11 手帳
チンッ───と音が鳴り、エレベーターの扉が両側に開いた。
「着いたぞ」
氏家はそう言って最初に外へ出た。次に三谷がエレベーターから降り、残りの生徒たちもそれに続いた。三谷は興奮した様子で言った。
「すげえ! 涼しい!」
第一地区と第二地区の防壁屋上四方に一つずつ大きな平屋が用意されていた。葵たちはC、B区画の境、東側検問所の最上階にある平屋に立っていた。浴槽やトイレ、ワイドキングサイズのベッド、キッチンスペースには冷蔵庫や調理器具、リビングには大型テレビまで完備。クーラーの効き目もほどよく、生徒たちが座るにはちょうど良いソファもあった。掃き出し窓を開けるとそこには広々としたテラスがあり、落下防止用に分厚いプラスチック製の板が防壁の端に沿って設けられている。そこから第二地区C、B区画の街並みが見渡せた。
氏家は言った。
「ここはVIP専用の部屋だ。関係者以外立ち入り禁止、撮影も禁止だからな。普段は入れない場所だ。自分たちが住んでいる街を見ておくといい」
三谷が氏家に聞いた。
「俺たちはいいんですか?」
「たまにはこういう息抜きも必要だろう」
三谷は氏家の優しさに驚いて、開いた口が塞がらない。田中がクスクスとほくそ笑む。氏家が生徒たちに防壁の説明を始めると、
(また始まった……)
と藤原、作間、三谷が思った。
「第一地区、第二地区を囲う防壁には小型レールガン、レーザー狙撃システム、対空ドローン用にシーウス、ジャミング、───そして、近年、光ファイバーケーブル仕様のドローンが増加していることを受け、能力の使える陸海空自衛官から組織された特殊警備部一人が常時目視警備、以上をひと組として、一〇〇メートルごとに六〇〇ヶ所配備配置している」
「先生、専門用語が多すぎてわからないっす」
三谷が代弁した。
「そんなにあるの……」
と田中は口から溢し、三谷がそれに反応した。
「そんなにって?」
「ううん」
田中は横に首を振って誤魔化した。
「そこ! 撮影禁止!」
氏家は秋山が自撮りしているところを注意した。秋山は舌打ちしながら携帯をポケットにしまう。
「まったく……私は先に下へ戻る。これより正午まで自由行動とする。各々、懇親でも深めておけ。五分前には駐車場へ戻って来い」
氏家はそう言ってエレベーターへ歩いて行った。三谷は困り果てて言った。
「行っちゃったよ……どうする?」
「投げやりかよ。あの教師、どうしようもねえな」
と作間が呆れて言った。
「……時間になるまで、みんなで輪になってお話ししませんか?」
田中の意外な発言に、葵たちの視線が集まる。
「田中、良いこと言うじゃんか……」
三谷は続けた。
「正午までって、あと二時間もねえしな。転校生もいることだし、あらためて、自己紹介でもするか?」
藤原がエレベーターに指さした。
「秋山さんがいないわよ」
「あのギャル……」
三谷はため息を吐いた。
「今、残ってるメンバーで軽く自己紹介するか?」
「俺は別に構わねえよ。葵は?」
作間が葵に聞いた。
「僕も別に良いけど」
「葵が良いなら私も」
藤原も同意した。
「なんだお前ら、葵と数日のあいだで何があったんだよ……」
三谷はそう言って自分だけ仲間外れなことになぜだか嫉妬を覚えた。秋山を除き、葵たちは三谷を仕切りに自己紹介していった。自分の名前、部活は何をやっていたのか、もとの住まいはどこだったのか、好きな食べ物や好きな教科は何か、また現状において、生徒たちは各々思いの丈を明かした。最後に田中の自己紹介が終わると、当然、葵と藤原、そして作間の話になった。
