裏切りのパイレーツ
私はビーナスと共にグリフォンブルーへ向け船の上。
ビーナスの船は見事な船で、あった。
大きな船体にゴージャスな内装。
クルーたちも海賊の割には皆、穏やかな顔つきだ。
それに女性の船員も多く見受けられる。
恐らくビーナスの好みなのだろう。
しかしマストには、これでもか!という程の海賊旗を掲げていた。
「ま、まあ海賊船なのだから仕方あるまい。それよりも……うっ!」
今回の私は船酔いで完全にグロッキーである。
ビーナスとの船旅も完全に効果を失ってしまっている。
これが失恋の影響か、と言わざるをえない。
今、共に旅をしている女性は他の男に恋心を抱いている。
同じシチュエーションでも、この違い。
気持ちというものは、恐ろしいものである。
「姉御!前方から船が三隻接近中です!」と、ビーナスの手下の女、メープルが叫んだ。
このメープルは、まだ年端のいかぬ少女であった。
他の小汚ない海賊たちとは違い、天使のように可愛らしい顔立ちをしていた。
しかし当の本人は、その整った顔を誤魔化すように、わざと薄汚れた男物の服に身を包んでいた。
「こらメープル!姉御じゃなくて船長と呼びなさいと、いつも言ってるだろ。」と、ビーナスは子供をあやすように叱った。
「すいません姉御……船長――じゃなくて、迫ってくる船は海賊船なんですよ、姉御!」
「海賊船?どこの奴だい?」
ビーナスは、メープルが再び「姉御」と呼んだことを、今度は気にもとめず真顔で聞き返した。
「あれは――コブラの船です。その左にドローズ、右にゼラチンの船もいます。」
メープルは片目の望遠鏡で確認しながら報告した。
「コブラか。面倒な奴に会っちまったね。まあ一応、私の傘下の海賊団だから心配は、ないのだが……。」と、言ったビーナスであったが、その表情にはどこか憂いを帯びていた。
「た、たいへんです船長!」と、今度は別の男のクルーが駆け寄ってきた。
「今度は何だい?」
「コブラの船に赤い戦闘旗が上がりました!」
「なに!?それは私たちに対してなのかい?」
「この辺りに他の船はいません。明らかに、この船に対しての挑発行為だと思われます。」
「戦闘旗?」と、私が一人で考えていると、メープルが近づいてきて、
「海賊同士の旗の掟さ。戦う意思がなけれは、青旗。逆に問答無用で攻撃を仕掛ける場合は赤旗。降参するのであれば白旗と決まっているんだ。」
確か、ビーナスは自分の海賊団の傘下だと言った。
もしも、それが事実なら、これは――裏切りだ!
私は冷静さを取り戻しつつあったが激しい波に、またしても気持ちが悪くなって、床に這いつくばった。
「みんな聞いてくれ!コブラの奴が裏切った可能性がある――全員戦闘準備を整えろ!」
「船長、正気ですかい!?コブラのとこと、さしで戦っても勝てるかどうか分からない上に、あっちには武闘派のドローズとゼラチンも居るんですぜ!ここは一旦退いた方が賢明なんじゃないですか!?」
船員たちは弱腰だった。
「バカ野郎!姉御――船長が戦うって言ってるんだ、さっさと準備しやがれ!」と、メープルが船員たちの尻を叩いた。
「メープルの言う通りだ。裏切り者を許す訳にはいかないね。」
女性のパワーに押され、船員たちは渋々と準備を始めた。
「こ、この士気ではまずいぞ。ここは私が――うぷっ!」
私は全身に力が入らず立ち上がることすらでき
ない。
そうこうしている内に、ビーナスの船は両脇を挟まれた格好となっていた。
そして、両脇の二隻は幅を寄せてくる。
「こいつら、乗り込んでくる気か!?」という、ビーナスの不安は的中した。
完全に両脇に船をつけた二隻から次々と海賊が乗り込んできた。
「ガハハハ!ビーナスよ、お前の天下も今日までだ!」
左の船から、太った醜い男が乗り込んでくる。
「これからは、コブラの時代だ!覚悟しろビーナス!」
右の船からは鉄の義手を装着した、顔に大きな傷がある男が乗り込んできた。
「ドローズ!ゼラチン!貴様ら裏切ったな!」と、ビーナスは険しい表情で叫んだ。
「仕方ないだろ。あんたがグリフォンブルーを敵に回したりするからだ。」
「そうだ。俺たちのバックにはグリフォンブルーがついてる。」
私は遠のく意識の中で、事の真相を掴んだ。
ラ・ベニーでの一件が、この裏切り劇の全てである、と。
船上は戦場と化していた。
左右から襲いかってくる海賊を女神の海賊団は一歩も退かず、勇敢に戦っていた。
「くそ!さすがに手強い。ならば頭をやるぞ、ゼラチン!」
「おお、いい考えだ、ドローズ!」
ゼラチンとドローズはビーナスへ迫った。
「ビーナスちゃん!」と、私は力を振り絞ったが、体が言うことをきかない。
「ふん!私も舐められたものだ。あんたら二人くらい、どうってことはない!」
ビーナスは通常の剣の半分程の大きさの剣を二本、両手に持った
。
「死ね、ビーナス!」と、ゼラチンが先に仕掛けた。
しかしビーナスは踊り子の様に、その攻撃を避け、舞う様に華麗に斬りつけた。
「ぐわぁぁ!」と、ゼラチンは勢いよく転げるようにして、倒れた。
「今度は俺が相手だ!」と、ドローズがビーナスの背後から襲いかかる――だが結果は全く同じと、なった。
「ぎゃああ!」
ドローズは敢えなく倒れた。
船上で戦闘を繰り広げていたゼラチンとドローズの配下の海賊たちは一目散に逃げ出していった。
「まったく、だらしない。」と、現れたのは黒いハットに黒いマント、腰には蛇の装飾が施された金の柄のサーベルを下げた、背の高い男であった。
「コブラ!なぜ裏切った?」と、ビーナスは問い詰めた。
「なぜ!?そりゃあ決まってんだろ。トップになるためだよ。何が楽しくて女の手下なんかやってなきゃならないんだ?俺は頂点に立つ!その時はビーナス、お前は俺の女になれ!」
「ふん!お断りだ!コブラ、お前は頭になるような器ではない!」と、ビーナスは不意をつき先に動いた。
回転するようにビーナスはコブラに近づき、二刀流で斬りかかる。
カキィン!カキィン!
