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時と世界を超えて、君を愛せるのか  作者: 河井晋助
第1章 赤毛の女(化粧)
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1-2

どうかお付き合いのほど願います。

 暗闇を照らし出すヘッドライトの中、もとは農協が経営をしていた施設へと軽トラックで滑り込む。

 もとは観光バス用の駐車場に作られた、巨大なテントをヘッドライトは照らし出す。

 軽トラックを施設に横付けした光一は、脳裏にて傀儡の起動を命じる。装備は通常と続ける。

 ヘッドライトを切り、エンジンを止めた光一はカバンを掴んで軽トラから降り立った。若干、指揮所よりも標高は下がるが、やはり山中であり、そこそこの標高を有する集積所は、春とはいっても風が少し冷たい。

 巨大なテントから、人型の傀儡が列をなして姿を現した。

 施設の前の空き地に、整列をして光一の命令を待つ姿は不気味だ。幕府に所属する、高位の妖族(あやかし)がわざわざこの地にまでやって来て、光一の魔力を使用して生み出した傀儡は、生き人形のようだ。

 傀儡はいかに戦闘服を着せて、装備を持たせたとしても、人間や妖族(あやかし)ではない。少しの判断力を有する、便利な戦闘用物の怪にすぎない。

「行動に支障は?」

「ありません」

 一体の傀儡が光一に答える。どうやら、その傀儡が今回は代表するのだと光一は判断し、命令を与える。

「地図によると、興津海岸近くに避難タワーが存在する。そこへ前進して陣地を築け」

 傀儡は以前光一がインプットしたデータを読み込み、場所を確認していたのか、僅かの時間をおいて命令受理と返してくる。

 この集積所には1個小隊三十体の傀儡しか置いてはいない。

 駆けながら出て行く傀儡を見送りつつ、光一は他の集積所から応援を呼び寄せるべきかと考えるが、現在侵攻してくるのは潜水艦一隻である事を考えると、十分だと判断した。

 いざとなると自分の出番だと、荷台の烏丸を持ち上げる。

 すでに、傀儡は全て出動を終え、何もなくなった駐車場を後にして、光一は施設内部へと入る。

 もとは売店であったのであろう一角に、ハンガーに支えられて立つ動甲冑がある。

 カバンと烏丸を手にしたまま、光一は動甲冑に歩み寄ると、開いていたサービスハッチに指を入れて認証を行った。

 光一の魔力を読み取った動甲冑は、動力であり神経であり、血液である魔力を全身に循環させ、光一が乗り込む用意を調えた。

 ハンガーに備え付けられたタラップを登り、身体を動甲冑の中へと滑り込ませる光一。

 まだ頭部装甲は被っていないため、ヘッドセットをつけた顔は外に出したまま。とはいっても光一は視界が悪くなると言った理由で被る気はないのだが。

 三メートルはあろうかという動甲冑から生身の顔が出ているのは滑稽に見えるのだが、誰に見せるでもないので、光一は気にしない。

 明確な軍規違反だが、知ったことではない。

 頭部装甲を被らずに死んだのならば、それは光一が代価を支払ったまでだ。

 動甲冑との接続がなされる。傀儡をベースにしたこの動甲冑との接続は、頭の中がのぞかれているようで、さらには一瞬だが気を失うようにくらりとするのであまり光一は好きではなかった。

