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5 夜の檻を壊す閃光


「……もういい、帰れ。これ以上付き合う気はない」


 ボウモアの余韻を断ち切るように、熾祈は自分の腕に付けている”クロノバンド”という時計型端末で電子決済を済ませ、玲奈へぶっきらぼうに告げてバー『サイドテイル』の重い扉を押し開けた。背後からは、コツコツと小気味よいヒールの音が追いかけてくる。玲奈は、追い払われようとしていることなど微塵も気にしていない様子で、夜の冷気にプラチナブロンドをなびかせた。


 地下街の薄暗い通路を抜け、地上へと続く階段を上がったときだった。街灯の届かない路地の闇に、三つの不自然な揺らぎが潜んでいる。熾祈の感覚は、それが銃器を手にした刺客であることを瞬時に見抜いた。


「……九条、俺の後ろから動くな」


 熾祈の声が一段低くなる。玲奈が異変を察知し、息を呑むより速く、熾祈は赤いシャツの裾から一挺の銀色の銃を抜き放った。月の光を弾くその銃身は、持ち主と同様に冷徹な美しさを放っている。


「店を汚されたら敵わないからな。……外で済ませる」


 誰に言うでもなく呟いた瞬間、路地の静寂が鋭い破裂音に切り裂かれた。刺客たちが引き金に指をかけるより先に、熾祈の指が動いた。三連射。正確無比な弾丸が、闇に潜む男たちの肩や膝を容赦なく撃ち抜く。狙いは急所ではない。情報を引き出すために生かしたまま、戦闘能力だけを完全に奪う掃除屋の精密射撃だ。


 一秒。男たちは自らの銃を一度も発射することなく、悲鳴を上げる暇さえ与えられずに地面に沈んだ。熾祈は銃口から立ち上る微かな硝煙を払うこともなく、そのまま銀色の銃を懐へと収めた。


 肩で息を切らすことも、眉を動かすこともない。三人の武装した男を瞬時に無力化した男の呼吸は、カウンターで酒を嗜んでいた時と同じように静かで、整っていた。


「……終わったか」


 地下からコツ、コツと地上へと上がってきたバーのマスターがゆっくりと姿を現した。彼は路地に転がる男たちと、それを見下ろす熾祈の背中を一瞥すると、穏やかな笑みを浮かべた。


「お見事です、熾祈さん。MCAの死神と称されるだけはある、完璧な腕前だ。……清掃班を頼んでおきましたよ。明日の朝には、ここには何もなかったことになっているでしょう」


「……手間をかけたな」


 熾祈は短く応えると、未だに呆然としている玲奈を振り返った。


「おい、九条。……腰が抜けたなら、タクシーを呼んでやる」


 だが、玲奈の薄緑色の瞳に宿っていたのは、恐怖ではなかった。彼女は震える手で自らの豊かな胸元を強く押さえ、熱っぽい吐息を漏らした。


(ああ……この人なら)


 玲奈は、自らを籠の鳥だと称していた。次元の崩壊で全てを失ったあの日、拾ってくれた恩人のために。恩義という名の鎖に繋がれ、生き延びるために、彼女は欲にまみれた男たちの間で愛想を振りまき、心を殺して”最高級の商品”を演じ続けてきた。それが当たり前の生き方であり、恩人に報いる唯一の道だと信じて疑わなかった。


 欲望の視線にさらされ、汚濁にまみれる日常。それが彼女の全てだった。

 けれど、今。目の前で繰り広げられたのは、恩人の権力も、男たちの欲望も、理不尽な運命さえも一瞬で無に帰す圧倒的な力。


 それは、彼女の人生を雁字搦めにしていた強固な檻さえも、容易く噛み砕いてくれるのではないか。熾祈が放った弾丸は、刺客の膝だけでなく、彼女がこれまで正しいと信じてきた諦めの壁をも穿っていた。ただ見た目がかっこいいだけではない。この男こそが、自分を暗い檻から引きずり出してくれる唯一の光に見えた。


 一度芽生えた期待は、狂おしいほどの心酔となって彼女の胸を支配していく。


「……熾祈さん。あなた、本当にかっこいいですわ」


 玲奈は潤んだ瞳で彼を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。自らの運命を破壊してくれる存在への、深い、深い執着。


「……チッ。やはり頭が冷えていないな」


 熾祈は心底うんざりしたように吐き捨てると、助けを求めるように夜の闇へと歩き出した。



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