激しく甲高い金属音が鳴り響いた。
「ビーナス、お前の剣技は変則的だ。いきなり、その技を繰り出されれば、なす術はないだろう――だが!俺は違う。お前の剣技を嫌というほど見てきた。動きが手にとるように見えるぜ。ヒヒヒッ!」
「くっ!バカにしやがって!」と、ビーナスは高く飛び上がった。
「いくぞコブラ!食らえ――フリットスタッブ!」
ビーナスは降下しながらコブラに剣を突き立てた。
しかし、コブラは寸前で攻撃を避け、その一瞬の間に反撃を始めた。
コブラの連撃はビーナスの身体をを掠めていく。
その攻撃の一つがビーナスの剣を持つ手にヒットした。
そして思わず左手の剣を落としてしまった。
「うっ!このままでは――!」
ビーナスはいつの間にか船の端っこまで追い詰められていた。
手すりを背にして、もう後がない。
「さあ、ビーナス。最後のチャンスだぞ。」
コブラは、じりじりとビーナスとの距離を縮めていく。
ビーナスは諦めずに一本の剣で戦う気でいる。
「姉御!今行きます!」と、メープルが駆け寄ろうとしたが、
「来るな!これは一対一の勝負だ。」と、ビーナスはメープルを制止した。
「いい度胸だ。殺すのが惜しい。だが生かしておいては危険だ、死ぬがいいビーナス!」
コブラのサーベルがビーナスの残り一本の剣を弾き飛ばした。
「うっ!」
「終わりだ、ビーナス!」
「姉御!」
ガシッ!
私は立ち上がった。
瀬戸際まで追い込まれたビーナスのために、コブラの腕を掴んだのである。
「何だ貴様!?」
「あ、あんた……大丈夫なのかい?」とビーナスは少し引き気味に言った。
「貴様、酔っぱらいか?」
そう私は酔っぱらいである。
軽く白目を剥き、よだれを垂らした、一見だらしない酔っぱらいである。
だが、これは私の技でもある。
そう、酔えば酔うほどに強くなる――酔拳だ。
私に、この拳を教えてくれた、ホイ師匠には、この場を借りて感謝を伝えたい。
「こ、これは伝説の体術、酔拳か!?」と、コブラは驚愕しているようだ。
「い、いや。酔うといっても、この人の場合、船酔いなのだが……。」と、ビーナスは呆れ返っていた。
「ええい!面倒な奴だ!くたばれ!」と、コブラは私に斬りかかった。
「ウィッ!」と、私はおぼつかない足取りでコブラの攻撃を危なっかしく避けた。
「この、ちょこまかと!」とコブラは怒りに任せて、私に攻撃した。
しかし、その攻撃は届かない。
寸前のところで、私は全てを交わした。
「ヒック!……うっ!気持ち悪い。」
どうやら、この技もそろそろ限界を迎えそうであった。
「仕方ない、大技を出すか。」と、私は低級魔法「パンチャー」を唱えた。
「この、気持ち悪い動きしやがって!」と、コブラは渾身の力で斬りつけてきた。
私は、それを不自然な体勢で避け、奴の顔面にパンチャーを食らわせた!
「ガハッ!」
コブラは吹き飛び、そして海へと落ちた。
私は勝利の喜びに浸る暇もなく床にくっついた。
酔拳を使った影響で体に力が全く入らない。
なんとか立ち上がろうと、もがく姿は、きっと芋虫のように見えただろう。
「ほら、大丈夫か。」
そんな虫みたいな私に女神は手を差し伸べた。
「人の戦いを邪魔してんじゃないわよ……でも、ありがとう。」
ビーナスの言葉に私は、
「こ、これは――まだ脈ありなのではないか!?」と、興奮した。
彼女の細く美しい腕に抱かれるように、私は立ち上がった。
仄かに香るビーナスの甘い香りに、私は気持ちが安らぎ油断した。
次の瞬間だ!
……私は不覚にも嘔吐してしまった。
しかもビーナスの傍らで。
「て、てめえ!汚いだろ!」
バキッ!
私はビーナスの制裁を受け……そして微かに芽生え始めた淡い恋の予感も、敢えなく消え去ってしまった。
船上では私たちを見て、メープルや他の船員たちが大笑いをしていた。
私が、その後しばらく動けず、屍のようであったことは言うまでもない。
船は晴天の中を進んでゆく。
鴎が船の上を気持ち良さそうに羽ばたいている。
私は空を見上げ、
「かもめが、とんだ――」と、力なく口ずさんだ。




