キリエスの召喚士~後編~
召喚士の居る屋敷へ、着いた頃には外は大雨となっていた。
私は雨粒に打たれながら、屋敷の入り口へと走った。
屋敷に近づくと、地面の上にはキリエス兵が数十人転がっていた。
まだ皆、息はあるようだが、動けない様子だ。
「もう誰か着いている。急がねば。」
私は開きっぱなしの扉から、屋敷内へと飛び込んだ。
屋敷の中は薄暗く静かだ。
時おり雷鳴が轟き、辺りを明るく照らし出す。
屋敷内にもキリエス兵が、数名倒れている模様だ。
私は彼らを避けながら、奥へと進んだ。
屋敷をウロウロと、していると大きな赤い扉が目の前に現れた。
そして私は直感した――ここだ!と。
深呼吸して、勢いよく扉を開いた……違った。
もぬけの殻の部屋を後にして、二階に向かった。
すると、今度は古い大きな扉が現れる。
そして私は直感した――ここは違うと。
だが一応、開いてみた……当たりだ。
「……やはりな。」
部屋の中は教会の様な造りだった。
「遅かったな。」と、最初に目に飛び込んできたのは、ゴールドの姿であった。
「心配したわ。」
「苦戦してんじゃねーよ。」
「……。」
どうも、私が最後だったようだ。
ドーン・スクワードの四人の視線の先には、紫色の衣に身を包んだ小柄な男の姿。
「――あれが召喚士、グロウ。」
「これで役者が揃いましたね。では、これを御覧下さい。」と、グロウは、地面に描いていた魔法陣を見せた。
「これが召喚用の陣です。一、二、三、四。おや、一つ足りませんね。そちらは五人居るのに……ねぇゴールド。」
私たちは一斉にゴールドを見た。
「グロウよ。種明かしが早すぎだ――まあ、致し方ない。」と、ゴールドはグロウに歩み寄った。
「ゴ、ゴールド。冗談よね?」
「ゴールド、あんた裏切るつもりか!?」
「……ゴールド。」
私には、何となく予感があった。
あの時、散り散りに逃げる際、最初にゴールドが道を選択した。
残る道は四つ。
キリエス兵を待ち伏せさせていたのだろう。
「私とグロウは、幼馴染みでな。昔から二人で野望を語り合ったものだ。私たち、みたいに力のある者が、この世界を支配するべきだとね。ドーン・スクワードみたいに慈善事業に近い、仕事ばかりをさせられるのは、もうウンザリなんだ。君らとは、長年一緒だったから最後に躊躇ってしまうのでは、ないのかと不安だったが……どうやら、その心配はなさそうだ。やってくれグロウよ。」
「ゴールド、許さない!水竜」
「土壁!」
レイナの魔法攻撃はゴールドの壁により、相殺した。
「そう焦らないで、お嬢さん。貴方たちの相手は私やゴールドでは、ありませんよ――エロイムエッサイム我は求め訴えたり。」
グロウは、魔法陣へと魔力を注いだ。
すると、四つの魔法陣は一斉に怪し気な光を放ち始めた。
「我が呼び掛けに応えよ、四体の悪しき龍たちよ!」
魔法陣は更に輝きを増し、そして遂に召喚は成功した。
「よく来ました。ご紹介しましょう、私が召喚したドラゴンたち。左から、赤龍、二つ首のドラゴン、ユラ。毒龍のエレブレ、黒龍のヘッグ、です。どれも強力なドラゴンたちです。」
「みんな、一人一殺。いいわね。」
私たちは、レイナの指揮の元、纏まっていた。
「切り裂け!ブラストウィンド!」
アイスターの魔法は、ユラの首を一つ飛ばした。
「焼き尽くせ!ブレイズグリント!」
シュナイダーの火の閃光はヘッグを燃え上がらせた。
「押し流せ!ヴァイオレントストリーム!」
レイナの魔法で濁流に飲み込まれる、赤龍。
私も遅れまいと、低級魔法「パンチャー」を唱え、黒龍を殴りつけてやった。
しかし、龍たちは勢いを増し、暴れ狂った。
私たちは苦戦しながらもドラゴンと戦った。
もちろん私だけは余裕であったが、バランスを考えて皆のペースに合わせてみた。
そしてようやく、ドラゴン四体を異世界へと、還した。
