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最強の戦士ここにあり  作者: 田仲 真尋
32/68

divide~前編~

私はキリエスの王都マビン・グラスへと潜入を果たした。

マビン・グラスは、王のお膝元である。

そのため都へ入るのにも、幾つかの検問所を通過しなければ、ならなかった。

その厳しい監視の目を、くぐり抜け、王都に到着したのは、オリバー師匠との約束の日の当日であった。


「さて、急ぎ『タムタム』なる酒場を探さねば。」

私は、右も左も分からぬ土地で、足を棒にして歩き回った。

そして、ようやく寂れた路地裏で、その店を見つけた。

木製の古くさい扉は、ギィーッと、予想通りの音を立て、鈍く開いた。

店の中は、とても暗かった。

外の陽は、まだ高いというのに店内には、届いていない。

少し湿気を帯びた、かび臭い店内を進むと、椅子のない丸テーブルで、一人酒を飲む黒いコートの男を見つけた。

「あら、早かったわね。もう少し苦労するかと思ったのに。さすがね。」

もう完全に、オリバー師匠は……いや、オリバー姉は、昔と変わってしまっていた。


「じゃあ、奥に行きましょうか。」

「そんな……心の準備が……いやそうじゃない。」

私は一人、葛藤していた。

「一応紹介しとくわ。この店のマスター、ドブロよ。彼は、私たち『レト・革命会』の一員なの。」

レト・革命会?

まあ、呼んで字の如し、ってことであろう。

私はオリバーの後に続き、店の奥にある、一室へと入った。


そこは、テーブルが一つ置いてあるだけの、殺風景な狭い部屋だった。

この部屋も薄暗く、埃っぽい。

「紹介しとくわ。この子も、私たちの同士。それと共にキリエスのファンク師団、師団長でもある、アクリアよ。」

何故、キリエスの兵士が革命会のメンバーに?

私は軽く混乱した。

「よろしく。君の噂は、オリバーさんから聞いているよ。強いんだってね。」

アクリアは、そう言って握手を求めた。

部屋が薄暗いせいなのか、私が鈍感からなのか、私はアクリアの声を聞いて、初めて彼女が女性だということに気づいた。

握手を交わし、チラッと顔を覗くと、そこには可愛い顔の女子がいた。

「なんと可愛いらしい人だ!師団長なんて言うから、どんなに厳つい奴かと、思ったら……まるで妖精だ。」

私は心底、驚愕したのであった。

「はいはい。いつまで手を握ってんのよ!」

バシッ!と、頭をオリバーに叩かれ、私は我に返り慌てて、汚い手を離した。

「フフフ。面白い人ですね。」

彼女の微笑みは天使のようだ。

「まったく!まあ、確かにアクリアは可愛いいわよ。美人というより美少女って感じですものね。大概の男はメロメロよね。」

「そんな、私なんてオリバーさんに比べたら、まだまだ女子力低めですよ。」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね――まあ、そろそろ雑談は、これくらいにして、本題に入りましょうか。だいぶ話が横道に逸れちゃったわね。」

