Part 20-1 CQB 近接戦闘
NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY 01:03 Jul 14
7月14日01:03 マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル
殺気を感じたわけではなかった。
マリア・ガーランドの片腕を断ち斬り、その手負いが護ろうとする背後のパトリシア・クレウーザから向けられた視線が逸れて違う場所に向いたのを見逃さなかった。
背後のセキュリティらが銃器以外の得物を持ちだしてきたのだと人を超越したクラーラ・ヴァルタリが警戒し振り向いた。
エレベーター・ホールとの中間に真っ黒な霧状のものが蠢く暗雲のごとく広がりそこに紫の雷光のような光が走っていた。
パトリシアの脳内干渉の産物かとクラーラは以前に喰らったルイゾン・バゼーヌの能力を使い幻覚を排除しようと意識を集中した。
霧の中からマリア・ガーランドと同じ黒いジャンプスーツを着た大柄な女が現れた。
バトル・ライフルを肩付けしダットサイトで照準しているが腰までの淡いブロンドが戦闘員らしくないとクラーラは一瞬思った。それよりも、もっと場違いなことに気づいた。
なんでこいつの耳はあんなに長く尖っているのだ!?
まるでファンタジー映画に出てくるエルフだとクラーラ・ヴァルタリは思った。
虚仮威しのくだらん特殊メイクだと女テロリストが思った寸秒、その耳長の女の背後の黒い霧が突然消え去った。
殺意は感じないのに、その大柄の女のエメラルドグリーンの瞳が射し込んでくるようだとクラーラは感じて、耳長の女が計り知れない殺意を押し殺しているのだと気づいた。
こいつは油断ならない敵だ!
「お前が────ベルセキアを名乗っているのか?」
特殊メイクの女に誰何され、ルイゾン・バゼーヌの記憶にあったものにクラーラは愕かされた。去年末にここニューヨークで好き放題暴れた食人の怪物を言っているのだ!
そうか、似た奴が人々を恐怖に陥れたのか────。
この耳長はそのベルセキアに怨恨でもあるらしい。名乗ったらこのエルフ紛いの女がどう出るか見物だとクラーラは思った。
「我はベルセキア────人を喰らいそいつの能力を奪い取るものだ」
クラーラ・ヴァルタリがそう名乗った刹那、大柄な女がバトル・ライフルを首に掛けた負い革任せに背後へ放り出し両腕を左右に振りだした。何も握っていないはずの両手が緑色のネオンサインのような光放つ鞭を2条下げ5ヤード以上あるだろう長すぎる部分を床にとぐろ巻いていた。
あれが特殊メイク女の隠し技だとクラーラは目を細めた。
ふん、耳同様に虚仮威しだと女テロリストは思った。
「名乗ってやったんだ。貴様も名乗ったらどうだ!?」
「クーブー・アイフトフィフチ族最高の高戦術戦士で魔法術師────シルフィー・リッツアという」
「どこの田舎ものだ!?」
クラーラがそう馬鹿にした一閃、そのシルフィーなんたらが無表情に右手の鞭を振るい激しく波打った先鞭が2人の中間の壁を掠った。
壁が楕円形に崩れ落ちて抉れた半分欠けた鉄骨が剥き出しになった。
その破壊力がなんの轟音も伴わず、軽く掠ったような音が聞こえただけだったことにクラーラは眉根しかめた。
問題はその2条の鞭の破壊力ではない────エルフ気取りの大柄な女の眼に攻撃してくる切っ掛けを読み取れなかったことだった。
この特殊メイクの鞭使いを舐めてかかると手足どころか首を持っていかれる!
クラーラは半身構えて両腕から伸びた長剣の形状を一旦手に戻すとシルフィーなんたらの様に両腕を左右に振り下ろし人さし指から小指までから10インチ以上はある細身の黒いナイフを伸ばした。
鉄骨さえ抉り落とすあの得体の知れぬ鞭にセラミックと体内に取り込んだ合金の刃がどこまで耐えられるかだった。
「気をつけろシルフィー! そいつは発火能力の力もある!!」
右肘から先を失っているマリア・ガーランドが警告を発し耳にした寸秒、エルフ気取りの女の意識がコンマ1秒にも満たない極短時間逸れたのをクラーラ・ヴァルタリは見逃さなかった。
「フレア・シャウト!!」
名称などなんでもよい。要は意識をスピアの様に鋭く集中させ現象を発現させるだけだった。
女テロリストはヴェロニカ・ダーシーから奪った能力を初めて全力で出し切った。
急激に跳ね上がる廊下の爆温に空気が膨張し逃げ場を求め荒れ狂った。
クラーラ・ヴァルタリは狙い通りにいかない光景を目にして一瞬驚き顔になり、表情を強ばらせた。
エルフ気取りの女の後ろ全員を含め、耳長の前面に広がった赤紫のスクリーンが熱波を妨げていた。
半身振り向いたクラーラは背後に出現した氷の壁に愕然となった。
どいつもこいつも防御方法だけは一人前だとクラーラは奥歯をぎりぎりと言わせた。
ヴェロニカ・ダーシーを喰らい発火能力の能力を得た直後、無限の可能性に歓喜したが、防御力の前に力もないのが同然だった。
集中力を抑えると華氏1万度を超えていた廊下の気温が急激に下がった。
耳長を護っている赤紫のスクリーンが薄い青に褪色してゆくと何の前触れもなく消滅しエルフ気取りや背後のセキュリティが素通しで見える様になってクラーラは指のナイフを構え身の丈の大きな女に言い捨てた。
「力尽くで殺り合おうじゃないか」
エルフ気取りの女が無表情で両腕を振り戻し緑色に光る鞭を己より下げ打ちだす態勢を取り軽く膝を折り攻撃する意思を見せた。
こいつの余裕ある態度が気に食わないとクラーラは睨みつけながら、その理由に気づいた。
耳長はあの鋭い光る鞭以外にまだ切り札を持っている!
