師匠巡り~其の四~
キリエス王都マビン・グラスへの道程、私はふと思い出した事があった。
それは、オルカンモ国を出て北東へ少しばかり、行った所であった。。
ここは、山々に囲まれた、大自然の地サイレスヒル。
「確か、この辺りに移り住んだと、聞いていたが。」
私は急遽、懐かしい顔に会うため寄り道することを決めた。
オリバーとの約束の日までは、まだ多少余裕がある。
私は山に入り、記憶を辿りながら目的の場所を探した。
「くそぉ。こんなことなら、あの手紙を捨てるんじゃなかったな。」
私は草に足を取られながら、突き進んだ。
しばらく歩くと、山間に白煙が立ち上るのが見えた。
「あそこか。」
私は歩みを早め、そこへ向かった。
目的の場所には、木で建てられた立派な家があった。
しかし、人の気配がしない。
私は玄関へ向かい、ノックしようとした。
「何の用だ!?」
私の喉元に冷たい感触がする――刃物だ。
私はその瞬間、腰元に隠し持っていたナイフを、背後の男の心臓に突き立てていた。
「ふっ、お前だったか。久しいな。」
二人は、刃を下ろし固い握手を交わした。
彼は私の師匠、ポルセテスである。
ポルセテスは、斧の使い手である。
ポルセテスは大小様々な斧を器用に使いこなすのである。
ポルセテスから教わったのは、斧の使い方だけではない。
彼から教わったもの、それは――家事全般である。
掃除、洗濯、料理までプロフェッショナルにこなすのだ。
早くに妻を亡くした、男手一つで三人の娘を育てている、ポルセテスだからできる業である。
「しかし、よく此処が分かったな――あっ!そうか俺が昔、お前に渡した手紙に此処の場所を書き記して、いたからだな。」
その手紙は海の藻屑となって消えてしまった、という事は黙っておこう。
「まあ、中に入れ。お茶でも淹れよう。」
ポルセテスは元々、レガリアの兵士だった。
しかし、当時の君主メイス家に嫌気を差し、このレト大陸へと渡ったのだ。
「そういえば、レガリアの王は、どうなったのだろう?」
クレアが王を退いた後の、事を私は何も知らない。
ふと、そんな疑問が頭を過った。
「レガリアは大変だったらしいな。お前の仲間のクレアが、王でいた短い間は良かったらしいが……結局また、あのメイス家が戻り、今ではまた暗黒時代へと逆戻りだ。」
ポルセテスは、悔しそうに言った。
「メイス……か。クレアは、今どうしているのだろう。」
ガチャ。
「只今帰りました。おっ!父上、お客様?」
「どれどれ。」
「……ほんとうだ。」
騒がしく入ってきたのは、女の子三人だ。
「こら、挨拶しないか。どうだ、こいつら大きくなっただろう。」
私は、この三姉妹が幼い頃より知っていた。
確かに、驚くべき成長である。
「長女のマイは、もう十六になるんだぞ。次女ミイが、その二つ下。三女のネイが、その一つ下だ。」
三人とも、随分美しく育ったものだ。
私がニヤニヤして、彼女らを見つめていると、
「お主、何を厭らしい目で見ている。」
「エロ親父!きもっ!」
「……恥ずかしいので、あまり見ないでください……」
――何か面倒くさい、姉妹だ。
「ハハハ、そう言うな。お前たち、このお兄ちゃんのこと、覚えてないのか?昔は一緒に暮らしていたんだぞ。」
ポルセテスは、そう言って三姉妹を見た。
「あっ!思い出してござ候う。」
「うちも思い出した、おっさんの事。懐かしいな。」
「……すいません……思い出せない……。」
うん、やはり面倒くさい姉妹だ。
「ネイは、まだ小さかったからな。覚えてないのも無理はない。」
そんな懐かしい顔ぶれと、楽しい一時を過ごしていると、
「コンコン!」と、扉をノックする音がした。
「はーい。どうぞ。」
ポルセテスの返事より一瞬早く、扉が開かれた。
入ってきたのは、キリエスの兵士二人で、あった。
「なぜキリエス兵が、師匠の家に?」
私は、なるべく目立たないよう影を薄くする、努力をした。
「ポルセテス殿。この間の返事を伺いに参りました。」
「むっ!曲者か!」と、長女マイが芝居がかった台詞を兵士たちに吐いた。
「こら、マイ。」
ポルセテスは、困った様子で私を見た。
「そうだ!悪いが、この子たちを連れて街まで、買い物に行ってくれないか?俺は少し込み入った話があるんだ。」
「えーっ!面倒くさい。」と、言いたかったが、そこは師匠の頼み。
私は渋々、承諾した。
「お主、かたじけない。世話になる。」
「おっさん。何か買ってくれ。」
「……あの……よろしくお願いします。」
こうして、私は三姉妹を連れ、山を下った。
最寄りの街までは、歩いて一時間ほどかかるらしい。
「しかし、キリエス兵が師匠に何の用なのだろうか?――気になる。」
私たちは、街でポルセテスに頼まれた物を買い揃えた。
「誠に言いにくいのだが――腹が減った。あの串焼きを買っては、もらえぬだろうか?」
長女マイに串焼きを、買ってやった。
「おっさん、おっさん。喉乾いたよ。」
次女ミイにジュースを御馳走した。
「……あの……やっぱりいいです。」
三女ネイは、遠慮していた。
私はネイが、さっきから綿飴を食べたそうに見ていたのを知っていたので、買ってきて渡した。
「……ありがとう……うれしい。」
私たちは、近くの木陰で座り、休憩をとった。
