7 黄金の檻と、不純な誠実
玲奈が熾祈の胸に飛び込んだその廊下には、不自然なほどの静寂と、それとは裏腹な、ねっとりとした視線が満ちていた。
華やかなドレスを纏った他のキャストたちが、物珍しそうに二人を取り囲む。彼女たちは欲望と虚飾に慣れきった目で、場違いなほどの威圧感を放つ熾祈を品定めするように眺めていた。
「あら。素敵なお客様。ねえ、そちらの怖いお方はどなた?」
「玲奈ちゃん、独り占めは狡いんじゃない?」
一人の女が、面白半分に熾祈のジャケットの袖に指をかけようとした、その時だった。
「……やめて」
玲奈の声は、廊下の温度を数度下げたかと思うほどに冷徹だった。彼女は熾祈の腕を掴んだまま、その手を鋭く弾き飛ばす。
「この人に、安っぽい指先で触れないで。汚らわしいわ」
その瞳に宿っていたのは、単なる嫉妬ではない。この男は、自分たちのように誰かに消費され、使い捨てられていい存在ではない。熾祈を神聖視するかのような、狂気すら孕んだ排他的な独占欲だった。周囲がその気圧された沈黙に包まれる中、玲奈は熾祈の腕を強く引き、自らの豪華な私室へと彼を連れ込んだ。
重厚な扉が閉まり、黄金色の檻の中に二人きりとなる。熾祈は周囲を警戒しながら、短く問いかけた。
「……いつから、こんな場所にいる」
玲奈は窓の外に広がる、多次元の星々を模した人工的な夜景を見つめ、自嘲気味に笑った。
「一年前……次元消滅に巻き込まれたあの日からですわ。MCAに助け出され、放り出されたこのノーウェアで私を拾ってくれたのが、ここの店主でした」
表向きは難民救済。だがその実態は、行き場を失った孤独な魂を拾い上げ、その絶望を商品価値として美しくパッケージし、高値で売り出す歪な商売だった。
「家族も、友人も、恋人も……全部あの日、白く塗り潰されて消えた。自暴自棄になっていた私にとって、ここは唯一の居場所だったんです。彼の手の中で商品として死ぬことが、私にできる唯一の恩返し。だから、私は殺されても構わない。それが……」
「……黙れ。お前の感傷に興味はない」
熾祈の冷徹な声が、彼女の言葉を遮った。彼は部屋の隅に立ち、監視網を視線で射抜きながら淡々と告げる。
「お前が狙われたのは、店主への見せしめだ。敵対組織は、あいつの最も高価な道具であるお前を壊すことで、揺さぶりをかけている。お前はただの便利な道具に過ぎないんだ、九条」
「分かっていますわ。でも、そうやって必要とされるなら、この命、捧げても……」
刹那、熾祈の放った一喝が、部屋の空気を震わせた。
「ふざけるな」
熾祈は数歩で距離を詰め、玲奈の細い首元に手をかけた。殺すためではない。その指先で、生温かく波打つ彼女の脈動を確かめるように。あるいは、自分自身に言い聞かせるように。
「勝手に野垂れ死ぬなら、俺の居ないところにしろ。俺の視界で、誰かが消えるのは、もう、うんざりなんだ」
熾祈の脳裏に、かつて自分に呪いを吐いて去っていった女の顔が過る。これ以上、自分の人生に消えない傷を増やしたくない。彼の言葉は、正義感などではなく、自分の心をこれ以上壊させないための、悲しいほどに利己的な防衛本能だった。
「俺が居る前では、絶対に死なせやしない。それがどんなに無様な死であってもだ」
首元に添えられた熾祈の手の熱に、玲奈は深く、悦びに満ちた吐息を漏らした。それは愛の告白よりも残酷で、どんな誓いよりも重い呪縛となって、彼女の魂を繋ぎ止めた。