「なかなか、やりますね。では次は、もっと強力な奴を――。」
グロウが、またしても魔力を注ぐと、四つの魔法陣が重なり、二つに、なった。
「なんだ?二つは排除できたのか?」
シュナイダーの発言にグロウは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「出でよ、魔界の王よ!」
魔法陣が輝き、何かが現れた。
「よく、おいで下さいました。バラム様、オゼ様。」
グロウは、自分が召喚した魔物に頭を下げた。
「貴様が我らを召喚したのか。」
「それで、この者たちを殺ればいいのですね?」
バラムは熊の化け物。
オゼは豹の化け物。
「獣は火に弱い。俺がやる!ファイアーストーム!」
シュナイダーの魔法が二体の魔物に襲いかかった。
「舐められていますね、バラム。」
「そうだな、オゼ。」
二体の魔物は、大きく息を吸い込むと、今度は吐き出した。
シュナイダーの火の竜巻は。あっさりと押し戻されてしまった。
「嘘だろ!?」
「今度は私が――。」と、レイナが前に出ようとするのを、私が引き留めた。
「なにか勝算があるの?」
私は、力強く頷いた。
策は――ない。
だが、私の本能が教えてくれている。
この二体の魔物は、魔法攻撃に強い耐性を持っていると。
つまり物理攻撃の方が有効である、と。
私は剣を抜き、
「浮き足で、魔物に近づき、剣技「死への扉!」で、二体同時攻撃に成功した。
「そ、そんなばかな!魔王クラスを、こうもあっさりと――おのれ!」
グロウは魔法陣に三度、魔力を注ぎこんだ。
すると、二つの魔法陣が今度は一つに合体した。
「これより先は私にも未知の世界。何が起こるか分からん。ゴールドよ、発動させてもよいか、この世の終焉かもしれぬぞ。」
グロウは若干の躊躇いをみせていた。
しかし、ゴールドは、
「構わん。こんな世界が滅びようが、知ったことか!やれ、グロウよ。」と、グロウの背を押した。
「……分かった、少し時間が掛かる。その間、あの者たちの足止めを頼む。」
グロウが召喚に時間を要すると、分かった時点でレイナ、アイスター、シュナイダーは既に魔法の提唱を始めていた。
「先に、あの召喚士をやるよ、シュナイダー、アイスター。」
「分かってますよ、レイナちゃん。」
「御意。」
「ウォーターガン!」
「ファイアエッジ!」
「サイクロン!」
三人が同時に魔法を発動させ、グロウへ攻撃を仕掛けた。
「土壁!」
しかし、ゴールドが立ち塞がる。
「邪魔をしないで、ゴールド。お願い。」
「お前たちの相手は私だ。遠慮は、要らんぞ。」
「ちっ!レイナちゃんの気持ちも考えねぇで、ふざけやがって!」と、シュナイダーは拳に炎を宿し、ゴールドに殴りかかった。
「シュナイダー、そんな攻撃では届かんぞ。粘土盾!」
シュナイダーの拳は、ゴールドの盾にめり込んだ。
「な、なんだ。手が抜けねえ。」
「グラウンドクリープ!」続けざまに、ゴールドはレイナ、アイスターにも攻撃を加えた。
「ぐわぁ!」
「くっ!」
レイナは吹き飛び、アイスターもダメージを負った。
「ま、まだだ。ウォーターボール!シュナイダー、あれを!」
「あれか!よし、ヴァポライズ!」
レイナの発動した魔法にシュナイダーの高熱の魔法が、ぶつかり水は蒸発し、水蒸気を大量に発生させた。
「目眩ましのつもりか?そんなもの無意味だ。見えなくとも感じればいい。」
ゴールドは、自信の四方に土壁を作った。
「エアカッター!」
不意討ちを仕掛けた、アイスターの魔法は壁に弾かれた。
「無駄だ。私の盾は、そんなものでは崩せん。」
しかしアイスターは、ニヤリと微笑む。
「――陽動……ならば上か!?」
ゴールドは予期せぬ攻撃に、急ぎ土壁を上方にも作ろうとした。
だが、間に合わないと判断し、防ぐより避ける選択をした。
これが、判断ミスであった。
「なっ!動けん。」
