また魔王!?
雄大なマゼイル山脈を越え、豊かな大地へと降り立った。
ここは、カラエル地方、ブレイズ領土の小国アグリである。
ブレイズ南部に位置するこの国は、非常に恵まれた気候と肥えた大地により農業が盛んな国だ。
人々は活気に溢れ、日々を平和に暮らしていた。
「いい所だ。」
時が穏やかに、流れているようにさえ感じられる。
その、ゆったりとした時間の中を、気持ちよく歩いていく。
すれ違う、道行く子供たちの笑い声が、この国の豊かさを物語っているようだ。
そんな純朴な、この土地に似つかわしくない叫び声が、突然こだました。
「魔王だ、魔王が出たぞ!」
人々は恐怖に、おののき大混乱に陥った。
四方八方へと散らばる人々。
そんな中、私は一人冷めていた。
「……またか。」、と。
正直、私はもう魔王に飽きているのだ。
どうしたものか、と悩んでいると、
「よし、おら達が退治してやるべ!」と、勇ましい声がした。
「おお!よかった。どこかの強者が名乗り出てくれた。これで私は、のんびり過ごせるというものだ。」
一体どんな方々なのだ?と、私は勇敢な戦士たちを見た。
「のおぉぉ!」
私の目に飛び込んできた彼等は、どこからどう見ても……ひ弱そうだった。
ひょろ長く、細い二人組みは何かを彷彿とさせる。
――まあ、それは置いといて。
どうだろうか?
この二人が、魔王と戦っている姿を想像してみた……瞬殺。
この国の人々も、二人の名乗り出に興味すら示していない。
完全に無視されてしまった二人が、この先どうするのか、私は少しだけ興味が湧いた。
決して、自分と同じ匂いがするわけだから、ではない。
もう一度言っておこう、私は彼らとは違う。
何せ、私は最強であるのだから、もう根本的に違うだろう。
もっと言うなら――いや、この辺りで止めておこう。
私は、木の陰に隠れて様子を伺った。
「くそー!誰も注目してくんねぇ。どうする、フライよ?」
「バカタレ!おらたちは誰かに認められる為に、戦うんでない。この世の為になれば、それでええじゃないか。そうだろ、パン。」
「んだな。おらが悪かった。」
「分かってくれれば、ええ。んだば、魔王退治へ行くぞ!」
パンとフライは剣を引き摺るようにして、出発した。
「なんか盛り上がっていたな……しかし、何故だか放っては、おけん。」
私は面倒では、あったが二人の事が無性に心配になり、こっそり後をつけることにした。
ところが、二人の歩くスピードが極端に遅いため、私は彼等に何度か追いついてしまった。
「このままでは気付かれてしまう――仕方ない。」
私は、低級魔法「忍び足」を唱えた。
「サササ――サササ――ササッ。」
今度は、上手く後をつけた。
のどかな田園風景が広がる町外れの道を、しばらく歩いていると、パンとフライの前に突如、二体の魔物が出現した。
「でだ!」
「おぢづげ、フライ……あっ!フライは、おらか。」
二人は、あたふたしながら剣を手に構えた。
私は木の陰から、二人を応援している。
「頑張れ!相手は雑魚だ、落ち着けば勝てるぞ!」、と。
「なんだ、この気持ち悪い人間たちは。」
「妙に細長いな。やっちまうか?」
「そうだな。デスヴォイス様への手土産にでもするか。」
「しかし、一丁前に剣なんか持っているが、振れるのか?」
「ガハハハ!違いない。」
私は、もっと様子が分かるように移動し、草むらに身を潜めた。
そして、草葉の陰から一部始終を見た。
「随分と馬鹿にされているな。凹んでなければ良いが……」と、私の心配度は増して、いく一方だ。
「こんな、三下の化物は、おら一人で充分だ。」
フライは剣を振りかざした。
「分かった。んだば、ここはフライに任せる。」
パンは剣を鞘に収めた。
「魔王デスヴォイスとの闘いに備え、休んでてけろ、パン。」
その時、私は心の中で、こう叫んでいた。
「二人でやれよ!」と。
フライは、フラフラしながら剣を上げて、
「いやあ!」と、降り下ろした。
ゆっくりと、プルプル震えながら魔物へ向け降り下ろされる。