だが、土台、普通の流れに従属するのだ。ザームエル・バルヒェットを喰らい得た時を操る能力の前に倒れるがいい。
前屈みなった一閃、クラーラはすべての流れが間延びした様に感じ始め、エルフ気取りも含め他の人間どもの動き方がスローになってゆくのを感じた。
だが直ぐにドイツ人の能力が無限ではないとクラーラは思い知らされた。
他人の動きが遅くなれど完全には止まらないのだ。
おおよそ自分の時間の流れが20倍近くまで跳ね上がって能力の天井にぶち当たっていた。コントロールは時間跳躍力とは別物だった。
それで十分!
クラーラ・ヴァルタリは唇を吊り上げ、両腕を引いて耳長の方へ向け全力で駆け出した。
その走る直前の床にゆっくりと光る鞭が波打ち跳ねた。
飛んでくる先鞭を見つめクラーラは驚き顔になった。
こちらの動きが見えているはずがなかった。
先読みをしているのか!?
駆けている時間の速さは20倍だった。だがバイオ研究所のサンプルを飲んで体力自体が爆上げだった。時間の嵩上げを含め常人のおおよそ30倍以上で走っているのがエルフ気取りに見えるわけがなかった。
それを走り込む直前に鞭を打ち込んでくる!
一瞬、あの大柄な女も時間操作の能力があるのかとクラーラは勘ぐって否定した。ザームエル・バルヒェットの記憶に同種の能力持つものとの出会いがなかったのが1つ。時間操作が殊の外繊細で特別な感覚なのだと今は理解しているのが1つ。
そうそうタイムコントロール能力持ちのはずがなかった。
なら長耳は状況を的確に判断し、僅かな違和感からこちらが攻めるのを予測しているのだ。
その感覚こそ人間離れしているとクラーラは一瞬思った。
光る鞭といい、聞いたこともない種族の出身という口上といい、本気でエルフのようだと思ったのをクラーラはかなぐり捨てた。
エルフなぞいるものか!
相手に飲まれると有利な展開も覆される可能性が高くなる。
接近戦に持ち込めば一気にその首を刎ねてやるとクラーラは鞭を躱しジグザグに走り予測を取られ辛く手を打った。
2条の光りの鞭の間隙を巧みに躱し7ヤードまで迫りクラーラ・ヴァルタリは前傾姿勢でステップを巧みに繰り出し下側から大柄な女の顎下を狙い右腕の4枚のナイフを跳ね上げた。その刹那、女テロリストはとんでもない光景を目にして急激にステップを交差させ攻める角度を変えた。
耳長は両手握る光る鞭を消した寸秒、何か呟き空中の何もない空間から虹色に輝く長剣を引き抜きその刃でクラーラの振り出した4枚のナイフを一瞬で断ち切った。
クラーラは飛び跳ねエルフ気取りのリーチと長剣の範囲から退いて舌打ちした。
何もない空間から引き抜いた虹色の長剣が何かの超能力だとは到底思えなかった。
それにこちらの太刀筋も見えているわけじゃなかった。
近接戦闘センスといいとても常人の感覚ではないとクラーラは警戒心を跳ね上げた。
一瞬、女テロリストは時間操作を通常に戻し耳長に問うた。
「貴様ぁ! 本物の────エルフなのか!?」
エルフ気取りの女は今初めて傍にいる敵に気づいたとでもいう風に視線を向け無表情に言い切った。
「普通のエルフ族と一緒にするな。我はハイエルフ族の一員」
どう違うのだとクラーラは耳長に距離を取り長剣に警戒し回り込みながら腕を振り下ろし切れ落ちた指を伸ばした4振りのナイフを新しくした。
光る鞭の鋭さも異様だったが、虹色の長剣の刃は別格だった。セラミックと合金のナイフが紙を切られるように抵抗もなく斬られた。もしかしてチタンのブロックすら熱したナイフをバターに入れるように切り落とせるかもしれない。
絶対死領域を広げるという最終手段もあったが、それを戦闘訓練を積み上げたクラーラ・ヴァルタリのプライドが赦さなかった。
ハイエルフと名乗った女は器用に腕を切り返しあの長ものを至近距離で有効に活用した。
それは接近戦が必ずしもナイフ有利とは限らず戦法に変更が必要だった。
この女──高戦術戦士とか言っていた。強ち口先だけではなさそうだと女テロリストは思った。
クラーラは10数ヤード離れ形勢を立て直そうとした矢先にエルフと名乗る女が凄まじい勢いで空中に長剣を差し込みその両腕にまた光る鞭を握り締め一瞬で振り抜いて先鞭を打ち込んできた。
銃弾転がる床のカーペットが切れPタイルどころかコンクリートの地肌まで獣が引っ掻いたように抉り取られていた。
近接戦闘だけでなくそれ以上もゆるさないか!
