三頁目
20XX年 9月△日 23:50
Vとして活動して、成長するということにはお金がかかった。今までは実家からの仕送りなんぞ微塵も期待出来なかったのでそこそこのバイトをして食いつないでいたが、そろそろお金が尽きそうになってしまった。
より良いマイク……より良いキャプチャーボード……歌のMIX…… それぞれ決して安くはない値段だった。
そこで新しくバイトを始めることにした。バイト先はちょくちょく飲みにいっていた喫茶店だった。
そこのコーヒーが美味しくてちょくちょく行っていたので、店主とは知り合いになっていた。
店主は薄めの茶色い髪をしており、いつも微笑みを浮かべている若い好青年だった。口調や仕草にも優しさが滲み出ているような親切な人で、悩みなどにもきちんと答えてくれるような人だった。客の中には、この店主と会いに来ている人もいた。
そんな母性溢れるような店主だったのでお金に困ってることを吐かされた――悩んでいることを見破られてそのまま問い詰められた――ところ、店主は
「そろそろ店に人が多くなってきたのでここでバイトをしてみないかい?」
と提案してくれた。一も二もなく僕は了承した。
店主のところのバイトは他のバイトが休みの日である土曜日にすることになった。
店主のところでは客の注文を取り、商品を運ぶ仕事が主だった。毎週土曜日の朝8時から18時までが、僕の仕事の時間だった。
土曜日はいつもより長めに店が開いているといっても、開店時間は9時から16時までの5時間だけ。
店主は人気者であったので、土曜日の朝の1時間と夕方の2時間は僕だけ店主と話すことができたので、少し優越感に浸れていた。
確かに、土曜日の昼間に配信をすることができなくなったが、その分いい機材を買い揃えることができて、よりモチベーションが上がり、楽しい配信にすることが出来ていた。
告知や日常を呟いていたSNSのアカウントで、フォロワー数が1000人を超えた日は嬉しかった。
その次の日や、次の次の日もずっとにやにやしていたせいで店主からは何かいいことでもあった?とコーヒーを奢られてしまった。
少し恥ずかしいので店主には配信のことを話してはおらず、その時はやりたかったことが上手くいって、とぼかして説明していた。
店主は賢い人だったのでやりたいこと、とわざとぼやかして言ってる意味を理解し、それ以上深く聞くことはなかった。
店主は常に優しい人だった。
土曜日以外でのバイトはファミリーレストランでのバイトだった。同じ飲食店ではあっても、ファミレスと喫茶店では客の回転の早さや注文の数が全く違っていて、ピークの時はずっと何かしら動いていた。
そのかわり店の人や他のバイトの人なんかもいて作業が分担できるというのは良かった。
「先輩!この後カラオケでも行きません?二人で!」
シフトが被れば、毎回のように終わってからカラオケに誘ってくる同じ大学の後輩もいた。
僕自身が大変疲れていたのでカラオケはずっと断っていたが、そのうちカラオケじゃなくて食事に誘われるように変わっていった。
そこからはちょくちょく一緒に食事に行くことがあった。
食事に行くとこはそこらのファミレスとか、バイトしにいってる喫茶店が多く、特に後輩は喫茶店を気に入ってくれたみたいでよくバイトをしているときてくれていた。
後輩のコミュニケーション能力の高さと店主の懐の広さが合わさって、二人はすぐに仲良くなっていった。僕の聞こえないところで何やら話しているのも見かけていた。
後輩をこの店に呼んだのは僕だったが、少し寂しくなった。ただ、彼らはその後も僕に優しくしてくれていて、弟とは違うということが分かって嬉しかった。
それと同時に二人を弟に合わせたくないなと思ってしまった。変なところで独占欲を発揮していくところが血縁たる所以であろうかと、少々自己嫌悪に陥ったものだった。
後輩を店主に紹介してから一月ほどで、店主は彼の人懐っこさを買ってバイトしないかという申し出をしたらしい。後輩は快諾し、それからは日曜日にバイトをしているそうだ。
「別に、この店を大きくしたいみたいな夢はないけど、彼が来てからは新しいお客さんに来てもらえるようになったよ。ありがとう」
とは、店主の言葉だ。
店主には恩義があったし、僕自身彼のことが好きだったので僕の考えすぎだと思い込んで、ありがとう、と笑って返した。
決して僕は客が増えなかったと僕は無能であったと伝えているわけではないと思い込んだ。今となっては、店主に答えを聞けなくなり真相は分からないが、僕にとってそれが幸せなのだろうと思っている。
暗い感じで終わってしまっても、日記……というかむしろ自分への手紙であろうか、これに思いを書くというのはとてもスッキリすることだと感じる。
僕は……かつての僕に教えてあげることが出来たなら今でも人らしくいたのだろうか。
まぁ、だとしても……