第十一話 違和
例の破壊された神社は、怪対の部隊が来るまで、立ち入り禁止となった。
本堂に巣食う怪異を、余計に刺激しないためだという。
泰要さんの行方の手掛かりになりえる場所だから、できれば行きたかったが仕方ない。
足畑集落を囲む山々。その、丁度私たちが車を停めていた場所の付近。
怪対の捜査員らと共に、私は泰要さんの捜索あたっていた。
森特有の刺激のあるにおい。
夜が明けようとしているのか、微かに木漏れ日が差し込んでいる。
「幻術と関係があるとすれば、この看板だ」
捜査員の一人が言った。
その目の前には、「くねくね看板」が立っていた。
何度見ても、不気味な見た目をしている。
出来物のようなコブがついた太い枝に、朽ちかけた看板が打ちつけてある。
山の中に看板なんて、珍しくはないはずなのに、とてつもない異物感を放っている。
そして、看板にはやはり、「呪、四度転じて那となる」とあった。
他の捜査員に聞いても、「くねくね看板」がどんなミーム汚染をするか分からなかった。
ミーム汚染は本来、人の認識を阻害するものだ。ネットミームなんかが良い例だろう。
上手く使えれば、特定の人を、犬や猫と認識させることとできる。
そのため、呪術関連の証拠隠滅に、よく用いられている。
そして、強いミーム汚染は、幻覚を引き起こす。
私は、手元にあるA4の紙に目を移した。
「死体」「殺人」「暴行」「処刑」「媒介」など、無数の単語がリストアップされている。
少しでも違和感を覚えた言葉があれば、それにまつわる物が認識阻害されている可能性がある。足畑集落に捜査に来る前、渡されたものだ。
ミーム汚染に関係する捜査をするときには、このリストが必ず渡され、定期的に目を通すように言われる。
しばらく見つめるも、特に何も感じない。
ゴミ屋敷で感じた違和感と、この「くねくね看板」に、関係があると思ったのだが。
「A班はここに残り、呪物専門チームを警護しろ。B班とひずみは、さらに奥に行くぞ」
箸庭さんが言った。
彼は今、泰要さんの捜索を指揮している。
リストをしまい、私は箸庭さんの後に続いた。
この捜索における私の役割は、幻術に再びかかることだった。
「くねくね看板」自体の持つミーム汚染の影響力は小さく、いくらあろうが、幻覚を引き起こすことはできないと分かった。
ということは、別に幻覚をかけた物、または人がいる。
幻術を受けたばかりの私は、今非常にかかりやすい状態にある。
それを利用し、幻術に再びかかり、術の大元を探し出すのだ。
地面から飛び出た木の根を跨ぎ、落ち葉を踏み締める。
他の捜査員が持ってきた地図によると、この先に小さな祠がある。
幻覚の原因候補として挙げられている。
ただ、事前調査の段階で、既に中身がなく、供養も済ませてあると判明している。
危険性はないが、何か手掛かりがあるという訳でもなさそうだった。
ふと、足を止める。
小さな地蔵が一つ、立っている。
怪異を使い、子供に非道を働いた村を守る、地蔵か。
「あれじゃねえか」
箸庭さんの声がした。
視線を斜面の先へと移す。
樹々の先に、しめ縄の巻かれた、大きな岩がある。
その中央には、空間を切り裂いたような、真っ黒な裂け目がある。
私は唾を飲み込んだ。
その裂け目の中に、祠がある。
なんという禍々しさだろう。
祠というより、異空間から噴き出た異物に思える。
破壊された神社と違い、怪異の気配がしない。
それが余計に不気味だった。
「ひずみ、何かき感じるか」
箸庭さんが言う。
私は首を振った。
「そうか……近づくぞ」
祠へと歩み寄る。
後ろの捜査員が、岩を囲むように並んだ。
私は箸庭さんの横で、祠を凝視していた。
箸庭さんが、祠の扉に手をかける。
ゆっくりと開く。
「……………やはり、何もないな」
次の瞬間、背後でドサリと大きな物音がした。
悲鳴が響く。
咄嗟に振り向くと、地面に黒くて歪な肉塊が落ちていた。
胴体だけを残したような外見。下半身はない。
肩から背中にかけて、手が何本も生えている。
そして、その顔。
私たちが足畑集落に来た理由。
実の娘を食い殺して逃走した男、伊木司がいた。