グリフォンブルー死闘編~Ⅷ部~
トンボとムーンは、よく戦った。
覚醒したトンボの強さは本物だったが、それでもコーエン兄弟には、全く及ばなかった。
「――という訳だ。いいな、頼んだぞ、クレア、クッキー。」
「姉さん。私、頑張るよ。」
「この作戦は、僕にかかっているといっても過言ではない――という訳ですね。」
ハーブティーの指示の元、クレアとクッキーが動き出した。
そんな中、広間の片隅では、また違う戦いが起きていた。
「よくも今まで私たちを欺いてきたな。アンダーヘアーよ。」
「あっしは強い者に巻かれただけでやんすよ、ディルク様。」
ディルクは悔しげに剣を抜いた。
「お前の事を信用していただけに残念だ。最後は私が始末をつけよう。」
「ディルク様――いや、ディルク!あっしに勝てると思っているでやんすか?そうだとしたら――あんた、ちょっと自惚れが過ぎるぜ。」
アンダーヘアーは、刃の短い剣を左右に一本づつ持った。
二刀流である。
「すぐに終わらせてやる」
ディルクは、「浮き足」で、アンダーヘアとのの距離を一気に詰め、「獅子の牙」を、繰り出した。
ディルクはアンダーヘアーを過小評価していたのかもしれない。
完全に終わったとディルクは、そう思っていた。
だが、アンダーヘアーはディルクの攻撃を、あっさりと避けた。
そして腰を落としたまま、素早く動くアンダーヘアーをディルクは目で追いきれなかった。
「いくでやんすよ!」
アンダーヘアーはディルクの、ふくらはぎ辺りを斬りつけた。
「ぐっ!」
ディルクは、たまらず膝をつき、うずくまった。
「今度は、その首を頂くでやんす!」
地を這うようにして、アンダーヘアーはディルクに迫った。
ドゴッ!
しかし、鈍い音と共にアンダーヘアーの攻撃を阻止された。
「な、なに!」
それを防いだのは、グリフォンブルーの象徴である、獅子の紋章の入った朱の盾であった。
ディルクは足をやられた瞬間から、背負った盾を手に持ち、アンダーヘアーの攻撃に備えていたのだ。
「アンダーヘアーよ。この盾を持たぬ、お前には私を倒すことは出来ぬ!」
「盾がなくても、あっしは負けないでやんすよ!」
アンダーヘアーはディルクの周囲を高速で旋回し、勝機を伺った。
「ここでやんす!」
ドゴッ!
「ならばこれで、どうでやんすか!」
ドゴッ!
その後、幾度となくアンダーヘアーは攻撃を試みたが、結果は全て同じであった。
ディルクの盾の前に、アンダーヘアーは何も出来なくなっていた。
「な、なぜでやんすか?そんな盾一つで、戦況が変わってしまうなんて。」
「お前には信念がないからだ、アンダーヘアー。私はサフィア様に忠誠を誓い、このグリフォンブルーにも忠誠を誓った。その忠誠心こそが、この盾だ。私が誇れる唯一無二の代物だ。」
「く、くそでやんす!」
アンダーヘアーは、ディルクに真正面から挑んだ。
それをディルクは、待っていた。
盾を引き、剣を前に突きだし、
「獅子の咆哮!」と、凄まじい突きを放った。
さすがのアンダーヘアーも、その鋭い突きを避けることは、不可能であった。
「ギャア――で、やんす……。」
アンダーヘアーはディルクの剣の餌食となった。
「今まで、ご苦労だった。」
ディルクは、裏切り者のアンダーヘアーに最後の労いの言葉を送ったのであった。
トンボとムーンの師弟は粘り強く戦っていたが、それも風前の灯であった。
三人で話し合っていた、ハーブティーたちの作戦会議は、ちょうどその頃まとまった。
「ムーン!師匠ともども退いてちょうだい。後は私たちが引き受けるわ。」
「すまない、俺も師匠も限界だ。後は頼む。」
ムーンは覚醒が解けそうなトンボを引きずって戦線を離脱した。
「今度は貴方たちですか。」
