第十話 違和
箸庭さんが言うには、私たちは二日間もの間、音信不通になっていたという。
異変に気付いた怪対本部が、応援の捜査員を足畑集落に向かわせ、今回のことが発覚した。
私は例の破壊された神社付近の山中で、奇声をあげ暴れていた所を救出されたが、泰要さんの姿は何処にもなかった。
黒装束に連れ去られた可能性が高いらしい。
鞄に入れていたタオルを取り出す。
箸庭さんから渡されたペットボトルの水を染み込ませ、顔を拭く。
集落と山の境目。最後に泰要さんと話した、山沿いのあぜ道に私はいた。
集落中から昇っていた煙が消えた。鎮火作業が進んでいる。
黒装束は逃走の際、残すと面倒なものに火を放った。
普通なら周囲の注目を集めるだけの、逃走の妨げとなる行為だ。
呪術に関するものは火で処理するしかないから、仕方ないのだろうが。
そうなると、余計にあの神社に違和感を覚える。
向かい側の山、赤い鳥居。
媒介という繊細な儀式を行うのに、わざわざ自分たちに害をなすものを放置するだろうか。
「くねくね看板」もそうだ。
何か隠したいものがあり、ミーム汚染の呪物を置くのは分かる。
だが、あの看板に書かれた文章。「呪、四度転じて那となる」は、怪異を引き寄せる呪いだ。
媒介の邪魔にしかならない。
しかも、霊能者でなければ読めない細工までしてあった。
本気で儀式を成そうとは思えない行動ばかり。
他の黒装束と違う。
ゴミ屋敷の光景が脳裏をよぎった。
足の腱を切られ、歩けなくなった所を、あの化け物に食われた子供。
酷い暴行を受け、化け物に襲われる前に死んだ子供。
出産で力尽き、死んだまま食われた子供。
重要なことを見落としている気がする。
…………泰要さんに見せた、死体の詰まったゴミ袋。
そこに、何かあったはずだ。
何か。
遠くで話し声がする。
顔を上げる。
道の先に、捜査員が集まっていた。
泰要さんの捜索が始まる。
大きく息を吸込み、はっ、と吐いた。
今は、目の前のことに集中しなければ。
一刻を争うのだから。
雑念を追い払い、私は歩き出した。
「昨日、平茅市内の路上で殺傷事件が発生。警察は先週に発生した通り魔事件との関連を疑い…………」
物騒だな。
そう言うと、新聞をたたみ、修也はポップコーンを口に投げた。
平茅から電車で十分弱の所にある映画館。
入場口の前に置かれた
上映時間まで、あと三十分はある。
俺はジュースを飲むのをやめた。
「そういや、やっぱり那々は来ないのか」
修也に問いかけると、首を振った。
「来ると思ったんだけどな。何年経っても、あいつの事は分からねえ」
那々は生粋の映画好きだ。それだけに、映画の誘いを断ったのは意外だった。
しかも、相当に仲のいい修也の誘いをだ。
俺は修也の顔をまじまじと見た。
なぜこいつは、こんなにもイケメンのだろう。
鼻筋が通っているし、ニキビ一つない。そしてこの、アイドルみたいな風貌。
女遊びが激しいのも頷ける。
俺にないものを、このチャラ男は全て持っている。
…………幼馴染でなければ、一生関わることがなかった人種。
「ま、那々とはまた今度来ようぜ」
修也は席を立ち、新聞を元あった場所に戻した。
「それにしても、最近本当に物騒だよな」
「ああ、さっき言ってた通り魔のやつ?」
「そうそう。それと、親が子供食い殺したって事件もさ」
そう言われ、中学のことを思い出した。
あまりにも危ない事件が多発し、最近は集団下校が義務付けられていた。
確かに、学校周りは田んぼだらけだから、夜になると明かりがなくて危ない。
だからといって、午前授業の時も集団で帰らせるのは、やりすぎな気がするが。
読んでいただき、ありがとうございました。
次回の更新は、3/16の15:00になります。