第十二話 鬼
映画が終わり、俺は修也と別れて帰路についた。
人気のない住宅街。時刻は20時を回り、日は既に暮れている。明かりは少ない。
日の光はなくても、ムシムシとした湿気が体に纏わりつき、汗が止まらない。
後少しで受験生活が始まる。
こうして映画も見れなくなる。
点々と星が散らばった夜空を見上げた。
那々《なな》。
一個下の後輩で、修也を経由して彼女とは知り合った。
よく会話したり、買い物に行ったりはするが、二人であそびにいったことはない。
修也とはよく遊んでいるようだが。
心臓がキュッとなる。
勉強が本格化する前に、告白しよう。
いや、受験期間中のカップルは別れやすいと聞く。
なら受験が終わった後。でもそれまでに、修也と付き合いだすかもしれない。
いきなり告白するより、まずはデートだろうか。
…………デート。
シャツが汗で、皮膚に張りついていることに気づき、胸元を指で引っ張った。
「…………ん?」
足を止める。
月のぼんやりとした明かりの下に、誰かがいる。
住宅の垣根に寄りかかり、俺には背を向けている。
そこそこ距離はあるはずだが、荒い息の音がはっきりと聞こえる。
体調が悪いのか。
ふと、地面に目が移った。赤いものが広がっている。
鉄のようなにおい。
俺は息をのんだ。
血。
「大丈夫ですか!」
慌てて駆け寄り、携帯電話を取り出した。
「しっかりしてください。今、救急車を」
俺の言葉を、動物じみた絶叫が遮った。
「来るな」
威嚇され、反射的に身を引く。
近くで見ると、中年の男性だと分かる。
丸く剃った頭に、少し垂れた目元。
黒のタンクトップ。その腹部から、赤黒い液体が垂れている。
それを見て、今になって恐怖が身を貫いた。
噂の通り魔の仕業か。
まさか、近くにいるのか。
逃げようと足を踏み出した直後、顔面に激痛が走った。
少しして、地面に組み伏せられたのだと察した。
頭上で声がする。
「霊能狩りの糞どもが。近づいたら、こいつを殺す」
首元に冷たい感触。
ナイフ。
身が硬直した。
「近づくな、そのまま、どこかに行け、二度と、く………る………」
背中に重いものがのしかかった。
ナイフが目の前に落ちる。
唖然としていると、足音が近づいてきた。
遠くで、パトカーのサイレンが聞こえる。
「おれがひとりになるためにさゆりはじゃましていなかったんこい、っさらをひと」
私は伊木司と一定の間隔を保ちながら、拳銃を構えていた。
来た道には、怪対の捜査員が倒れている。
伊木司。やはり、鬼になっていた。
四足歩行。
背中から無数に手が生え、ゆらゆら揺れている。
顔はかろうじて人の形を留めているが、いたる所から真っ黒な角が突き出ている。
ここまで醜く変貌するとは、気が狂った位では済まないほどの、感情の爆発があったのだろう。
「A班、誰かいるか」
箸庭さんが言った。応答はない。
「B班、来た道を塞げ。森の中には逃げさせるな」
箸庭さんは伊木司との距離をじりじりと詰めている。
耳障りで、意味不明なうわ言が耳に纏わりつく。
「ぽっときゃすはゆーすをえらびません。だってそれが、なななななななななななななななななななな」
遅くなりました。すいません。
次回の更新は、3/18の15時になりま。