「女、子供とて容赦はしませんよ。」
コーエン兄弟の発言にハーブティーとクレアは思わず吹き出した。
「プッ!女はよいが――子供だってよ、クッキー。」
ハーブティーは、笑いをこらえながらクッキーに言った。
「子供扱いするな!」と、クッキーは腹を立てている。
「いい加減に茶番劇を、おしまいになさい!」
今まで黙って見ていたメルバ女王は、苛立ちながらコーエン兄弟を責めるように言った。
「はっ!」
「はっ!」
コーエン兄弟の顔つきが一瞬で変わった。
これまでの余裕の表情が消え去り、その顔には険しさが表れた。
「じゃあ頼んだよ。二人とも。」
ハーブティーの言葉に、クレアとクッキーは頷き、配置についた。
そして最初に動いたのは、クッキーであった。
「アシッド・レイン!」
クッキーは低級魔法を唱えた。
すると、コーエン兄弟の周囲だけにポツポツと雨が降り注いだ。
「……これは。」
「酸か。」
コーエン兄弟の防具がクッキーの発動した雨により、じわりと溶けだした。
「この程度で我らにダメージを与えられるとでも思ったか!」
ブラックはクッキーに向かっていった。
そしてホワイトは、ハーブティーとクレアの居る方向へと駆け出した。
ホワイトは、まずハーブティーを狙った。
剣を抜き、そのままの勢いでハーブティーへと斬りかかった。
キィイン!
しかし、ホワイトの刃はハーブティーには届かなかった。
寸前のところでクレアが防いだのだ。
「姉さんの邪魔はさせないよ。」
一方のクッキーも、すでに次の魔法を唱えていた。
「ミストボール!」
クッキーが唱えた魔法により、辺りには、ふわふわとした無数の白濁した、シャボン玉の様な物が浮かんでいた。
そして、その玉は同時に全て破裂した。
すると、玉の中に入っていた白く濁った煙の様なものが辺りを包みこんでいった。
目の前の、ほんの数メートルですら、全く見えない程の霧が突如、発生したようなものである。
「なんのつもりだ。」
「目眩ましということか。」
コーエン兄弟は本能的に、寄り添うように背を合わせた。
「今だ、姉さん!」
「師匠!」
クレアとクッキーの叫びに、ハーブティーは、魔法を発動させた。
これまで動かずに、ひたすら魔法の提唱を行っていたハーブティーが放った魔法は、彼女の新魔法であり、自身にとっては二つ目の上級魔法であった。
「いくぞ、『ブラックホール!』」
ハーブティーの魔法は、ちょうどコーエン兄弟が並ぶ霧の中央付近で発動した。
地面に広がる黒い影は、コーエン兄弟の足下に出現した。
そして、その影は地面に、ポッカリと空いた穴であった。
その穴は、クッキーが放った霧状の空気と共に、勢いよく吸い込んでいった。
同時にコーエン兄弟をも暗闇に吸い込んでいく。
それは、わずか数秒の出来事であった。
辺りの霧はきれいさっぱり晴れていた。
コーエン兄弟の姿も見当たらない。
「やった――のか?」
ハーブティーは半信半疑のまま、その場を眺めていた。
「師匠!やりましたね。」
「完全勝利だよ、姉さん。」
勝利を確信したクレアとクッキーとは違い、ハーブティーは何かが引っかかっていた。
本当ならば皆と喜びを分かち合いたいところだが、底知れぬ不安がハーブティーを襲っていたのだ。
「――少し油断したか。なかなか強力な魔法を使う女だ。」
「しかし、あの魔法の射程圏内は、そう広くはない。距離をとってしまえば何てことはない。」
どこからともなくコーエン兄弟の声が聞こえた。
「上だ!」
サフィアの声に一同、天井を見上げた。
「くそ!またか!」と、クッキーは悔しそうに言った。
「あれを避けたっていうの!?」と、クレアは信じれない、といった表情を見せた。
