グリフォンブルー死闘編~Ⅴ部~
私たちは、ついにデヴァイン城の中へと突入した。
驚くことに待ち構えている兵士は、いなかった。
私とアンダーヘアーは、城の奥へとつき進んだ。
「おそらく、サフィア様がいらっしゃるのは、王の間。急ぎやしょうレジェス様。」
私はアンダーヘアーの後に続き、王の間を目指した。
城の中は、もぬけの殻の様な静寂に包まれていて、どこか不気味であった。
しばらく行くと、アンダーヘアーは、ある扉の前で立ち止まった。
「ここが王の間でやんす。さあレジェス様。」
私は促されるままに、見事な獅子の彫刻の入った重厚な扉を開いた。
扉は歴史を感じさせる音を立てて、ゆっくりと開いた。
私は、一つ息を大きく吸い込み、扉の向こう側へ吸い込まれるように足を踏み出したのであった。
――デヴァイン城、城門付近の剣聖ラルナVS六牙将軍ブラッドの戦場。
「剣聖と呼ばれたとはいえ、やはりその老体では栄光も過去のものと成り果てる、か。」
剣聖ラルナは、ブラッドの前に膝を屈するような姿勢をとっていた。
二人の戦いを信じられない、といった表情でダマンは見ていた。
「ば、ばかな。ラルナ殿が歯が立たないなんてことが――」
「どこを見ておられる、黄金の剣士よ。」
ラルナに気をとられていたダマンを容赦なくボトムスの刃が襲う。
しかし、ダマンは落ち着いてボトムスの攻撃を払った。
ダマンは最初に剣を交わした時に、すでに見抜いていた。
ボトムスよりも自分の方が数段、強いと。
達人になればなるほど、敵との腕の差を瞬時に見抜くことが可能である。
ダマンとボトムスでは、まだまだ大きな腕の差があった。
しかしラルナ程の剣士であれば、相手との差が、より小さなものでも分かってしまうだろう。
この時のダマンには、ラルナの目にブラッドが、どう映っているのかを知る由もなかった。
「そろそろ、終わりにさせて頂こう。さらば剣聖!」
ブラッドの刃が完全に動きを止めたラルナへと振り下ろされた。
「ラルナ殿!」
ダマンは、思わずボトムスに隙を見せ、ラルナの元へ駆け寄ろうとした。
それをボトムスは見逃さない。
すかさずダマンへ向け斬りかかった。
「もらった!」
その殺気にダマンは気付き、ギリギリでボトムスの剣撃を避けた。
「ダマン、目の前の敵だけに集中しておかないと、死ぬぜ。」
ダマンは聞き慣れない声に、チラッと横目で確認した。
そこには、振り上げた剣を停止させていたブラッドと、何やら白い煙――いや、蒸気のようなものに包まれたラルナ?の姿が、あった。
「ラルナ……殿?」
その白い気体が、風に流されていくと、そこには一人の男の姿。
ラルナではない。
そう、ダマンは思った。
しかし、その手に持つ剣は紛れもなく剣聖の剣「キリュージョン」である。
金色の艶やかな髪が風に吹かれ、なびいている。
肉体には張りがあり、とても老体には見えない。
年の頃は、まだ二十代の若者のようであった。
「ほう、剣聖は妖術をも使うのか。」
ブラッドの言葉にラルナは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「アクティブセルという技だ。妖術なんかじゃねーよ。」
「ラルナ殿!その姿はいったい!?」
ダマンはボトムスに意識を向けながら訊ねた。
「どいつもこいつも、うるせえな。そもそも、俺は爺なんかじゃねぇ。まだ三十代前半だ。普段は使わない細胞を眠らせているだけだ。まあ爺の姿だと大抵の奴らが舐めてかかってくるからな。こちらとしては好都合ってわけだ。」
「ラルナ殿……私より年下だったとは。」
ダマンは、軽く項垂れた。
「本来の姿なんて久方ぶりだな。弟子にしか見せたことない姿だ。」
「おもしろい!やはり只者ではなかったか、剣聖ラルナ!」
ブラッドは喜びに震えるようにして言った。
「ブラッドよ、貴様の強さに敬意を払って、この姿に戻ったのだ、楽しませろよ。」
「もちろん――血を求めよ我が剣、ブラッドサッカー!」
「ニヒリスティック!」
ブラッドの剣技をラルナの剣技が、かき消すように発動した。
「さきほどまでとは別人だな。ならば遠慮なく殺してやる。」
ブラッドの動きが加速し始めた。
それは、およそ人の動きとは思えぬ程の俊敏な動きでラルナを撹乱していく。
「ついてこれるか、剣聖!」
「舐めんな、ブラッド。」
ラルナも動いた。
ブラッドと同等か、それ以上の動きで二人は剣を交える。
その戦いに目を奪われていたのは、ダマンとボトムスであった。
「これは、もはや人の戦いではない。」
「これがブラッド様の本気……恐るべし。」
二人は完全に己たちの戦いを忘れ、ラルナとブラッドの戦いに見とれていた。
「こんなもんか、ブラッド?」
「くっ!まだ余力があるとでも言うのか。」
少しづつではあるが、ラルナの動きがブラッドの動きを上回り始めていた。
