グリフォンブルー死闘編~Ⅲ部~
「ご気分はいかがでやすか?」
私はうっすらとした意識の中、アンダーヘアーの問いかけに頷いて応えた。
少しばかり意識を失っていたのだろうか、気がつくと私は木に、もたれかかり木陰に座っていた。
恐らくは、ほんの僅かな時間だったはずだが、不思議と頭の痛みは全く無くなっていた。
あれほどの激痛だったのが嘘みたいである。
私は立ち上がり、アンダーヘアーと共にデヴァイン城へ向け、再び歩みだした。
私たちは目立たぬよう、メインストリートから脇に逸れた小路をひっそりと歩いた。
その道を歩くこと、数分後のことだった。
私の前を歩くアンダーヘアーが突然声を上げた、
「なんじゃ、あれは?」と。
見てみると、道の真ん中に何やら大きな障害物がある。
落石でもあるのだろうか?と、周囲を見回すが、どうやら違うようである。
少しづつ近寄っていくとようやく、それが人だということに気がついた。
その大きさに私は、
「まるで巨人ではないか!」と、目を丸くしたほどだった。
「こいつぁ六牙将軍の一人、ファットですぜ、レジェス様。」
アンダーヘアーの声で、やっとファットは私たちの存在に気づいた様子である。
「あっ!本当に来た。やっぱりブラッドの言うことは間違いないんだな、うん。」
「ブ、ブラッド様の入れ知恵か。こいつぁ厄介ではありやすが、ラッキーでもありやすぜ。ここにブラッド様が直接やって来ていたら、なす術がありやせんが、このファットなら何とかなるやも、しれやせん。なにせ、この太っちょは六牙将軍の中で最弱。あっしにお任せあれ!」
アンダーヘアーは勢いよく飛び出し、剣を振りかざしファットに突進した。
私は、ものすごく不安であったがアンダーヘアーを信じてみた。
「おりゃぁあ!――ギャフン!」
アンダーヘアーは敢えなくファットの強烈な平手打ちにあい、吹き飛んで戻ってきた。
「すいやせん!やっぱ、あっしには無理でした!」と、アンダーヘアーは体育会系ばりに、頭を下げた。
「ここは私の出番だな。すぐに終わらせてくれよう。」と、私は低級魔法「パンチャー」を唱え、強化した拳でファットに殴りかかった。
私の俊敏な動きにファットは、やはりついてこれない。
ファットの懐に入った私は強烈なパンチを、がら空きの腹に打ち込んでやった。
しかしファットは、
「……ん?なに?」と、まるで効いていない様子だ。
「ば、ばかな!完璧に鳩尾に入ったというのに。」と、私は信じられなかった。
「もう、終わりなの?」というファットの言葉は、私の神経を逆撫でした。
「上等だ!この太っちょめ!私の本気を見せてやる!」と、私は上級魔法の提唱に入った。
「ああ、レジェス様!こんな奴に力を使ってしまっては、いけやせん!この後には、まだ強力な奴らがいるんですから!」と、アンダーヘアーは慌てて私を止めに入った。
しかし私は、退くつもりはない。
どのみち、ここを通らねばならないのだ。
さっさと、この太っちょを倒すのが先決である、と私は突き進んだ。
「ばか者!冷静にならんか!」
突然聞こえてきた、その声に私は凍りついたように動きを止めた。
「こ、この声は……。」と、私は声がした方を恐る恐る見た。
「ハ、ハーブティーだ!」と、私は取り乱した。
「落ち着け!と、言っておるだろうが。」と、ハーブティーは私に拳骨をお見舞いした。
「相変わらずだな、お前は。」
「本当本当、変わらないね。」
私の目の前には恐怖のハーブティーの他に、二人の懐かしい顔がいた。
――クレアとクッキーだ。
「お前には色々と世話になったからな。今度は私が助けてるぞ。」
