第2話 復縁はないはずの関係
火曜日の朝、彩花は通勤ラッシュで混み合う電車に揺られながら、昨日のことに考えを巡らせいた。今の朔弥と『よりを戻す』ということは、つまり『百合関係』になるということだ。しかし彩花は至ってノーマルで――だから朔弥と復縁するのはあり得ない。そう、復縁はないはずなのに、なぜかはっきりそう言えなかった。
勤務先の最寄駅に着くと、スマホが振動してメールの着信を知らせてきた。朔弥からだった。昨日、とりあえず連絡先交換をしてしまったのだが、果たしてこれで良かったのだろうかと彩花は戸惑う。
『おはよう、彩花。今日もお仕事頑張ってね。今週末にまた逢いたかったけど、仕事が入っちゃったから、来週末会える?』
彩花は、答えを出すのに来週末まで猶予ができたことに、ホッとして了解の返信をした。
昼休みに持参したお弁当を食べていた彩花は、加納さんに話しかけられて箸を止める。
「そういえばこないだの同窓会どうだった?」
「楽しかったです……」
「高校時代に付き合ってた彼氏とかいたの?」
「……はい、まぁ……」
彩花は言葉を濁す。その彼が女になって帰ってきたことは言いたくない。
「へぇ〜意外。でも、林田さんて、今、フリーよね? 今週末ね、合コンあるんだけど来ない?」
またかと、彩花はうんざりした。人数合わせというか、加納さんの引き立て役かと思うと正直行きたくない。でもなんて断ろうとまごまごしてると、加納さんはそれを了諾と捉えたらしい。
「じゃ、決まりね。金曜日の夜、よろしく〜」
「ちょっと待って、加納さん、彼氏いたんじゃ?」
「あぁ、こないだ別れたの。もっとレベルの高い男じゃないと、私とは釣り合わないし。ま、林田さんにはわかんないかもねこの心理」
加納さんはあざと可愛い笑顔でそう言い放った。
憂鬱な金曜日、彩花は加納さん他可愛い二名の同僚と一緒に、合コン会場のレストランに着いた。相手方の四人は既に集まっていたらしく、簡単に自己紹介をしてきた。
予想通り、男たちは加納さん他二名に機嫌をとる。彩花はポツンとテーブルの端で料理をつついていた。すると四人の男の一人が、彩花に近づく。
「ここの料理、美味しくないかな? 店選び、俺がしたんだけど」
「え? あ、いえ、美味しいです。素敵なお店を選んでくださってありがとうございます」
「よかった。君、えーと……」
「……林田です」
「そ、そう、林田さんは、なんか控えめな感じでなんていうか」
「私、人数合わせ要員なので、お気になさらず」
「あぁ、いやその……」
その時、入口の方が騒がしくなった。彩花は何事かと見やると、テレビでよく見る芸能人が来店していたのだった。そのままVIPルームに案内される一行の中に、なんと朔弥の姿を見つけた彩花は目を丸くする。
朔弥も彩花に気づいて、芸能人のマネージャーらしき人に何か耳打ちすると、彩花の方にやってきた。まるでモデルのようにスタイルが良く大輪の花のような朔弥は芸能人同様に人目を引いた。
「彩花!」
「朔弥、どうして芸能人一行に混じってるの?」
「私、彼女の専属メイクさんやらせてもらってるの。今日は仕事でこっちに。彩花はどうして?」
合コンのメンバーを見回して、朔弥は悟る。そして彩花を軽く咎める。
「彩花、私がいるのに合コンに出ているの?」
「……朔弥には関係ないでしょ?」
「関係大ありよ! あ、でも今は行かなくちゃ。あとで連絡するね」
そう言って、朔弥はVIPルームに消える。
すると加納さんと他二名の同僚を放って、四人の男たちが彩花に群がる。
「芸能関係者と知り合い?」
「今の誰? 紹介して」
彩花は朔弥のことで質問攻めにされタジタジとなる。テーブルの向こうで加納さんが舌打ちしていた。
土曜日、彩花は楓からの着信に起こされる。楓が興奮気味に話す。
「朔弥くん帰ってきたって? 鈴原くんが教えてくれたんだけど、ニューハーフになってるってホント?」
「あぁ、うん。私も何がどうなってるのかわからないんだけど……」
「明日とか会える? 飯尾くんと鈴原くんと岡野くんが、彩花に話したいことがあるらしいんだけど、メールの返信がないって言っていて――」
「え? 私に話したいこと?」
「とりあえず明日、私も同席していい?」
「う、うん。わかった」
通話を終えると、昨日の夜、鈴原くんからメールが来ていた。昨日の夜、彩花は疲れて帰宅してすぐ寝ちゃったから、気づかなかったのだった。
日曜日、彩花は楓、飯尾くんと鈴原くんと岡野くんと五人、カフェで落ち合うことになった。顔を合わせるなり、飯尾くんと鈴原くんと岡野くんが彩花に謝る。
「ごめん、俺ら、ほんとは知ってたんだ。朔弥のその後」
「でも、本当に帰ってくるとは思ってなかったから」
「自然消滅の方がいいんじゃないかと思ってさ」
楓の視線が、彩花と三人を往復する。彩花は呆然とした。二の句が告げない彩花に変わって楓が問いかける。
「朔弥くんがトランスジェンダーだって知ったのはいつ?」
「高校三年の時、文化祭の女装大会で朔弥が優勝した時当たり……かな」
「朔弥の気合いの入れようが半端じゃなかったじゃん」
「からかい半分で俺ら、女になっちゃえばって言ったんだよ。まさか真に受けるとは思わなくてさ」
彩花はポツリと言う。
「みんなして、私を騙してたの?」
「いや、朔弥の、林田に対する気持ちは本物だったよ!」
「ただ、ほんとに性転換するとは思わなかったし」
「騙してはいないよ。話せなかったんだ。こういうことって本人から言うべきだろ?」
「……」
彩花は涙ぐむ。そうだ、こう言うことは朔弥本人が言うべきことだ。それをしないで消息不明になった、全部、朔弥が悪い? でも相談する雰囲気にさせなかった自分にも責任があるかもしれないと、彩花は思った。
その時、メールの着信を知らせる振動がした。
「朔弥からメール、きた」
「――なんて?」
楓か気遣わしげに彩花にきく。彩花はメールにさっと眼を通す。
「昨日のことで、ちょっと……」
「昨日、朔弥くんと会ったの?」
「うん、バッタリとだけど。私が合コンに出たことに対して、ちょっと拗ねてるみたい。『よりを戻さない?』って言われてたから、それで」
すると、鈴原くんがびっくりしたように目をぱちくりさせて彩花に問う。
「林田、朔弥とまた付き合うの?」
「それは……ないと思う。だって今の朔弥は女なんだよ? ……私ノーマルだし……」
「だよなぁ」
「……」
今の朔弥との復縁はありえない――その結論をはっきりと朔弥に伝えなくてはいけない。なのに彩花はちょっと寂しいような気持ちになった。