オリバーは、テーブルの上に一枚の大きな紙を広げた。

「この部屋暗いわね。」と、オリバーは部屋のカーテンを開けた

しかし開けた瞬間、アクリアはすぐに閉めた。

「オリバーさん、ここは通りに面してるんですよ。誰が見ているか分からないわ。」

「でも、こう暗くては話しもできないでしょう。」

そこで私は、低級魔法「エルイーディ」を、唱えた。

すると、部屋の中は、まるで日中の外にでも居るように明るく照らされた。

「あんた。ずいぶん便利な魔法使うのね。見直したわ。」

「本当、凄いですね。私は魔法使えないから、尊敬しちゃいます。」

私は、モジモジしながら、アクリアを見た。

さっきまでは気がつかなかったが、彼女の長い髪は金色――いや、どちらかというと、色素の薄い白銀のようだった。

「本当に妖精みたいだ。」と、私はアクリアから目が離れなくなっていた。

「あの……どうかしましたか?」

アクリアは、少し照れた様にして私を見た。

「ばっかもーん!こっちに集中してちょうだい。」

私を、慌ててテーブルの上の紙に視線を移した。

「――地図か。」

それは、レト大陸全土の詳細な地図である。


「じゃあ、まずキリエスの現在の領土を見せてあげる。」

オリバーは、地図に線を引きはじめた。

「これがキリエス。レト大陸のほぼ七割強を占めてのいるのよ。そして、それは今も増殖中なのよ。」

「こ、こんなに……」

私は改めて、超大国キリエスと呼ばれる訳を知った。

「そして、残り三割ほどの内訳は、二割が小国や山脈、あと草原とかだったりね。まあ、そこの二割は今回関係ないから無視しちゃうわね。問題は、残りの一割、ここよ。」

オリバーが指差したのは、このレト大陸では二番目に大きい国、フェイトフル・リアルムであった。

二番目とは、いえキリエスに比べたら小国と、いえるだろう。

「この国とは、話しがついてるのよね、アクリア?」

「はい。こちらの策が成功した暁には、協力は惜しまないと申してました。」

「そう。じゃあ、ここはもういいわ。ところで、このキリエスは大きく分けると三つの地方で成り立っているってこと、あんたご存じ?」

私は、キリエスの事については、まったくの無知だった。

「知らないのね。いいわ、教えてあげる。まず、今いる王都マビン・グラスを中心にした、この地方はリッター地方と呼ばれているわ。この地方が、だいたい七割の内の三割を占めているの。」

私は、すかさずメモ帳を取りだし、メモをとる。

「そして、ここから西へ行くと、カヴァリ地方。そうね、ここもだいたい三割ほどの面積ね。そして最後。ここから南西へ行った辺りで、フェイトフル・リアルムと接している、エクテス地方。ここは、およそ一割ほどの面積ね。」

私は先の展開が読めずに、メモだけを必死にとり続けた。

「まずは、簡単に説明するから最後まで聞いてちょうだい。詳細は、その後に説明するから、いい?」

私は一旦、メモを取るのを止め、オリバーの話に身を傾けた。


「今回の作戦は、ディバイドレボリューションよ。分割革命とでも言っておきましょう。まず第一に、キリエスからカヴァリ地方を切り離す。そして新たな国として、カヴァリ地方からは声明をだしてもらうわ。そこで登場するのがフェイトフル・リアルムよ。この二つの国は軍事同盟を結ぶわ。そうすると、カヴァリとフェイトフル・リアルムでレト大陸の四割を有する同盟国の誕生よ。リッターとエクテスを合わせて四割。つまり同等。しかも、エクテスに関しては、どう動いてくるか、今のところ予測できない。こちら側につくなら、それに超したことはないわね。まあ、ともかく、どっちにしてもレト大陸でのキリエスの覇権は大きく揺れることになるわ。それが私たちの狙いなの。そうすることによってレト大陸……いや、ギアン大陸までも安全が保障されるのよ。分かった?」


オリバーの言っている事は、理解できた。

だが、それをどうやって成すか、である。

言うのは簡単だが、実際問題どうする気なのだろうか?

「さて、ここからが問題なんだけど、それを知るには、少しキリエスの歴史について学んでもらわなくちゃね。――アクリア、お願い。私は、ちょっと店で一杯やってくるわ。」

「分かりました。」


「こ、この展開は!狭い空間に私とアクリアちゃんの、二人っきりではないか!――オリバー師匠、ナイスです。」と、私の胸の内は、もはやフェスティバルの様な賑わいを、みせていた。

「それでは、お話しします。」

アクリアは、その美しい髪を、掻き上げてから話し出した。


「キリエスは元から大国では、ありませんでした。現在の大国になったのは先代の王、ドレイク二世の時代です。彼は暴力と争いを好み、勢いに任せて次々と周辺の国々を攻め落としました。そして、強大な国を築きました。」