そんな中、ハーブティーは何となく、こうなることが分かっていた様子であった。
「さあ、二人とも。まだ敵は生きている。作戦を第二段階に移行するよ。」
クレアとクッキーは己を奮い立たせ、頷いた。
ハーブティーは再び魔法の提唱に入った。
その、ハーブティーをクレアが護衛する。
しかし、今度のコーエン兄弟は、冷静であった。
ホワイトとブラックは、まずハーブティーを狙って動いた。
「厄介なのは、あの女魔法使いだ。まずは奴をやるぞホワイト。」
「了解した、兄者。」
コーエン兄弟の前にクレアが一人、立ちはだかった。
「どけ!さもなくば、死ぬぞ。」
「邪魔をするな!」
「ここは私が食い止める!」
勇気を振り絞り、一人でコーエン兄弟を止めようとしたクレアであったが、力の差は歴然であった。
ホワイトの攻撃により、クレアは、その場に倒れてしまった。
そして、倒れたクレアにブラックの刃が襲いかかる。
「死ね!」
この時、クレアは死を覚悟した。
これまで、ずっと皆に引き止められていた私も、さすがに我慢の限界であった。
目の前で仲間が殺られそうになっているのを黙って見過ごす訳にはいかない。
私は、クレアを助けに飛び出そうとした。
だが、その時であった。
「兄者!後ろだ!」
ホワイトの声にブラックが気づいた時には、すでに遅かった。
「ソーン・ストリング!」
ブラックの体はクッキーの魔法により、荊のロープにより拘束されていた。
「おのれ鬱陶しい!」
クッキーの魔法をブラックは容易く引きちぎり、攻撃の標的をクッキーへと移した。
「まずい!」
クレアがクッキーの救出を試みて起き上がろうとしたが、すぐさまそれを、ホワイトが阻止した。
ホワイトの強烈な蹴りを食らったクレアは吹き飛び、ハーブティーの元へと転がった。
「きゃあ!」
「クレア!大丈夫か!?」
クレアは、腹を蹴られ苦しみながらも、頷いて答えた。
「そこでジッとしていろ!」
ホワイトがハーブティーとクレアの始末に動けなかったのは、私とサフィアに対しての注意を払っていたからである。
そうしている間にも、ブラックの魔の手はクッキーへと伸びていた。
「クッキー逃げろ!」
クレアは必死の思いで声を上げた。
しかし、クッキーは恐怖からか、その場を動けずにいた。
そして遂に、ブラックの腕がクッキーの胸ぐらを掴んだ。
ブラックは剣を振り上げ、
「虫の分際で邪魔だてしおって!」と、怒りを顕にしていた。
だが、クッキーにも実は狙いがあった。
もちろん恐怖心はある。
それでも、この状況を打破したいという強い気持ちを持っていた。
クッキーは己の命を投げそうとも、他の仲間たちには死んで欲しくない、と心からそう思っていたのである。
「む、虫けらでも、やる時はやるんだ!」と、クッキーは「リグレス」と叫び、そして「ネーチャー」と唱えた。
するとブラックとクッキーの体から、草花が生えだした。
それは二人の境界を無くし、一つになるかの様であった。
「な、なんだ、これは!?」
ブラックは力を入れ、草花を引きちぎる。
しかし、ちぎってもちぎっても、またすぐに、生えていく。
次第にブラックは、その動きが止まってしまった。
「兄者!」
ホワイトが助けに向かおうとしているのを、私とサフィアは背後から狙っていた。
ホワイトは、その殺気に気づき動けない。
「クレア。剣を貸してくれないか。」
長い、魔法提唱を終わらせたハーブティーがクレアに言った。
クレアは自分の剣をハーブティーへ渡した。
「姉さん。あのままでは、クッキーが死んじゃうよ。」
ハーブティーは、
「分かっている。あいつも私の愛弟子だ、死なせはしない。」と、クレアの剣を自分の前に立てた。
「ダーク・ウィング・ソード!」
クレアの剣から、ハーブティーはスッと手を離した。
