Part 18-3 Hämmästyttävät kyvyt 驚愕(きょうがく)の能力
NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY 00:57 Jul 14
7月14日00:57 マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル
状況が見えた瞬間に直感で最良の手を選択するように常日頃から仕込まれていた。
海兵隊ブートキャンプの鬼教官のようなフローラ・サンドランの過剰ともいえる要求をクリアしてきたクリスチーナ・ロスネスことクリスは、この1年半でマリア・ガーランドに特殊部隊の真髄を叩き込まれ大きく変貌した。
普通の部隊に属する兵士は、遭遇戦に陥った時に闇雲に標的を定める。敵が複数いればもっとも近い敵か体をより多く曝す敵に条件反射のように照準し発砲する。
だが特殊部隊の選び抜かれた兵士は作戦遂行に支障となる敵を瞬時にランク付けしもっとも脅威となる敵の殲滅に集中しながら随時さらなる脅威を選びだす。
それはさながら感情を差し挟まぬコンピューターのアルゴリズムの如き精確な選択を選びだす。
クリスはシルフィー・リッツアの開いた異空通路を駆け抜けるなり見えた背を向けている女制服警官にMGが射撃している光景に一瞬で敵が制服警官という矛盾をカットアウトした。
上官の攻撃対象は絶対であり制服警官だろうが大統領だろうが排除の対象だった。
マリア・ガーランドが前進しながらフィンガー・タップ射撃を行っているのは精密攻撃であり条件反射のような意味の希薄なフルオート射撃ではないと思考の片隅で一瞬考えたのと同時にパトリシアのブレイン・リンクの声が聞こえた。
────マリーがバトル・ライフルで火線を開くわ! 避けて!!
いや、すでにチーフは撃ち始めて敵を圧していた。
貫通弾を避けるように肘触れ合う間近にいるポーラ・ケースが同じ判断を下し右へ半歩身体を逃がしたのとクリスが左へ半歩踏み出しFN SCARーHのセレクティヴ・レバーをセミ・オートに切り替えたのは同時だった。
MGが1発撃てば、クリスとポーラが1発ずつ30ヤード先の女制服警官の編み上げ髪の中心──後頭部中央に精確に銃弾を叩き込む。
普通ならスターズが標準で使うミリタリー・ボール7.56x51ミリM118LRは弾頭重量と音速性で人体の頭蓋骨など簡単に貫通する。
だがすでにチーフは5、6発女制服警官の顔面に撃ち込んで1発も後頭部から抜けていなかった。
去年末、第1特殊中隊の猛攻に生き延びたベルセキアのことが意識の隅にありこいつに出し惜しみは無しだとクリスは思った。
条件が許すならフルオートで撃ち込みたい欲求が膨れ上がる。
インパクトしている証拠に女制服警官は3人の銃弾が命中する都度に頭を激しく前後に揺すっていた。
先に女制服警官の向こうにいるMGの弾倉が空になり、マグチェンジさせる余裕を与えるためにバースト射撃のリズムを跳ね上げた。
その間隙────コンマ3秒もおかずにチーフが再射撃に戻った。
アン・プリストリやジェシカ・ミラーの上をゆくマリア・ガーランドの弾倉交換の速さにクリスは息を呑んだ。
どんなに訓練を積んでもコンマ5秒の壁を切ることは大きな困難を伴う。だが絶対に3分の1秒でマグチェンジをしたのは間違いなかった。
その寸秒、女制服警官の姿が足元から蛇のような黒い鱗状のものに豹変した。その直後、急激にベルセキアの姿が横にぶれて左側の壁際を低い姿勢でマリア・ガーランドへと駆け詰め寄った。
その動線に追いつけずポーラもクリスも発砲を躊躇した。
刹那MGの前に廊下幅一杯に3重の魔法陣が生まれ急激に迫るベルセキアの顔を撃ち続けるチーフはFN SCARーHのピストルグリップを左手に握り替え右手で太腿から引き抜いたコンバット・ナイフの刃が一瞬で彼女の瞳の色合いよりも冷ややかな長ものの剣に急激に変貌した。
寸秒、チーフはバトル・ライフルを左手で振り回し負い革で背後にまわしその長剣を片腕で振り上げた。
"Hey Zam, was sollen wir tun?"
(:ねえ、兄さんどうするの?)
リカルダ・バルヒェットが珍しく及び腰なのをザームエル・バルヒェットは気づいていた。
テキサスの原野で目にしたあの怪物の群れ。人に対しては圧倒的な特殊能力を見せるリカルダが意識の強制力の通じぬ敵の登場に困惑しているのだ。
仕切り直すためにテキサスからNDC本社ビルの備品フロアに時空間跳躍で逃げ込んだバルヒェット兄妹は暗殺の対象であるマリア・ガーランドをどこで殺すか攻め倦ねいていた。
手を出し始めて今日だけですでに7回もしくじっていた。
最初の2度はあの女社長の臨機応変な動きに舌を巻いたが3度目からは薄青いシールドに銃撃も刃物による攻撃も退けられている。
"Ich denke, es wäre besser, die Gegend um Maria Garland etwas genauer zu erkunden."
