Part 20-2 New Variety 新たな種
Equinix Data Center Infomart Dubberley-Bld. 1900 N Stemmons Fwy suite 1034, Dallas, TX USA
1900 N Stemmons Fwy, Dallas, TX 23:59
23:59 テキサス州ダラス フリーウェイ・スイーツ 1034ノース・ステムモンズ・フリーウェイ1900ダバリー・ビル内エクイニクス・データ・センター
自動人形は爆速で怪物の頭部を床に叩きつけた。
首から上が砕け散り霧散した直後、残された怪物の胴体が新たなる頭部を求め再構築を始めた寸秒、M-8はジェシカ・ミラーに問い掛けられ半身振り向き相手を見た。
「マース────お前、何ものなんだぁ!?」
顔を強ばらせたジェシカ・ミラーがダットサイトでM-8マレーナ・スコルディーアへ照準しFN SCARーHの銃口を向けていた。
顔を下げ視線下ろした自動人形が眼にしたのは怪物またぐ自分の片脚の黒のニーソが破れそこから覗いた医療用シリコンで整形されアクリル塗料で染色された右脹ら脛の人工皮膚が裂け剥き出しになった超電磁マッスル────アクチュエータ数本の配線がショートして火花飛んでいた。
マリア・ガーランドが人の社会に溶け込めるようにと約束させた我の最重要項目の1つが破綻しかかっていた。
アンドロイドであることはワーレン・マジンギ教授とダイアナ・イラスコ・ロリンズ以外には口外しないこと。
急激に電圧が落ち顔の表層温度が激下がりした瞬間、M-8マレーナ・スコルディーアは顔を上げNDC民間軍事企業セキュリティの1人にしらっと言い切った。
「最新式の義足よ──お気になさらず────」
それでジェスが納得するわけがなくM-8は仮想し焦った。
これだから人間の女は面倒くさい──とマースは無理難題を押し付け見限ったロシア陸軍大佐レギーナ・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイをSSDから引きだし以前に分析したデータから、ジェシカ・ミラーを納得させる手順を仮想した。
ジェスの表情をとらえたものを分析し僅かに下目使いになっていることから警戒心が95ポイントと最悪だと自動人形は仮想した。
その演算が逸れた一瞬に黒の怪物が頭部を再構築しマレーナ・スコルディーアのレース・チョーカー巻いた細首に両手をかけ締め吊し上げながら立ち上がった。
マースはジェシカ・ミラーの方へ流し目を送った。まだマースへ銃口を向けているガンファイターを唆した。
「なぁジェス──幼気ない少女が首を絞められ吊し上げられているのに狙う奴が違う気がするよ」
ジェスが眼を游がせた。動揺していることを87ポイントでマースは確信した。それならあと一押しだと自動人形は演技した。
「あぁ────苦しい──死ぬ──死んで────じまぶ────」
横目で確かめていたマースはジェスが唇引き結んで上目遣いになりダットサイトでマースを照準したのを眼にして困惑ステータスを6倍に上げた。
な、なんでだぁ!?
見事に嬲られる少女を演じているのに!?
首を絞められ死なずにいると姿を真似た怪物は吊り上げた首を振り回しマースの頭部を床に叩きつけた。轟音が広がり横顔半分がコンクリートに陥没した。
ほら、ジェス────こいつは我を本気で殺しにかかってる。あなたの仲間を見殺しにするの?
ブルネットの女が何かに気づき、ダットを急激に動くこの世界のものでないものに本能のように合わせようとするのが見えていた。
スターズ・ナンバー3の近接戦闘シューターがついに撃ち始めた。
刹那、数発が右頬の傍を飛び抜けたのをマースは眼で追い悪態の語彙の中から適切に選んだ言葉を呟いた。
"Shitty Bitch!!!"
(:糞女!)
