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最強の戦士ここにあり  作者: 田仲 真尋
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ドクター・ウィルソン

私は南連の一つ、コルテにいる。

「懐かしいな。昔と何も変わっていない。」と、私が感傷に浸っていると、一人の男が、

「懐かしい顔がいるな、お帰り。」と、私の肩を叩いた。


「ドクター・ウィルソン!」

白の薄汚れた長いコートを着た、この男は私の師匠である。

彼からは医術の心得を学んだ。

医療系の魔法も全て、ウィルソンに教わったのだ。

ウィルソンは、ここ南連だけではなく、ギアン大陸全土やレト大陸にまで、その名を轟かす名医である。


「君がこんな所に居るなんて、驚きだ。どうだい、久々のコルテは?」

私は、ウィルソンを心から尊敬している。

彼は、まともな治療を受けられない人々がいる地域などを回り、無償で診察をしている。

人としても、医師としても志しの高い男なのだ。


「君がコルテに来た目的は、もしかしてレガリアの件かい?」

私は図星をつかれ、焦ったが、ウィルソンには正直に答えても、問題はないと踏み、頷いた。


「やはりそうか。でも心配は、いらない。戦争になんて、私が絶対にさせやしない。私は、今からルシオンの王、ミステリアス様に会いに行くんだ。」


ルシオンという国は南連の、いわば議長国である。

ルシオンのミステリアス王といえば、穏健派の代表いわれているのだ。

「さすがウィルソン師匠。人脈も豊富だ。彼に任せておけば、私たちの杞憂に終わるかもしれないな。」と、私は本気で、そう思った。


「それじゃあ、もう行くよ。今度ゆっくり飯でもたべよう――それと体には気を付けて。」


私は頼もしいウィルソンの背を、姿が見えなくなるまで見送った。


「あれが、ドクターウィルソン、か。」と、突然背後から声がした。

ハッとして振り向くと、そこには全身を黒の服で纏った華奢な男が立っていた。

特徴的なのは黒の眼帯である。

その男は私の師匠である、ライアンだった。


「よう、久しぶりだな。ちょっと付き合ってくれるか?」

私は、あまりにも突然のことで、訳も分からぬまま、頷いた。



私とライアンは近くの酒場に入った。

相変わらず、彼の歩く足音は見事に無音であった。

ライアンに教わったのは尾行や調査、そして暗殺である。

対照的な二人の師匠に、同じ日に同じ場所で出会ったことが、偶然では、ないということを、この時、私は本能的に感じとっていた。


「再会を祝した酒、という訳ではないというのは、分かっているだろ?」

ライアンの言葉に、私は頷く。


「本題に入ろう。お前の師であるウィルソンという男は、ミステリアス王に会いに行った、で間違いないか?」

それは隠すようなことではない、私は静かに頷いた。


「そうか。一つ忠告しておく。もう、ウィルソンとは関わるな。弟子のお前を巻き込むのは、師匠である俺も、きっとウィルソンも望まないはずだ。」


この時、私は確信した。

ライアンが誰かに依頼を受けて、ウィルソンを探っているのだと。

それだけならまだいいが、最悪の場合、暗殺という線も考えられる。

「少しだけ教えておいてやる。あの、ウィルソンという男は、キリエスと繋がっている。それだけじゃない、最近はレガリアにも頻繁に足を運んでいるんだ。俺の言いたいこと分かるな――それじゃあ、今度は再会を祝して楽しく飲めればいいな。」

そう言い残し、ライアンは酒場を出ていった。


「ウィルソン師匠が……何故?」

私は頭をフル回転させたが、答えは出なかった。

「こうなれば、直接確かめるしか、あるまい。」

私は、ライアンを警戒しつつ、ルシオンへと向かった。



ルシオンは南連の国々の中で一番の規模と軍事力を誇る豊かな国である。

私は、ミステリアス王の住むルシオン城付近で、ウィルソンを待ち伏せした。

じっと息を殺し、草葉の陰に潜んだ。

きっと何処かで、ライアンも同じ様に潜んでいるだろう。


数時間が経過した頃、白く長いコートを着た男が、城内から出てきた――ウィルソンだ。

私は、ウィルソンにもライアンにも気づかれないよう、尾行した。

しばらく歩き、人気のない田舎道に差しかかった時であった。

草むらから、黒づくめの男がウィルソンの前に飛び出してきた。


「あんた、ウィルソンさんだな?」

ウィルソンは、一瞬驚いた表情をしたが、すぐに冷静さを取り戻した。

「ええ。あなたは?」


「あんたに少し聞きたいことが、ある。」


「どなたに雇われたのか知りませんが、私は何も話すことは、ありませんよ。」


ライアンは、ため息をついた。

ため息をついた瞬間、ウィルソンの視界から消え、再び視界に入った時には、もう目前に現れていた。

ウィルソンの喉元には鋭い刃が突き立てられている。

私は、どうするべきか迷っていた。


「ドクター・ウィルソン。貴様、キリエスの回し者か?レガリアを焚き付けて、南連と戦争を起こそうとしているのか?答えろ!」


私は考えるのを止め、二人の前に飛び出した。

「き、きみ。」

「お前。」

二人は驚いた。

「失望したよね?」と、ウィルソンは哀しげに呟いた。

「分かりました、お話します。弟子の前で嘘をつくわけには、いかない。」

ウィルソンの言葉に、ライアンはナイフを下ろした。


「私がキリエスの回し者という件は……間違いありません。確かに私はキリエスの企みに乗り、このギアン大陸を混乱に貶めようとしました。最近のキリエスは、自国が分断され、その影響力が極端に低下しました。そこで、このギアン大陸に目をつけたのです。ちょうど王の進退で混乱していた、レガリアという駒を手にしたキリエスは本格的にギアン大陸攻略に乗り出そうとしているのです。」