 接続を終え、ハンガーから降り立った光一は、拳を握ってパンチを繰り出し、二、三度その場で飛び上がって四肢の確認を終える。

 この集積所に置いていた動甲冑は長く放っていたのだが、問題はないようだと光一は一人頷いた。

 魔力の集積機が問題なく稼働していることを確認した光一は、烏丸の鞘を腰に装着し、武器を並べたロッカーを開けて物色を始めた。

 動甲冑用のM2重機関銃を取り上げ、器用に背中のラックに取り付ける。そこで、ロッカーの片隅にひっそりと置かれた長大な銃に気づいた。

 なぜか搬送配置されてきた、試作小型レールガン。

 雪風達に乗せられているほどの威力はないとの説明書きがついていた。

 当然だろうと光一は思う。

 本来は艦などに乗せるものを、無理矢理小型化して個人兵器にしたのだ。

 慣れぬ武器は嫌だが、レポートを送れとの催促がうるさかったので、仕方なく光一はそれを手にした。

 重機関銃の弾丸形成用のマガジンをいくつか腰回りにつける。

 レールガンには予備のマガジンはなかった。

 弾丸を撃ちきった場合には、形成されるまでぼんやりと待てと言うことかと、光一は舌打ちを一つくれる。

 まあ、いざとなれば放り出すだけだと考えた光一は、肩にレールガンを担いで外へと出る。

 さてとばかりに、腰を屈めた光一。

 背後のスラスターが魔力を勢いよく放出して、光一の身体を空へと持ち上げる。

 ウサギ跳びのようにジャンプを繰り返して、光一は先を行く傀儡達を追い始めた。

 高く跳ばぬように、低く低く、細かく跳べと自分に言い聞かせつつ。


 小型潜水艦の中は、現在は駆逐艦からの追跡を受けているので、赤い照明に切り替えられている。

 この潜水艦に憑依している幽霊船(ゴーストシップ)が同乗しているリリアナ・グラントに語るところ、あまり意味はないのだが雰囲気だけでも味わって欲しいからだそうだ。

 人間の文献や映像などで戦術は学んでいるとのことで、どうりで妖族(スペクターレース)にしては人間くささが強いのだとリリアナは感じていた。

 ただ、それは妖族(スペクターレース)としては異端ではあったが。

 着ているウェットスーツが気になるのか、下に着ている戦闘服の襟元を緩めつつ、リリアナは隣に立っている、その幽霊船(ゴーストシップ)に声を掛けた。

「振り切れそうですか?」

「どうだろうな?敵は優秀みたいだぜ」

 それを聞いてリリアナはため息をつく。

 日本国の哨戒線を突破したのだ。発見されたのは誰のせいでもないが、リリアナはため息をつきたくもなる。

 しかも、この幽霊船(ゴーストシップ)は騎士階級とはいえ、帝国の立派な貴族の一員なのだ。文句は言えない。ただ、末端とはいえ、妖族(スペクターレース)にしては偉ぶらない点をリリアナは好感を持っていた。

 帝国陸軍の一士官にすぎず、いくら媒介者(エージェント)とはいえども一乗客でいるしかなかった。

「本来なら、海中で機関停止してやり過ごすのがセオリーだが、俺にはお前達を上陸させるという任務がある」

「危険を冒している俺に、感謝しろと?」

 精一杯の皮肉を込めたつもりではあるリリアナ。ただ、それは親しさを込めてのもの。

 それでも普通であれば、無礼だと斬り捨てられるだろう。

 それを聞いた幽霊船(ゴーストシップ)はかかと笑う。

 この世界に召喚され、人間と認定されたリリアナは、妖族(スペクターレース)、特にスケルトンタイプと任務を一緒にするのは初めてで、むき出しの頭蓋骨で笑われると、骨が鳴って不気味に思えるのだが、ウラジオストクからの旅で、もう慣れてしまっていた。

 そして、幕府海軍の艦艇がうようよしている日本海から、厳戒な哨戒が行われている対馬海峡を抜いて、東シナ海から太平洋にまで進出してきた、この幽霊船(ゴーストシップ)の腕前に対して尊敬の念を抱いているリリアナだ。

 そもそも、陸軍士官であるため、海での戦闘について僅かな知識しか持たないリリアナでも、駆逐艦から逃げる潜水艦などは、常識ではあり得ないと思っている。しかも海中を航行してだ。それも驚嘆に値する。

 帝国海軍はよほどの手練れを回してくれたようだとリリアナは改めて感じていた。

 だが、ただの威力偵察に、なぜそれほどまで注力するのか疑問だ。

 何か大きなものが進行しているのかと考えざるを得ないが、リリアナが受けた命令は、日本国の四国と名付けられた大きな島の状況を把握することだ。

 配置されている戦力、武装、詳細な地形を調査して、帝国本土に持ち帰るのがリリアナの任務である。それ以上でもそれ以下のものでもない。

 だいたいからして、モンゴル平原で戦闘経験が二度程度、しかもその内一つは遭遇戦で逃げるのに懸命であった、帝国陸軍少尉に何を求めているのだろうか。こんな作戦は海兵の領分だろうと心の中で愚痴るリリアナ。もしかして、珍しい日本語話者であるのも、選ばれた理由かと幽霊船(ゴーストシップ)に聞こえぬように舌打ちを一つ。

