Dream island~後編~
私の目の前で闘技場に降り立った女性は――ビーナスだった。
何故、彼女がコロシアムに居るのか?
それは私が知りたい。
「ギャツビー!今日こそ勝負してもらうわ!」
ビーナスはギャツビーを指差し、闘いを挑んだ。
その光景に唖然としていた観客たちは我を取り戻したかのように、騒ぎ始めた。
「あれは女神の海賊団のビーナスじゃないか!」
「あれが二十もの海賊団を率いる、女海賊か!?」
「――美しい。」
「海賊?……なんですと!?」
あの純情可憐なビーナスちゃんが海賊とは、驚いた。
しかし私は人を見た目や職業で差別などしない。
私は、じっとしていられなくなって闘技場へと飛び降りた。
「ん?君は何者だい?」と、ギャツビーは不思議そうな顔をしていた。
「あなたは確か船で、ご一緒していた戦士様。」
ビーナスちゃんが私の事を覚えてくれていた!
私は、それだけで幸せに満ち溢れました。
「ビーナスさん、いい加減にしてくれないか。私は君と戦うつもりは、ないんだ。」
「いいえ、諦めません。貴方に勝って……結婚してもらうんだから。」
私は驚きのあまり顎が外れそうになった。
「貴方が言い出したことよ、ギャツビー。」
「おのれ!ギャツビーめ、そんないやらしい約束を。」と、私は低級魔法を唱えようとした。
「それは君が結婚してくれと、しつこかったからだよ。どうか諦めてくれ、ビーナスさん。」
「ひ、ひどい。ギャツビー、許さない!」
私はビーナスちゃんの助太刀をするつもりで、剣を抜いた。
「新たな恋に目覚めるのですビーナスちゃん。」と、言わんばかりに私は、やる気に満ちていた。
そんな私たちの前に、
「お取り込みの最中に失礼します。」と、突然グリフォンブルーの兵士が四名、ギャツビーに声をかけてきた。
「なんです?仰々しい。」
そのグリフォンブルーの兵士の顔に、私は見覚えがあった。
「ラッシュ兄弟、と呼ばれていた二人だ!」
それは以前、レガリアにて出会った男たちであった。
「そこの方に用がありましてね。」と、ラッシュ兄弟の一人が私を指差した。
「何の用があるのです?」と、ギャツビーは怪訝な顔で訊ねた。
「それは、例えギャツビー様でも申せません。」
「仮にも私は六牙将軍だった男ですよ。それに現在は貴国の重要な取引相手ですよ。」
「ええ、元六牙将軍だということは重々承知しております。ですが、これはグリフォンブルーの問題でして――今の貴方様には関係のないこと。しばらく、おとなしくなさっていてください。」
グリフォンブルーの兵士たちとギャツビーの間に不穏な空気が流れている。
「……まさか!」と、ギャツビーが何かを思い出した様に言った。
それを見ていたラッシュ兄弟は剣を抜き、
「最後の警告です。貴方は黙っておいて下さい、ギャツビー様。
それから貴方、私どもと共に来て頂きます。」
私は、訳の分からないことに不安を感じ、首を横に振った。
「ちっ!どいつもこいつも。ならば、ここで死んでもらおう。」と、ラッシュ兄弟と他二人は一斉に剣を抜いた。
「お前たちの頭、ブラッドの命令か?」と、ギャツビーは険しい顔で訊ねた。
「ええ、その通りです。もう良いでしょう。引っ込んでいてください。」
ラッシュ兄弟の一人は、苛立つようにして吐き捨てた。
「断る!お前たちの企みを黙っては見過ごせない。」と、ギャツビーはグリフォンブルーの兵士たちに向かって構えた。
「ちょっと!横から邪魔しないで!……でもギャツビーと共闘できるチャンスね。」と、ビーナスも小刀を抜き、構えた。
当の本人である私は、この理解不能な状況に頭にきていた。
「よし。全員倒せば、よいのだな!」と、私はバーサーカー状態に、なりつつあった。
「いいでしょう。皆まとめて後悔させてあげましょう。」と、ラッシュ兄弟の片割れは手を上げた。
すると闘技場の至る所からグリフォンブルーの兵士たちが集まりだしてきた――その数、およそ三十。