「しかし、お主大きくなったな。こっちの方は、どうじゃ?」と、長女マイは小指を立てた。
私から言わせてもらうなら、マイよ――お主変わったな、だ。
私はマイの問いかけに、首を横に振った。
「じゃあ私が彼女に、なってあげるよ。」と、次女ミイは手を差し出して言った。
「なんだ?その手。」と、私が考えていると、
「いや、おっさんと付き合うんだから――ね。」と、ミイは親指と人差し指で丸を作った。
「止めなさい!そんな事したら、お父さんが悲しむ。」と、ばかりに私は激しく首を横に振る。
「あの……私……お兄ちゃんが欲しかった……」
三女ネイは、まだ純粋に育っているようだ。
「……そしたら、一緒にお風呂に入って、一緒に寝るの。ずっと一生一緒にいて欲しい……」
「……いや。やはり面倒くさい。」と、私はやんわりと首を横に振った。
そんな私たちの元に、
「あなた方は、ポルセテス殿の娘さんたちだね。」と、三人のキリエス兵が声をかけてきた。
「さよう。お主たちは何者だ?」
――どう見てもキリエス兵だろ、マイよ。
「実は私共は、ポルセテス殿に頼まれて、君たちを迎えに参りました。」
「迎え?なんで親父が、あんたらを迎えによこすんだ?」
「……パパは他人にそんな事、頼まない……」
私も、ミイとネイと同じ意見だった。
目に入れても痛くない程に可愛がっている、愛娘たちをキリエス兵に任せるはずがない。
しかも先程、ポルセテスの家を訪ねてきた、キリエス兵とは別の者たちだ。
「妹たちよ、安心せい。行くことはない。私たちには、保護者がついておるのだからな。」
「そうそう。おっさんが一緒なんだから、あんたらは帰んな。」
「……帰れ……」
なんだかんだで、私は信頼されているのだろうか。
「この!優しく言ってやれば、調子にのりやがって。お前ら、この女どもを連れて行け!」
「本性を現しおったな。」
私は、三姉妹の前に立ち塞がった。
「なんだ、お前は!邪魔をするな!」と、掴みかかってきたキリエス兵の腕をとり、ぶん投げてやった。
「貴様!我らに逆らうのか!」
残り二人の兵士は剣を抜いた。
私は、その瞬間「浮き足」を使い、奴等が抜いたばかりの剣を奪い取ってやった。
「あれ!?剣がない!」
「俺のもだ!」
私は、その剣を低級魔法「万力」で、へし折ってやった。
「うわぁ!こいつ剣を折りやがった!」
「ここは、一旦退くぞ!」
キリエス兵は、尻尾を巻いて逃げだした。
「お主、やりおるのぉ。」
「やればできるじゃん、おっさん。」
「……やるな……」
私たちは、ポルセテスが待つ家へと戻った。
「遅かったね、お帰り。」
何も事情を知らない様子のポルセテスに、長女マイが今日の出来事を話した。
「――そうか、そんな事が。」
少しの間、ポルセテスは考えている様子を見せた。
そして、
「皆には、話しておこう。」と、覚悟を決めた様に、切り出した。
「実は、キリエスから間者になれと言われている。」
「……間者……?」
「スパイってことだよ、ネイ。俺がスパイとして送られようとしている国は、レガリアなんだ。」
「レガリアは、父上の故郷ではないか!」
「そうなんだ、マイ。俺は故郷を捨てた身。だが、故郷を裏切るような真似は、したくない。」
「それで断ったんだろうな、親父?」
「ああ、もちろん。それで娘たちを人質にとって、俺をレガリアに送り込ませようと、したんだろうな。」
なんとも汚く、古くさいやり方だ。
「恐らく、もう此処には居られないだろう。キリエスを怒らせてしまったからね。」
「……どうするの?……」
「レガリアには戻れないし、どうしたものか。どこか安全に暮らせる国はないだろうか……」
ポルセテスは困った様子で俯いた。
――!!
その時、私は閃いた。
ポルセテスの家にあった紙と筆をとり、サラサラと私は筆を走らせた。
ポルセテス一家は、その様子を黙って見ていた。
そして書き終えた一枚の書をポルセテスへ手渡した。
「これは――紹介状?」
そう、私が書いたのは――クレイヴ国、ローズ・ガーデン領主、クッキーに宛てたものだった。
「クレイヴか。本当にいいのか?」
私は、力強く頷く。
「しかもローズ・ガーデンといえば、とても美しい所だと聞いている。娘たちを育てるにも絶好な所だ――ありがとう。」
ローズ・ガーデンが美しいのは確かだ。
それに、領主のクッキーには大きな貸しがある。
奴も、それは心得ているだろう。
きっと、ポルセテス一家を丁重にもてなすだろう。
私とポルセテス一家が旅立つ日。
「色々と世話になり、かたじけない。また、会おうぞ!」
「おっさん。今度会ったら、ただで一回デートしてやるよ。」
「……ありがとう……また……」
私は三姉妹に別れを告げた。
「またな、我が弟子よ。困ったことがあれば、いつでも会いにこい。」と、私はポルセテスと固い握手を交わした。
「さあ。次は、いよいよキリエス王都マビン・グラスだ。」
私は足取り軽く、歩きだした。
この後、まさかあんな事になるとは……今の私は、まだ知る由もなかった。
空を見上げると、虹が真上に架かっていた。
その虹は、良いことの前兆か、はたまた悪い事が起こるという兆候なのかは誰にも分からないことで、ある。