「ふん、一隻から三隻、さらに後方に一隻か」

 ソナーやピンガーを使用した形跡がないことから、幽霊船(ゴーストシップ)の固有技能で周囲の状況を調べたようだ。

「さてと、ちいとばかし遠いが用意を始めてくれ。あまり近づくと浅瀬に乗り上げちまうし、俺も早々に待避行動をとりたい」

「判りました。すぐにハッチアウトします」

 答えたリリアナは、下に戦闘服を着込んでいる、ウェットスーツの前ジッパーを引き上げ、すぐさま艦首へと向かう。

 途中、幾つもの水密扉を潜るが、閉めることはしない。幽霊船(ゴーストシップ)がリリアナに言うには、無駄だからだそうだ。

 そして、艦首魚雷室にたどりついたリリアナが見たのは、ぎっしり並んだゴブリンとオーク、そして一際目立つ身体を折り曲げたトロルの群れである。

 いかに自分の魔力で具現化したギニョールだとしても、あまり気持ちの良いものではない。だが、リリアナに絶対服従して、一緒に戦うのだ。

 ウラジオストクで何度も繰り返した訓練内容を思い出す。

 作戦の開始を告げる。

「上陸用意」

 そのリリアナの言葉に、後方の水密扉が閉じられる。

 ゴブリン達がエアボンベを背負い、マスクを被り、レギュレータを口にくわえた。

 昔、中学生だった時にプレイしたゲームに慣れたリリアナは、近代的な装備を身につけるゴブリンに違和感を感じ、すでに身につけていたウェットスーツの上に、自分もダイビングの装備を付けて、苦笑いを浮かべた。

 ウェットスーツの下は戦闘服を着ているために、ゴワゴワして気持ち悪いと、リリアナはさらには顔をしかめる。

 言葉の話せないゴブリン達が、準備を終えたことをイメージで伝えてくると、リリアナが次の指示を口にする。

「海水注入」

 四体のゴブリンがバルブ四つを開けると、大きな蛇口を捻ったように海水が流れ込んできた。

 海水で満たされる前にと、壁のマイクを取ったリリアナ。

「海水充填中。完了次第ハッチアウトします」

「そっちのタイミングでやってくれ、全員出たのはこちらで感じるから」

 好きに出て行けと、こっちは勝手に逃げるからと。

 そもそも、無事に逃げてもらわなくてはならない。

 この潜水艦には、任務終了後に回収してもらわなくてはならないからだ。

 だから、無事を祈りつつ言葉をリリアナは返した。

 リリアナにとっては妖族(スペクターレース)に初めてしたことだ。

「了解」

 すでに喉元まで来ていた海水に、慌ててマイクを放り出し、レギュレータを咥える。

 すぐにリリアナの身体は海水で覆われた。

 リリアナは自分をじっと見ているゴブリンに、艦首のハッチを開けるようにイメージを送る。

 すると、二体のゴブリンが協力して、ハッチの脇にあるハンドルを回し始めた。

 幾度かの訓練でトロルにやらせてみたのだが、身体が大きいために、室内ではうまく動けなかったのでリリアナは止めてしまっていた。艦内ではゴブリンで構わないだろうと。

 艦首の円形シャッターが、ゆっくりとカメラのシャッターのように開いていく。

 リリアナは、全身に感じる水圧が強まったように思えた。

 完全に開ききったシャッターから、顔をのぞかせたリリアナは、周囲の安全を確認して、後方のゴブリン達に続くように命じた。

 リリアナとゴブリンの一隊が暗い海水の中で泳ぎ始める。まだ日の出には時間があるはず。上陸時には払暁となっているはずだが、ハッチアウトを早めたために、どこかで調整が必要かもとリリアナは考える。

 後方を確認したリリアナは、旋回を始めた潜水艦を見た。

 無事に逃れることを、再び祈って。


次回、投稿は未定です。

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