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18話 スケルトン・ショッキング!




 一夜明けましたが、エルカ族の皆さんはまだ帰って来ません。

 存分に力を振るって楽しんでいるんだろうなぁ。

 今まで弱い立場にいて色々と溜まっていただろしなぁ。


 もしも我を忘れているようなら困るから、後で様子を見に行こう。

 まぁ、わざわざ行かなくても子供たちと『念話』で繋がっているから状況は分かるんだけど、一応ね、現場も見ておかないとね。

 祭があるなら参加したいじゃない。

 それが喧嘩祭なら尚更。


 それはそうとして、私、現状に若干不満があります。

 高い《ステータス》を手に入れ、幾つものスキルと称号を取得した私ですが、不満があるのです。

 それは『下級鑑定』 。

 君ね、いつまで下級って付いてんのさ?

 もうどんだけ鑑定してると思ってんのよ?

 毎日の食事に始まり、自分の《ステータス》や何気ない日常会話の言葉、道に落ちてる石や葉っぱ。果ては倒した魔物の死骸まで。

 毎日毎日一生懸命熟練度上げてるのに、うんともすんとも言いやしない。


 もしかして種族的にスケルトンは『下級鑑定』が限界なのかい?

 まぁ、脳ミソないからね。

 どこに知識を蓄えてんだよって自分でも思うわ。


「おやおや、カサンドラ殿は何か悩みごとがある様子。このババに何ぞ手伝えることはありませんかや?」


 俺とヤディカちゃん以外の留守番組。回復術師のばぁちゃんが声をかけてくれた。

 この人、自分は回復専門だと言ってカサンドラ・ブートキャンプ・俺バージョンに参加しなかった唯一の大人なんだよなぁ。


 だからといって苦手な訳じゃない。

 この人は自分の役割をしっかり分かっていて、それに務めているのだ。


 茶色くってしわくちゃで見た目が少し怖いが、とても知恵のある素晴らしいお方だ。

 もしかしたら、スキルについても何か知っているかもしれないな。



「オオガマの婆様。実はスキルについてなんだが……」

「おぉ、強きお方でもスキルについて悩みなさるのじゃな」


 そりゃいくらでも悩むよ。

 出来れば取得可能スキル一覧とその条件が完備された攻略ウィキが見たい。


「『下級鑑定』というスキルを持っている。だが、下級から成長しない。これはスケルトンの種族的限界なのだろうか?」

「ほぅ! これはまた珍しいスキルをお持ちじゃな。だがご安心なされよ。そもそもスキルにはルールがありますでの」


 スキルのルール!?

 ヤベェ来た!

 見える、見えるぞ! 私にも取得条件が見える!

 は、早く条件を、ルールを教えてくだされ!

 て言うかカサンドラ・ブートキャンプ・俺バージョンを始める前に聞けば良かったね!

 そしたらもっと効率的に指導できたのにね!

 後の祭りだね!


「頭に“ 下級 ”と付くスキルは、進化する毎に一緒に成長していくものなのですじゃ」


 はい終わったぁ!

 おばーちゃんゴメンねぇ、この体、俺の師匠の物なんで、勝手に進化したくないんですよ。

 進化しなくても《 ステータス 》やスキルや称号は成長出来てるし、進化に拘らなくても問題ないのよね。


「……そうなのか。仕方ない。諦めよう」

「ほ? 何故ですかな? 進化には利点こそあれ、損などしませんものを」


 うーん、どう説明したもんかねぇ。

 この体が自分のものじゃない。それが最大の理由なのよ、って言っても理解できないだろうしなぁ。


「私は元は人間だ。今でこそスケルトンというモンスターの姿だが……。心は人間なんだ」

「それは勿論、心得ておりますとも」

「進化することで唯一残った私の体であるこの骨が失われてしまう気がしてな。女々しいとは思うのだが」

「そうでございましたか……」


 ばぁちゃんは何度も頷いて俺の言葉を受け入れてくれた。

 わざわざ話を聞いてくれたのに、ワガママで終わらせちゃってごめんね。

 でも、この体は師匠のものだから、俺が好き勝手は出来ないんだよ。したくないんだよ。


「……ですが、カサンドラ殿。たいへん申し上げにくいのですがの……」


 ばぁちゃんは俺の方を見ず、俯いてぼそぼそと呟いた。

 え? 何よ? なんかヤバイ?

 スケルトンにしては力を持ちすぎているからその内結局モンスター化するみたいな?

 いやもうモンスターだけど。外見は。

 ばぁちゃん程の知恵者が言い淀むとか、怖いですわ。

 頼む、一思いに言ってくれ!


