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9.5 アレス・メルクーリ


 リビングにあるハイタイプのテレビ台には、電子時計が置かれている。時刻は午後二十三時十四分をさしていた。

 ようはソファに深く腰掛け、膝下のテーブルに缶ビールとつまみを置いた。薄型テレビの黒い画面に葉の姿が映る。リモコンの電源ボタンを押したあと、缶の蓋を開ける。プシュと音が鳴り、かすかにホップの香りがした。リモコンのチャンネルを切り替え、海外のトーク番組で止める。葉は缶に口を当て、ビールをひと口飲み、


「うっめ……」


 と言って、缶ビールの裏記載を見た。


 ◆


「さて、今回のゲストは、───この方です!」


 司会者が赤い幕の垂れたカーテンへ手をかざした。舞台右脇にはビックバンドオーケストラが演奏を始める。サックスのような管楽器の音が華やかに鳴り響き、ドラマーがリズムを刻み、ピアノが韻を踏む。すると、赤い幕が上がり、スーツを着た男が司会者のもとへ歩いて行った。観客からは歓声や拍手が起きる。

 トムは両手を広げて大袈裟に言った。


「先日! 国連会議にて、この方のお名前を知った人も多くいるでしょう! 私も、その一人に他なりません! ご紹介いたします! ギリシャの議会議員でもあられますアレス・メルクーリさんです!」


 アレスは観客に両手を振るとまた歓声が上がった。左手の薬指にあった銀色の指輪が照明の明かりに反射してキラリと光った。


「ではでは、こちらにお座りください」


 司会者がソファまで誘導した。


「ありがとうございます」


 アレスはそう言ってソファに座るとジャケットのボタンを外した。司会者も隣にあった一人用のソファに座る。司会者は言った。


「先日の国連会議以来、各所番組に引っ張り凧じゃないですか? 本業もあるだろうに、多忙な中、お越しいただき、誠にありがとうございます!」


「そういう役回りですから、これも仕事です」


 アレスはあっさりと謙遜する。


「ありがとうございます。アレスと呼んでも?」


「ええ、いいですよ」


「私のことはトムと呼んでください」


「トム、よろしく」


 アレスは右手を差し出す。

 トムはそれに握手で応え、


「よろしくお願いします」


 と軽くお辞儀をした。


「さて、───」


 トムは本腰を入れるようにしてジャケットを正した。


「アレスはこの番組の趣旨はご存知ですか?」


「はい。過去の収録を何個か見させていただきました」


「では、話が早い!」


 トムは前のめりになって言った。


「早速、質問をさせていただきます」


「どうぞ」


「なぜ、アレスが国連会議の場で議事進行を一任していたのか?」


 アレスは一度視線を外し、慎重に言葉を選んだ。


「───あの場でご紹介させていただいたジャックという男がいたかと思います」


「いましたねえ!」


 トムは観客に共感を求めた。


「皆さんもご存知ですよね⁉︎」


 観客から歓声や指笛まで起こり、それらにカメラが向けられた。アイラブジャックというシャツを着た女が映される。トムは満足したのか、歓声を止めるように指示した。会場が静けさに包まれたところで、アレスは口を開く。


「啓示現象が起こる以前より、我が国は彼らと交流をしていたようです。それは各国も同様でした」


「話の腰を折って申し訳ありませんが、ずっと前から人類は地球外生命体と交流があったと?」


「はい、そのようです。国連に加盟している政府機関は彼らとの交流について開示する予定ですが、その開示内容は極々一部になります。これは混乱を避けるためでもあります。事実を申し上げますが、遥か昔から彼らとの交流は人類の歴史と言ってもいいほどに、どの文明もどの国も、幾度となく交流があったという記録が残されています」


「これはスクープですねえ! 今後、地球外生命体との交流が表舞台で増え、共生の道を歩むようになるのでしょうか?」


「なるでしょうね」


「素晴らしい! 星の行き来も可能になるということでしょうか?」


「とある国では、すでに実用化しているようです。国際的に広がるのは、もう少し先ということを伺っています」


「……ありがとうございます。話が逸れてしまいましたね。申し訳ございません。先ほどの続きをお願いします」


「はい」


「ある時点から、ジャックや星の民たちは、人類との仲介役として私を含めた十二人の人間を選抜しました。そこから各国間での連携や情報共有が図られるようになり、私も自国の政府を説得するのに尽力しました。不測の事態に備え、色々な準備と用意をして来ました。それから数年が経ち、啓示現象が起こったのです」