もちろん、それは非常に些細なもので、戦っている当人たちだけにしか分からないレベルである。
この戦いを見ているダマンやボトムスには、理解できないものであった。
「お前は強い。だが、それは一人の人間としてだ。もはや人の壁を越えた俺には絶対勝てねぇ。」
「ほざけ!まだいける。私はまだ――。」
ブラッドの動きが更に加速しだした。
「おもしろい、人の壁に挑戦しようというのか。その心意気に俺も全力で応えてやろう。ゆくぞブラッド!」
二人の動きが、ほぼ同等になった。
「い、いける!私は限界を越えた!剣聖に追いついた!」
ブラッドは、これまでの己の強さを越えた。
そして、目の前のラルナにまで辿りついたことを実感していた。
――しかし、それは束の間の幻想に過ぎなかったことを思い知る。
ラルナは、これまでとは比べものにならない動きを見せた。
自身のギアをトップにまで上げたのだ。
それは、もはや目で追うことすら困難なほどであった。
「そ、そんな馬鹿な!これが剣聖の本気……なのか!?」
ラルナの壮絶な動きにブラッドは諦めたように動きを止めた。
「終わりだ、ブラッド。」
ラルナの動きが閃光となる。
「崇高な刃!」
その刃がブラッドを捉えた。
「グハッ!」
「ブラッド様!」
ボトムスはダマンとの戦いを完全に放棄し、ブラッドへと駆け寄った。
「死んではいない。早く手当てしてやれ。」
ボトムスは無言で頷き、ブラッドを抱えた。
「そいつに……ブラッドに伝えておいてくれ。また遊ぼうぜ、ってな。」
ボトムスは、またしても無言で頷きブラッドをつれ、消えた。
「ラルナ殿、凄いものを見せて頂き――うわぁぁあ!」
ダマンがラルナの元へ行き、声をかけた瞬間だった。
ラルナの姿が元の年寄りの姿に戻った。
「おお!ダマン殿。そんな声を出されて、どうなされたかな?」
「き、急に姿が変わったもので、少々驚きました。しかし、そちらの方が私の慣れ親しんだラルナ殿ですな。ワハハハ。」
「ダマン殿……いや、ダマン。黙れ。」
ラルナは一瞬だけ本来の姿に戻り、ダマンを一喝したのであった。
――デヴァイン城、城内・王の間。
扉を開け中に入ると、そこは広い空間が待ち受けていた。
広間の奥には、祭壇のように飾られた玉座が座っている。
その玉座には誰も座っていない。
だが、その両脇に二人の男が立っていた。
そして、その足元には一人の男が倒れている。
その倒れた男は苦しそうに、こちらを振り返り言った。
「な、なぜここへ来た……兄上。」
それは六牙将軍の一人であり、王の子であり、レジェスの腹違いの弟である、サフィアであった。
私は、サフィアを救いに来た。
そして、状況が飲み込めないまま、サフィアの元へと走った。
「ようこそ、おいでくださいました。正統な後継者レジェス様。」
「真の王の帰還ですな、兄者。」
玉座の両脇に立つ、白と黒のマントを羽織った二人は、私にそう言った。
私は、それには耳を貸さずサフィアの元へ行き、抱き起こした。
「兄上、どうして来たんです?ここには来るなと、ディルクに伝えておいたはず。」
私の頭は軽く混乱していた。
確か、サフィアが私の助けを必要としていたはず。
「ま、まさか……貴様が。」
サフィアの視線の先には、アンダーヘアー。
「そう責めるなサフィアよ。」
「そうだ。彼は元より私たちの放った間者。」
二人の白と黒のマントはアンダーヘアーを手招き、自分たちの側に呼び寄せて言った。
「貴様、ディルクを裏切ったのか!」
「だ・か・ら!あっしは最初からブラック様とホワイト様に仕えているって言っているでやんす。」
「サフィアよ。お前の配下のディルクが情報収集に、このアンダーヘアーを使っていたのだ。」
「そこで我らが偽の情報を与え、このアンダーヘアーからディルクへと伝わった、というわけだ。」
「そうでやんす。サフィア様が兄上のレジェス様に助けを求めているってね。」
「兄上……済まない。こんな形での再会になってしまって。俺が不甲斐ないばかりに……。」
私は首を横に振った。
そんなことより、血を分けた兄弟に再び会えたことが幸せだったからだ。
「感動の再会中に申し訳ないが、自己紹介をしておきましょう。」
黒マントが言った。
「まず私が双牙宰相の一人、ブラック・コーエンと申します。」
「私がブラックの弟であり、双牙宰相の一人、ホワイト・コーエンです、レジェス様。」
銀髪の長髪がホワイト。
黒髪の短髪がブラックである。
兄弟の割りには、顔は全く似ていなかった。
それは、サフィアとレジェスにも言えることである。
「兄上、気をつけろ。この二人は人ではない。」
その、サフィアの言葉が何を意味するのか。
ついに辿り着いたデヴァイン城で、この後、起こる出来事が私の人生を大きく変えることを、私はまだ何も知らないのであった。。