「スケルトンは動き出す際にその体を魔力物質に置き換えますじゃ。つまり、その体は既に御身であって御身ではない。魔力が物質化し骨の形を取っているに過ぎぬのです」

「ふむ…………」




 ……。




 …………。




 ………………。




 …………はい?




 え? 今なんて?

 この体は既に魔力に置き換わってる、ですと?

 ハッハー! ご冗談を! 騙されやすいテルヒコをからかっているんだね!


「体を魔力物質で置換した後の本人の骨が何処に失われるかは分かっておりませぬ。スケルトンが産み出される際に触媒にされる、というのが最も信憑性の高い説ですじゃ」


 いやいやいやいやちょっと待って。

 この体が骨じゃない?

 魔力で痴漢されてる? もとい置換されてる? しかも師匠の骨は触媒にされて消え去ってるって?


 お前……、それ本当かよ?



「そ、その話は裏が取れていないのだな? つまり、真実ではないかもしれないと言うことだよな?」

「そうじゃ。ですが、スケルトンは骨を模した魔力物質である、というのは揺るがぬ真実なのですじゃ」

「…………そ、うか」


 ……マジかよ。

 冗談じゃなく、ホントにホントの話かよ。

 この体は本当に師匠の物じゃなくて、魔力で作ったイミテーションなのかよ。


 じゃあ俺って何?


 紛い物にくっついた薄い意識が俺?

 なぁ、俺って本当に“ 俺 ”なのか?

 俺は自分のことを管野 照彦だと思ってるけど、本当はそうじゃなくて、本物はまだちゃんと地球にいて、俺は焼き増しされたコピーみたいなものかもしれないんじゃないか?


 体が偽物なのに、意識が本物である保証が何処にあるんだ?


 そうだよ、おかしいじゃないか。

 何で今まで気が付かなかったんだ?

 引きこもりのニートがたまたま偶然異世界に転生する?

 今までの頑張ら無さが嘘のように厳しい修行に明け暮れる?


 はは、有り得ない。

 “ 俺 ”の記憶が有るから分かる。

 “ 俺 ”はそんなこと出来ないって。


 じゃあ俺は?

 この世界で生きられるように都合のいい感性を植え付けられて放り出されたコピーと言われた方が、今までの行動によほど納得ができる。


 じゃあ、やっぱり俺も魔力か何かで作られた紛い物なんじゃないか。


 体が崩れ落ちた。

 もう立っていられない。

 いや、立つってどうやるんだっけ?

 紛い物の体じゃあ分かんねぇよ。


「カサンドラ殿! しっかりなされよ!」

「……う、ぁ」

「カサンドラ殿!!」

「いったい何事……、カサンドラッ!? 」



 カサンドラ。師匠の名前だ。俺の名前じゃない。

 師匠として生きていくためにカサンドラと名乗った。

 でもこの体が師匠のものでないなら、俺はカサンドラじゃない。でも、俺がカンノテルヒコである自信もない。

 じゃあもう、俺は誰でもない。

 おれは、どうすればいい?


「おぉ、ヤディカか。すまぬ、このババが要らぬこと言ったばかりにこのような……」

「何て言ったの?」

「スケルトンという魔物についてじゃ。生まれる際に元の人物の骨を触媒として魔力が型どり、誕生する、と」

「……? じゃあ、今のカサンドラは、元の体を持ってない、ってこと?」


 そうだ。

 もう師匠の体はこの世の何処にもない。

 弔うことさえ出来なかった。

 元の世界に帰りたかったのに、帰ることが怖くなってしまった。

 もしもそこで俺がコピーだと分かってしまったら?

 きっと、生きていけない。


「うむ。カサンドラ殿にとってはこの骨が自分のものであるということが支えであったのだろう、儂はなんということを……」

「………………ねぇ、それだけ……?」


 そ、それだけって、アンタ……。

 俺結構ショック受けてるんですけど……。

 人であることに拘るのは、俺が俺で有るためにも必要なことだったんだ。

 なのに、体が魔力の塊って、そんなのアイデンティティが何処にあるんだよ?

 自分が自分で有ることの証明“ 我思う、故に我あり ”だったか?

 この場合、何の慰めにもならないよ。



「そ、それだけとは、ヤディカ、これがどれほどカサンドラ殿を傷つけたか」


 あ、ばぁちゃんとセリフ被っちゃった。

 ちょっと天丼ネタは勘弁して下さいます?