(:もう少しあのマリア・ガーランドの近辺を調べた方が良さそうだ。まずはあの青いバリアの仕組みを解明しないと)
そう告げ服に隠せるハンドガン──スミス&ウェッソン ミリタリー・ポリスをコンバットバッグから引き抜きそれをスラックスの腰の内側に差し予備のマガジンを3本ずつコートのポケットに入れて、兄は妹に腕をつかませ社長室フロアを強く意識した。
寸秒、空間が歪み一瞬にして何度も来たフロアへジャンプした。
焦土と化した光景に2人は唖然となりザームエル・バルヒェットはジャンプ先を間違ったのかと見覚えのあるものを探した。
内装どころか壁の石膏ボードは高熱にひび割れ反り返り廊下の内装は炭化し、天井の埋め込みだった照明器具は樹脂カバーをなくしそれどころか金属の基部が樹液のように熔け垂れ下がっていた。
妹が兄の腕を放すとザームエル・バルヒェットは顔を強ばらせたまま用心深く廊下を歩き始めた。
何をどうやればここまで焼き尽くせる!?
ガソリンを撒いて火をつけてもこうはならないはずだった。
廊下の反対方向からホースが1本伸びてきていて廊下中央の右の部屋に引き込まれていた。
社長室の位置は知っていた。
社長室にホースが引っ張られていた。
ドアはなくなり部屋を覗き込もうとして中の物音に彼は袖壁に身を寄せ中を片目で覗き込んだ。
鈍い銀色の防火服を着た消防士らしき者らが消火作業に当たっていた。社長室奥の大窓はサッシごとなくなり、それを支える外壁コンクリートも大きく抉れ崩壊している。
砲弾が撃ち込まれたような惨状だと兄は思った。
ここで何があったにせよもしマリア・ガーランドがいれば即死は間違いない。だが遺体をこの目で確認するまでは請け負った仕事は終わらなかった。
出入り口からそっと離れたザームエル・バルヒェットへ妹が小声で尋ねた。
"Bruder, was ist passiert?"
(:兄さん、何があったの?)
"Weiß ich nicht.Wir haben Maria Garlands Leiche nie gesehen. Wir müssen nach ihr suchen.Nehmen Sie einen Mitarbeiter gefangen und nutzen Sie Ihren mentalen Zauber, um den Aufenthaltsort des Präsidenten herauszufinden."
(:わからん。マリア・ガーランドの遺体がないところをみるとあいつを捜さなければならないな。職員を1人捕まえてお前が精神呪縛で社長の居場所を探れ)
妹が頷いたのを目にしてザームエル・バルヒェットがエレベーター・ホールへと歩き出すと妹が後を追った。
エレベーター・ホールまで10ヤードを切った瞬間、ザームエル・バルヒェットは唐突に脚を止めた。
見間違い化とかとザームエルはエレベーターと周囲の壁や照明器具を見回した。
"Unmöglich──"
(:有り得ない────)
エレベーター・ホールの内装とエレベーターのドアはまったく焼けてなかった。
まるで惨劇の原因が起きたときにこのエレベーター・ホールが厚い仕切壁で隔てられていたように煤けてさえいない。
あのテキサスの怪物の群れだけでなく今夜は異常続きだとザームエル・バルヒェットは思った。
彼は本来ならエレベーターの呼び出しボタンがあるステンレスのパネルに手をかざした。
丁度、エレベーターが下りて来ていたのか、軽い電子音が鳴りすぐに2段のドアがスライドし始めた。
見えてきたのは重武装の黒い戦闘服を着た兵士5人!
その寸秒、リカルダ・バルヒェットが兵士らを睨みつけ大声で命じた。
「銃を下げなさい! 社長はどこにいるの!?」
その精神呪縛に兵士らのリーダーらしき男がすぐに応えた。
「82階にいる」
兄は兵士らを押し分けエレベーター奥に入り込むと妹も奥へ入り兵士らに命じた。
「私達を無視して任務を継続」
命じた直後、兵士らのリーダーらしき男がエレベーターに告げた。
「82階へ」
すぐに扉が閉じてエレベーターが下がり始めるとザームエル・バルヒェットはスラックスの腰の内側に挟んだスミス&ウェッソン ミリタリー・ポリスを引き抜きアッパーレシーバーを1度勢いよく引き放し初弾を装填し握った右手を体の後ろに隠した。妹も同じハンドガンを取り出しリロードするとグリップ握る右手をコートの後ろに隠した。
電子音が鳴りドアが開き始めると見えたのは15ヤード先に武装した黒のウエットスーツのような戦闘服姿の兵士らが通路左右に、その奥20ヤードほど先に左手首から下をなくした金髪の編み上げ髪をした制服警官。
その向こうに黒いウエットスーツ姿の長剣を右手に握ったマリア・ガーランドがおり、通路奥には土嚢が積み上げられブロンドの少女がバトル・ライフルの銃口を制服警官に向けていた。
どうなっているのだ!?
