11 駄菓子屋
マンションのあいだにぽつんと一軒家があった。敷地も広く、外観は昭和以前の作りになっている。ガラスの引き戸は開かれ、“さくまや”という暖簾が掛かっていた。駄菓子屋の前では、近所の小学生たちが賑やかにしていて、やけに小綺麗な野良猫たちが集まっていた。
「着きましたね」
藤原が言った。
「行きましょうか」
とおばあちゃんも続く。
駄菓子屋の前まで歩いて行くと、暖簾がパタッと上に開いた。そこには、作間 淳平が立っていた。僕らは立ち止まり、目が合う。作間くん、僕と藤原は同じ表情を見せた。どうしてここにいるのか。僕らはそういう顔をしていた。
「お前ら……」
作間くんが言った。
おばあちゃんだけは理解していないようだった。彼がこの状況をどう捉えるかだが、僕と藤原が一緒にいるということは、ある考えによってはカップル……なんて考えもするんじゃないかと思った。
「そういう関係だったのか」
作間くんはなんの悪気もなく言った。藤原はその言葉の真意がどうであれ気に食わなかったのか噛み付いた。
「それってどういう意味?」
「いや、別に……」
学校での作間くんの印象とは違い、意外と引き気味だった。藤原は続けた。
「なんであなたがここにいるのよ」
作間くんは首の裏をかきながら言った。
「なんでって……ここ、俺のばあちゃん家だし」
僕と藤原は驚く。藤原はどうかわからないが、僕は昨夜の兄の何気ない言葉を思い出した。世間は狭い───と。
「そこ、どいてくれないか?」
僕らは作間くんに道を譲った。
「入りましょ!」
と言って、藤原が駄菓子屋に入って行った。あとにおばあちゃんも続き、最後に僕も暖簾をくぐる。駄菓子屋の内観は古風のある木造で広く、色とりどりのお菓子が並べられ、立派な柱もあり、かすかにヒノキの香りがしていた。駄菓子屋の入り口から突き当たりに、しわくちゃのおばあちゃんが店番をしている。エアコンもほどよく効いていたから、日差しの暑さにやられた小学生たちの避難所みたいなものにもなっていた。子どもたちが好みのお菓子を小さなカゴに詰めている。駄菓子屋の奥には座敷があり、かき氷やアイスを食べている子もいた。
「いらっしゃい───」
しわくちゃのおばあちゃんが優しそうな声で言った。それに僕のおばあちゃんが返答する。
「こんにちは」
「涼しい……私のショルダーバッグ」
藤原が手を差し出した。僕はショルダーバックを手渡す。次いでリュックサックを下ろしておばあちゃんに渡した。
「持ち帰れるくらいにしてくれよ」
「わかってるわよ」
藤原とは出会ってから昨日の今日だからか、会話がまだまだぎこちないというか、なんというか距離感がいまいち測りずらい。なんとなく、僕は外にちらほらと集まっていた猫が気になって見に行こうと思った。
「猫、触ってくる」
「そ」
藤原の素っ気ない言葉が返って来た。
駄菓子屋を出ると、すぐそこで意外な光景を目にした。作間くんが猫と戯れていたのだ。ヤンキーと猫、ギャップ萌えという言葉の他に何があろうか。作間くんはどこからか持って来た雑草の切れ端をフリフリとして遊んでいた。
「作間くんって、猫好きなんだね」
「意外か?」
作間くんがこちらを見上げて言った。
「まあ……」
「素直で自由奔放、誰にも従わねえ、それに可愛い」
作間くんは猫に顔を戻して言った。
「それにしてもお前、変わってるな」
「何が?」
「変わってるよ」
作間くんが猫の頭を撫でながら続けて言った。
「普通、俺に話しかける奴なんていないぜ?」
僕は思ったことを口にした。
「学校にいたときと、全然、印象が違うよ」
「そりゃな、俺は行きたくて行ってるわけじゃねえからな」
「そうなんだ。僕と少し似てる」
「一緒にすんな」
少しして、作間くんはため息をついて言った。
「ちなみに、どんな理由なんだよ?」
「……本当は、普通科へ行こうと思っていたんだ。でも、勝手に父さんが転校先の学校書類に訓練科への入学希望を書いて提出しちゃったんだ」
突然、作間くんが笑った。僕は続けた。
「それが一昨日のことで、登校日が昨日だったから変更も効かなかったよ」
「面白いな、お前の親父!」
作間くんは笑い終えてボソッと呟いた。
「案外、一緒かもな……」
「作間くんは?」
作間くんはすんなりとして話し始めた。
「俺の家系はさ、江戸時代からヤクザやってんだ。賭博や火消し、当時は街の悪いことを取り仕切っていたらしいけど、他にも大工や漁業とかやりながら。……戦後や暴対法のあとは落ちぶれたりもしたらしいけど、俺の親父に代替わりしてから持ち直して、色々あって、俺も訓練科は親父に入れられたんだ」
作間くんはこちらを見上げて言った。
「ヤクザ、やっぱ怖いか?」
「うん、とっても怖い」
僕がそう口にすると、作間くんがまた笑った。
「正直だな。気に入ったよ」
作間くんがその場に立ち上がる。
「これも何かの縁だ。同じ境遇として、下の名前で呼んでもいいか?」
「別にいいけど」
「それじゃあ、葵、これからよろしくな」
作間くんが手を差し出した。
「変わってるけど、お前はいい奴そうだ。俺のことは淳平でいいぜ」
僕は握手で応えた。
「淳平、よろしく」
「それで葵とあいつはどういう関係なの?」
「あいつって、藤原さんのことでしょ。まあ、色々あったんだよ」
「葵も大変だな……隣にいたおばあちゃんは?」
「僕のおばあちゃん」
「葵の家ってどこにあんの?」
「C区画の方」
「そっか……」
淳平は考え事を始め、すぐに何か思い付いて口を開いた。
「そしたら、俺のばあちゃん家に上がってけよ。葵んとこのおばあちゃんも歩き疲れてるだろ?」
「いいの?」
特に断る理由もなかったが、若干一名がなんて言うかだった。
「僕はいいけど、藤原さんとおばあちゃんにも聞いてみないと」
「聞きに行くか」
「うん」
◆
「なんだよ、その量……」
淳平が目を丸くして言った。藤原は両手にお菓子の入ったビニール袋を大量にぶら下げていた。彼女は帰りのことを微塵も考えていないようだった。
「買すぎじゃない?」
僕の声に藤原が気付いて言った。
「夏休み分だもん」
だもんてなんだ。何、言ってんだこのお嬢さまは。可愛いじゃないか、許す!
