師匠巡り~其の二~
私は、アトラスへと向かい歩いていた。
アトラスとは、この大陸で一番大きな国である。
そこへ行くのには、もちろん理由がある。
それは私にとって、かけがえのない人が居るからである。
彼女の名前は「ミント」、魔法使いである。
魔法使いといっても、ただの、魔法使いではない。
――アイドルなのだ。
彼女は、魔法使いとしては超がつくほどの初心者なのだ。
だが、その可愛いさときたら天下一品なのである。
ミントの人気はアトラスのみならず東の大国、レガリアにまで及んでいる。
そんな彼女に逢えるのは、なかなかに難しいことだ。
しかし!今、まさにその好機が訪れているのだ。
アトラスの建国を祝う、祭りのゲストにミントが招かれている。
聞いた話しでは、一般の観衆の前でも魔法を披露するイベントが開催されるらしいのだ。
もしかしたら、そのイベントで、
「どなたか、お手伝いしてくださる方いらっしゃいませんか。」
とか、あるかもしれない。
その時は他の観客を、低級魔法で眠らせてでも私は壇上に上がってみせる!
そんな、妄想を抱きながら私はアトラスへと急いでいた。
街道は多くの人が行き交っていた。
それはアトラスに近づけば近づく程に顕著に表れていた。
そして、ようやくアトラスまで、あと少しに迫った時だった。
急ぐ私の肩を誰かが急に掴んだ。
「なにやつ!」
私は勢いよく振り返った。
振り返ったはいいが、そこには見慣れぬ男がいた。
「よう!久しぶりだな。元気そうでなによりだ。」
……どちら様?
私は必死に記憶を辿ってみた――分からない。
「おいおい。どうした?俺だよ。」
……更に記憶を詳細に辿る――知らない。
「クウガだよ。覚えているだろ?」
……クウガ、クウガ――知りません、人違い。
「おい!いい加減にしろ。」
……知らない人……敵……敵だ!
私は素早く低級魔法を唱え始めた。
「ハァー。お前、師匠の顔も忘れたのか。」
私は冷静さを取り戻した。
師匠?はて、クウガという師匠が私には居ただろうか?
私の頭の中はクエスチョンで一杯になった。
そもそも、私には九十九人もの師匠が居るのだ。
トンボ師匠みたいに個性溢れる人なら嫌でも忘れぬが、このクウガと名乗る男性の様に地味で、どこにでも居そうな人だと印象が薄い。
私はどうしたものか、と悩んだ。
「本当に忘れたのか……ならば、その身体に思い出させてやる。」
クウガは、構えた。
「どうだ、この構え。思い出すだろう。空牙飛翔拳を!」
そんな、変な構えに見覚えは全くない。
クウガは地面を蹴り、高く飛び上がる。
そして、太陽を背に急速降下して私に鋭い蹴りで襲ってきた。
「ま、まぶしい――ぐわっ!」
私はクウガの蹴りをもろに食らい、吹っ飛んだ。
「どうだ!思い出したか。」
私は立ち上がり、大きく首を横に振る。
「ならば、これではどうだ!」
クウガは私と反対方向に走り出すと、大木に向かって蹴りを放ち、その反動で私に襲いかかる。
私は、それを難なく交わした。
しかし、クウガは私の後方にあった木に向かい、くるりと反転すると、またしても木を蹴り、再び私に襲いかかる。
その速度は初撃よりも、明らかに速度を増していた。
私は、なんとか交わしたものの、
「このままでは、いつかはやられる。ならば――」と、無意識のうちにクウガと同じように木に向かい走り出した。
二人は高速で交錯し、互いに技を繰り出す。
そして私の拳が次第にクウガを上回る。
「くっ!やるな……弟子よ。」
クウガは倒れた。
確かに私の体はクウガの技を覚えていた。
だが……あなたの事は思い出せません。
私は師匠であるであろう男、クウガに一礼してその場を離れた。
「随分、無駄な時間を過ごしてしまった。ミントちゃ~ん。」
私がアトラスに辿り着くと、既に多くの人々が集まっていた。
会場を探し求め歩いていくと、ある一角に一際多くの人が集まっている場所を見つけた。
「間違いない、あれだ!」
私は人波をかき分け、ステージに近づく。
それは容易なことではなかった。
「てめぇ、押すんじゃねぇ!」
「貴様!前に行くな!」、等と罵られ殴られても、今の私は平気だ。
そして遂にステージの最前列まで躍り出た。
「み、みんとちゃん。」
確かにステージ上には彼女がいた。
黒のフード付きマントに膝丈程のピンクのワンピースという出で立ちが、よく似合う。
緑がかったショートヘアはミントの綺麗な緑の瞳とリンクしている様で美しかった。
「みなさーん。本日はお集まり頂きありがとうございます。これより手品を披露したいと、思います。」
ミントの高く透き通るような声が、私を奮いたたせる。
「手品といっても一応魔法使いなので、魔法を使ったイリュージョンを皆様にお見せ致します。どなたかお手伝いしてくださる人、いませんか~。」
そう言って、ミントは観客を見回す。
「き、きた!」
私は少しでもミントちゃんの目につくように、全身全霊をかけてアピールした。
「あっ!そこの元気な戦士さん。こちらへ来て頂けますか。」
「やってやった!」
もちろんミントちゃんの、ご指名は私だった!
