無人島にて
儚い恋に終わりを告げてから数日間、私は港町マリーナに滞在していた。
宿の部屋に一日中籠りっぱなしであったが、ようやく傷も癒え始めたので、私は遂にギアン大陸への帰還を決意した。
「グスン……ルナちゃん……グスン。」
船着き場には、既にクレイブ行きの船が到着していた。
「これは、いつもの船より随分と小さいな。」
そこにあった船は、いつもの船の半分程しかない小舟に毛が生えたようなものだった。
「なんか揺れそう――ウップ。」
想像しただけで船酔いしそうだ。
「クレイブ行きの船、出港しますよ。お乗りの方はお急ぎください。」
私には考える猶予すらなかった。
なにせ、この便を逃せば丸一日待たねばならない。
今更、宿に戻るのも格好悪い。
私は乗船する決意をした。
船には乗客、乗員合わせても二十人にも満たないほどの、小規模な航海であった。
「揺れるな。やっぱり揺れるな。」
私は、少しでも気を紛らすために甲板に出て潮風を浴びていた。
船は順調に進んだ。
風向きもよく、帆は風を一杯に受けて突き進んでいる。
私の体調も、そんなに悪くはない。
「こんな船でも慣れれば快適なものだ。」
そんな事を思っていた矢先だった。
「船長!船長!」と、船員の一人が大慌てで走っていった。
「なんだ!騒々しい。」
「ク、クラーケンだ!!」
「クラーケン?あいつは死んだ筈だろ。」
「だ、だけど――ほらあそこに。」
二人の会話を聞いていた私は、
「クラーケンなど居る訳ないだろ。奴を倒したのは、この私なのだからな。まったく、おっちょこちょいのクルーだ――」
私は余裕綽々で船員が指差す方を見てみた。
「……ギャアア!クラーケンの幽霊だ!!」
私は、あまりの衝撃に失神した。
「なんてこった!ありゃあクラーケンの子供だ!」
「本当ですかい船長?」
「ああ。クラーケンより一回りサイズが小せえ……とはいえ化け物には変わりねぇ。こんな船じゃあ、あっという間に転覆させらちまう。」
「船長どうしましょう。この船には、あれと戦えるような装備は、ありやせんぜ。」
「馬鹿野郎!戦えるような奴じゃねぇ。逃げるんだ。幸い、まだ襲ってくる様子はない。面舵一杯!全速前進だ!」
「へい!」
私は目が覚めた。
「気を失っていたか……情けない。」
だが気を失っていても尚、私は船長らの会話をしっかり聞いていた。
「クラーケンに子供がいるとは――ん?」
私は足下に違和感を感じた。
見てみると、私の足に変なものが絡みついているではないか。
「なんだ!これは――うわぁぁ!」
私はクラーケンジュニアの足に引き摺られて海に落ちた。
「おのれ!」
奴は私を海底へと引きずりこもうとしている様だった。
私は素早く、絡みついた奴の足を叩き切った。
海面から頭を出して大きく息を吸い込んだ私は、海中へ潜った。
「決着をつけてやる!」
クラーケンジュニアは俊敏な動きで私に襲いかかってくる。
私は剣を振るが、水中では奴の動きには敵わなかった。
「くそう!ちょこまかと。なんとか奴の動きを止めないと。」
そこで私は閃いた。
「あれだ!」
私はすぐさま低級魔法「ワイヤー」を唱えた。
続いて「ネット!」と唱え、クラーケンジュニアに覆い被せた。
クラーケンジュニアが絡み、もがいているところに止めの、
「スパーク!」を見舞った。
それで終わりだった。
「ギャア!
しかし電撃は水を伝い、私の全身にまで及んだ。
――作戦ミスだ。
私は身体が動かない状態で、海の暗い底へと沈んでいった。
私が目を覚ましたのは、どの位の時間が過ぎた頃だろうか。
眩いばかりの太陽の光、空高く流れる白い雲、そして澄んだ青空。
そんな美しい光景に、
「ここは天国か?」とも思えた。
ようやく意識が、しっかりとしてくると ――いや、生きている!と、理解できた。
私の現状は海を、さ迷い流されているのだろうか?
「いや、その割にはしっかりと進んでいるような――」
不安定な体勢だが、なんとか体を起こした。
そして、私が見たものは、
「師匠!」
私は、師匠の背中に乗っていた。
そう、「イルカ師匠の背に乗って」だ。
イルカ師匠とは随分と久しぶりの再会だ。
彼?には、小魚の追い込み方やドルフィンキック、それにバブルリング等を教わった。
「師匠……私の窮地に現れるとは流石ですぞ。」
イルカ師匠は私を陸地に程近い浅瀬で降ろし、また大海原へと消えていった。
私は、イルカ師匠に手を振り、
「師匠ありがとうございました。また、お会いしましょう。」と、別れの挨拶をした。
「いやー、やっぱり陸地は良いなあ。」
私は陸に上がり、辺りを見渡した。
「……どこじゃあ、ここ!」
そこは小さな、本当に小さな島であった。
「無人島……か?」
島を一周してみた。
――終わり。
私は一旦、冷静になってみた。
「うわぁぁ!どうしよぅぅ!」
落ち着け、私。
まず食糧――島には何も無いが魚を獲れば問題なし。
次に水――目の前には海水しかないが、私の低級魔法「ディスティル」で真水に変えることが可能なので、これも問題なし。
お風呂は、どうだろうか?――低級魔法「レイン」で雨を降らせればシャワーの代わりになる、問題なし。
「なんだ。全然平気じゃん。」
私は、心のゆとりを取り戻した。
安心した私は、砂浜に座り黄昏ていた。
「静かだな。」
この島で絶えず聞こえるのは波が引いて返す音だけ。
「なんか思い出すな。」
私は、子供の頃をおもいだしていた。
五歳の頃、このように砂浜に座り、ただひたすら海を見つめていた、あの頃を。
私には、それより前の記憶が――ない。
それを求めて私は、旅を続けているのかもしれない。
やがて夕日が世界を全て真っ赤に染めていく。
私は、久しくゆったりとした時間を過ごした気がした。
「こういう時間も大切だな。」と、思った。
その時、
「おーい!あんた大丈夫か?」と、声がした。
聞き慣れない言葉だったが、私にはその意味が分かった。
私は、手を大きく振り助けを求めた。
短い付き合いだった島に別れを告げ、私は見知らぬ人達の船へと乗り込んだ。
太陽は、やがて地平線の向こうへと沈んでしまうだろう。
私は、この小さな島のことを忘れない――きっと。
そう思いながら旅立った。
「……私は、どこに連れていかれるのだろう。」
不安と期待で胸一杯であった。
(完)
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