「礼は要らないよ。僕たちは仲間だからね。でも一応、貸しだからね。」
私は自然と笑顔が溢れた――若干、クッキーの物言いには棘を感じるが、まあそれは置いておこう。
「さて、じゃあやろうか。お前は過去との因縁に決着をつけてこい。」と、ハーブティーは言った。
私はハーブティーに深々と頭を下げた。
「気にするな。お前は私の可愛い弟子だ。早く行け。」
そう自然に口にするハーブティーを、私は自然と心から尊敬できた初の瞬間だった。
「クッキー、奴の腕を封じるぞ。」
「はい師匠。」
ハーブティーとクッキーは同時に魔法を唱えた。
「ワイヤー!」
「ワイヤー!」
二人のワイヤーがファットの両腕に絡みつき自由を奪った。
「今だ!行け!」
私とアンダーヘアーはファットの両脇をすり抜けるようにして、走り抜けた。
「みんな。どうか無事で。」と、心から願いながら、私は走ったのであった。
――こちらは、ギャツビー対アーキュラの戦場。
「ギャツビーよ。こちらは我らに任せておけ。お前は存分に戦うがよい。」
「オリオス様。お言葉に甘えさせて頂きます。」
ギャツビーとアーキュラは一騎討ちとなり、残りの百人程のグリフォンブルー兵は、四大剣士が相手をすることになった。
「それでは思う存分に暴れさせてもらうとしよう。」と、まずは剣帝クラブが剣を抜いた。
「天剣ヘブンズショット!」
クラブの攻撃にグリフォンブルーの兵士たちは防御する間もなく、バタバタと倒れていく。
「それじゃあ私も。」と、ロザリアも剣を抜く。
「フェザーグリッター!」
ロザリアは華麗に舞うように敵を翻弄し、倒していく。
「……いくぞ……」と、邪気を含む剣を抜いたのは、ジェイソンだ。
「……邪剣皆殺し!」
ジェイソンは人が変わったように輝きを増し始めた。
「フハハハ!死ね死ね死ね!」と、何かに憑かれた様に敵を倒していく。
「……相変わらず恐ぇ奴だな。よし、気を取り直して次は俺がいこう。」と、オリオスは剣を抜く。
「ゆくぞ!我が剣技、ムーライトセレナーデ。」
オリオスは優雅に、そして美しく敵を倒していく。
「オリオスの技はメルヘンチックだね。まるで乙女が繰り出す剣技みたいだわ。」と、ロザリアが皮肉交じりに呟いた。
「ば、ばかなことを言うな!俺の剣は芸術だ。お前らみたいな雑な剣技とは一味違うのだ。」と、オリオスは怒った。
「それは聞き捨てならんな。」
「ええ、本当。誰の剣が雑ですって。」
「……貴様も殺す。」
オリオスの一言から、四人は一触即発状態になってしまった。
「ギャツビー。お前の師匠たちは仲間割れを始めたぞ。」と、アーキュラは口許に薄く笑みを浮かべて言った。
だが、ギャツビーは慌てることなく、
「構わんさ。いつものことだ。それに見てみろ。」と、冷静に返した。
アーキュラはギャツビーに注意を払いながら、チラッとオリオスたちを見た。
アーキュラの瞳に映った光景は、彼が予想だにしなかったものだった。
「お前は、いつもそうだ。このナルシストめ!」
「そんなんだから、女の子にもてないのよ!」
「死ね!オリオス!」
「まとめてかかって来い!雑魚どもが!」
レトの四大剣士は、激しく火花を散らしながら剣を交えていた。
しかし、彼らは互いに戦いながらも、周囲のグリフォンブルーの兵士を確実に倒していた。
グリフォンブルーの兵たちは、四人の戦いに巻き込まれるようにして、訳が分からないままに討ち取られていたのである。
そして気がつけば、アーキュラの配下のグリフォンブルー兵は全滅してしまっていた。
ようやく四人の戦いも収まり、
「ギャツビー、こっちは終わったぞ。我らは先に行くが、そいつは任せてよいか。」
