戦いの爪痕~前編~
アトラス国、マディルへと到着した私たちが最初に見たものは、まるでゴーストタウンのように静まり返った街であった。
私とフォンダンはマディルの城へと足を向けた。
「おかしい。もうこの国の兵士たちは戦に出向いてしまったのだろうか?」
そう思ったが、どこか釈然としない。
それはフォンダンも同じのようで、さっきからずっと唸っている。
「うーん。どこのお店もやっていないのかな。マディルは肉料理が有名だから楽しみにしていたのにな。」
……単なるお気楽者で、あった。
しかし城へと辿り着くと、そんな悠長なことも言っていられなくなった。
城門は開きっぱなしで、門兵の姿も見当たらない。
私たちはマディル城へと突入した。
城内には人影が一つも動いていない。
まるで、もぬけの殻であった。
「静かすぎる。」と、思った時であった。
どこからか、静寂を破る怒号らしき声が、こだました。
「ここを開けろ!」
私たちは声のする方へと走った。
そこには、十名ほどのマディル兵が、なにやら扉の前で騒いでいた。
フォンダンは兵士に近寄り、
「あのー、どうされました?」と、訊ねた。
兵士たちは一斉に振り返り、
「何者だ!?」と、訝しげな顔をしていた。
「えっと、旅の者でして。お城を見に来たら誰もいなかったもので――」
「さては、貴様ら!あいつの仲間ではないのか!?」
私とフォンダンは顔を見合わせた。
兵士が指さす方には、大きな扉があるだけ。
「中に誰か居る。」と、私は確信した。
「中に、どなたかおいでで?」と、フォンダンは慎重に言った。
「とぼけやがって。お前たちはレガリア王の手先だろ!中に居るのはクレア王だ!」
私とフォンダンは再び顔を見合わせた。
「なぜレガリアの王様が、ここに?」
「いい加減にしろ。貴様らが本当に無関係の者なら今すぐ、ここを出てゆけ!出て行かぬのなら――」と、兵士の一人が剣を抜いた。
私は既に頭にきていた。
この兵たちにではない。
中に引きこもっているクレアに、だ。
私は素早く、低級魔法「パンチャー」を唱え、兵たちをぶん殴ってやった!
「はは……君は相変わらず無茶するね。ハーブに似てきたんじゃないか。」というフォンダンの言葉に、全身から変な汗が吹き出してきた。
扉は堅く閉ざされていた。
そこで私は、中級魔法「ハードパンチャー」を唱えた。
そして、その拳で扉を、木っ端微塵にしてやった。
二人は中に入り部屋中を、さっと見回した。
その大きな部屋の中央にある、真紅の玉座の上にクレアらしき姿を発見した。
「クレア……なのか?」
俯き、動かないクレアらしき人に近づいてみた。
少し近寄ると、クレアらしき人は何かを呟いている様子であった。
私は地獄耳を発動し、歩みを止めた。
「……殺す、殺す、殺す……」
「ヒッ!」と、その不気味さに、私は恐れをなした。
「気をつけて。様子が変だ。」
フォンダンは私の前に出て、クレアの側に寄った。
その瞬間、クレアは立ち上がる。
そして、剣を抜きフォンダンに襲いかかった。
フォンダンは冷静に攻撃を交わした。
「こ、これは!?」
フォンダンが驚いた理由は私にも、すぐ理解できた。
クレアの眼球が全て真っ黒になっているのだ。
最初は、眼球が無くなり窪んでいるのか思ったが、そうではない。
単純に眼球が黒く染まっている、そんな感じだ。
「やはり、何者かに操られているようだね。ここは、僕に任せてもらうよ。君だと彼女を殺してしまい、かねないからね。」と、言ってフォンダンは笑った。
「……仕方ない。」と、私は剣を収め後ろに退いた。
フォンダンは剣を手に取り、クレアと向かい合った。
「こんな風に、人を操る術を使う者を僕は知らない。恐らく人間の仕業ではないだろう。ならば――」
フォンダンは自分の剣に魔法をかけた。
「我が剣に宿りたまえ、光の力よ――レイブレイド!」
剣は激しく、眩いばかりに輝きだした。
「いくよ!」
フォンダンとクレアの剣が金属音を立てて、交わった。
キィン!
その初撃でクレアの剣は見事に、へし折れた。
しかし、クレアは退くこともせずに折れた剣で、尚も斬りかかった。
自分の剣が折られたことにも気がついていない様子であった。
もはや、戦うことしかできない、狂戦士と化していた。
するとフォンダンは、また自分の剣に魔法をかけた。
「邪悪なる者を神々の、その力で祓いたまえ――プリフケーションソード!」
フォンダンの剣から眩いばかりの光は消え失せ、そして剣は水と化した。
剣の形を保っているが、それはどこから見ても水であった。
まるで剣の中に、川が流れているような不思議な現象である。
「その魔法剣、私も覚えたい。」と、出番のない私は後方から、師匠の業を盗むことに励んでいた。
そして、その剣で斬りかかってくる、クレアをフォンダンは躊躇いなく斬った。
「うわぁ!斬った!」と、私は軽いパニック状態だ。
しかしクレアは無事だった。
それだけではない。
クレアの黒くなっていた眼球は綺麗に元に戻っていた。
「私はいったい――」
そう呟いた後、クレアは気を失った。
「おっと。」
倒れかけたクレアをフォンダンは腕で支えて、そして肩に乗せた。
「もう大丈夫だ。しばらくすれば気がつくだろう。」
フォンダンは、そう言ってクレアを私に渡した。
私は、どう持てばよいか分からず一回、クレアを落としてしまった。
「こらこら。レディは丁寧に扱わないと、もてないぞ――こうだよ。」
フォンダンの教え通り、私はクレアを持った。
「こ、これは!いわゆるお姫様抱っこというやつでは……重い。」
バシ!