長剣を隠し技としていたように距離をおいても銃器以外に隠していることがありそうな女だった。そうしないのは廊下の反対側にマリア・ガーランドやパトリシア・クレウーザがいるからに他ならないとクラーラは踏んだ。
今まで火器による攻撃だけに腐心してきた。だが発火能力があるように、他の攻撃手段の存在も考慮が必要だとクラーラは一瞬思った。
「殺生にまみれた修羅の華よ。引導を渡しに来た」
これは驚いた。エルフだと言い切ったこの大柄な女は寡黙だと思っていた。なのに口賢しく語るではないか。クラーラは1度下を見て笑みを浮かべ視線を振り上げ三白眼で大柄な女を睨み据えた。
ハイエルフとはどんな味がするのだろう。
こいつはどんな経験と能力を持ち合わせているのだろう。
「マリア・ガーランドがとんだ見込み違いで落胆していたところだ。剣を抜け!」
初めてエルフが表情を変えた。一瞬の驚き顔から親の仇でも睨みつける視線に変わった。何が琴線に触れたのだとクラーラ・ヴァルタリは両手指の長細い薄刃を引っ込め両腕の手首から先を黒い刃の長剣に伸ばし変えた。
「お前の後ろにいる右腕を落とされたものは真のマリア・ガーランドではない」
真の!? どういうことだとクラーラは目を大きく開いた。
あぁ、そうだった! 貨物船に乗り込んできたあいつは双子だったのだ!
姉か妹か知らぬが、片割れがもっと戦闘力を持ち不死の技巧を手にするのだ。そこに行き着きクラーラはエルフに問うた。
「シルフィーよ、そのマリア・ガーランドは今どこにいる?」
エルフは光る鞭握る右手を逆手にしまたしてもそのまま空に差し込み虹色の刃耀かせる長剣を引き抜いた。それを目にしたクラーラは最早、タイムコントロールなど小賢しい技巧に頼るつもりはなかった。
「義を持って忠をまっとうする────聞きたくば、我を倒してみせよベルセキア」
感情のこもらぬ口上で掛かって来いと宣言した相手へクラーラ・ヴァルタリは次々にステップを踏み込み躰を横様に回転させまず左腕の黒い刃を一気に横へ振り出した。
その虹の剣で俺の左腕の長剣を叩き落とした瞬間、貴様に右腕の長剣が突き立つ!
爆速で横へ走った黒い雷光が虹の剣を────。
ハイエルフが両の膝を目一杯折り仰け反りクラーラの振り回した刃を目鼻先で躱し振り上がったブロンドの長髪が斬れ飛んだ直後、女テロリストは右足首に巻きついた緑色に光る鞭を目にした。
足首から下が一瞬で斬れ離れ、クラーラは同時に無くした足の再生をしつつ右腕の黒剣の切っ先を膝を曲げ仰向けになったハイエルフの胸目掛け振り下ろした。
急激に身を横に傾けるハイエルフの行動に驚いたクラーラは己が叩き落とした刃の切っ先がハイエルフの背を掠め床に突き立った刹那、左足首に光る鞭が巻きついた。
そうだ! ハイエルフは左手にも1条の鞭を握っていたのだ!!
両足の再構築が間に合わなかった。
瞬時にクラーラ・ヴァルタリは仰向けに仰け反り背後の床に左腕の剣を突き立て反動で後ろへ空転し未完成の両足を床に突きさらに後方へ空転しハイエルフから跳び離れた。
10ヤード離れ床に飛び下りたクラーラ・ヴァルタリはすでに再生させた右脚だけで着地しバランスを取るために左腕の剣を床に突き立てた。
左足の再生も終わろうと────クラーラがそう意識した瞬間、右胸に背後から僅かな衝撃があった。
己の胸を見下ろした女テロリストは突き抜けたレーザービームを目にして顔を引き攣らせた。