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 20XX年 9月◯日 22:39


 日記帳をもらった。暇な時にでも書いていこうと思う。

 さて、悩みかなんかを抱えずに何かに書いてみるというのは少し心が落ち着くという。今はとにかく落ち着きたい気分だ。それがカルトであれ、なんであれ信じて行動するだろう。


 僕の悩みは弟だ。

 弟は僕の欲しいものの全てであった。兄弟であるはずだったのに、僕と弟は全く似ていなかった。


 人とうまく馴染めず誰かの後ろにいた僕、容姿は平凡で特別運動ができるわけでもない。勉強だって平均よりかは出来たがそれだけだった。

 それに比べて弟は近づいた人を虜にするような明るく天真爛漫な性格で。その上弟は美形で運動神経も良く、勉強もできた。どちらをより大事にするかなど誰もが一目で理解できるようなものだった。

 親は弟の欲しいものをなんでも与えた。弟は望めばおおよそのものが手に入った。


 ただ、弟の欲しいものはいつも「僕のもの」であった。隣の芝生と言うべきか。僕のものを欲しいと言い、親が僕から弟へと渡すと要らないといってゴミ箱へ。不幸なことに、これについて弟を怒ることもなく誰も何も言わなかった。強いて言えば、僕が何かしたんじゃないかと小言を言われたくらいだ。周囲は僕が何かしたくなるようなことをした自覚があったのだろう。

 弟か僕か、どちらがより不幸かなんて今になっても分からない。ただそれは、「不幸なこと」であることは子供ながらにして分かった。


 かつての僕はそんな弟に負けたくなかった。いや、より正確に言うならば僕は誰かに気づいて欲しかったのだろう。僕という存在を。誰もが僕を弟の兄として、彼の付属品として見ていた。

「弟はこうなのに……」「弟くんとは全然違うんだね」

それらは魔法の言葉であった。それらによって僕の行動は制限された。常にベストを尽くさなくてはならなかった。

 なぜなら……なぜなら僕は弟の兄だったから。僕は常に弟の付属品であった。



 今になれば弟にも可愛い時期があったようにも思う。僕を兄として見てくれていた時期が。

 僕を兄と呼んで僕と抱き合い、笑い合っていた。もう何歳の時かも覚えていないが、小学生低学年の時であったか。それは非常に美しい記憶であった。今でもたまに夢の中にその時の光景が出てくるくらいだ。

 当時の僕は、兄として彼になんでも与えたかった。僕がお菓子をもらえば半分あげた。それが一つだけで、半分にできないときはまるまるあげた。弟はずっといいの?いいの?と目を輝かせていた。あげる、その一言を言われた弟はまるで待てのことを覚えたばかりの子犬のようでとても可愛くて、愛おしかった。ありがとう、その一言をもらうためになんでもした。


 いつからだったか、弟は僕のものを積極的に欲しがるようになっていった。僕も最初は嬉しかった。ただ段々とおかしくなっていった。

 僕と弟との格差が生まれたのはその頃からだろう。まるで嫌がらせのように、まるで当たり前のように僕の色んなものを欲しがった。最初は僕も抵抗した。これは僕のだ、無理だ、と。


 弟と僕の戦いは常に正義と悪の戦いだった。もちろん僕が悪で、弟が正義だ。弟が涙を一つ流せば、僕は何時間も説教されるようになっていった。僕が弁明しても「言い訳するな」、僕が泣いても「何を泣いている」

 悪に味方はいなかった。


 弟は僕を庇った。誰しも弟の優しさを褒めた。とんでもないマッチポンプで、全く面白味のない小説を見ているようだった。

 そのうち僕が抵抗をやめて、何もかもを差し出すようになれば、このマッチポンプを見ずにすんだ。代わりに誰も僕個人を認識することが少なくなっていった。皮肉にも、数少ない僕を認識していた人物の一人が弟だった。


 

 高校生になると親からスマホを渡された。今までの家族間の業務連絡はめんどくさく、高校になれば時間がかかるからという理由だった。このスマホぐらいだろう、弟に取られなかったものは。この時ばかりは親が買ってあげるからと言って宥めていた。代わりに僕に使わせてあげなさいと命令していった。

 親はもはや、僕をただの同居人として見ていた。僕ももう、同じ認識だった。


 スマホを持ってから動画を見るようになった。勉強も弟に負けまいと本気でやってた時期もあったが、その次の年には現実を突きつけられるのでそれ以来はやっていない。


 ある時なんだったか動画を見ているとバーチャルライバーの配信にたどり着いた。これだと思った。

 僕と弟は容姿は全く違ったが、声は割と似ていた。ゆくゆくはバーチャルライバーになりたいと、強く願った。弟となにか違うことをして見たかった。


 その日からボイトレを始めた。調べればボイトレの動画はたくさん出てきたし、実践してみれば実際に声が出しやすくなったと感じるようになっていった。バイトだって頑張った。Vの姿を作ったり動かしたりするのにお金がかかると聞いていたからだ。


 幸いにも親は無関心だった。好きの反対は嫌いではなく無関心、とはよく言ったものだ。もはや愛情の1mmも感じることはなく、1mmも欲しいと思わなくなった。


 一人暮らしを始めた大学一年の夏、ついに僕はVの体を手に入れて準備中とSNSなどで告知を始めた。

 1日で300人フォロワーを達成し、とても嬉しかった。僕の人生の中で承認欲求が満たされた数少ない経験のうちの一つであった。


 ……僕はバーチャルの世界なら弟から何も取られないと思っていた。

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