葵と藤原の出会い、戦術テストの出来事、その夜、日向家に藤原がお邪魔していたこと。翌日、さくまやという駄菓子屋で作間に会ったこと。終始、葵は藤原の顔色を伺い、藤原はツンツンとして、作間はクールに、三谷は声を荒げて笑い、田中も控えめに笑うのであった。
「そうだ。三谷くん!」
葵は話題を変えるようにして言った。
「言い忘れてたよ! 戦術テストのときに田中さんの能力から助けようとしてくれたんだって? ありがとう!」
三谷は笑って言った。
「───結局、最後の一発は防ぎようがなかったけどな」
「ごめんなさい……」
と田中がしょんぼりとした。
「違うんだ! 謝らなくていいよ!」
葵がわたわたと動揺する。それに三谷がまた笑った。
「お前ら、本当に面白えなあ!」
三谷はポケットから携帯を取り出して、携帯の画面を見ながら言った。
「今年からこの地域に根付いていたお祭りも再開するらしいし、めんどくせえけど、秋山も誘って、みんなで行こうぜ!」
沈黙が流れた。三谷は仕方なく催促する。
「なんだよ、嫌か? 花火大会もあるらしいぜ?」
田中がゆっくりと手を上げて呟いた。
「行ってみたいかも……」
「それじゃあ、───」
葵も手を上げた。
すると、作間と藤原がそれに続いた。三谷は携帯の画面を操作しながら言った。
「決まりだな。あとでダスト・トレイルで俺ら生徒だけのグループを作って、そこに予定を流しとくわ。秋山は俺が誘っとく」
田中は嬉しそうに言った。
「葵くん、ありがとう」
「あ、うん」
と葵は軽く頷いた。田中から下の名前で呼ばれたことには特に違和感を感じなかったが、それよりも何より藤原の視線が酷くピリピリとして気になっていた。
「あと三十分……」
田中は壁掛け時計の時刻を見て言った。
「せっかくですし、外は暑いけどテラスで景色を見てから戻りませんか?」
「そうするか!」
と言って、三谷がその場に立ち上がった。
◆
都市の向こうには積乱雲が昇っていた。
夏の日差しはまばらの雲に遮られていたが、湿度は高く、むしむしとした暑さがあった。藤原や作間はテラスから見渡せる街の景色に興味が持てず、部屋で涼むことを選んだ。対して、三谷や田中、葵は広大な街並みを眺めた。意外と風が強く日差しも弱かったので、テラスは過ごしやすい環境であった。三谷は落下防止用の手すりを握って言った。
「俺らの学校があるぞ!」
葵も手すりを握って、三谷の指さす方向を見てみたが、遠くてどれが学校なのかわからずにいた。そんなことをしているうちに、
「一〇分前よ! そろそろ行かないと!」
藤原が部屋のドアを開けて言った。
「行くか」
三谷はそう言って先に歩いて行った。葵も部屋に戻ろうと歩いて行く。途中で、田中が手帳に何か描いているのを見つけた。
「田中さん、何描いてるの?」
葵の声に田中の身体が一瞬だけ固まり、
「これはその……」
とおどおどしく腰のうしろに手帳を隠した。葵は手帳のことについて、それ以上は触れなかった。手帳に何を描いていたのか、田中の様子からして、聞いてはいけないことだと思ったからだ。
「お前ら! 氏家先生に置いてかれるぞ⁉︎」
三谷が急かすように言った。葵はそれに応える。
「今行くよ! 田中さんも早く行かないと」
「先に行ってて……」
田中の表情はどこか暗く、葵はその口ぶりに重たい何かを感じた。
「……わかった。下で待ってるよ」
田中は手帳に何か書き記すのを再開した。葵はそれを気に留めながら部屋へ向かう。部屋の出入り口で待っていた三谷に、
「田中さん、少し用事があるみたい」
と言って、葵は部屋へ戻った。三谷も田中が手帳に何か書き記しているのを遠目で見た。三谷は眉間にシワを寄せ、疑いの眼差しを向ける。
「まさかな……」
と呟いて、同じく部屋へ戻った。