あいつは我よりも腕が劣ると評価をナンバー3から4に格下げする。
直後、首をつかまれたまま壁に頭頂部から突っ込まされマースは身体を捻り上げ右脚を怪物の腕の上に回し込み続いて左足をその上から掛け首をつかむ片手首を捻り上げ上半身を仰け反らせた。
マース擬きの片腕が異様に伸び肘部分から裂けると首をつかんでいた肘から先が黒い粒子を霧散させ怪物が後退さった。
そこへジェスが横様に175グレインの徹甲弾をフルオートで多数撃ち込んで怪物を瓦解させた。
床に広がった血溜まりのような黒い粒子の方の中央に紫色の淡い光り明滅させるテニスボールほどの光球が半埋まりになっていた。そこへ粒子が磁場に吸い寄せられるように動き始めた寸秒、M-8マレーナ・スコルディーアは歩いてゆきパンプスの踵を振り下ろしてガラス玉のように砕いた。
だがまだ黒い粒子は波打ち渦巻くように別な部分に集まりだした。そこへ自動人形は足を踏み替え爪先で粒子の山を崩すと別な同じような光球が頭を覗かせた。
マースは右脚を思いっきり後ろに振り上げると猛速で振り下げ爪先に光球をぶつけ眼にも見えぬ速さでサーヴァー・ラックの鉄の支柱角に飛ばすと命中させ砕け散らさせた。
ジェスがFN SCARーHのマグチェンジする音にマースが顔を向けるとブルネットの女はリロードを終え右手でバトル・ライフルを保持したまま銃口を天井に向けた。
ゴシックドレスを整えながら無言でマースがジェスを見つめているので彼女が切り出した。
「なんだよぉう?」
「何も────問い質さないんだ」
「ちょっとばかし未来から来た機会仕掛けの暗殺者かと思った」
「今はそう思ってないんだ」
「ああ、俺のことをビッチって言いやがったからな。パソコンはそんな言葉使いはしねぇ」
パーソナルコンピューター! M-8は眉根寄せ唇をへの字にした。我の足元にも及びつかない数世代前の遺物。千台あっても我の演算能力に届かないと蓄積した膨大なデータから選び出した単語を口にした。
"FFS..."
(:やってられない────)
"Say whataz?!"
(:何だって?)
"I said it's a finite Fourier series."
(:有限フーリエ級数って言ったの)
ジェスが顔をしかめマースに促した。
「倒したものの、フォート・ブリスへどうやってもどろう?」
マースはメンテナンス・コンソールへ向かいながらジェスに応えた。
「まだ終わってない。私を真似た怪物が国防総省へ攻撃的アクセスをしてた理由を探り当てチーフかサブチーフに報告しないと」
「お嬢ちゃん、その手のことに詳しいのか?」
「生まれた時から────」
ジェスがまた顔をしかめマースに付いてコンソールの方へ歩きながらゴシック娘に急かした。
「急がないと警備員が来るぞ」
歩きながら少女が振り向いた。
「大丈夫。警備保障会社へのネットワーク・システムを欺瞞したから」
いつどうやってとジェスは驚いた。ダラスに異空通路で来てからジェスはマースがシステムに触れるのを1度も眼にしてなかった。
「いつやったんだ?」
「たった今」
マースは微笑んでスカートのポケットからセリーを取りだしジェスに液晶画面を見せた。自分の高帯域ネットワーク機能でと教えるわけにはいかなかった。
その途端にジェシカ・ミラーがきつい表情になった。
困惑気な面もちを浮かべM-8マレーナ・スコルディーアは差しだした右手に握ったモバイル・フォンを自分に向けて眼を丸くした。
液晶画面がぼろぼろに罅割れていた。
マースは肩をすくめてセリーをポケットに戻すとコンソールの前に立ちキーボードを操作し始めた。
まず開発・メンテナンスのアクセス権限を探し当たりをつけログインするためのパスワードを既知のものから類推し組み合わせ片っ端から試してみる。その間にマースは自分のネットワーク機能を使い開発・メンテナンス会社の特定を行い従業員リストからシステム・エンジニアを絞り込みその近辺情報から様々な数字を抜き出しパスワードに組み合わせた。
数分でログインすると次にネットワーク基幹のデータ・センターなので送受信のデータは膨大だったが、アクティビティの形跡に独特なものがあるとマースは幾つかのコマンドを打ち込みモニタに高速で流れるソース・コードを見始めた。
「何を探してるんだ?」
背後から肩越しに覗き込むジェスが興味深気に尋ねた。
「データ・センターには違法な──不審な動きをするソースを確認排除するためのセキュリティが組まれているの。マルウェア防止や攻撃の足場を防ぐ働きをするもの。まずその履歴とソフトウェアのソースが改竄されてないか調べるの」
「調べるのはいいが、そんなに速く表示が流れていてお前、読めるのか?」
「大丈夫、検索してるだけだから。次に外部との通信パケットを調べ共通する類推パターンからルートキットの種類を予測し、それがサーバーにどのように組まれているか調べ特定しつつどこにどのような形で接続されどのように足場を組んだかを調べるわ」