私には分からなかった。

話の筋は通っている。

だが、何故それにウィルソン師匠が加担せねばならぬのか。


「そんなに悲しそうな顔をしないでください。私は、そんな男なんだ。」


「なるほど――だが腑に落ちない。あんたは医師だ。しかも自分の命より患者の命をとる、そんな男だ。俺の調べでは、そうなっている。そんな、あんたが何の見返りがあってキリエスに与している?」

ライアンの調査に間違いは、ないはずだ。


「私の命なら……よかった。」

そう言ってウィルソンは涙を我慢することなく、流した。


「私は、これまでずっと医術だけを追い求めてきた。そんな、私の前に一人の女性が現れたんだ。彼女はリズといって、私と同じ医師だった。私たちは同じ価値観を共有し、そして自然と惹かれあった。そんなリズの病が発覚したのは、最近のことだ。私には、どうしようもない病だ。今の医療では、手の施しようがないんだ。そんな失意の私に声をかけてきたのが、キリエスだ。キリエスは言わずと知れた、医療大国。私が協力すれば、彼らも全力でリズの治療をしてくれると、約束したんだ。それで私は……。最低だな、自分の愛する人を守るため、他の人々を戦争に巻き込ませようとするなんて。」


私にはウィルソンの気持ちが、なんとなく分かった。

人一倍、努力家で真面目なウィルソンは、とても不器用なのだ。


「それで、あんたは満足なのかい?」

ライアンの問いかけに、ウィルソンは首を横に振った。


「いいや。私は何も分かっていなかった。そんな事をして、もしリズが助かったとしても、彼女は私を許さないだろう。彼女は、私以上に熱い医師だからな。ミステリアス王には全て正直に話したよ。王は、約束してくれた。南連からレガリアへの侵攻は、しないと。」


私は胸を撫で下ろした。

しかし、レガリアが攻めこんできたら事態は同じだ。

「なんとか、せねば……。」


「そうかい。あんたの話は分かった。」


「あなたは、私の暗殺を命じられているのでしょう?恐らくは、コルテあたりから。私は、もう逃げません。どうにでも、なさってください。」


「いいんだな?」


「――はい。」


ライアンは再びナイフを喉元に突きつけた。

私は焦り、ライアンを止めようとした。

だがウィルソンは、手で私を制した。


「いいんだ。ありがとう。」


「――ちっ!やめた!」

ライアンはナイフを引っ込め、くるりと後ろを向いた。


「し、しかし、あなたは依頼を遂行せねば、自分自身に危険が及びますよ。」


「残念だが、そんなヘマはしないよ。現場での判断は全て俺に任せられているんだよ――ミステリアス王に」


「ミステリアス王!?……そうでしたか。すいません、ありがとうございました。」

ウィルソンは力なく、その場に崩れ落ちた。


「それで、こらからお前は、レガリアへ行くのか?」

ライアンの問いかけに、力強く頷いた。


「とりあえず南連の方は師匠達の、おかげで平気そうだ。次なる問題は、必然的にレガリアになる……そして、キリエスだ。」と、私は新たに強い決意を固めた。


「気を付けろよ。それで、ウィルソンさんは、どうするんだい?」

「私は、キリエスへ行きます。」


「あんた、殺されちまうぞ。どうして今更キリエスへ?」


「もちろん決まっています、リズの所へ行くためです。」

ウィルソンの意思は揺るがない。

例え自分の身に危険が及ぼうとも。

「それでこそ、ウィルソン師匠だ。」と、私は本来のウィルソンの姿を目の当たりにして、嬉しくなった。


「あんたって、本当に面倒な男だな。仕方ない、ではキリエスまで共に行こう。」


「えっ?何故です?」


「あんたみたいな名医に死なれては困るんだとよ――ミステリアス王が、そう言ったんだ。だから俺は、あんたの護衛をしてやろうってわけさ。」


「そうでしたか……ミステリアス王にも、あなたにも、ご迷惑かけます。」


「なかなか善き王だな、ミステリアス王とは。」と、私はいつかミステリアス王と会いたいと、願った。



「それじゃあ、またな。」

「本当に色々と済まなかったね。身体には気を付けるんだよ。」

こうして対照的な二人の師匠と別れた、私は一路北へ――大国レガリアへと再び向かうので、あった。


湿り気を帯びた風が北から一陣、吹き抜けていった。

それはまるで、憂いを含んだ風のようであった。







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