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四話

 魂切る悲鳴はどれほど続いたか。 実際そう長い時間ではなかった筈だ。

 浅緋は途中「そんな事してると舌噛みますよ」と忠告され、 『少々大きな猫』は物凄い速度で駆け抜けたから。

 正確には叫んでる余裕さえもなくなったと言っていい。

 そんな行程で辿り着いたのは鎮守の杜に護られた社だった。

「着きましたよ」

 ひらりと事も無げに猫の背から降り立ったついなが、 猫の背で半ば骸の様を呈している浅緋に声を掛ける。

 ずるずるとくずおれるような形で猫の背から降りた浅緋を見下ろすついなが、 浅緋にしてみるとぶっちゃけ人間に思えない。 本当はあやかしなんじゃないか!? とすら思える。 そうだと言われても全然驚かないというか、 納得する。

「騒がしいと思ったら……ついな、 本当に人間か?」

 一瞬、 自分の心の声がついに口から出てしまったかと固まったが、 いやいやこれは自分の声音じゃない。

瑞穂みずほ。 別にどちらでも構いませんが一応人間ですよ私は」

「……そこな御仁ごじん、 大丈夫か。 立てるか?」

 そっと白くて細い手が差し伸べられる。

 やっとのことで顔を上げれば、 短く切った黒髪に繊細な造作と華奢な体躯を白単しろひとえ瑠璃袴るりばかまに包んだ人物が気遣うように覗き込んでいた。 見た所、 そんなに浅緋と変わらないか一つ二つは上かもしれない。

「なん、 とか……」

「無理もない」

「瑞穂、 いつものように水をもらっていきます」

「ついな。 その前に自分が連れてきた御仁の心配をしたらどうだ」

「心配? 特に必要ないでしょう。 落ちてもいないし、 現に動いているじゃないですか」

「動けばいいってもんじゃないだろう。 大体、 今何時だと思ってるんだ」

の刻です」

「…………」

 いや、 そういう事じゃなく。

 物凄くこの瑞穂と呼ばれている人の気持ちがわかった。

 瑞穂と呼ばれたその人は浅緋に手を貸し起こしつつ、 勝手にスタスタと社の本殿へ進んでいくついなに溜息をついていた。




 浅緋とついなが通されたのは、 本殿と渡殿で繋がった屋敷の一室。

「ここは瑞木社みずきのやしろと言って、 瑞波鳴神みずはなきのかみを祀っているんだ。 神泉しんせんが湧いていてね。 それをついなは符に使う墨を磨るのに一番だと言って……」

「仕方ないでしょう。 一番なのですから」

「世間一般には常識というものがあるんだ。 何度言ったらわかる?」

 すでに口許が引きつっている瑞穂だが、 その声音には諦めにも似た濃い疲労混じりの色がある。

 きっと今までも同じようなことを口をすっぱくして言っているに違いない。

 そしてことごとくこの有様なのだろう。

「普通に水を貰いにきたら徒歩で片道三日はかかるじゃないですか。 往復したら大変でしょう」

「三日……?」

 今、 何かおかしな言葉が聞こえた気がする。

 三日って何。 そもそも……。

「ここの社、 ”何処”にあるんですか?」

 おい待て。 何故ついなと瑞穂殿は揃いも揃って視線をそらす。

「ついな……それも言わずに連れてきたのか」

「水貰って帰るだけですよ。 自分で歩くわけでもなし。 帰りも猫さんに送って頂くのですから現在地が多少わからなくても何も問題ないかと。 面倒でしたし説明が」

「面倒で済ますな。 ……はぁ。 仕方ない。 浅緋殿だったか」

「はい」

「ここは、 ついなの故郷で吉野なんだが」

「……はい?」

 吉野の郷と言えば桜の光風明媚(こうふうめいび)な場所として名高く、 春に遊山したい地として必ず名が挙がるものだが……確か片道三日はかかる。

 なのに、 今は先ほどの退出から恐らく一日も経っていない。

「自分で歩くわけでもなし、 帰りも送りますからあまり気にする事でも無いでしょう」

「そういう問題じゃないと言っているだろう」

「何だってそんな目くじら立てるんです? 使えるものは使ってこそ価値が出るんですよ?」

「ついな。 いいか常人は三日の距離をいきなり数刻に縮めるちょっと大きな猫に乗せられたら精神衛生上よろしくないんだ」

 物凄く不思議そうな顔をするついなに、 瑞穂がそう言うと、 呆れたようについなは浅緋を見遣った。

「今更それくらいのことで?」

 だから、 それは普通『それくらいのこと』で片付けられるものじゃない――――!!

 そう心の底から叫びたかった浅緋だが、 そんな事を言っても聞き入れられるものではないと、 哀しいかな薄々わかってきている自分がいるのだった。




 

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