 やべぇ天丼食いたくなってきた。

 ショックを受けて、アイデンティティを失っても腹は減る。


 特にスケルトンと化してからは幾らでも食えてしまう。

 まさしくブラックホール。

 その内大食いを挑んでくる奴がいたら、絶対に勝って「俺の胃袋は宇宙だよ」って言おう。



 ははっ、こんな時でも俺は真面目になりきれないんだな。

 ばぁちゃん、あんまり自分を責めないでくれ。

 ばぁちゃんは背中を押してくれるつもりで言ったんだよな。ちょっとその場所がプラットホーム的なアレだっただけで、悪意はなかったってのは分かるから。


 ちょっとしたら立ち直るから、今は少しほっといてくれ。


「良いかヤディカ。人が人である為に、自分を自分として――――」

「あたしを助けてくれたのは“ このカサンドラ ”だから。“ 他のカサンドラ ”じゃない」

「…………!」

「…………!」




 ……。




 …………。




 ………………。




 ……そうだよな。


 どれだけ偽物で紛い物で薄っぺらかろうと、考えて、行動してるのは俺なんだよな。

 よしんば地球に本物の俺が居るとして、だとしたらどうだというんだ?

 もしかしたら俺自身は“ 俺 ”が動かすゲームのアバターかもしれない。

 でも、例えコントローラーに指示されて歩いているだけだとしても、俺が俺で決めて歩いていることには変わりない。

 俺は俺が本物か偽物か分からない。

 でもそれは俺が俺で有ることと矛盾しないんだ。

 馬鹿だな、俺。

 一応、中身はいいおっさんなんだけどな。

 こんな当たり前のことでウジウジ悩むなんて、青春真っ盛りの情緒不安定な中学二年生じゃあるまいし。

 あ、いや、中学二年生心の中に住んでたわ。

 名誉市民レベルで座り込んでたわ。

 じゃあ仕方無いね。

 そんな日もあるさ。


 凄いよヤディカさん。

 挫けそうになっている俺を立たせちまったよ。

 こんなこと、カサンドラ師匠にしか出来ないと思ってた。

 ありがとう。救われた気がするよ。


「……すまない。少し動揺した。ヤディカの言う通りだ。ありがとう」

「どういたし、まして」

「……カサンドラ殿、このババの失言、責は如何様にも」

「真実とは時に苦い。だが良薬口に苦しとも言う。貴女は正しいことを言った」



 落ち込んでいるけど、ばぁちゃんは悪くない。

 それだけははっきり言っていくよ。

 ていうかね、落ち着いてきたら一つの疑念が湧いた。

 聞くのが怖いが、聞かざるを得ない。

 ばぁちゃんの負い目を減らすためにも。


「良ければ教えてほしいのだが……。スケルトンが魔力で作られた疑似生命という話は、知っていて当然なのだろうか」

「はぁ、まぁ、そうですのぉ」


 ほらねぇ! 思った通りだよ!

 シッショー!!

 やっぱりアンタの知識不足が原因かぁ!!


「そ、そうか。ならば知らなかった私が悪い。本当に気に病まないでくれ」


 俺が悪いんですかねぇ?

 俺が悪いんですかねぇええ!?

 こう言わざるを得ないけど、納得いかねぇ!


「カサンドラ殿はお優しいの。感謝致しますぞ」

「あぁ」


 師匠。

 今日俺は自分で決めたルールを破ります。

 俺はスケルトンをやめるぞ! SISYOーー!!




 …………ふぅ。

 ちょっと頭冷やそうか?

 子供たちにも言ったけど、進化はとても大事なこと。自分の将来が決まることです。

 一度選択したらやり直しが効きません。

 落ち着いて決めることが何より大事なのです。


 どのような強さが欲しいのか明確に意識してレベルを上げれば自ずとその方向に強くなることができます。

 男衆が筋肉を強化し、盾役に特化したように。

 女衆がスキルを多く獲得し、毒を持ったように。

 子供たちの場合はまだまだ多くのことを見聞きし、体験して自分で考え、将来を決めなければならないので、進化は控えさせています。

 進化は可能性を広げも狭めもするのですから。


 進化すると決めたことで異様なテンションになってしまった俺を怖がり、ヤディカちゃんとばあちゃんはちょっと距離を置いている。

 良いじゃないのよ、ちょっと骸骨っぽく「クカカカカカカカッ」て笑っただけじゃないの。

 ほらもう落ち着いたからこっちおいで?

 来ないの?

 いいの?

 もう進化しちゃいますよ?