「オリオス様。問題ありません。先に行ってください。」
そのギャツビーの言葉が発せられると同時にアーキュラは動いた。
「ここを通す訳にはいかぬ!」と、アーキュラはオリオスに斬りつけた。
しかし、ギャツビーもまたアーキュラの動きに合わせて動いていた。
「お前の相手は私だ。最初の立場とは、まるで逆になってしまったな、アーキュラ。」
「くっ!ギャツビー。」
その間にオリオスら四人は先を急ごうと橋を渡りきった。
だが、そのオリオスたちを待ち構えている者たちがいた。
「どうやら間に合ったようですな、アーキュラ様。」
「助太刀に参りましたぞ。」
ラッシュ兄弟が軍勢を率いて、現れたのだ。
「ブラッドの差し金か。余計な真似を。」と、アーキュラは吐き捨てるように言った。
「また敵が増えてしまったな。」
「うっとしい奴らだ。」
「いくら来ても私たちには敵わないのにね。」
「……フフフ……また皆殺しだ。」
オリオスたち四大剣士は、すぐに戦闘を開始した。
「こちらも、さっさと決着をつけようか、アーキュラ。」
「望むところ!」
ギャツビーとアーキュラの闘いは熾烈をきわめた。
「王の制裁!」
「赤い牙!」
互いの剣が折れんばかりの攻撃を二人は繰り出していく。
「――ギャツビーよ、貴様は何故グリフォンブルーを捨てた!?」
「それは前にも言っただろう、アーキュラよ!」
「そうか。やはりウェル様が国王になるのが許せぬ、ということか。」
「当然だ。本来ならレジェス様が正統な世継ぎだ。それに、もしもレジェス様がいなかったとしても、次に継承権を持つのはサファイア様の筈だ。それを、あのメルバ女王は己の保身の為に王を、たぶらかし、挙げ句のはてにはレジェス様を亡き者にまでしようとした、反逆者だぞ!そんな女狐に操られてしまった国王様の元では、私は働けない。お前は、どうなのだアーキュラよ!」
「俺は……俺は国王様に忠誠を誓った。国王様の意思こそが、このグリフォンブルーの全て。貴様とは、違うのだギャツビー。」
アーキュラの剣は凄まじかったが、ギャツビーは見抜いていた。
それはアーキュラの剣に、どこか迷いがあるということを、とっくに見抜いていた。
それは、まるでギャツビーに倒してくれと、言っているようにさえ思えた。
そして二人の勝負は、あっさりとついた。
「ぐっ!……さすがだ、ギャツビー。」
「アーキュラ、私は勝ったとは思っていない。いや、むしろ託されたと、受け取ってよいな?」
アーキュラは、笑みを浮かべ頷いた。
「ギャツビー、一つだけ言わせてくれ。この国には女狐の他に二人の魔物が住み着いている。グリフォンブルーの本当の敵は、そいつらだ。お前なら分かるよな――友よ。」
「ああ、分かっている。お前は、そこで休んでいろ。」
ギャツビーは去り際に一言、アーキュラの方は見ずに呟いた。
「この一件が終わったら、久しぶりに一杯やろうぞ。」
アーキュラは、こちらを見ていないギャツビーに対して静かに頷いた。
「我らが……負けるなんて。」
「ば、ばかな……強すぎる……。」
ラッシュ兄弟を最後に、援軍に来たグリフォンブルー兵は既に全滅していた。
「よし、今度こそ終わりだろ。」
「もう帰りてぇな。」
「何、言ってるのよクラブ。まだレジェスちゃん達は戦っているのよ。師匠である私たちが最後まで見届けなくて、どうするのよ。」
「……まだ殺り足りない……。」
「オリオス様。こちらも終わりました。さあ、レジェス様の元へ急ぎましょう。」
ギャツビーと四大剣士も、またデヴァイン城へと向かい歩み始めた。
最終決戦の足音が、季節の移ろいの様に刻々と近づいていた。