私は、話の内容よりも、アクリアをガン見することに力を注いでいた。

「あの、ちゃんと聞いて下さいね。ここからが大事なのですから。」

私は焦り、頷いた。


「しかし、ある時、これまで負け知らずで突き進んできた、キリエスは思わぬ敗北をしてしまいます。相手は小国。その国には、有名な軍師がいたそうです。策に敗れたドレイク二世は、この時心底恐怖を感じたそうです。そして、これからは武力だけではなく、知性も必要だと。ドレイク二世にとって知性や品性は自分に無いものであったが故に、彼はそれを心より欲しました。そして、それを自分の息子に託したのです。」


「なるほど。自分が出来なかったことを、子に期待する。それは、庶民でも国王でも変わらぬことなのだな。」と、私は納得した。

しかし、アクリアの話しは、ここから思わぬ方向へと、走り出した。


「その子供が今の国王、ドレイク三世です。彼は、ドレイク家の次男なのです。」

「次男?長男が跡を継ぐのでは、ないのか?」と、私は頭を捻らせた。


「長男の名はピーター・ドレイク。正真正銘ドレイク家の嫡男です。ピーターは今、西の地方カヴァリの領主を務めています。」

「そう。そして、ピーターは父親に、そっくりなのよ。」と言って、オリバーは戻ってきた。

「師匠もう、戻られたのか……ちっ!」と、私は心の中で舌打ちした。

「ピーターは暴力的で支配欲が強い、先代そのものよ。それに比べて弟である、今の国王は対照的に知性と品性に溢れているのよ。」と、オリバーは店から持ってきた酒を一口飲み、喉を潤す。


「つまりピーターは、西へ追いやられたのよ、実の父親に。」

今度はアクリアが、何やら不愉快そうな物言いである。

「ピーターは父親を……いや、今のキリエスを恨んでいるわ。このままおとなしくしている様な男ではないわ。そこで、私たちが彼の治めるカヴァリ地方をキリエスから独立させ、新たな国家を造るようにピーターを説得した、ってわけ。」

オリバーは愉快そうに、話した。

「それは、大胆な策だ。だが、よくピーターが了承したものだ。」と、私が不思議に思っていると、オリバーは思い出したように言った。


「ああ、そうそう言い忘れてたけど、アクリアはピーターの恋人なのよ。」

「そうなのか、だからピーターは……なんですと!」

私は驚き、そして、落胆した。

そんな、私に活をいれるように、オリバーは激しい口調で言った。

「いい、まず私たちがやることは、カヴァリ地方の独立。そして、その独立国とフェイトフル・リアルムに軍事同盟を組ませる。ここまでが私たちの仕事よ。」


「なんか、やる気が起きないが仕方ない。」と、私は力強く頷いてみせた。

「さて、下準備は全て終わっているから、後は祈るだけね。」

オリバーは、手を組み、天を見上げる。

「それじゃあ、私は一足先にカヴァリへ向かいます。あちらで合流しましょう。」

アクリアは、そう言い残し、部屋を出ていった。


「この作戦は恐らく、すんなりとはいかないわよ。」

急に真剣な面持ちで、オリバーは呟いた。

「私たちが狙うのは、このレト大陸の均衡を保つこと。結局、独立を果たせても、キリエスに攻め滅ぼされたら無意味よ。そこで重要なのがエクテスよ。さっきは話さなかったけど、あなたにはカヴァリへ、行った後にエクテス地方にも足を運んでもらうことになるけど、よろしくね。」

私は、オリバーが眉毛を触りながら話す仕草を久し振りに見た。

彼が……いや、彼女が……まぁ、どちらでも構わないが、とにかくオリバーの、その仕草には何か憂いがあり、心配事がある時である。

それが何なのかは、私には知る由もないが、もし予期せぬ戦闘が起きた場合は「私に任せてくれ」と、言いたい。

私が呼ばれた理由が、まさしくそれであるかだ。

何なら、私一人でキリエスを潰して、ご覧にいれてもよいのだが、そうすると物語が物語では、なくなってしまう。


私はオリバー師匠と共に、西へと向かったのであった。













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