女のプライド
私たちはグリフォンブルーへ向け順調に海を進んでいた。
「船長。そ、そろそろ食料や水を補給しないといけないんだな。」と、小心者の副船長スライドが船長ビーナスに報告した。
「そうか。それでは、これから物資調達のためオシダス島へ寄ろう。」
ビーナスの提案により、私たちはオシダスという島へ立ち寄ること、となった。
ビーナスの配下、メープルの話しによると、オシダス島はギアン大陸の南部軍事同盟国の一つ、シュヴァレの領土であるという。
オシダス島は様々な船が行き交う海路の中心である。
商船や観光船に限らず海賊船も気軽に立ち寄ることができる島だ。
ただし島の規律は、とても厳しい。
一切の争い事を禁じているのだ。
それだけではない。
海賊たちが、この島の付近で略奪行為を行えば、容赦のない厳しい取り締まりが待っている。
シュヴァレの海軍は屈強な猛者揃いで有名であるのだ。
海賊たちも、そんなシュヴァレ海軍とは敵対したくはない筈だ。
そんな訳で、オシダス島は治安が良い。
――以上がメープルから得た、オシダス島の情報である。
翌朝、船はオシダス島の港へと到着した。
港には、たくさんの船が停泊していたが、海賊船らしき船は一隻も見当たらなかった。
どうやら、ここでは海賊旗も、ご法度らしい。
ビーナスの船に掲げられていた旗も既に下ろしてある。
久々に船を降りて大地を踏みしめた。
港付近には市場があり、活気づいている。
確かに人相が悪い連中もいるが、普通の一般人も多く見受けられる。
争い事などない健全な町のようだ。
「よし。じゃあ、それぞれ手分けして必要な物を揃えておいで。」と、ビーナスは手下たちに指示をだした。
そして、私とメープル、スライド、ビーナスの四人が、その場に残った。
「姉御――じゃなかった、船長。これからどうします?」と、メープルは目を輝かせて訊ねた。
「そうだね……ってか、あんたも食料の調達があるだろ。」
「えーっ!せっかく陸に上がったんだから、遊びましょうよ。」と、メープルは駄々をこねた。
「ハハハッ!子供のお守りは大変だな、ビーナス。」と、いう女性の声が聞こえた。
「その声は――やはりお前か、アン。」
ビーナスに負けず劣らずの、セクシーなブロンド美女が数名の手下らしき男を引き連れ現れた。
「こんな所で会うなんて奇遇だね、ビーナス。」
「ふん、会いたくもなかったけどね。」
私は、二人の関係性を知らない。
するとメープルが、
「あの二人は幼馴染みであり、ライバルでもあるんだ。今では超がつくほどの犬猿の仲だけどね。」と、呟いた。
「せっかく会ったんだし、このまま、『さようなら』ってのも、つまらないわね、ビーナス。」
「そうね。それについては同意見よ、アン。」
そして二人は、
「勝負よ!」
「勝負よ!」と、声をシンクロさせた。
「息ぴったりではないか。本当は仲がいいのでは?」と、私は思った。
ビーナスとアンは互いに剣を抜こうとした。
「ち、ちょっとビーナス船長。ここでの争いごとは御法度なんだな。」と、スライド副船長が止めに入った。
「アン船長も止めてください。」と、手下に宥められている。
「ええい、離せ。ここで、どちらが世界一の海賊か、決着をつけてやる!」
「力の差を見せてやるわ、アン!」
二人のプライドは激しくぶつかり、収まりそうもない。
そんな二人の女海賊を眺めていたギャラリーから、声が上がった。
「世界一の海賊だあ?それは聞き捨てならなねえな!」
人を掻き分けて現れたのは、隻眼の男だった。
後ろには、ぞろぞろと手下を連れている。
「あれは、海賊ハイディーだ!」
「ハイディー!?あの、史上最強最悪と名高い海賊か!」
この騒動に興味をもち始めた人々が、だんだんと集まりだしていた。
「ちょっと待ちなさい!世界一といえば、私しかあり得ないでしょう!」
今度は、えらく品の良い、ヒョロヒョロした色白の……ちょっとお姉っぽい男が現れた。
「ありゃあ、レトの海賊、アヴィルだぞ!」
「あいつが冷酷非道と噂のアヴィルか!?」
いつの間にか、私たちは多くの野次馬たちに囲まれていた。
「邪魔をするな、カス共が!」と、アン。