「なるほど、事前に知っていたということですね。興味深い……」


 トムは続けた。


「皆さん、すごいお話を聞きましたねえ! 次の質問をさせてください!」


「どうぞ」


「アレスも啓示現象を受けたのですか?」


「はい、受けました」


「どんな能力か聞いても?」


「私の能力は、ギリシャ神話に登場する戦いの神 アーレウスと酷似しています」


「なんと! 戦いの神ですか⁉︎ あの力こそ正義の?」


「なんの因果か、───私の名前の由来も彼から来ていますので、不思議なものです」


「ちなみに、具体的にはどのような能力ですか?」


「肉体的能力なのだと思います。大きな岩を拳一つで砕くことができます」


「それはすごい! 見てみたいですね。今、何かで試してもいいでしょうか?」


「トムのことです。すでに何か用意しているのでしょう?」


「勘が鋭い! その通りです」


 トムはソファから立ち上がり、舞台脇に身体を向けて言った。


「お、来ましたね!」


 舞台袖から男二人が大きな岩石がんせきを台車に乗せて運んで来た。


「二人ともありがとう!」


 トムは男二人にお礼を言って、岩の特徴を説明した。


「こちらは橄欖岩かんらんがんという名前を持つ岩になります。重さ一トン、密度は非常に高い」


 トムはアレスに最後の確認をした。


「お願いできますか?」


「いいでしょう」


 アレスはそう言ってその場に立ち上がり、ジャケットを脱いでソファに掛ける。トムは喜ぶようにして言った。


「ありがとうございます!」


 観客から黄色い歓声が上がった。

 アレスは岩石の前に立ち、右手の袖をめくり上げた。アレスは目を閉じて構える。


 戦いの神よ、私に力を。

 『アーレウス』───。


 アレスの身体に黄金のオーラがまとい、それはより一層に荒ぶり輝いた。アレスはゆっくりと目を開ける。次第に髪色が金から黒髪に、瞳の色が青から茶色に変わった。一瞬、まばゆい閃光が走り、何かが砕ける音を残す。アレスの身体からは黄金のオーラが消えてゆく。アレス以外、その場にいた誰もが呆気に取られ、何が起きたのか理解できずにいたが、岩石のぽっかりとした穴の痕跡を見てようやく理解する。会場の誰かが拍手し始めると、それに誰かが続き、やがて拍手喝采に変わった。トムは自分が司会者であることを思い出して言った。


「……あ、ありがとうございました! 迫力がありましたねえ!」


「ささっ! 席に戻りましょうか!」


 トムはそう言いながらアレスを誘導した。二人がソファの席に着く。トムは余韻に浸りながら喋る。


「今のように、能力が発現した方々が多くいるようですが、能力を使った犯罪が増えているというデータもあります。今後、地球上の様々な社会において、法律の整備や規制などはするつもりなのでしょうか? お聞かせください」


 アレスはめくった袖をもとに戻し、ジャケットを着直して言った。


「───国、国境、州、自治体、市区町村、また国際的な法律として、人権・安全保障・技術規制・責任の明確化などを中心に新たな法整備が入念に準備され、啓示現象の事例を受けてから、各国は迅速に進めています。

 一. 人権と差別禁止の枠組み


 二. 能力の使用に関する規制


 三. 安全保障と軍事利用の制限


 四. 責任と法的主体性の再定義


 五. 国際協力と法制度支援


 これらは、国際会議の場で申し上げた通りです」


「……ありがとうございます。ヒーロー社会になるのではないかという懸念もあるようですが、この点については、どう思われますか?」


「その質問に回答する前に、一つお聞きします。ヒーローと悪者の定義はなんだと思われますか?」


「ヒーローと悪者ですか……難しい質問ですね。やはり、ヒーローは悪を裁き、正義を成す。悪者は悪事を働き、他者から搾取する───といったところでしょうか?」


「そうですか……どの時代においても、必ず悪というものは存在します。啓示現象を経て、悪者たちは能力を得ました。今後、その能力はさらに悪事として使われることでしょう。弱き者からあらゆる物を搾取し、そして、支配しようとする。すれ違った親子を目のかたきにして、窃盗を働くために殺害を行うこともあるでしょう。そんなとき、ヒーローが駆け付けて、悪者を退治するかもしれない。そんな社会があるならば、見てみたいものです」


「それはつまり……」


「ヒーローが活躍する社会は訪れると思います。……ですが、私たち人類が生き残っていればの話ですがね」


「そうですね。啓示コードでもあるように、転送可能開始日が一年後、それから転送可能期間が五年間、つまり、我々に残された時間はあと六年しかありませんもんね」


 トムは続けた。


「先ほどと少し似通った質問になってしまうのですが───」


「いいですよ」


「ありがとうございます。仮の話として、我々人類が運良く生き延びたとしましょう。最終的に、能力者と非能力者とのあいだで戦争が起こり得ることも示唆されていますが、この点については、何かご見解はございますか?」


