divide~中編~
私は、すっかりお姉化してしまったオリバー師匠と共に、キリエス西部のカヴァリ地方へと移動した。
「ここは元々、ソル家が治めていた国なの。今となっては、ドレイクの下僕に成り下がってしまったけどね。」
オリバーと私は、この地を治めている、ピーター・ドレイクに会うため、彼の居城である「ワルツ城」という古城を訪れた。
アクリアが段取りをしていた為に、ピーターとの謁見までは驚くほどスムーズに進んだ。
私とオリバーは、ピーターの待つ広間へと通された。
赤い絨毯の上を歩いていくと前方の玉座に、ふてぶてしい態度で座る男の姿が見えた。
その傍らにはアクリアの姿もあった。
そして、もう一人、黄金の鎧を纏う大きな男。
「あの、ド派手な鎧の男は、大剣豪ダマンよ。」と、オリバーは小声で呟くように言った。
「あれが、ダマンか。」
私も耳にしたことがある名である
「よく来た。余がピーター・ドレイクである。お前がオリバーか?」
まだどこか顎髭が馴染みきれていない、あどけなさの残るピーターは、口早に質問を投げかけた。
「は、はい。私がオリバーです。ピーター様。」
「そうか、ご苦労だったな――では……死ね。」
ピーターが、そう言った瞬間、隣に居たはずのダマンの黄金に輝く鎧が、いつの間にかオリバーの目前に移動していた。
ダマンは剣を振り上げ、既にオリバーの首目掛けて降り下ろしていた。
キィン!
その、刃を受け止めたのは、そう――私である。
「やるな、私の剣撃をまともに受け止めるとは。」
ダマンの攻撃は鋭かった。
さすがに大剣豪と呼ばれるだけのことは、ある。
「ピーター様!私が一体、何をしたというのです!?」
オリバーは、訳が分からない様子であった。
「フェイトフル・リアルムの件だ。」
「それは……アクリアに一任しておりました。」
そう言ってオリバーは、アクリアを見た。
「あら、なんのことかしら。私は何も聞いておりません。」
「アクリアちゃん、なんかキャラが変わってないか?」と、私はダマンの剣を受け止めたまま、アクリアに疑問を感じた。
「まあまあ、もう良いではありませんか、ピーター殿。」
場に似つかわしくない、呑気な声が聞こえた。
現れたのは、人の良さそうな小柄な初老の男性だった。
「これは、ラルナ殿。貴方がそう、おっしゃるなら。ダマン、もうよい。」
ダマンは剣を下ろした。
「あ、あれは……剣聖ラルナ。」
オリバーは驚愕の表情であった。
それもそのはず、剣聖ラルナは伝説の剣士。
実在するのかさえ疑わしい、というのが世間一般の常識である。
しかし、私にとっては伝説でもなんでもない。
「おっ?お前じゃったか。ダマン殿の剣を簡単に受け止めるとは、さすがじゃのう。」
そう――剣聖ラルナは、私の師匠である。
「ラルナ殿。彼を知っているのか?」
ピーターの問いかけに、ラルナは、
「ええ、儂の唯一の弟子でして。まあ、とっくに剣の腕は抜かれておりますが。」
「そうであったか。貴方の弟子とは、恐れ入った。なあダマン。」
「はい、通りで強い。剣を合わせた瞬間、私は殺られると直感しました。こんなのは初めてです。」
ダマンは、どこか嬉しそうだった。
「さて、話を戻そう。フェイトフル・リアルムに軍事同盟の申し出をする手筈が、それが成されていない。オリバーとアクリアよ、どちらが嘘を吐いている?」
私には答えが出ている。
アクリアが嘘を言っているのは確かだ。
だが、なぜ?
「私は確かにアクリアに頼み、アクリアもそれを承知致しました。間違いありません。」
「いいえ、嘘を言っているのは、オリバーです。ピーター様!どうか私を信じて。私は貴方様をお慕いしています。その私が欺いたりは、決して致しません。」
二人は、身の潔白を必死に訴えた。
「調べは、ついておる。もっと言うなら、とっくに分かっておったよ――女狐め。」
そう言って、登場したのは白髪の短い髪の男であった。
「ターク・ソル!」
オリバーが口にした名前で、私はピンときた。
「確か、カヴァリ地方を治めていた、この城の元城主か。」
タークは、アクリアの前へと進み、
「陛下、この女はドレイク三世の回し者です。私の配下の者がマビン・グラスより、報告してまいりました。」
「ターク殿。どこにそんな証拠があるというのです。」
アクリアは懇願するように、ピーターを見た。
「観念なさい。貴女みたいな無能な者が師団長になれる筈がない。恐らく色仕掛けでも、なさったのでしょう。」
「ターク殿。言って良いことと悪い事がありますよ。」
アクリアは、自分の剣に手を置いた。
「そこまで!」
怒号が鳴り響いた。
ピーターは、立ち上がり、
「アクリアよ。今すぐ、ここから出てゆけ。そして我が弟、ハレス・ドレイクに宜しく伝えておけ。」
ピーターの毅然とした態度に、アクリアはこれ以上弁解することはしなかった。
そして、唇を噛み締めて、出て行こうとする、アクリアにタークは追い討ちをかけた。
「そうそう、言い忘れていたが、フェイトフル・リアルムとの軍事同盟の件は、私が責任をもって完遂しておいたからな。」
それにアクリアは、過敏に反応した。
「くそ!あんたら全員ハレス様に殺されてしまえ!あの、お方にとったら、あんたらはゴミだ!私はハレス様を愛している。」
「本性が出たな、女狐め。」と、タークは剣に手をかけた。
「よい、ターク。」と、ピーターはタークを制して、