と僕は思った。
「いいじゃない、別に」
と藤原はなんの恥じらいもなく言った。
「まあ、いいけどさ」
彼女に癇癪を起こされても困るので、僕は妥協せざるを得なかった。
「淳平がこの奥の座敷でひと休みしないかって」
藤原とおばあちゃんが見合った。淳平は気を遣うようにして訊いた。
「葵のおばあちゃん、ここまで来るのに疲れてるでしょう? 良ければ、上がって行きませんか? お茶とお菓子くらいしかないですが・・・・・・」
僕は淳平の優しさにやはりギャップを感じていた。学校での所業と私生活での彼とは性格が真逆だったからだ。普段はヤンキーみたいな男が猫好きでおばあちゃん子、それに優しく身長まで高いときた。これはみんなが知ったらモテるに違いない。
僕は藤原の様子がおかしいことに気が付いたが、何が癪に障っているのかわからなかったので触れないことにした。
「おばあちゃん、せっかくだし休んで行こうよ」
おばあちゃんは申し訳なさそうに言った。
「……そうしましょうか」
藤原の腹の内は違ったのだろうが、おばあちゃんに共感した。
「私もお邪魔します」
「ばあちゃん、座敷でお茶するってさ」
淳平のおばあちゃんは穏やかな表情で言った。
「何か持って行こうか?」
「俺が持って行くから大丈夫だよ。あと店番、葵たちの用意したら変わるよ」
「あら、いいの?」
「いいよ、いいよ。あの話もしたいでしょ?」
「そう? それじゃあ、お言葉に甘えましょうかね。淳平、ありがとう」
「おう」
僕らは駄菓子の並ぶ店内から店番を抜けて、静かな長い廊下を歩いて行き、縁側の見える座敷に通された。縁側には桜の木が植えられ、小さな池には数匹の金魚が泳いでいるように見えた。淳平が押し入れから畳の上に座布団を四枚敷いてくれた。淳平はお茶とお菓子を用意するために部屋を出る。
「日向くん、彼とは下の名前で呼ぶような仲でしたっけ?」
藤原は引きつった笑顔を見せる。先ほどの何か癪に障っていた様子だったのはそのことかと、このときに気付いた。
「さっきだよ、さっき! 同じ境遇があったんだ」
「何があったのか、教えてくれませんか?」
僕は藤原に淳平との経緯を説明した。嫉妬しているのかと思ったが、そうでもないみたいだった。じゃあ、私も! と言って、藤原も下の名前で呼ぶようになった。
「葵、私の名前も木の実でいいわよ」
「木の実……さん」
下の名前で呼ばれた彼女の顔は、初めて友だちができた子どもみたいな表情をしていた。頬が薄い紅色に染まり、お嬢さまには似付かない歳相応のあどけなさがあった。それに少し、ほんの少しだけドキッとしてしまった。そんなたわいのないやり取りを隣で見ていたおばあちゃんがひと言口にした。
「仲が良いわねえ〜」
「ちが───」
木の実が何か言いかけたそのとき、
「お待たせ」
淳平がおぼんを運んで来た。四人分の氷の入った緑茶とお菓子が小分けされたお椀が用意された。淳平は自分のおばあちゃんを呼びに行き、少しすると、淳平のおばあちゃんが部屋にやって来た。おばあちゃんは木の実の隣に座り、よそよそとした様子で話し始めた。
「はじめまして、淳平の叔母、作間 八重子と申します。失礼ですが、もしかして、藤原 実孝くんのお孫さんでしょうか?」
木の実はきょとんとして答える。
「はい、……藤原 木の実と言います」
「こんなに大きくなって……」
八重子さんは感極まったのか涙をほろほろと流した。
それにしても大きくなり過ぎではなかろうか。
と僕が思っている傍らで、
「私のこと、ご存知なんですか?」
木の実が言った。
「ええ、存じ上げてます。木の実さんがまだ小さかったころにお会いしたっきりでしたが……」
八重子さんが額縁に指差した。
「あちらにある写真、木の実さんのお祖父さまです」
木の実はその場に立ち上がり、額縁の前まで歩いて行ってまじまじと見つめた。白黒の写真には小さな男の子と手を繋いでいる女の子が映っている。二人の背後には“さくまや”という暖簾が掛かっていた。
「この男の子がそうですか?」
「そうです」
八重子さんは深々と答える。
「隣に映っているこの方は……八重子さんですか?」
「私が二十歳のころですかねえ。実孝くんは十一歳だったと思います───」
それからしばらくのあいだ、木の実と八重子さんは話をしていた。それに加わるような形で、僕のおばあちゃんが八重子さんと歳の近いことを知り、女性たちは昔話に花を咲かせる。やはり僕だけは蚊帳の外で縁側の景色を静かに眺めながら、お茶とぬれ煎餅を味わうのだった。
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転送開始可能日まで、───残り351日。
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