気を失っているはずの、クレアの平手が私の頬を叩いた。
激しくだ!
「さて、アトラスの都に行かなければならないけど、彼女を何処か安全な場所に移さないと。何処か良い場所は、ないものか。」
考え込むフォンダンの隣で、私も同じく考え込んだ。
「そうだ!」
私は思い出した。
このマディルの近隣にある、「クス」という村に、私の師匠である、クディエスという弓の達人が住んでいることを。
そこなら、きっと安全だ。
私はフォンダンとクレアを連れ、クスへと急いだのであった。
クスへ着いたのは、ディナー時であった。
村の外れに住む、クディエスの家からは白い煙りが上がり、良い香りがしていた。
「腹がへったぞ!」と、私の腹が飯の要求をしてくる。
コンコン!
扉をノックすると、出てきたのは奥さんのジェリであった。
「あら!あんた生きとったとね。久しぶりやんね。ほら中に入りんしゃい。」
「相変わらずだな」と、何だかほっこりした。
「あんた!ほら、あん人の訪ねてきたよ。」
「『ほら』とか『あん人』じゃ、分からんぞ。誰か?」
姿を見せたクディエスに、私は一礼した。
「おお!お前か、よう来たな。そっちは友達か?」
「初めまして。私、フォンダンと申します。」
「フォンさんね。いらっしゃい。そいで、そっちの眠っとる、おなごは……お前のこれ、か?」
クディエスは小指を立て、いやらしく笑った。
私は首を、ブンブンと横に振った。
「ええ、実は彼の彼女なんですよ。ちょっと具合が悪くなったみたいで。」
なんですと!
フォンダンは目で合図を送る。
「ここは、そういう事にしておこう。」という合図である。
「ま、まあ緊急時なので、しょうがない。」と、私は諦めた。
「それで、この子を少しの間、預かって頂けないかと。」
フォンダンはクディエスに頼んだ。
「それは、よかばってん。あんた達はどこかに行くとな?」
「ええ。ちょっと野暮用が。」
「あらあら。ご飯の仕度ばするけん、食べていかんね。」と、ジェリの優しい心遣いに私はまた、ほっこりした。
しかし、今は急を要する時。
気持ちだけ頂きます、と私は心の中で手を合わせた。
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて。あっ!因みに今夜のメニューは、どんな感じでしょうか?」
「おい!」と、突っ込みたくなる。
結局、フォンダンの美食魂……いや、単なる食い意地によって、私たちは晩ごはんを頂くことになった。
「しかしお前、しばらく見んうちに大きくなったな。強うなったか?」
私は恥ずかしそうに頷いた。
「そうかそうか――ところでフォンさん。あんたら大きか戦に行くとやろうもん。」
「えっ!?いや、その……」
「隠さんでよか。俺には分かるとたい。それで相手は手強いとか?」
「はい、恐らくは。」
「そうか。そんなら、おい!あいつば呼んでこい。」
クディエスは奥さんのジェリに言いつけた。
そして、部屋の奥から現れたのは、若い少年であった。
綺麗な顔立ちの少年は眠そうに目を擦りながら、
「なに、じいちゃん?」と、言った。
「お孫さんですか?」と、フォンダンが質問すると、
「そうたい、よか男やろ。名前ば、『クライシス』ち言うて、十四になるとやけど、まだ戦ちゅうもんば知らん。あんた、この子ば連れていってくれんか?」
「ち、ちょっと待ってください。大切な、お孫さんを危険な所に連れていくわけには。」
フォンダンの言葉に、私は激しく同意だ。
「この、じいさん大事な孫を……呆けたのか。」
「俺、行くよ。」
「さすが俺の孫だ。よし、行ってこい!」
「あの、遊びに行く訳では――」
カッ!
カッ!
「二人共、今ので死んでるよ。」
クライシスが放った二本の矢は、二人の体の僅か数ミリの所に突き刺さっていた。
「やるね。」と、フォンダンは感嘆の声を上げた。
「おのれ!危ないではないか!」と、私は低級魔法を唱えそうになった。
「連れていってくれるよね。」
「分かった。君の安全は保証する。その代わり無茶なことはしないこと。いいね?」
「おお、ありがたい。よかったなクライシス。」
「うん。でも自分の身は自分で守るから大丈夫。」
「なんと、生意気な小僧だ。」と、私はこの時決意した。
世の中の厳しさを教えてやる、と。
私はフォンダン、クライシスと共にアトラスの都に向け出発する。
「それじゃあ、孫を宜しく頼みますね。」
ジェリはフォンダンに何度も念入りに頼んだ。
そして、クディエスは孫に、お手製の弓と矢を渡した。
「思う存分、戦ってこないかんぞ。」
「分かってるよ、じいちゃん。」
私たちはクスを後にした。
ふと見ると、先ほどまであどけない顔をしていたクライシスが、少しだけ精悍な顔つきをしている――ように見えた。
お読み頂きありがとうございました。
中編も是非、お読みくださいませ(^^)