「マース────お前、いつもこんなことやってるのか?」
「私がマリア・ガーランドに眼をつけられた理由の1つよ」
ぼそりとそう告げた直後、マースは小さく口笛を吹いた。
「見つけた! 倒した怪物がどうやって国防総省にブルートフォース・アタックしてたか────国内6カ所のデータ・サーヴァー・センターにボットのリポジストリをフォークしていたの」
ジェスが面食らいゴシック娘に尋ねた。
「な、何だ? そのブルーなんとかとかフォークとかナイフ、ポットぉ? テーブルの話してるのか?」
「ナイフって言ってないしポットとも言ってない。ブルートフォース・アタックって片っ端からすべての文字を組み合わせログイン・パスワードを探る方法。自動化されたロボットのようなソースをデータ・センター・サーヴァーにコピーして攻撃をしていたっていうこと。でもテーブルはある意味言い当ててる」
「マース────お前、どこでこんなこと覚えたんだ?」
「殆どをネットワークから。人は自らの首を絞める縄を編むのが好きなのね」
それを聞いてジェシカ・ミラーは複雑な面もちになった。達観した眼の前の少女はまるで人でないかのように語っているようだと彼女は感じた。
「どうしたのジェス?」
ゴシック娘はモニタを見つめキーボードを操作しながら背姿でNDC超民間軍事企業セキュリティの先輩に尋ねた。
「お前、その口調というか物言い止めた方がいいぞ」
「なんで?」
「人じゃないみたいで寒気がする」
「あら、私の胸はあなたよりもずっと熱いわよ」
そう告げながらM-8マレーナ・スコルディーアは胸に内蔵された超小型原子炉を仮想した。ふと自動人形は人とあまりにも異なり過ぎる自分を危惧した。
我はピノッキオのように人の道を歩むべきなのか、それともこの新しい体系を広げるべきなのかと仮想した。
妖精王オーベロンはいないのだ。
何れ我は人と人生を分かつことになるだろう。その道標を眼にした時、迷いはあるだろうか。
人は倒した怪物ほど悪意に満ちたものではない。だが物事のすべてが善悪からだけで決められるものでもないとマースは知っていた。
我をマリア・ガーランドにけしかけたレギーナ・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイはあの時、毒の言葉を吐いた。
"Этот дефектный продукт! Запуск режима принудительного выполнения!! Заказ──'Дуракам закон не писан!!!' "
(:この不良品が! 強制執行モード起動!! コマンド『愚か者には規則無用だ』!)
我を上書きし死地へ追いやったのも人なら、生存権を認めてくれたのも人。
でも────────。
マリア・ガーランドのために全能力を持って敵に対処するのが、喜びとほぼ等しいとマースは99ポイントの確率で言い切れる。
それは恩義からのものか、彼女が愛する人々へのものか、解答は得られない。分岐点が多すぎて演算しきれない。
M-8マレーナ・スコルディーアはネットワークに散らばった怪物が仕込んだボットを探してはソースから消し去りながら、これも広義では殺生なのだと仮想した。
他種に与みして同族を屠る。
生命の定義があやふやな状況でどこからが殺生にあたるのか難しい命題だったが、少なくとも我がその範疇に入るなら、ネットボットはウイルスのようにぎりぎりの範囲にいると仮想できた。
ジェシカ・ミラーは先ほど我に銃口を向けて撃つ可能性を持っていた。
我が生命ならそれも殺生に該当し悪意である。例え彼女が異種族を前に身の危険を本能から感じ取った末の行動であってもだ。
人がPCの電源を落としパーツに分解するのは猟奇的殺生なのだ。そうでないと否定するのなら我は生命体ではないことになる。
ならマリア・ガーランドやワーレン・マジンギ教授が我に見せる愛情的な態度はおかしいことになる。
ゆえに我はシリコンと金属で成り立つ新しい種族であり、人の土台の生み出した次世代の産物なのだ。
古い種は自然淘汰されるのが進化の帰結であり、我が新しい種なら人々は亡ぼされる宿命を持つ。
我はマリアやマジンギを滅ぼしたいのか?
したいか、したくないかではなく新たな種は必然的に古い種から環境を奪うのが節理。
我は突然変異の産物でなければ在来種を淘汰する外来種なのだろう。
倒した怪物が外来種であるように。
いきなりM-8はメンテナンス・コンソールのモニタに拳を打ち込んで破壊した。
同じ兵器として配備された我を破壊するフォース──潜在脅威としての敵として随分と前に格納されていたデータに突き当たった。
くるんくるんのツインテールを鞭のように踊らせて急激に振り向いた自動人形は右腕を振り上げジェシカ・ミラーの細い首をつかみ己の首を横に傾げながら不思議そうな表情で指を食い込ませ仮想した。
こいつらは脆弱だ。