表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナナナナ  作者: 鍋乃結衣
1/14

序章 ヘンタイが見る

遅くなってすいません。

シリーズものになります。

 1

 娘の誕生日会をすっぽかした。

 父として最低な行為だと自覚している。だが、仕方なかった。

耐えられなかった。

スマホに映し出された「HENTAI(ヘンタイ).com(ドットコム)」の画面。

頭まで被った布団の中、画面をスクロールする。真黒の画面に赤字で文章が綴られている。

  

変態さんの夜

 ここは、日本中の変態さんを集めた有料の掲示板サイトです! 

 ※18歳未満の方はご退出ください。

 ・露出狂の夜

 ・バイオレンスの夜

 ・調教の夜

 ・スカトロの夜

 ・胎内回帰の夜

 ・視姦の夜

 ・盗撮の夜

 ・その他

 

「バイオレンスの夜」に指を伸ばしかけ、急に不安が押し寄せる。

ちゃんと鍵を閉めただろうか。

布団からそっと頭を出し、暗闇に包まれた廊下を見つめる。

つま先からゆっくりと床に足をつける。布団を羽織ったまま、そろりそろりと廊下を進む。

家族にも同僚にも、この宿に泊まっていることを伝えていない。誰も来るはずがない。

ドアノブを回し、扉を押す。

開かない。

それがわかると、速足で敷布団に戻った。

そう、来るはずがない。不安に思う必要なんてない。

 再び布団を頭まで被る。画面の「バイオレンスの夜」をタップ

 すると、ずらりと動画のサムネイルが表示された。

 迷いなく一番人気の動画を選ぶ。

 料金を支払っているため、広告は表示されない。画面を最大表示にする。

 呼吸を整え、俺は再生マークを押した。

 2

 動画タイトル『焼かれたい30代女性』  18042回再生


 白い壁を背景に、下着姿の女性が椅子に座っている。

 体型は中肉中背。ブラウス型の下着は水色で、肌は浅黒い。

そして、黒の目出し帽を被り、サングラスを掛けている。このサイトでは恒例だ。

 画面下に黒字でテロップが入る。 

・なぜ応募しようと思ったんですか。

「変わりたかったからです」

 女性は無機質な声で呟いた。

 ・いつから焼かれることに興味が?

「小学生低学年の頃からです」

 ・なぜ焼かれることに興味を持ったのですか?

「家で料理を手伝っている時、熱湯をこぼして手を火傷したことがきっかけです」

 女性はふっと息を吐いた。緊張しているらしく、肩が震えている。

「私、自分が嫌いなんです。昔からずっと。顔も声も性格も肌色も、何もかも全てが嫌いなんです。なんでかの言語化は難しいんですが。鏡を見ると嫌悪感に押し潰されそうになるし、誰かと話してると、こんなことしか話せない自分が嫌になるし、特に何もしていなくても、ふとした瞬間に死にたいくらい嫌になるんです」

 女性の声が途切れる。少しの間、無音が続く。

数十秒程経っただろうか。女性は再び口を開いた。

「火傷って、なかなか治らないんですよ。今でも私の手にはあの時の火傷があります。それまで私、色々試してたんです。切ってみたり、落ちてみたり、捻ってみたり。それでできた傷跡は、皆と同じに思えたんです。嬉しかった。でも、どれも治って元に戻って。初めて転んで膝をすりむいて、完治した時の恐怖は今でも覚えてます。あの時は、トイレに向かって吐きました。……そんな中でも、火傷は違いました。酷い火傷なら、いつまでも残り続ける。同じでいられるんです。確かに痛いし、後遺症が残ることもあります。母にこのことを話したら怒られました。祖母の家に連れてかれて、戦争で負った火傷を見せて説教されました。別に母を悪く言うつもりはありません。当然ですし、普通の反応です。でも」

 女性は声を詰まらせた。

「でも、そうしないと、私は自己嫌悪で死にます。今まで何度死のうと思ったか。でもその度に、母や父のことがよぎって、邪魔をします。悲しませたくはないけど、このままじゃ、いつか破裂します。毎日職場の人と顔を合わせる度に、彼らの目を、口調を、あの仕草が私を苦しめるんです。生き地獄です。なんで同じじゃないのか、ああなんで私だけ。母や父が悪いわけではありません。泣かせたくないんです。でも」