「今日は珍しく意見が合うな」と、ビーナス。
「いきがるなよ、女海賊が!」と、ハイディー。
「どいつもこいつも、虫けらだわ。」と、アヴィル。
現場は一触即発状態であった。
すると、突然
「これは何の騒ぎだ、海賊!」と、いう声がした。
気がつくと、この島の兵士が辺りを囲むように配置されていた。
「おいおい。今度はシュヴァレ海軍小隊長、ドリンキーか!」
「出た!海賊潰しのドリンキー!」
短い金髪を全て逆立てている、マッチョな軍人、ドリンキーの登場に海賊たちは少し冷静さを取り戻した。
「貴様ら、まさかここで決闘でも始めるつもりでは、ないだろうな?」
「なに言ってんだ?俺たちは世間話し、していただけだぜ。」という、ハイディーの機転に他の三人も便乗した。
「そう、ちょっとゲームでもやろうか、って話をしていたのよ。」と、アヴィルが話の舵を少し切った。
「ほう。どんなゲームだ?」と、ドリンキーは怪訝な表情で聞き返した。
「え、えっと……ここにこう、円を描くのよ。」と、アンは地面に大きく円を描いた。
「それで?それからどうするんだ?」と、ドリンキーは、ますます怪しむように、訊ねた。
「こ、この円の中に二人が入って――」
「入って――で?」と、ドリンキーは苦しくなっていくアンの表情を楽しむように答えを急かした。
「押し出すのよ……そう!円から押し出した者が勝者となる、のよ。」と、ビーナスは必死に答えた。
「なるほど――それは面白い。よし、俺がジャッジしてやる。やってみろ。」と、ドリンキーは審判を買って出た。
「それじゃあ組み合わせを決めましょう。誰か、くじを作ってちょうだい。」と、アヴィルは乗り気になっていた。
そして、四人が順番に番号が書かれた紙切れをひいた。
そして、苦し紛れから生み出されたゲームが始まった。
第一試合は、アン対アヴィルである。
「これは純粋な力比べ、この女海賊では私の相手にならないわ。あなた、代理を立ててもいいわよ。」と、アヴィルは余裕の様子である。
その申し出にアンは、てっきり腹を立てると予想したが、
「あら、そう。じゃあ、お言葉に甘えて――デニー!」と、言った。
そして、呼ばれて出てきたのは、推定二メートルを越す巨体の男だった。
「ち、ちょっと!それは反則よ!」
「あなたが言い出したのよ、アヴィル。男に二言でもあるの――ああ、そうか。男じゃなかったわね、貴方。」
「くっ!い、いいわ。そいつと勝負してあげるわ。」
「よし、それじゃあ始めるぞ――始め!」
ドリンキーの開始の合図にアヴィルはデニーに突進した。
しかし、デニーは微動だにしない。
あっけなく、弾き飛ばされてしまったアヴィルは、あっさり円の外へ。
「そこまで!勝者アン!」と、ドリンキーが勝ち名乗りを上げた。
「よくやったデニー。勝負は勝ちゃあいいのよ、勝ちゃあ。」と、アンは満足気であった。
「続いて、ビーナス対ハイディー!」
「こちらも代理で構わないぜ、女神様。」と、ハイディーもアヴィルと同様の提案をした。
「そうね。力では、あなたに敵わないものね。」と、ビーナスは部下たちを見回した。
副船長のスライドはビーナスと視線が合わないように、遠くを見ていた。
そしてビーナスの視線は私のところで、ピタリと止まった。
「お願いできるかしら?」というビーナスの要請を私は二つ返事で引き受けた。
「ここでビーナスちゃんに、いいとこを見せれば――フフフ。」と、私は妄想を膨らませた。
「では、これよりビーナス対ハイディーを始める――始め!」
私は、知っていた。
咄嗟の思いつきで生まれたと皆が思っている、このゲームが実は某国のれっきとした競技であることを。
そして私は、その王者の弟子であることを皆は知らない。
「このゲームは単なる力比べなどではない。相手との駆け引きが大事なのだ――ですよね師匠。そして、その術を私は心得ている。」と、私は心の中でライデン師匠に感謝した。
「では、始め!」
ドリンキーの開始の声にハイディーは私めがけて突進してきた。
「よし、ここだ!」と、私は師匠から教わった技を披露した。
「チート・キャット!」
パン!
