04 白いパンツ
女の子に蹴られて初めて空を飛んだ。
蹴飛ばされたあとの記憶は曖昧だが、そのときに見えた青い空はいつもより青く感じた。快晴かと思われた空にはぽつんと白い雲があった。そういえば、この女の子のスカートの中にあるパンツの色もあの雲のように白かった。なんともなまめかしい、その一瞬の光景をまじまじと目に焼き付けた。パンツが見えたのは不可抗力だし、罪悪感はない。むしろ清々しいとさえ思える。蹴られる代わりにパンツを見る、それはいわば等価交換に他ならないわけで。新しい学校生活の幕開けとしては、悪くないと思えた。
◆
翌朝。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
おばあちゃんの声がダイニングの方から聞こえた。玄関にある時計が午前七時二十分となっている。
日向家はタワーマンションの一〇階にあった。タワーマンションの部屋と聞けば、豪邸を思い浮かべるものだったけど、この家は一人一部屋の割合で部屋数もさほど多くないし、想像していたよりも狭いと感じた。僕の部屋の外にあるベランダから見えた夜景も大したことはなく、見渡す限りに同じようなマンションの建物が並んでいたから、一〇〇メートル以上先にある真向かいの家の生活が多少見えるくらいだった。ただ悪い点ばかりではなく、建物全体が綺麗だし、家は新築同然、ロビーの共用スペースには座り心地の良さそうなソファがあったり、自動販売機もあった。塵一つないエントランス横には、名前の知らない絵画が飾られていた。白波が立っている海の絵である。眺めていると、波の音がどこからともなく聞こえてくるようだった。筆のタッチは荒く、それは荒い波の再現をしているようだった。油絵の具の良い味を出している。
徒歩五分のところにスーパーマーケットがあったり、同じく、地下鉄へ繋がる階段もある。立地としても生活する上では悪くない。
登校時の移動手段は、兄から借りたクロスバイクで行けることになった。自宅のあるマンションから学校までは約四キロあり、自転車だと十五分ほどこげば着く距離だが、知らない街を寄り道しながら走ることにしたので、三十分は掛かりそうだ。
どんな学校生活になるのか楽しみではあった。友人が百人もできることはそうそうないだろうし、親友みたいな存在が数人と、あわよくば、彼女が欲しいなとは思っていた。
昨夜、読んだ学校書類に校則が書かれていた。これから通う学校は恋愛オッケー。真面目な話、服装の指定はなし。過度に露出がなければ、何を着ても構わないとあった。これは世間が緊急事態だから色々と間に合わなかったのだろうと思う。訓練時の制服だけは支給されるらしい。
普通科はA棟、訓練科はB棟。僕のクラスはB棟の二〇三号室。訓練科の授業は午前と午後でわかれており、午前中は一般教養の義務教育が主で、午後からは基本的に地下五階から地下二十階で行われるらしい。午後から始まる過酷な授業がありありと目に浮かぶ。おそらく、帰るころには、僕は死んでいるだろう。
腕時計の針が午前七時五十五分を指している。正門の手前でクロスバイクを停め、校門標識を見た。学校名は、B区画併設型教育学校とあった。略して、B校と呼ぶことにした。校章は桜の花模様である。
僕も登校している生徒と一緒に学校の門を通ろうとした。そのとき、お高そうな黒いリムジンが門の前で停まった。男性が運転席から降りて、後部座席のドアを開けた。車の中から同い年くらいの女の子が降り立った。それは天から舞い降りた女神のような面立ちで、長い黒髪に整った容姿、僕よりも背が高く、一七〇センチはある。
周りの生徒も彼女に視線を送っていた。彼女が歩き始めると周りにいた生徒たちがその場を退けていった。どこかのお嬢さまなのだろうか。僕もみんなと一緒にその場で立ち止まって、そのお姿を拝見していた。
だんだんこちらに歩いて来ているような。
あれ?
「貴方、もしかして、日向?」
とお嬢さまは言った。
「昨夜、私の部屋を見ていたでしょ?」
「え?」
呼び捨て?
いや、そこじゃない。
どうして僕のことを知っているんだ?
いや、そこじゃない───。
それはフィルムのコマ送りのようだった。
彼女の足がぱっぱっぱっとやって来て、僕の顔面に目掛けて飛んできた。後ろ回し蹴り、すらっと伸びる足の根元に、白い布地のパンツが見えた。気付けば、僕の視界は青い空の彼方にあった。