 アレスは少しを置いて話し始めた。


「それはないと思います。啓示現象が起きてから能力の発現があったという報告例はたしかに減っている傾向にありますが、いまだに啓示現象の報告例を受けています。ピーク時は右肩上がりでしたが、今は横ばいといったところでしょうか───。


 トム、これからあなたの家族の誰かが啓示を受けるかもしれない。それはトムの最愛の人かもしれない。それはトムの隣の家に住む隣人かもしれない。トムが道端ですれ違った人かもしれない。それはこの番組を視聴している人かもしれない。

最後はこの地球上で生きている人類全員が啓示を受けるかもしれない。


 現状、その可能性はない、とは言い切れません。なぜならば、啓示現象の技術においては、私たち人類や星の民はもとより、この世界に解明できる存在はいないのですから」


 トムは何度か頷いて見せて言った。


「では、全人類が啓示を受け、能力を得たとしましょう。そのあとの社会全体で問題が起きたとき、能力の優劣が起こると思いますが、これにより弱いものは強いものに搾取され、……言い方を変えましょう。学校生活でいじめの対象になったりする可能性がありますよね?」


 アレスは即答する。


「あるでしょうね」


 観客席でざわつきが起こる。

 トムはフォローするように言った。


「質問が悪かったですね! 啓示現象が起こる以前より、いえ、人類が進化の過程で仲間はずれやいじめというものはありましたから、啓示現象が起こってからの優劣による議論については、しようがないですね」


 アレスは首を横に振って言った。


「いじめの問題について、教育現場であってはならないと思います。この世界の地球上において、八十億人もいれば大小は違えど何千万件とあるでしょう。排他的な言動は起こりうることです。それは子どもから大人まで限りない。その懸念についても、私たちは各政府や星の民と議論を重ねて来ました。ご安心してください。詳しいことは申し上げられませんが、解決の一途はあります」


「そ、そうですか……」


 トムは左耳のイヤホンに人差し指を当てて、話を変えるように指示を受ける。


「アレス、話題を変えましょうか!」


 トムの引きつった笑顔が違和感を感じさせる。


「いいですよ、トム」


「啓示現象が起きてから十三日が経ちましたが、そのかんにラスト・ジャッジメントという組織が多くの国でテロ行為を働いて来ました。テロ組織にも指定されているかと思います。彼らについて、どう思われますか?」


 アレスは何か思い出すようにして天井を見上げ、過去を振り返りながら話し始めた。


「……先ほど、星の民と人類のあいだで、仲介役として、十二人もの人間が選抜されたと言いました」


「はい、皆さんは我々人類のために尽力してくださったそうで」


「公式的には十二人ということになっていますが、もう一人いたんですよ」


「十三人だったということでしょうか?」


「はい」


「すみません、それをこういう場で明かしてもよろしいのでしょうか?」


「今更、隠すこともないでしょう。いつかは表沙汰になる話ですから」


 アレスは続けた。


「彼には選抜されたうちの二人を殺されています」


「なんと!」


 トムは驚く表情を見せた。


「一つの物事に対して、多角的な視点から観察しなければいけない。どの観点で論ずるかに寄りますが、私は、彼らがテロリストとは思っていません」


「そうですか……」


「彼らの気持ちもわかる、という話です。現状、人類側は三つの区分にわかれるはずです。


 創造主を深く信仰し、そして心より愛し、最後の一時まで従う者たち。


 創造主の最後の審判に争う者たち。


 無関心な傍観者たち。


 私はたまたま争う側だっただけのことです。星の民やジャックたちに仲介役として選抜されたとき、全ての事実を知った当初は、私もいつラスト・ジャッジメントのようなテロ行為を起こしてもおかしくなかった」


 トムは左耳のイヤホンを外し、ジャケットの内ポケットにしまう。


「アレスは、創造主と戦うおつもりですか?」


「私は戦います」


「その理由を聞いても?」


「私は、───」


 アレスは真剣な眼差しで言った。


「家族を愛しているからです。私のこの手は汚れている。最後の審判が下されたならば、私はそのあとの世界では娘とも会えなくなってしまうでしょうね」


 アレスは続けた。


「だから、私は争い続けます」


 トムはさらに質問をする。


「アレスのように創造主と戦う方々が多くいると思いますが───」


 ◆


 パチンッとテレビを消した。

 葉はビールの残りを飲み干してテーブルの上に缶をタンッと置いた。頭を抱えて、前屈みになる。


「クソが……」


 葉は深刻な表情を浮かべていた。心の奥底で誓う。


「家族は俺が守ってやる───」



─────────────────────


 転送開始可能日まで、───残り352日。


─────────────────────

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