 俺の場合、進化するという方向で強くなることを今まで除外していたので、どんな進化をするかまったく考えていなかった。

 もはやどんな選択肢が有ったかも曖昧だ。

 一度しっかりチェックしなきゃな。




◇スケルトン・ソルジャー

 武器を扱うことを覚えたスケルトン。通常のスケルトンよりもHP・SP・攻撃力・防御力が高い。



◇スケルトン・ウィザード

 下級魔法を扱うことを覚えたスケルトン。通常のスケルトンよりもMPが高く、知恵が付き始めている。



◇スケルトン・シーフ

 隠密行動を覚え始めたスケルトン。通常のスケルトンよりも素早さが高い。暗闇のなかではより強力となる。



◇ブラックスケルトン

 高濃度の魔力を浴び続けたスケルトンの変異種。その影響で全身の骨が黒く変色している。不吉の象徴。



◇キメラスケルトン

 多数のモンスターの骨を組み合わせて造り上げられたスケルトンの変異種。材料にされた魔物によって能力が大きく異なる。





 ん?

 んん?

 気のせいか、選択肢が増えてない?

 この一番下のキメラスケルトンってのは無かったように思うんだけど。

 あれかね、『骨融合』を取得したから出てきた選択肢かね。

 でもなー、キメラかぁ。

 腕や頭が増えたり尻尾が生えるのは勘弁だな。

 増えたり生えたりしても骨なんだろうし。

 外見がより人外化するのは、今後文明圏に足を伸ばしていきたいと思っている俺には宜しくない。

 選択肢を見た当初も思ったはずだけど、やはりブラックスケルトンだな!


 ソルジャーやウィザード、シーフも捨てがたいけども、やはり私は日本人。特別とか限定とかいう言葉に弱いんだ!


 黒い骨、変異種、不吉の象徴、というイカニモな言葉の連続。

 この選択肢を選べと私のゴーストが囁くのよ。

 大地が俺にもっと輝けと言っている。


 恐らく《ステータス》はそう多く変化するまい。

 一度進化するとレベルは1に戻るらしいし。

 だが進化してレベルを上げればより強くなれるということはエルカ族の皆さんを見ていれば分かる。

 んっふふ、子供たちよ、進化したいだろうね。

 悪いね、私が先に大人の階段を上るよ。

 悔しければ君たちも早く大人になるんだね。


 さて、どうすりゃ進化出来るんだ?

 《ステータス》の時みたいに念じれば良いのか?

 うぬぬぬ、進化するぞー進化するぞー。

 ブラックスケルトンに進化するぞー!



 〈 個体名:カサンドラ・ヴォルテッラ/管野 照彦 が“ スケルトン ”から“ ブラックスケルトン ” に進化します〉



 お、インフォメーションさんがいらっしゃった。

 つまり進化が始まるということですな!


 進化がどのように行われるかは知っている。

 エルカ族達の進化を見せてもらったからね!

 こう、足元や周囲から綺麗な光がふぁーっと現れてね、それが繭のようになって進化する人を包んでしまう。そのまま一昼夜過ぎると、中から繭を破いて進化完了した人が出てくるのだ。


 進化というより羽化に近い?

 初めて進化を見たのは村長だったな。一晩置いた繭の中から筋肉もりもりの老人が出てきたからモンスターかと思っちゃったわ。

 この世界の進化にBボタンキャンセルが有効なら間違いなく連打していたな。


 進化は、種族としての限界を超えより強い種にステップアップする、世界が主導で行う儀式みたいなものらしい。

 よく分かんないけど。

 要は、頑張った分だけ強くなれる道が多い世界だっていうことだ!


 ぐふふ、ついに進化しちゃいますよ。

 俺だって本当はしたくない訳じゃなかったんだよ。

 師匠の手前、進化するのは不義理だと思っていただけなのだよ。

 ファンタジーな世界に生まれた以上、レベルアップやスキルゲットと同じくらい進化もしてみたかったのさ!


 足元から光が溢れだす。

 真っ黒な、光を飲み込む光が。


 おぉ、なんかアレだね、禍々しい感じがするね。瘴気とか殺意の波動とか、そんなのに近いイメージ。

 ふふ、ブラックスケルトンだからね。

 不吉の象徴だからね。

 そりゃあカラーも黒ですよ。


「カサンドラ、大丈夫、なの?」


 ヤディカちゃんが不安そうだ。

 まあ、俺が何に進化するかは教えてないからな。

 いきなりこんな地獄から溢れてるんじゃないかって光を見せられたら焦るよな。

 でも安心して!

 たぶん塗料みたいんもんだから!


「大丈夫だ。問題ない」

「……なんでだろう、余計に、不安になった」


 光が繭を形作り始める。

 さぁいよいよですね!

 次に起きたときはもう進化完了しているはず!


 それではヤディカちゃん、また会おう!

 おやすみなさい!



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