マゼイル山脈を越えて
私はアトラスより出立し、南へ進路を向けた。
近くの村へと立ち寄り、必要な物を買い揃え、眺めるはマゼイル山脈である。
高く連なる山々を眺めるには、多少首を持ち上げねばならない程の、標高に私はゴクリと唾を飲み込んだ。
眩しく照りつける太陽の元、ついにマゼイル山脈へと突入を決行した。
道なき道を進んでは、迷い。
獣道を歩けば獣に出会い。
川の水を飲めば、腹を下した。
そして、私はマゼイル山脈一番の難所に遭遇した。
――悪魔の崖である。
「これか……高いな。」
ほぼ、垂直に近いような傾斜である。
これを、よじ登るのは至難の業だろう。
普通の人間ならば、の話しである。
「私にかかれば、こんなものどうという事はない。」
私は両手に「ペッ!ペッ!」と、唾をかけ擦り合わせた。
「ふん!」
勢いよく飛び上がり、岩を掴んだ。
「さあ、行くぞ。」
私は、あっという間に岸壁の中腹辺りまで、登っていた。
振り返ると、そこは大自然。
「いい眺めだ。」
私は自然の懐に抱かれ、気分が爽やかだった。
「さあ、あと半分ほどだ。一気に行くぞ。」と、気合いを入れた。
その時であった。
「おーい。そこの人。」
私は幻聴でも聞こえたか?と、思ったが、気にせずに登り始めた。
「おいこら、聞こえているじゃろが。」
今度は、はっきりと聞こえた。
私は、自分の居る場所の、少し下を見下ろした。
なんと!?
そこには一人の初老の男性が居た。
それだけではない。
その男は、私の師匠「山のパイク」で、あった。
彼には、山での生活の仕方や崖の登り方を教わったものだ。
パイクはグイグイと私に迫る。
「久しぶりじゃのう。しかし、お前さん腕が鈍ったのと、違うか?」
パイクは意地悪そうな笑みを浮かべると、私の横をスーッと抜き去って行った。
「おのれ!年配者に負けたとなっては、いい笑い者だ。」
私は必死に登った……だが、みるみる内に離されていく。
「不本意だが、致し方ない。」
私は負けたくない一心で低級魔法「アルパイン」を唱えた。
説明しよう。
アルパインを唱えると、私の指先全てが鋭く尖り、山登りに最適な状態に変化するのである。
「よし!うぉぉぉ!」
私はパイクを一瞬にして抜き去り、崖を登りきった。
「まっ、こんなものだ。」
私が汗を拭っていると、
「お前さん、魔法を使うのは反則じゃ。フーッ、疲れた。」
私はパイクに水筒を渡した。
「すまんのう。しかし、お前さんが崖登りとは一体どうしたのだ?」
私は、説明するのが面倒くさかったので、さらりと聞き流した。
するとパイクは、
「まさか、お前さん!――ここに山が在ったからなのか?」
私は嫌な予感がしたので、すぐに首を振った。
「そうかそうか。やはり私の弟子だ。そう!そこに山がある、どうする――登るでしょ。そんな単純明快な事が、この世にあるか?」
……始まった。
こうなると面倒な男なのである。
元は、何かの研究をしていたらしく、周囲からは博士と呼ばれていたらしい。
私には、彼の言っていることがサッパリ分からないのだ。
「人間は腹が減ったら飯を食う。眠くなったら眠る。山があれば登る――そんなものだ。」
「いや……違うだろ。」と、私は思ったが疲れからか、突っ込む気にもなれない。
「つまりである、用は――おい、そりゃ何じゃ?」
突然、パイクは講義を止めて、私に訊ねた。
パイクの視線の先には、薄汚れた犬が居た。
「野良犬か。」と、私が思っていると、パイクは突然立ち上がり声を上げた。
「こりゃ……ケルベロスだ!」
ケルベロス?
確かケルベロスには頭が、三つある筈だが。
というより、これはどう見ても普通の犬だ。
ケルベロスという、名よりもコロとかの方が断然合っていると思うが。
だが、パイクは至って真剣な顔で続ける。
「ケルベロスは冥府の番犬だ。近頃の魔物の出現を考えると、辻褄があう。」
「なんの辻褄だ。師匠よ……大丈夫か?」と、私は心配になった。
すると、突然コロ……いや、ケルベロスは走り出した。
「後を追うぞ。きっと死者の国への扉が、あるはずじゃ。」
パイクは元気に走り出す。
私は嫌々ながら、仕方なく後に続いた。
コロ……いや、ケルベロス……もう面倒くさい。
とにかく犬は、ある洞窟へと駆けて行った。
「あそこか!」
パイクは躊躇せずに、洞窟へと飛び込んだ。
私も、重い足取りで洞窟へ入った。
中は意外にも広い。
まあ、広いのも意外だが、それよりも何よりも驚いたのは、洞窟の奥から、明りが漏れている。
「これは――誰か居るのか?」
私は、洞窟を奥へ奥へと進んだ。
すると、パイクが立ち止まっていた。
「静かに。この奥に何か居るぞ。」
パイクの言葉に私は、頷き息を殺した。
少しづつ二人は歩を進めた。
「もしや、冥王ハデスでも、おるのかのう。」
何故かパイクの顔は嬉しそうである。
そして私たちは、目撃した。
洞窟の奥底に居た――おじいちゃんを。
小さな老人は、帰ってきたと見られる犬に対し、
「どこへ行ってたんだい――コロ。」と、言った。
「そら見たことか!やはりコロだ。なにがケルベロスだ!」
私は突然、パイクに対し頭にきた。
そして、パイクの背後から低級魔法を唱え始めた。
「に、にいさん!」
パイクの突然の叫びに、私は魔法提唱を止めた。
「おお!パイクか!」
老人の方も、負けじと大声で叫んだ。
「洞窟内だから響いて、うるさい。しかし兄弟なのか、この二人は?」と、私の頭の中は、こんがらがった。
「兄さん、何故こんな所に?」
パイクの兄は、深刻な面持ちで答える。
「何故?……愚問だなパイクよ。それはな――そこに洞窟があるからに決まっておるだろう。」
「兄さん!」
「パイクよ!」
二人は再会の喜びを分かち合うように、抱きあった。
「……。」
私は、コロと共に洞窟を出た。
そして、こう思った。
「コロ。お前も、とんだ災難だな。」と。
春の山は、草花の柔らかい匂いがした。
空が近くに感じられ、空気は薄いが美味しかった。
そして私は、マゼイル山脈に別れを告げたのであった。
(完)
ありがとうございました(*^^*)
また次回も宜しくお願い致します。