すると剣の束の部分から左右に黒い翼が出現した。
黒く艶やかな翼は、まだ閉じた状態である。
「あ、あれは私のホーリーウィングソード!?ハーブティーも得とくしたのか!?――だが、羽の色が違う。」
私は、事の成り行きを唾を飲み込み見守った。
「いけ!クレアの剣よ!クッキーを救え!」
ハーブティーの意志が剣に伝わったかの様に、黒翼が、ゆっくりと、その翼を広げた。
そして剣は、もの凄いスピードでブラックへ向け、激しく横回転しながら飛び立った。
「その首もらった!」と、ハーブティーは確信に満ちた様に叫ぶ。
「兄者!」
ホワイトは、動く瞬間を逃した。
そして、たた兄ブラックを呼ぶことしか出来なかった。
ハーブティーのダーク・ウィング・ソードがブラックの首目掛けて飛んでいく――だがそれは、あと少しのところで起こった。
剣の軌道が突然、変わってしまったのだ。
それは、ハーブティーの魔力の限界が近いことを物語っていた。
とっておきの上級魔法を使った後に、上級魔法と同等の魔法剣を使ったのだから、仕方ないといえば仕方ない。
それでもハーブティーは、気力だけで剣の軌道の修正を試みる。
しかし、剣はブラックの首よりも上へと上昇した。
ブラックの頭部よりもが上だ。
――しかし幸運の女神は、まだハーブティーを見捨てては、いなかった。
ブラックがクッキーに対し振り上げていた右腕を剣が捉えたのだ。
ブラックの右腕は剣を持ったまま見事に吹き飛んだ。
「くっ!」
「ちょっと予定が狂ったけど――ざまあみろ。」
ハーブティーは力を使い果たし、倒れこんだ。
「姉さん!」
クレアも満身創痍ながら、必死にハーブティーを抱き抱えた。
一方のクッキーも、安堵からか、発動させていた魔法を解いていた。
「さすが師匠だ――僕は、ちょっと疲れたよ……。」と、クッキーも同じく倒れこんだ。
「おのれ!どいつもこいつも!」
ブラックは吹き飛んだ自分の右腕を拾い上げた。
その表情からは、すさまじい怒りを感じとることができる。
「皆殺しだ――ホワイト!こいつら全員、殺せ!」
「ああ、もちろんだ兄者。」
ホワイトは、クレアとハーブティーの方を見て、一気に斬りかかった。
キン!
その攻撃を止めたのはサフィアだ。
私が動くよりも一歩早くサフィアは動きだしていた。
「兄上の仲間を殺させはしない!」
「今度は、お前か――サフィア!」
サフィアとホワイトは、激しく剣を交わした。
私は少し迷っていた。
サフィアの援護へ向かうべきか、腕を一本失い疼くまっているブラックを仕留めるべきかで、だ。
その時であった。
混沌としてきた王の間に突き抜けるような一声が、とんだのは。
「これは何の騒ぎだ!」
その声に真っ先に反応を示したのは、メルバ女王だった。
「ウェル!こんな所に来てはいけません、目の毒だわ。あなたは次期国王。こんな血生臭い場所は私たちに任せておけば良いのよ。」
この時、私は初めて、もう一人の兄弟を見た。
まだ少年の幼さが残る王子であった。
しかし、その目には何か、確固たる信念の炎を宿しているような、そんな風に私の目にウェルは映った。
「母上。この城内で起きた、揉め事ならば、このウェルが始末致します。母上こそ下がられては――も、もしかして、彼は……レジェス兄さま!?」
そのウェルの発言に驚いたのは、私やサフィアだけではなかった。
いや、むしろ一番驚いていたのは、メルバ女王である。
「ウェル――どうして、その名前を!?」
ウェルはメルバの問いかけには答えず、私を見つめていた。
その大きな黒い瞳に私は吸い込まれそうになっていた。
「貴方は、レジェスなのか?」
その問いかけに私は、少し躊躇しながらも、深く頷いたのであった。