 女性は叫ぶように一通り言い終えると、姿勢を正した。

「母も父も、先月亡くなりました。もういいんです」

 ・ありがとうございました。

 涙で視界が歪む。俺は衣服の袖で目をこすった。

 場面が変わり、女性が手術台のようなものの上に寝そべっている。

手足はベルトのようなもので固定され、身動きが取れないようだ。

・死なない程度なら、制限はなし、でよろしいですか

女性はゆっくりと頷いた。

「お願いします」

 画面上に、パンツ一丁の目出し帽を被った男たちが現れた。

 皆、手にはライターやらバーナーやら、火にまつわるものを持っている。

 男たちは何やら話しをし、ライターの男が女性に近づいた。

 火をつけ、女性の太ももに押し付ける。

 女性の悲鳴が上がった。体を痙攣させている。

 男たちは少しの間女性のことを観察していたが、何かを察したようにうなずき合うと、ずらりと女性を囲んだ。よく見ると、男は全員で五人いるようだ。

 今度は様子を見ることなく、各々が女性を火で責め立てた。

 女性の両腕は赤黒く染まり、両足は軽く炎上している。

 ある男は、女性の指をバーナーで徹底的に焼いていた。親指が終わると人差し指へ。それも終わると中指へと、順番ずつに。

 またある男は、炎上してぐずぐずになった太ももの中に、ライターを突っ込んでいた。彼はマスク越しでもわかるくらい、楽しそうにしていた。

 画面内では女性の絶叫が続けている。死ぬほど辛いのだろう。

 抵抗しようとしてもがいたり、拘束から逃れようとしている、

それでも、やめるように懇願することはなかった。

 やがて、髪の毛も燃やされ始めた。男達が何やら興奮している。火責めが性癖なのか。

 数人の男たちが下着から性器を取り出した。火責めが性癖らしい。

 女性の顔に火が迫る。

 流石にまずいのではないか。

 そう思った瞬間、突如画面外から女性に水が被せられた。

 数人の黒服が現れ、性器を露出させていた男たちを組み伏せる。

 画面下に赤文字でテロップが流れた。

 ・参加者の皆様は、規則と契約内容の遵守をお願い致します。

 画面がブラックアウトした。

 数秒の間の後、冒頭と同じ、白い壁の背景に、女性が椅子に座っている画面に戻った。

 女性は全身包帯で巻かれ、黒服に支えられている。もはや原型をとどめていない。

 うめくような、動物の鳴き声のような音が、女性の口から漏れている。

 ありがとうございました、とテロップが流れる。

 女性はぐちゃぐちゃになった自身の腕を見た。

 そして、高いうめき声をあげ、せき込んだ。

 

 動画が終わった。

 俺はポケットに入れていたティッシュを取り出し、鼻をかむ。

 気持ちが軽くなった気もするし、心ががらんとなった感じもする。

 娘の姿を思い浮かべる。

 あの娘も、火傷の女性のような願望を持っていたりするのだろうか。

 運動会の様子が脳裏をよぎる。

いや、ないな。

あの娘はふつうに友達がいるし、魔法少女を愛している。

「お前のせいで、死んだんだ」

 サユリの声が聞こえる。

 幻聴だ。今日のは妙に生々しい。

 それはそうか。娘の葬式で実際に言われたことなのだから。

 おもりを飲み込んだような感覚。気分が悪い。

 再び画面をスクロールし、「胎内回帰の夜」をタップする。

 迷いなく一番人気のものを選ぶ。

「死んだんだ」

 うるさい、静かにしてくれサユリ。



 3

 動画タイトル『見られたい現役公務員男子』  9403回再生


 どこかの公園に、スーツ姿の男が立っている。

 背景には砂場と滑り台、そして遊び回る子供たちが写っている。

 ・なぜ応募しようと思ったんですか

「見てほしいからです」

 先ほどの女性と違い、はきはきと喋る人だ。

・いつから見られることに興味が?

「最近ですね。それまではむしろ見られることが嫌いでした」

 ・なぜ見られることに興味を持ったのですか?

「自分が嫌いだからです」

 いつの間にか背景があの白の壁になっている。

見られる範囲に制限なし、ということでよろしいですか

「はい」

 そう言うと、男は服を脱ぎ、全裸になった。

 スーツ越しには分からなかったが、なかなか筋肉がついている。

 マッチョと呼んでもいいくらいだ。

「僕は今から、皆様に謝罪します。まずは僕の体をご覧ください。一見すると、多少筋肉がついているだけに見えるでしょう。ですが、それは大きな間違いです」

 男は床に正座した。

「僕が最初の罪を犯したのは、中学生の時です。僕には弟がいて、ずっと仲良しでした。学校から帰るとゲームをして遊び、休日は一緒に遠出していました。事件が起きたのは、夏休みの最中、祖母の家に帰省していた時でした。弟が近所の高校生たちに暴行を受けたのです。顔を殴られ、腹を蹴られ、服を破かれて睾丸の片方を潰されました。そして、彼らはその様子を写真に収め、僕たちをゆすり始めたのです」