いや、むしろ他の誰が選ばれようと、私は強引に壇上に上がっていただろう。
ステージに上がると、
「じゃあ、こちらに横になってください。」
用意されていたのはベッドだった。
「いったい何が始まるのだろう。」と、私の心臓は高鳴るばかりだ。
ベッドに横たわると、すぐにスタッフ共が私の手足を紐で縛った。
「お、おのれ。」
私は動けなくなった。
「さて、準備も整ったところで早速始めたいと思います。少し痛いかもだけど、我慢なさってね――戦士さん。」
痛い?
私は訳が分からないまま、頷くしかなかった。
しかし、今のミントちゃんの目つき……別人の様だ。
しかも、あの悪魔のような目は――
「じゃあ簡単に説明します。これから戦士さんの身体を切断致します。」
観客席は大歓声に包まれる。
「さあ、戦士さんの身体は元通りになるのか否か。じゃあいきますよ、チェーンソー!」
ミントちゃんは低級魔法のチェーンソーを唱えた。
「こ、これは!まさか――」
私は、とんでもない失態を犯していた。
「動くなよ。動くと――死ぬぞ。」
この手品と称するパフォーマンスは、我が低級魔法の師匠である、あの女の得意技である。
チェーンソーで切断した断面を素早く低級魔法で止血し、そして素早くばれないように、またしても低級魔法で切断面を縫い合わせるという荒業。
手品でもなんでもないのだ。
しかも、やられてる方は激痛に耐えねばならない、という理不尽きわまりないパフォーマンスなのである。
私は全身に力を入れた。
「うぉぉっ!」
そして全身を縛りつけていた紐を絶ちきると、起き上がり全力疾走で逃げ出した。
「うわぁ!ハーブティーだ!」
ハーブティー。
それが彼女の本当の名前である。
私は逃げた。
人の波に乗り、どこまでも。
やがて街の中心部である商店街へと辿り着く。
そこは屋台やらなんやらで、人々でごった返していた。
「人を隠すなら人混みのなかだ。」
私は、その他大勢に紛れ堂々と歩いた。
内心は、まだ心臓がバクバクとして、はちきれそうだった。
ようやく、落ち着きを取り戻した頃であった。
「おおい。久しぶりやな。元気しとったか?」
声をかけてきた屋台のおっさんに、私は満面の笑みを浮かべた。
「コッちゃんだ!」
それは、コットンキャンディー屋の、コッちゃん――私の師匠だ。
彼に教わったのは、綿飴の作り方である。
久しぶりに会ったコッちゃんは今も、厳つい顔で子供達に夢と希望の綿飴を売っていた。
「ほら、持っていけ。」と、コッちゃんは照れくさそうに綿飴をくれたのであった。
私は綿飴を片手に気分よく街を闊歩していた。
すっかり、あの女の事は忘れて。
「もしもし、何処へ行くんだい。」
恐怖は、前触れもなくやってくるものである。
おそるおそる振り返ると、そこにはやはり奴がいた。
「ハ、ハーブティー。」
私は、足がガクガクと震え、思わず綿飴を地面に落としてしまった。
「ここじゃあ、人目につく。こっちへ来なさい。」
私は裏路地に連れ込まれた。
「随分と久しいな、弟子よ。」
ハーブティーは私の胸ぐらを掴んだまま続けた。
「だいぶ強くなったと見える――うん、これなら生きていけるな。」
ハーブティーは、私から手を離すと、くるりと振り返り歩き出した。
「ああ、そうそう。時間があるなら、たまには遊びにおいで。家は昔のままだ。今は、新しい弟子の女の子がいる――可愛いぞ。それじゃあ、またな。」
ハーブティーは、そう言い残し再び歩き出した。
「可愛い女の子!是非お邪魔させて頂きます!」と、私は心の中で叫び、ハーブティーに一礼した。
日射しがちょうどいい、穏やかで暖かい日だった。
街の人々は幸せそうな顔で休日を過ごしていた。
幸福が少しだけ、私にも降り注いだ――ような気がした。
(完)
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では、次回作も宜しくお願い致します。