「ガハハハ。なんだそりゃ!?こんなの目を瞑っていても避けられるぜ!」
そう言い放った魔物は本当に目を瞑った。
「あーらよっと。」と、横へ避ける。
だが、フライが降り下ろした剣は真っ直ぐには下ろされない。
力尽きそうなフライは、剣の重みに抵抗して、魔物が避けた方向へ、変な動きをして降り下ろされた。
「ギャア!」
……魔物一体、死亡である。
「この野郎!よくも!」
残る一体は怒り狂い、フライへと襲いかかった。
「ひゃあ!」と、怯えたフライは剣の先を魔物に向けたまま、目を閉じた。
「ぶっ殺してやる!ウオォォ――あっ!」
魔物は小石に躓き、自らフライの剣へ飛び込んだ。
「ギャア!……デスヴォイス……さま……。」
二体目、死亡である。
「フライ!おめぇ、やっぱし強いな。あっという間に二体とも倒しちまうんだから。」
「――えっ!?」
フライは、ゆっくり目を開き辺りを見回した。
「お、おらがやったのか?」
「なに言ってんだ。凄かったぞ、フライ。」
「そ、そうか。やっぱりおらは、強かったんだな。よし、この勢いで魔王デスヴォイスも倒しちまうべ。」
フライとパンは意気揚々と歩きだした。
「今の戦い。まさか……あの男、本当は強いのでは……いや、それとも魔物が弱すぎたのだろうか?」
この時の私は冷静さを失い、彼等に感情移入をして、贔屓目で見ていたのだろう。
どう考えても、答えは後者である。
とにかく私は、ここまできたら魔王との闘いを見届けない訳には、いかなかった。
そして、その時は突然にやってきた。
そいつは、パンとフライが歩いている正面から、こちらへ向かってくる。
頭のてっぺんから足の先まで土色のマントで包まれ、異様なオーラを放ちながら。
そした、二人の前でピタリと歩みを止めると、
「貴様らだな。俺の手下を、葬った強者は?」
――魔王デスヴォイス、降臨である。
その問いに二人は、真顔で頷いた。
「そうか、では死んでもらおう。覚悟はできているな?何せ、このデスヴォイスに喧嘩を売ったのだからな。」
デスヴォイスはマントを脱ぎ捨てた。
そして、履いていた底の高い下駄の様な物も脱ぎ捨てた。
「小さっ!」
身体は緑色、魔物であることに間違いないのだが、デスヴォイスは小柄で、どこか憎めない容姿をしていた。
「ようやく正体をみせたな、魔王デスヴォイス!」
「なんて恐ろしい姿だ。魔王と呼ばれるだけはあるな。」
パンとフライは、ゴクリと唾を飲み込み、同時にデスヴォイスに襲いかかった。
「とお!」
「おりゃ!」
パンとフライはヨロヨロと剣を振りかざした。
しかし、デスヴォイスは余裕の表情で、大きな声を発した。
「ヴォォォ!」
デスヴォイスのデスヴォイスに怯んだ二人は、たまらず後ずさりした。
「平気だろ、あれくらい!」と、応援する私は、自然と拳に力が入る。
戦闘は一旦、仕切り直しだ。
今度はデスヴォイスが先に仕掛ける。
二人に手のひらを向ける。
すると、パンとフライは、
「な、なんだべこれ!」
「引き摺られる!」と、叫んだ。
「ふっふっふ。さあ、その剣をよこせ。」
デスヴォイスと、パンとフライの三者は一定の距離を保ち、膠着状態となった。
「くっ!頑張れ、パン。」
「おお、負けねえぞ。」
……いったい、何が行われているのだろうか?
私の頭の中は疑問符だらけである。
そして、数分後。
パンとフライの剣は、何かに引き寄せられるように、デスヴォイスの元へと飛んだ。
ザクッ!
「いてぇ!」
二本の剣がデスヴォイスを突き刺した。
「よし、やったぞ!」
「上手くいっただな。」
……?
えーっと――どんな展開であったか、私は考えたみた。
そして、導き出した答え……いや、推測はこうだった。
まず、デスヴォイスが二人の、剣を自分の元へ引き寄せる術を使った。
パンとフライは剣を奪われまいと、必死の抵抗をした。
しかし、デスヴォイスの力の方が若干強くて、二人の剣は持っていかれた。
――ここまでは、正解だろう。
問題は、ここからだ。
何故に、引き寄せた側のデスヴォイスに剣が刺さったのか?