「よいか、あの男は必ず殺せ!他の二人は適当に相手してやれ!」と、ラッシュ兄弟の一人は叫ぶ。
観客席は一斉にどよめき始めた。
「おいおい、何だよこれ!ショーでも始まったのか?」
「なんでグリフォンブルーの兵が!?」
「何でもいいさ。賭け試合ではないが面白そうだ!」
観客たちは訳も分からず、大いに盛り上がりをみせた。
私は、妙な戦いに巻き込まれたものだと、気分が重くなった。
いや、巻き込まれたというより、私が中心にいるのだ。
「グリフォンブルーの剣士三十人だと、ちときついだろ。俺も参戦しよう。」と、今の今まで井戸端会議に夢中だったオリオス師匠も加わり、より一層状況は混沌としてきた。
「これはオリオス様。お出ででしたか。」
「まあな。こいつも俺の弟子でな。二人の弟子が危機にさらされているのを黙ってはおれんからな。」
「よし!者共かかれ!」
ラッシュ兄弟の兄だか弟だか分からない奴が号令を下すと、グリフォンブルーの兵士たちは一斉に四人に襲いかかった。
しかし、ギャツビーもオリオスも凄腕の剣の達人である。
襲いかかってくる敵を巧みに、いなし攻撃を加えた。
そして、ビーナスもしなやかに舞うように攻撃を、かい潜りながら華麗に戦った。
「貴殿の、お相手は我ら兄弟が務めさせて頂くことにしよう。」と、私の前にラッシュ兄弟が立ちはだかった。
私は剣を抜き、ラッシュ兄弟に突進した。
片方に攻撃をする、と見せかけもう片方へ斬りつけた。
「決まった!完璧なフェイントだ!」と、私が自画自賛するほどの見事な攻撃だった――だが甘かった。
ガシッ!
「なかなか鋭い攻撃をされますな。」
「しかし詰めが甘い。」
私の攻撃は盾によって防御された。
ふと皆をみると、先程まで優位に戦っていたはずのギャツビー、オリオス、ビーナスも苦戦を強いられている様子だった。
「あちらのグリフォンブルーの兵が全く減っていない。何故だ?」と、私の頭の中に疑問が浮かんだ。
そして三人はジリジリと追い詰められてゆく。
私は一旦、彼らの元へと走り合流した。
「こいつら厄介だな。」
「本当、戦い辛いこと、この上ないわ。」
「オリオス様、ビーナスさん。ここは、お逃げ下さい。私が何とか引き止めておきますから。」
ギャツビーの申し出に素直に応じるような二人ではない。
「馬鹿か、お前の師匠である俺が弟子を見捨てて行けるか!」
「私も嫌よ!あなたとだったら、ここで討ち死にしてもいいわ。」
「ビーナスちゃん、それ程までにギャツビーを……。」
私は、この時初めて知った……失恋したのだと。
「いいですか。グリフォンブルーには最強の盾があります――あのブルーシールドです。あれはグリフォンブルーにしか生息しないブルーという木から作られています。非常に軽く、異常なまでの反発力を持ち、刃を跳ね返します。どんなに鋭い矢ですら刺さることはありません。あの盾こそがグリフォンブルーの兵たちが最強と呼ばれる由縁なのです。あれをどうにかしないと、私どもに勝機はないでしょう。」
「さすが元六牙将軍。詳しいんだな、ギャツビー。」
「ギャツビー……素敵。」
私はギャツビーに嫉妬し、低級魔法を唱え始めた。
「おのれギャツビー!許さん――!」と、ここで私は閃いた。
壊せぬ盾なら焼いてしまえばよい、と。
私は低級魔法「ヘル・ファイア!」を、グリフォンブルーの兵に向け発動させた。
地獄の火炎が盾に引火した……筈だった。
「ワハハハ!火など通じん。この原材は元々燃えにくい上に、特殊な塗料でコーティングされておる、魔法対策は万全なのだ。」と、ラッシュ兄弟の兄か弟が言った。
「おのれ!ならばこれでどうだ!」と、私は低級魔法スプリンクラーを唱えた。
「木材なら水を吸って重くなるはず。これで少しはましだろう。」と、私は自分の閃きに酔いしれた。
「だめだ!ブルーシールドに水は厳禁だ!殆ど水分を吸わない上に、より強固な反発力を増してしまう。」と、ギャツビーは叫んだ。
バシッ!