 男は一息ついた。

「僕は何もできませんでした。弟はただ見ていただけの僕を責め、なじりました。弟は今でも僕のことを恨み、お金を求めてきます。僕のせいです。僕が悪いんです」

 男は体勢を変え、床に手をついた。

「次の罪は、中学生の時です。僕は給食中、誤って女子の制服にスープをかけてしまいました。彼女は僕をにらみました。聞いた話によると、彼女はその日、制服で好きな人とデートする予定だったそうです。彼女はその後、破局しました。僕がスープをかけなければ、彼女は恋を成就させることができました。僕のせいなんです。もう償うことはできません。本当に申し訳ありませんでした」

「次の罪は、中学生の時です。僕は登校中、石を蹴って、電柱にぶつけてしまいました」

 男は次々に謝罪を述べていった。それにつれて徐々に男の声は震えはじめた。

しまいには、床に頭をこすり付け、泣き叫ぶように懺悔していた。

「生まれてきてごめんなさい。生きていてごめんなさい。ごめんなさい」

 男の懺悔は、夜更かしした、噓をついた、掃除をさぼった、など日常の些事にまで及んだ。

 ここまでくると、何がしたいのか察しがついてくる。

 画面下にテロップが流れてくる。

 男の個人情報だ。これもこの男の望みか。

 絶叫の謝罪はその後三時間以上も続いた。

 最後は、男の

「裁いてください」

 という言葉で締められた。

 画面がブラックアウトし、動画は終了した。

 

 俺はこうなれなかった。

 真黒になった画面を見て、吐息が出た。

 この男は、贖罪を果たすため、自分の全てをさらけ出した。

 それに比べて俺はどうだ。

 なし崩しでサユリと結婚し、子供をつくらされ、こうして娘の誕生会を抜け出している。

「あの子は、お前のせいで死んだんだ」

 頼む、黙ってくれ。

 娘は事故で死んだ。俺が殺したわけじゃない。

布団の向こうに、サユリの気配がする。

「なんで誕生日会に来なかったの」

「なんで入学式に来ないの」

「なんで実の娘を愛せないの」

スマホの画面に吸い込まれそうな感覚。

このサイトに俺も行けていたら、こんなことには。

目の前がチカチカする。

 体の芯がもぞもぞ疼く。

 毛が逆立つ。

なんでこんなことを?

 一人でいたくない。でも、分かれたくないから。

 いつからこんなことを?

覚えていない。ずっと、分かれたくなかった。

俺はずっと、「俺」でありたかった。何も俺の体から出したくなかった。

いつまでも俺の体にとどめておきたい。老廃物も声も唾液も、何もかも俺のままで。

でも一人は嫌だった。

孤独なのは苦痛だった。「一人」でありたい、一人になりたくない。

一度、目も鼻も口も全て閉じてしまえば、何も出ていかないと思った。

だが、身体はそれに耐えられなかった。

苦しかった。相談はできない。言葉にしたら、思考の一部が出ていきそうで、怖かった。

俺は日に日に「俺」が削られていくのを感じながら、日々を送っていた。

地獄だった。

サユリに出会った。彼女は、俺を愛していると言った。俺を理解できると言った。

何も失わずに、他人と分かり合えると思い、嬉しかった。

もう苦しまなくて済む。

当時の俺はそう思っていた。罠だとも知らずに。

彼女は既成事実を作った。結婚を急いでいたのだ。

その時のことは今でも覚えている。

 あれを暴力と言わずに、なんというのか。

 俺の陰部から、俺が出ていくのを感じた。魂を吸われるのを感じた。

 その後、しばらく何もできなかった。

 サユリの態度は一変した。俺に冷たくあたり、「親としての自覚を持て」と言った。

 サユリが「娘」と呼んだ人間は、紛れもなく俺だった。

 そして俺は、明確に「分かれた」。

 分かれたあれは「娘」であり、サユリのつけた名前で呼ぶ個体ではない。

 「娘」はおれであり、いずれは俺へと還ることだってできる。だって細胞は別れてもくっつくのだから。俺は細胞でありたかった。

布団が肌に吸い付いていく。綿が、皮膚を介して吸収されていく。

 細胞になれたようだ。だから、食べられるのだ。

 娘を取り込むことができると気づいた時、俺は自然と口角が上がっていた。

 もう耐える必要はない。家から、俺ではなくなりつつある個体から逃げる必要もない。

 爪が伸び、口角は際限なく上がり続ける。

 額を角が突き破り、目玉は裏返る。背骨が焼かれた死体の如き曲がりを見せる。

 手元に温もりを感じる。

 俺がいる。分かる。

 俺になる。


次回の更新は、2/17の0:00になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