その答えは、多分こうだ。
「デスヴォイスが馬鹿だから。」
これで正解だろう。
そして、次に何故フライとパンが、さも狙ったかの様な発言をしたのか?
その答えは、多分こうだ。
「二人とも、ずるい奴だから。」
なにはともあれ、これで終わりか。
私が、そう思った時だった。
なんと、デスヴォイスは再び立ち上がったのだ。
「貴様ら二人は、絶対に許さん!地獄を見せてやる!」
「なんてタフな奴だべ。」
「フライよ。こうなったら、アレしかないべ。」
二人は見合って頷いた。
「見せてやるべ!おらたちの必殺技!」
そして、同時に右手を、天高く突き上げた。
「パンチャー!」
「こ、これは低級魔法で、お馴染みのパンチャーだ!」
私は、興奮と緊張感の入り混じる、妙な気分になった。
フライとパンはパンチャーを放った。
パンチャーは、拳を鉄の様に強化するだけの魔法だ。
だから、元々のパンチ力がなければ使い物にならない。
――どうする気だ?
パンとフライのパンチの速読は案の定、恐ろしい程に遅かった。
デスヴォイスは、ワンテンポ遅れて二人に突進してくる。
「こ、この展開は――」
私は息をのみ、事の顛末を見届けようと、目を見開いた。
「許さんぞ、人間!オオオッ――あっ!」
デスヴォイスは小石に躓き、パンとフライの拳へと勢いよく、突っ込んだ。
バキッ!
「くそぉぉ!」
魔法デスヴォイスは……倒れた。
「やったべ、フライ!」
「終わった。これで、おら達も英雄だべ、パン!」
二人は固く握手を交わした。
「――本当に終わったと、思っているのか人間共!さっきのは、危なかったが、もう手加減してやらんからな!」
なんと、デスヴォイスは生きていた。
そして、またフライとパンへと突進を開始した。
「んなバカな!」
「あれを喰らっても、生きているべか!?」
二人は絶対絶命に陥った。
その一部始終を見ていた私は、木の陰から低級魔法を唱えた。
「吹き矢」
その矢は、デスヴォイスの首もとに命中し、勢いよく走っていたデスヴォイスは突如、糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちた。
私は、この戦いに完全に飽きてしまっていたのだ。
デスヴォイスを仕留めた私は、その場を離れようとした。
「やっぱり効いていたんだべな。おら達のパンチャーが。」
「当たり前だべ。しっかし難敵だったべな。」
バリッ!
「しまった。」
私は、枯れ葉を踏んでしまった。
そしてそれは、フライとパンの耳にも届いていた。
私は彼らと目が合い、立ち止まった。
「だ、だれだべ?」
「あんたぁ、もしかして見ていたべか?」
私は、仕方なく頷いた。
「そうか、見てたのか――おら達の活躍を。」
「目の前で勇敢な戦いを見せられ、興奮して出てきたんべな。どないする、パン?」
「仕方ねぇべ。子分にしてやる。なっ、フライ。」
「そうだべな。おら達は、これから忙しくなるべ。なにせ英雄になってしまったんだからな。」
「んだんだ、フライの言う通りだ。よし、お前こっちさ来い。雑用として、おら達が使ってやる。」
私はパンとフライに近づきながら、低級魔法「パンチャー」を唱えた。
「さっさと、こっちさ来い。」
「そうだ。呼ばれたら。すぐ来い。」
私は二人にの元へ行き、遠慮なくパンチャーを、お見舞いしてやった。
こうして、人知れずの戦いは幕を閉じたのであった。
「さて、そろそろ行くかな。次はブレイズの都、トレス・トライアルだ。楽しみだな。」
私は、気を失っているパンとフライを置き去りにしたまま、旅立った。
「しかし魔王といえど、ピンキリなのだな。これからの参考にしよう。」
北から吹く風が、少し冷気を含んでいるように感じた。
「もう、冬が近いのか。」
私は一人、北へと向かい歩き出したのであった。
(完)
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次回も宜しくお願い致します。