エレベーターから兵士らが小走りに下りてFN SCARーHのチャージング・ハンドルを引き放ち構え制服警官の背に向けた。
こんなに大勢の銃口を向けられあの女制服警官が何をしたのだとザームエル・バルヒェットは状況をつかもうとエレベーター奥で顔を強ばらせた。
刹那、ザームエルはとんでもないもを目にした。
手首から先を失っていた女制服警官の左手が植物が伸びるように指すべてまで蘇生するとその制服警官はしゃがみこんで傍に横たわっていた首のない遺体の片足をつかみ上げ横へ顔を向けてスラックス越しに足に噛みついて一気に肉を喰い千切った。
これが全員が銃口を向けている理由だったのだ。
あの制服警官は警官なんかではない!
斬れ落ちた手首から先を生え替わらせることができる人間などいやしない!
だが化け物の制服警官の向こうにマリア・ガーランドがいるという状況に兄は奥歯を強く噛み締めた。
制服警官の横を通らずに暗殺対象に辿り着くには手段は1つだった。
""Ricarda Halt meinen Arm! Ich werde springen!"
(:つかまれリカルダ! 跳ぶぞ!)
時空間を歪ませマリア・ガーランドの背後に現界した刹那首なし遺体の脇腹を貪っていた女制服警官が遺体を投げ捨て左腕を横に振り下ろし一気にすべての指先から黒い爪が15インチ以上も伸びると腰を折りマリア・ガーランドへと駆けだした。
身近に出現するとマリア・ガーランドは即応で対処していたのに突進して来る化け物の制服警官に気を取られているのかバルヒェット兄妹には見向きもしなかった。
暗殺対象を殺す絶好のチャンスだった。だが状況は激変した。
右の壁を走ってきた怪物の女制服警官はマリア・ガーランドの背後に飛び下りザームエル・バルヒェットの両目を睨み据えた。
忌々しい!!
肘から先の左腕を斬り落とされ再生させようとしてクラーラ・ヴァルタリは体内の備蓄が不足していることに気づいた。
戦いより栄養補充を優先させた。
ヴェロニカ・ダーシーの片足首をつかみ引き上げるとパンツ越しに脹ら脛に喰らいついた。
その僅かな血肉に女テロリストは歓喜すら抱いた。
効率が上がっていた。
即座に左肘から先の再生が始まる。
つかみ上げたヴェロニカ・ダーシーの脇腹に喰らいつきブラウス越しに脇腹に噛みつく。
手首まで再生し制服の袖まで再現する余裕が生まれた。
その寸秒、背後のエレベーターが開く電子音がクラーラは後頭部に新たな単眼を開いて警戒した。5人の黒いジャンプスーツ姿の男らが下りバトル・ライフルを構えた。
その新たなる障害のことなど意識から消え去った。
エレベーター奥にいたコート姿の男女がハンドガンを引き抜きいきなり消えてマリア・ガーランドの背後に現れた。
視覚か認知障害かと女テロリストは一瞬考えそれをかなぐり捨てた。
その意味は1つだった。
男女のどちらかがテレポーテーションの能力を持っている!!!
これは使えると気づいたクラーラは後頭部の単眼で見た光景をつぶさに思い返した。
男女が消える直前、女の方が男の左腕をつかんで2人は消えた。
特殊能力を持つのは男の方だ。
指先まで再生の終わったクラーラ・ヴァルタリは用無しになったヴェロニカ・ダーシーの骸を投げ捨て左腕を振り下ろしすべての指先に筋引き包丁のような細身のセラミック・ナイフを伸ばすと腰を落とし一気に床を蹴って駆けだした。
マリア・ガーランドの右手に駆けるように見せかけステップを切り替え急激に左の壁を駆け上がり剣を振り向けようとするプラチナブロンドの先を取り振り左を駆け抜け背後に飛び下りた。
この男の能力は我のものだ!
目の前で唖然となった男女の片割れの喉へ向けて人さし指から小指まで揃え4振りのセラミック・ナイフを一気に突き立てその喉元を貫いたまま土嚢の傍にいるパトリシア・クレウーザの方へと一気に跳躍した。
バトル・ライフルの銃口を向け後退さる少女の眼の前でクラーラは尋常でない大きさに顎を開き痙攣するドイツ系のその男の頭部に喰らいついた。
脳のグリア細胞と神経細胞を一気に取り込んだ瞬間、女テロリストは男の能力がテレポーテーションだと思ったことが大きな間違いであることに気づいた。
ザームエル・バルヒェットの特殊能力が時空間跳躍力だと知りクラーラ・ヴァルタリは混乱した。