私は突進してくるハイディーの目の前で両手を叩き、大きな音を出した。
それに驚いたハイディーは突進を止め、停止した。
「な、なんだ、そりゃあ!?」
「フフフ、動揺しておるな。よし、大成功だ!」と、私は次の行動に出る。
腰を落とし敵目掛けて、
「スラッピング、スラッピング!」と、ハイディーに対し張り手を連続で繰り出した。
「ぐっ!調子に乗りやがって!」と、ハイディーは私のスラッピングの嵐を避けようともせずに、突き進んできた。
そして私を掴むと、ものすごい力で円の外へ押し出しにかかった。
私は不意をつかれ、円の縁まで追いやられた。
「ま、まけぬ!」と、私は渾身の力を込め、奥義を繰り出した。
「うっちゃり!」
私の技は見事に決まり、大逆転を成し遂げた。
「くっ!なんて野郎だ。」と、ハイディーは悔しさを滲ませた。
「勝者、ビーナス海賊団!」というドリンキーの一声に、集まった野次馬たちから歓声が巻き起こった。
「なかなか、面白いゲームじゃないか!」
「ああ、シンプルなだけに見てる方も分かりやすい。」
「意外に熱くなっちまったよ。」
人々は興奮冷めやらぬ様子である。
「では、最終戦だ!アン海賊団対ビーナス海賊団!代表者出てこい!」と、ドリンキーもいつの間にか熱くなっていた。
「デニー、絶対に勝ってくるんだよ。負けは認めないからね。」
アンの言葉にデニーは、「オッス!」と、気合い充分である。
「頼んだよ。この勝負だけは絶対に負けられないの。」というビーナスの頼みに私は全力で頷いた。
「では決勝戦、始め!」
私とデニーは円の中心部で睨み合った。
すると突然デニーが、ボソボソと何やら呟くように、私に話しかけてきた。
「なあ、ちょっと提案があるんだが、そのままで聞いてくれ。この勝負――引き分けにしないか?」と、デニーは早口で言った。
「この男は何を言っているのだ!?」と、私はデニーを見た。
デニーは続ける、
「うちの船長は、おたくの船長に負けることだけは、絶対に嫌なんだ。それは、そちらも同じだろう?どちらが勝っても負けても、どちらかが屈辱を味わう。しかも、その怒りは俺たち、手下に向けられるんだ。だったら引き分けという形が一番いいんじゃないか?」
確かにビーナスは、アンにだけは負けたくないという思いが強い。
この、デニーという男に負ける気はしないが、簡単に勝てるような男でもないだろう。
しかも私が勝ってしまえば、アンの手下たちも気の毒である。
ここは、皆が平和的に終わるのが理想かもしれない。
私は、そう結論づけた。
そして、私はデニーの提案に乗ることにした。
「よし。それじゃあ二人とも突進して、弾かれて円から出よう。」というデニーに私は頷いて応えた。
「いくぞ!うぉぉお!」
ドン!
私とデニーは激しくぶつかり、吹き飛んで倒れた。
「おおっと!これは……両者、円から出てしまった!引き分けだ!」と、ドリンキーが叫んだ。
「引き分けだってよ!」
「スゲーな!二人とも吹っとんだもんな。」
「両方とも、よく頑張ったな。」と、観客からは惜しみない拍手と歓声が送られた。
「ちょっと待って!引き分け?そんなの無いわ!」
「私もアンに賛成よ!冗談じゃないわ。こうなったら私たちで勝負をつけましょう、アン!」
「上等よ、ビーナス。泣いても許さないからね。」
私とデニーは顔を見合わせた。
思いもよらない、展開にデニーは首を横に振った。
「おお!これは両海賊団の頭同士の激突か!」
「いいぞ、やれやれ!」
「女の戦いだ!」
野次馬たちは盛り上がる一方だ。
「では、これが本当のラストマッチだ。アン対ビーナス、円の中へ。」と、ドリンキーは二人を呼ぶ。
ビーナスとアンは円の中心部で激しく火花をスパークさせた。
「それでは――始め!」
ビーナスとアンの戦いは、簡単には決着がつかなかった。
女のプライドを懸けた戦いは熾烈を極めた。
「きぃぇぇぇえっ!」
「しゃぁぁぁあっ!」
その激しい戦いは、とても野性的で人々を……ドン引きさせた。
「お、おれ、そろそろ帰ろうかな。」
「俺も用事を思い出した。帰ろう。」
「わ、わたしも、ご飯の用意しなくっちゃ。」
一人また一人と野次馬たちは消えていき、そして観客はいなくなった。
「おっと!そろそろ仕事に戻らねば。」と、ドリンキーも逃げ出すように、走り去っていった。
残された両海賊団のメンバーは、いつまでも続く二人の女の戦いを、ただ呆然と眺めていたのであった。
夕暮れにカラスが一羽飛んでいた。
私の隣でデニーが一言呟いた、
「あーあ、帰りたい。」と。
……同感である。




