かるように、修行と戦いに明け暮れた生涯を送っていたそうだ。

 その途中で訪れたある島で不幸な事故に見舞われ、志半ばで倒れてしまったのだという。


 俺の状況も理解してくれたから、頭は悪くないんだろうけど、話を聞くだけで脳筋というイメージが付いてしまうな。


「このままですと、恐らくカサンドラさんの身体に俺が入って復活することになると思うんですよ。それは嫌ですよね? 俺も自分の世界に戻りたい。上手いこと協力出来ませんか?」


「すまない。先ほどもいったが私にはどうすることも出来ん。どのような方法でテルヒコが私の中にいるのか、検討も付かないんだ」


 うぅ、八方塞がりか。

 このまま筋肉モリモリマッチョウーメンとして生きていくしか無いんだろうか?


「だが、テルヒコが帰る方法が無い訳ではないと思う」

「本当ですか!?」


 おぉ! 優しい人よ! 貴女のおかげでテルヒコは大喜びだ! そしてもっと! さらにもっと! 私の嫁(二次元)も喜んでいるよぉ。


「この世界には魔法がある。あいにく私には使えないが。極めれば魂を自在に操り世界の壁をも越えるという。つまりだな……」


 カサンドラさんが言い淀む。

 俺は、その先が何となく分かってしまった。

 


「結局、今のままでは帰れないということですよね」

「あぁ。テルヒコは私として生きていくしかないだろう」


 そうなのかー。

 仕方ない、んだろうな。

 ここでゴネて暴れても困るのはカサンドラさんだしな。

 て言うかさ、そんなに簡単に身体を明け渡しちゃっていいの?


「か、カサンドラさんは、それでいいんですか? 俺が貴女の身体を使うんですよ? 俺、見ての通りデブでチビで、運動とか全然できなくて、すぐ諦めるクズなんですよ?」


「正直に言えば、思うところはある。だが私は既に死んだ身だ。ならば生きている者に場所を譲るべきなのだろう」


「お、俺……」


 カサンドラさんの考え方はあまりにも強烈で鮮烈だ。

 今までの俺の怠惰な生き方が恥ずかしくなるくらいに。

 俺はこの人の身体を乗っ取る。今まで積み重ねてきた技術も知識も研鑽も、何の努力もしていない俺が掠めとるのだ。

 なのに、俺から返せるものは何もない。

 簡単に身体を明け渡し出来るわけがない。

 それでもこの人はそれをしてもいいと言ってくれた。

 下らない失敗をした、デブでチビでクズの俺の為に。


「何か、何かできますか? 俺が、カサンドラさんに、何かしなくっちゃ、俺、恥ずかしくて貴女の身体を使えません!」


 俺の言葉にカサンドラさんは小さく微笑んだ。


「そこまで重く考えなくてもいいんだが……。そうだな。私の弟子になってくれないか?」

「弟子に、ですか?」


「あぁ、思えば修行に明け暮れた日々を過ごし私は何も残すことしてこなかった。だからテルヒコに私の技術を継いで欲しい」

「分かりました!」


 俺は威勢よく返事をした。

 この人の技術を継ぐ。

 恐らく肉体を乗っ取れば知識は手に入るだろう。身体に染み付いた動きもトレースできるだろう。

 だけどそれを俺という意識で行うには、カサンドラさんと同じくらい研鑽を積まなければならないよ思う。

 修行というならば、願ったり叶ったりなのだ。


 それに、ここには漫画もゲームもパソコンもない。

 小さい頃に憧れた地上最強。

 それに向かって努力してみるのも楽しいんじゃないだろうか?


「よし!いい返事だ。では早速始めるとしよう」

「はい! …………え? 今からですか?」


 あまりに唐突なスタートに思わずカサンドラさんを二度見する。

 やる気に満ち溢れた凛とした表情が輝いていた。

 まさか本当に今から特訓が始まるの?

 アカン、これアカンやつや。


「あの、まだ心の準備が……」

「大丈夫だ。テルヒコは強引に引っ張らねば動かない奴と見た。」


 がっしと肩を掴まれる。

 いやこれ肉に食い込んでる痛たたたたた!

 俺は既にカサンドラさんに何でもしますと言ったことを後悔し始めていた。


 そして俺は地獄の特訓というのも烏滸がましい、カサンドラ・ブートキャンプに放り込まれたのだった。



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