第九話 歪
□□□を、返してください。
卓球が好きで、勉強は苦手だったけど、誰にでも優しい、良い子だったんです。
もっと長く生きて、仕事に就いて、結婚もして………幸せになるべき子だったんです。
なのに。なのにどうして、あんな、あんな、惨いことを。
ひずみ様、どうして。
…………ほら、この携帯の画面。
見えるでしょう。□□□が、私に助けを求めているのが。
ベッドの上で泣きながら、「お母さん、お父さん」って呼んでいるのが。
…………それも、かなり薄れてきました。
あなたが頑張らないせいで。
□□□は消えようとしています。
黒装束の先輩達は、魂が、死者の記憶がなくても、媒介は成せると言っていました。
でもあんなの、手遅れになったことから目を背けているだけでしょう。
私は、彼らのようになりたくない。
さあ、ひずみ様。つけを払う時が来ましたよ。
大丈夫、痛くしませんから。
ほら、こっちに顔を向けて。
苦しいですか。静かにしないからです。口を塞ぐのは当然でしょう。
大丈夫。善行には痛みが伴うものです。
こら、あまり暴れないで下さい。口を塞いでる布がずれちゃいます。
…………怒りますよ。いい加減に
「ごめんなさい」
…………は?
「ごめんなさい。今度こそ頑張りますから。ちゃんとしますから」
………なんですか、その顔。
「…………」
私が悪いんですか。
「あ…………」
ええ。そりゃ、こんな子供いたぶる行為、良いことじゃないですよ。分かってます。
でも、なら、どうすればよかったんですか。あのまま家に引き籠っていろと?
「そんなこと言って」
言ってない? お前の顔が言ってんだよ。まあ分かんないないよね。
箱入り娘の、何にも知らない子供が。私の苦労なんてさ。
□□□が死んで、○○○も私も、変になって。
毎日死にたかったけど、死ねないから、朝から晩まで働いてたんだよ私は。
そんな時、媒介のこと聞いて、黒装束に入って。
なのに、お前がそんなだから、間に合わないって。
お前みたいのが私たちを苦しめる。
あの糞野郎も同じだったよ。
最後まで「□□□が悪い」って。
私悪くない、みたいな顔しやがって。悪くないのか? お前、なんで生まれてきた?
「ひ………人を助けるため…………」
矛盾してんじゃねえか。ならセックスぐらい我慢しろよ。
何もかもお前せいだ。
私ばっかり苦しんで、馬鹿にしてんのか。
「いっ」
……他の連中が来た。
糞が。なんでこんな目に。
なんにも悪いことしてないのに。
やっぱり私、死ぬべきだった?
私のせいだった? 違う、□□□に、帰ってきて欲しかっただけ…………。
「…………」
…………許してくれるの?
「え?」
なんて優しい子。
ああ、やっぱり、そこにいたんだね。
「あ…………え、それは」
今度こそ、一緒にいられるね。一人にして、ごめんね。
「あ、いや。ごめんなさい。違う、私、役立てなくても、薬になるから、漢方薬になるから。だから、違う、ああ、嫌だ、嫌だ! 嫌だ!」
「私は、まだマシな方でした」
青い車内灯の下。箸庭と名乗ったひげ面の男と、私は向かい合っていた。
「媒介の子供の中には、逃げられないように、四肢を切られてる例もありましたから」
ふう、と息を吐く。
「こんなものでいいですか」
箸庭は眉間に皺を寄せ、自分の膝を睨んでいる。
「……だから、媒介関係者の採用には反対してんだ…………」
箸庭が顔を上げた。
「専門チームが言うには、お前らは幻術の類に引っかかったらしい」
「はい」
「それも相当に強いものだ。お前はまだ、術の影響下にある。ゆえに、捜査線からは」
外される。反対しようと口を開く。だが、箸庭は予想外のことを言った。
「外さず、失踪した泰要の捜索にあたってもらう」