「アクリアよ。短い間であったが、楽しかった。次は戦場で会おうぞ。」
私は少し、このピーター・ドレイクという男に興味が湧いた。
「ただの暴君かと思ったが、なかなか面白い男だ。」と。
疑いの晴れたオリバーと私に、ピーターは頭を下げた。
そして我々一同は、城の中にある広間へと同行した。
そこには、多くの兵士たちが綺麗な列をなし待ち構えていた。
その前方に高い舞台が用意され、ピーターは、そこに上った。
「皆、聞けい!我々はキリエスを離れ新たなる国を、この地に築く。キリエスとは、敵対関係になるであろうが、心配には及ばぬ。我々には、フェイトフル・リアルムという同盟国を手にした。」
兵士たちは、
「うぉー!」と、雄叫びを上げた。
その声を制して、ピーターは再び声を発した、
「よいか!我々は一つだ!どこの国にも負けぬ!この新たな国を今日より『ソルディウス』と名付ける。皆、私に力を貸してくれ。」
その新たな国の王、ピーターの言葉に、誰もが狂喜乱舞した。
「ずいぶんイメージが違ったな。」と、意外なピーターの姿を、私は見つめていた。
「彼は、私たちソル家の者を手厚く迎えてくれた。よく、先代のドレイク二世と似ていると言われるが、全く違う。ピーター様は、完璧な王だ。もちろんドレイク三世よりもだ。私は覚悟を決めている。彼と共に、この国を繁栄に導くことを。」
タークは、私やオリバーに向け、己の胸の内をさらけ出した。
かつての領主に、ここまで言わせるピーターは凄いと、言わざるを得ない。
そして、ここレト大陸に、新しい大国、ソルディウスが誕生した瞬間だった。
「よし、後はキリエスに報告しておかねばな。ハレスの奴、どんな顔するだろうな。」と、ピーターは、いたずらっ子の様な顔で微笑んでいた。
これで、一通りの仕事を終えた私とオリバーは、数日後の夜、杯を酌み交わしていた。
「まったく、一時はどうなるかと思ったけど、上手くいったわね。しかし、あのクソ女。思い出しただけで、ムカつくわね。」
オリバーは、アクリアの顔を肴に酒を飲んでいるようだ。
「さて、最後の仕上げね。あんたには、エクテスへ行ってもらうわ。あそこの動向がどうなるか、あんたに探ってほしいの。」
確かに、気になるところだ。
もしもキリエスに良い感情を抱いていないのなら、ソルディウスに傾くかもしれない。
私は情報収集のため、エクテスへと旅立つ。
「これ持っていきなさい。」と、オリバーは布袋に一杯に入った銀貨をくれた。
「これは、あんたへの報酬よ。無駄遣いしたら駄目よ。」
私は頷いて、オリバーと別れた。
そして恩師である、ラルナの元へと出向いた。
挨拶くらいは、しておこうと思っての事だ。
ラルナが住む家は、城の近くの町中にあった。
そこは、普通の国民が住む場所だ。
彼は庶民と同じように、小さな家に住んでいた。
私は部屋をノックして中に入った。
そこには、思わぬ面子が揃っていた。
まず我が師ラルナ、大剣豪ダマン、そして新たな国の王、ピーターがその場にいた。
私はピーターの前に膝まづいた。
「よいよい、楽に致せ。ところでお前名は?」
ピーターの問いかけに素早く動いたのは、ラルナであった。
「ピーター様。こやつは――」と、何やら耳打ちした。
「――そうか、そんなことが。よし、もうよい。酒でも飲もう。」
私たちは、酒を酌み交わした。
「しかし余の周りは皆、剣士ばかりではないか。しかも、どいつもこいつも達人だ。喧嘩になれば、余が真っ先に斬り殺されてしまうな、ワハハハ!」
ピーターは、陽気に笑った。
私は不思議でしょうがなかった。
これが、あのキリエスの王、暴君と呼ばれたドレイク二世の嫡子と、いうことが。
それがピーターに伝わったのか、
「意外であったか?」
私は、素直に頷いた。
「ハハハ、そうか。余は親父殿が大嫌いだった。絶対に自分が王になったら親父の様な王にはならぬ、と思っていた。だが、余は王にすらなれなかった。だが、こう見えて余は結構しつこいのでな。」
「善き王になる。」と、私は確信した。
夜も深まった頃だった。
一人の兵士がラルナの家を訪ねてきたのは。
「国王陛下。キリエスに挙兵の動き、ありとの報告が。」
「そうか。ずいぶん素早い動きだな。」
「陛下、私は情報収集と戦の準備に取りかかります。」
そう言って、ダマンは席を立った。
「キリエスは正気なのか?」と、私は考えた。
いくらキリエスを裏切ったとはいえ、今や二つの国の軍事力は拮抗している。
そんな大戦争が起これば両者共に甚大な被害を被るのは、目に見えている。
それほど、ドレイク三世は馬鹿ではないはずだ。
「何かある。」と、いうのが私の意見だった。
「お前は、お前のやるべき事があるだろう。この国、ソルディウスの事は余たちに任せて、お前は自分の任につけ――今日は楽しかったぞ。また共に酒を飲もう。」
そう言ってピーターは、部屋を出た。
私の、やるべき事。
それはエクテスの挙動を見張り、いち早くオリバーへ報告すること。
「これを持っていけ。」
ラルナ師匠が渡してくれたのは、袋に入った鳩であった。
鳩に手紙をくくりつけ、エクテスからソルディウスへと飛ばす為だ。
私は多少、後ろ髪をひかれる思いで、ソルディウスを出た。
そして、できることなら、戦にはならないで欲しいと願いながら満天の星空を見上げたのであった。。