「ちっとは考えて魔法を使え!」と、私はオリオスに頭を叩かれた。
「本当よ。ただでさえ面倒な盾を、これ以上パワーアップさせてどうすんのよ、この役立たず!」と、ビーナスのきつい一言。
その言葉が私の頭の中に響き渡る。
「役立たず――役立たず――役立たず――役立たず――役立たず。」
何度も繰り返し響く「役立たず」という言葉。
私の頭はカオスな状況に陥った。
そして何かが――弾けた。
私は、まるで無我の境地にたどり着いたような、そんな晴れ渡った気分であった。
そう、私は覚醒したのだ。
「ど、どうしたんだ?」という、オリオスの言葉にも私は立ち止まらず、ゆっくりとグリフォンブルーの兵たちへ向かって歩く。
そして剣を引き、鋭い突きを見舞った。
「そんな、無茶だ!」
「やめとけ!」
「効かないわよ!」
ギャツビー、オリオス、ビーナスは一斉に声を上げた。
もちろん、グリフォンブルー兵は、盾で防ぎにかかる。
「無駄だ!」と、ラッシュ兄弟の片割れも叫んだ。
バゴォン!
誰もが一瞬、蝋人形のようになった。
盾は破壊された……いや、そんな生ぬるいものではない。
木っ端微塵に粉砕されたのだ。
「そんなバカな!ブルーシールドが粉々になるなんて。」と、ラッシュ兄弟は同じ顔をして驚いた。
覚醒した私はグリフォンブルー兵の持つ盾を次々と砕いた。
「今ならやれる!」というギャツビーの声に、オリオス、ビーナスは即座に反応した。
「よし!いくぞ!」
「ええ!」
三人はグリフォンブルー兵を倒していく。
私は盾を壊していく。
「くっ!一旦退くしかない。ギャツビー殿、覚えておくがいい。祖国グリフォンブルーを敵に回したことを。」
ラッシュ兄弟とグリフォンブルーの兵士たちは闘技場を後にした。
観客席は皆、総立ちで歓声を送っていた。
「ふぅ、何とか凌いだな。だが面倒なことになったな、ギャツビー。」
「ええ。何か手を打たねばならないでしょう。ですが宛はあります。ご心配は無用ですよオリオス様。」
「私にも出来ることがあれば、何でも言ってちょうだいギャツビー。」
「ビーナスさん、お気遣い感謝します。それでは、お言葉に甘えて一つ頼まれてもらえませんか?」
ギャツビーの、その言葉にビーナスは顔を上気させて喜んだ。
「この方をグリフォンブルーへ運んで頂きたい。」と、ギャツビーは私を指差した。
「ええ、それは構わないけど。どうしてグリフォンブルーへ?」
ギャツビーは躊躇う様子をみせてから口を開いた。
「私の勘が正しければ、この方はレジェスだ。」
レジェス……確か、以前サフィアが口にした名前だ。
「まさか……レジェスって、あのレジェスか?」
「何なの、そのレジェスって?」
オリオスとビーナスは、その疑問をギャツビーへと投げ掛けた。
「それは私の口からは言えない。彼自身が答えを見つけ出すしかない。」
当の本人の私は、まるで他人事のようにして、そのやり取りを眺めていた。
だが、前々から思っていたことはある。
私が旅を続けている理由には、必ず答えがある、と。
そして、その答えがグリフォンブルーにあるのではないか?という事を最近になって感じるようになった。
そうとなれば、行かぬ理由など、あろうはずもない。
しかも、またビーナスちゃんと海に出れる。
「ナイスアイデア、ギャツビー!」と、私は心の中で彼を讃えた。
そして晴れ渡った空を見上げ、覚悟を決めた。
さあ行こう、グリフォンブルーへ。