ゴールドの足元には、いつしか水溜まりが出来ていた。
「ウォーターシープで、貴方の自由を奪ったわ。水は土の中でも動けるのよ、ゴールド。今よシュナイダー!」
「了解!いくぜ、火の鳥!」
ゴールドの上方から、凄まじい炎を纏った鳥が突っ込んだ。
「ぎぃやぁぁぁ!」
「さようなら……ゴールド。」
「ゴールド!!おのれ、貴様ら我が友を!許さん!出でよ、魔界の覇者よ!」
グロウの準備は整い、最後であろう召喚が始まった。
一つになった魔法陣が、これまで以上に激しく光輝く。
そして、白煙と共に何かが現れた。
それは、これまでとは比べものにならない程の邪悪なオーラを漂わせていた。
「あ、あなたは!?まさか――グフッ!」
グロウの体には長い剣が突き刺さっていた。
「――下郎が。お前の様な者が、この私を呼び出すとは。それは死に値するほどの罪なり。」
「なんだお前?ふざけやがって。」
シュナイダーは、残り少ない魔力で、今一度「火の鳥を放った。」
「下郎の分際で、私に逆らうとは命知らずである。」と、息を吸い込む。
すると、シュナイダーの放った火の鳥が、みるみる内に空気と共に吸い込まれてしまった。
「ば、ばかな!俺の火の鳥を飲み込みやがった。こいつ、いったい何者なんだ!?」
シュナイダーは、魔力の低下と己の奥義を破られたショックで、膝から崩れ落ちた。
「ふん、貴様ら虫けらに教えてやるのも気に食わんが。まあいい教えてやろうぞ。――我こそはマスティマ。貴様ら人間に災いをもたらす者なり。まあ、どうせすぐ死ぬ、お前たちにはどうでもよいことであるがな。」
「マスティマ――堕天使か。」
レイナが、そう呟く。
その瞬間、マスティマの表情は一変した。
「おい女。今、なんと言った――私は堕天使などではない!今も昔も神に、神だけに仕えている。知ったような口をききおって、死ね!」
マスティマは恐ろしい程に研ぎ澄まされた長い剣でレイナに攻撃を仕掛けた。
その剣での攻撃は、とても早く、レイナは一歩も動けない。
キィィーン!
しかし忘れてもらっては困る!
堕天使だか神だかは知らないが、私がいるのだ。
そう、最強の私が。
「人間如きが調子に乗りおって。」と、今度のターゲットを私に変えたマスティマが力を込めると、背中から大きな黒い翼が生えてきた。
「死罪なり、人間!」
マスティマは翼を広げ宙に舞った。
「わ、わたし達も戦うわ。」
「俺も、そうしたいが……もう魔力が。」
「……無理っぽい。」
レイナ、シュナイダー、アイスターの三人が、これ以上は厳しいということくらい、私にも分かる。
私は首を横に振り、三人を押し止めた。
「一人で大丈夫なの?」
「お前は確かに強いが、あれは化物だ。無理するな。」
「……やっちまえ。」
私は、三人を背にマスティマに立ち向かった。
「一人でやれるつもりか?見くびられたものなり。」
マスティマは空中旋回から急降下して、私に襲いかかった。
私は、その攻撃を避け、自分の剣に魔法を唱えた。
「ダブル!」
私の剣が分裂し、二つになる。
そして両手に持った剣に、更に魔法をかけた。
まず、左手に持つ剣に「黒龍!」
剣は黒く染まり、尖端が細長く変化した。
次に右手に持つ剣に「白虎!」
剣は真っ白に変色し、尖端が二股に変化した。
ガキィン!!
その剣二本で、マスティマの攻撃を防いだ。
「面白い魔法を使う。ならば――出よ魔界の番犬ケルベロスよ。」
マスティマは空中に魔法陣を浮き上がらせ、そこから三つ頭のケルベロスを召喚した。
「召喚術までも使えるのか!」と、レイナ、シュナイダー、アイスターの三人は驚愕した。
「相手が犬なら、これしかない――『ビッグボーン!』」と、私は低級魔法を唱えた。
犬に骨を与えて気を逸らす、なんて生温いことは、しない。
私は剣を二本、上空へ投げビッグボーンを手に、ケルベロスを巨大な骨で、ぶん殴ってやった。
キヤイーン!
ケルベロスは魔界へ戻っていった。
私は投げた剣を受けとめ、再びマスティマと対峙した。
「やるなり。では、これでどうだ!『ヘルナイト!』地獄の夜に囚われよ!」
「なんの!ならば『サンバス!』その明かりで地獄の闇を、吹き飛ばせ!」
私は負けていない。
「し、しかし何という、でたらめな戦いだ。」と、シュナイダーは驚きを隠せない。
「おのれ、こざかしいなり!」
マスティマは剣での攻撃を繰り出した。
凄まじい手数の突きを浴びせてくる。
私は、それを二本の剣で全て防いだ。
しかし防戦一方では、らちがあかない。
そこで、
「混ざり合え、我が剣よ!『灰色の麒麟!』」
私の剣が再び一本の剣に戻った。
しかし、元の剣とは違う。
灰色に変化した刃。
形態もゴージャスに変化させた。
「次から次へと小細工が好きな人間なり。これで、塵となるがよい――ダークボール!」
マスティマは空中で剣を天に向け突き立てた。
すると、その剣の先に漆黒の玉が、邪悪なエナジーを帯びて発生した。
そして、その玉を私に目掛けて飛ばしてくる。
私は落ち着いて、その玉を真っ二つに切り裂いた。
しかし、その瞬間マスティマは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
私は、その笑みが何を意味するのか、すぐに判った。
「しまった!」
私が切ったダークボールは、凄まじい爆発を引き起こしたのだ。
私の背後には、レイナたちがいる。
そちらがマスティマの狙い、であった。
「こっちのことは心配しないで。」
「これくらいなら大丈夫だ。」
「……なんとか。」
三人は残り少ない魔力ながら爆発を各々、魔法で防いでいた。
「いつまでもつかな?次は先程のとは比べものにならぬぞ。」
マスティマは再びダークボールを発生させた。
それは見るからに、さっきのダークボールより遥かに高濃度のエネルギーが込めらているのが分かる。
「消え去れ人間め!」
私は、マスティマがダークボールを放つ前に、奴を斬ろうとして、気がついた。
それは私の剣「灰色の麒麟」が接近戦に特化した剣だということに……大誤算である。
「ええい、ままよ!」と、私はダークボールを微塵切りにしてやった。
細かくカットされたダークボールは小規模な爆発を連発させた。
それでも、その威力は凄まじく、私とレイナたちは吹き飛ばされてしまった。
「ほう、致命傷は避けたか。やるではないか――だが、いつまでもつのやら。これは完全な勝利の方程式なり、フハハハッ!」
私にダメージはない。
しかし、この攻撃を続けられれば、確実に後ろの三人に、深刻な被害をもたらすことだろう。
私は、この魔法剣の最終形態に勝機を見出だした。
「一角獣の角!」
剣は変化し、ドリル状の金色に輝く槍となった。
その槍を、私は思いっきりマスティマへと投げつけた。
「ちっ!悪あがきなり!」と、マスティマはダークボール発動を一旦止め、私のユニコーンホーンを剣で受けとめた。
「こんな攻撃で私が倒せるとでも――」
マスティマの剣によって防がれた私の槍が、その回転を止めることはない。
むしろ、回転は更に加速していく。
そして徐々に押し、ついにマスティマの剣を粉々に粉砕した。
「馬鹿な!魔界で鍛えらた、私の剣が――グハッ!」
ユニコーンホーンはマスティマの剣を破壊した後、マスティマ本体にも突き刺さり、そして身体を貫いた。
ダメージを負ったマスティマは地上へと堕ちた。
「よし好機!」
私は、すかさず右手にパンチャー、左手にもパンチャーを纏い、マスティマを、力一杯ぶん殴った。
「ダブルパンチャー!」
マスティマは勢いよく、吹っ飛んだ。
「やった!」
「すげえじゃん!」
「……終わった。」
レイナ、シュナイダー、アイスターは戦いの終幕を確信していた。
だが、私は判っていた――奴がまだ背後で蠢いていることを。
「それで、勝ったと思うな!闇に引きずり込んでやるなり。ダークボトムレス!」
マスティマは私の背後で闇魔法を唱えた。
しかし、それより早く、私は中級魔法を唱え終えていた。
「ハードパンチャー!!」
マスティマの発動よりも先に私のハードパンチャーが、奴を捉えた。
バキッ!!
「お、おのれ人の分際で……私は何度でも復活し、貴様を地獄へと誘おう。覚えておくなり……。」
今度こそマスティマは、その姿を完全に消し去った。
最後の奴の言葉は、単なる負け犬の遠吠えだ。
悪魔でも神でも、かかって来なさい、である。
私は「最強の戦士」なのだ。
こうして、キリエスの召喚士は居なくなった。
私はキリエスに対し猛烈に腹を立てた。
やるならば己の力で戦え、と。
なにはともあれ、これで此処での用は済んだ。
「さあ、そろそろ引き揚げよう。」と、レイナの言葉に私たちは一同、頷いた。
その後、私たちはキリエスとソルディウスの国境付近まで、行動を共にした。
「よかったらドーン・スクワードに来ないか?」
「そりゃ名案だ。ゴールドも居なくなっちまったからな。」
「……来てもいいぞ。」
レイナ、シュナイダー、アイスターの好意は素直に嬉しかったが、私は首を横に振り、断った。
だって私は、プロの魔法使いではない――アマチュアなのだ。
それに、私は一人の戦士として生きてゆくと決めている。
「そうか、残念だが仕方ない。達者でな。」
「また会おうぜ。元気でな。」
「……さらば。」
私は三人と別れ、一旦ソルディウスへと向かった。
特に理由はない。
この先の事を決めるため、少し休みたいのである。
「あー疲れた。」
雨は、すっかり上がり、雲間からは神々しい光が一筋、私の労を労うように美しく、射し込んでいた。




