Part 17-2 Despair and Anger 絶望と怒り
Hummingbird 2 over Corsica Italy, July 11, 2019 20:23/
Equinix Data Center Infomart Dubberley-Bld. 1900 N Stemmons Fwy suite 1034, Dallas, TX USA
1900 N Stemmons Fwy, Dallas, TX 23:29
2019年7月11日 20:23 イタリア・コルシカ島上空ハミングバード2/
23:29 テキサス州ダラス フリーウェイ・スイーツ 1034ノース・ステムモンズ・フリーウェイ1900ダバリー・ビル内エクイニクス・データ・センター
戦術攻撃輸送機ハミングバードの貨物室のランプ壁に向かい詠唱を終え間をおいて上下に手のひらを向けあった形で現れた異空通路のゲートを見つめマリア・ガーランドは肩を落とすと現出した転移魔法は霧散した。
「駄目だわ時空間転移のやり方がわからない。異空通路は同じ次元の異なる場所にしか繋がらない」
そう言いながらマリーは振り向き斜め後ろで見ていたNDC超巨大複合企業総帥ヘラルド・バスーンへ説明した。
「マリア、焦る必要はないさ。時空間を転移するんだ。ここで費やした時間など一瞬でひっくり返せる」
ヘラルドの慰めにマリーは反論しかかり眉根寄せて唇を閉じた。
ルナら仲間が怪物らの襲撃で危険に曝されてる状況で心落ち着くはずがなかった。
「それに君に持って行ってもらいたい試作品の兵装がある」
「兵装──? 武装なの?」
「ああ、去年末のベルセキアとの格闘戦で君の肉体的限界を補うために造ったんだ」
焦燥感を心の隅に押しやりマリーは興味を示した。
「ここにあるの?」
青年がオレンジの虹彩の瞳の目尻を下げ微笑んで内壁の操作パネルへ片手を伸ばし操作した。
貨物室床が中央で割れ左右にせり上がってゆきホワイトタイガーらが警戒し立ち上がると後部ランプまで後退さりした。
床に開いた空間から機体後方へ向けてテストベットに載ったそれがせり上がってきた。
それはまるで中世の甲冑を筋肉質に誇張したようなサルビアブルーの人型の球体関節の機械だった。身長でマリーの2倍以上あり、特徴的なのは太い両腕の繋がる腋手前から細く短い腕が左右に付いていた。兜の両側からは兎のように流線型の長い耳のようなものが上後方に伸びていた。
「何なのこれ?」
マリーはヘラルドに尋ねた。
「パワード・プロテクト・スーツ。近距離戦から長距離戦まで兵装の選択ができ、人以上の体格のある怪物との白兵戦もできる」
「AIで動くの?」
「いや、人が乗り込むんだ」
そうヘラルドが教えP2Sの左脇腹に触れると高圧ガスが抜ける音と共に首下の胸当から腹の部分が前に倒れるように開くと中には人の体型にフィットする座席があり倒れた胸当の内側には計器や液晶パネルが付いていた。
「マリー、この世界の君と体格が同じなら内部にフィットする。乗り込んでみたまえ。胸当の片側に狭い2段のステップがある」
言われるままにマリーは胸当に足をかけ登り振り向きながら内部に足を差し入れ座席に腰を下ろした。そうして服の袖に腕を通すように左右の腋前に突き出た細い腕に自分の腕を差し入れるとヘラルドが尋ねた。
「どうだい? 着心地は?」
「手足の可動域が制限されるわ」
「君の手足の動き以上にスーツの手足は大きく動く。また可動したスーツの手足の外力を君にフィードバックするので微妙な動かし方ができる」
「怪物にスーツの手足が振り回されたら負荷に脱臼しそうだわ」
そう感想を述べながらマリーは差し入れた左腕を振ってみてスーツの腕を動かしてみた。腕は起動も素早く可動域を十分に高速で動いた。
「リミッターがあるので応力に脱臼はしない。だがリミッター制御で手足の可動に若草のタイムラグが派生する。そこのバランスは操りながらゲイン調整できる」
「兵装は?」
「75口径のバトルライフル。120ミリ・セミオート狙撃銃。40口径コンバットショットガン。プラズマ・コンバットナイフが主兵装だが、防御用の盾にも対装甲車輌用地雷が8発」
新しい武器には何かしらの不具合が発生する。このパワード・スーツは機構が複雑な分、戦闘機並みにあれこれトラブルが出そうな予感があった。
「戦域で立ち往生したらこれは棺桶になるわ」
「最後まで君を守ってくれるよ。外殻はチタンよりも軽く強靭な新合金だ。パージを選択したら高速で除装することも可能だ」
除装しても戦場前線で武装に困ることになる。スーツが操る火器はどれも人にはオーバーサイズだろう。コンバット・ナイフもきっと長剣よりも重いのだろう。
ふとマリーはルナの報告するカリフォルニア研究所の研究品目にこのような搭乗タイプの戦闘ロボットがあったかと記憶を弄った。
ここ1年の報告書になかったと思った。
それともこのパラレル・ワールド固有の事象なのかと考えそれを自分の次元に持ち帰ることが何かしらのパラドックスにならないかと思った。
「ヘラルド──このウォー・スーツは私のNDCは開発してなかったわ。持ち帰れない。何かのトラブルを招くかも」
コクピットを覗き込んでヘラルドが微笑んだ。
「良い発想だ。だが心配いらない。自然の摂理として事象の拡散はエントロピーの法則に従い各世界での均等化の方向へ作用するからだ。君は他の君に出会い影響しあうのが自然だからだ」
自分が自分の世界に連れてきたもう1人の自分は確かに魔法の能力では劣り私から影響を受けたはずだわとマリーは考えた。
だがヘラルドの考えを拡張視すると私の力は他の人への能力を変え、対極する敵らにも影響を与えるはずだった。力拮抗し勝敗のつかない混沌とする世界。いや、事象にはランダム性があり、局所的視野で見た場合、依然として差というものが介在してくる。
マリーは両手を差し込んだ状態でこのプロテクト・スーツの細かい操作はどうするのかと考えヘラルドに尋ねた。
「手の塞がれた状態でどうやってスイッチ類を操作するの? バトル・スーツのヘッドギアみたく視線だけで操れる量じゃないでしょ」
「四肢の動き以外に各指の神経パルスを拾ってAIが判断し必要な操作を行う。勿論、視線で全周状パノラマモニタに表示される各種アイコンやウインドも操作できるし、音声操作も受け付ける」
バッテリーを食いそうだとマリーは思った。きっと電池切れで戦場で立ち往生する。
「動力源は何なの?」
「ロータリー・エンジンのハイブリッド」
マリーはヘラルドの顔を見つめ眼を点にし唐突に尋ねた。
「──冗談でしょ。こんなものでスタンドに入れないわ。大騒ぎになる」
「ジョークだよ。小型の原子力パックが動力源だ」
被弾1発放射能汚染を撒き散らす。防弾処理は十分になされているのだろうけれど。スターズのスナイパーらが使うハイパワービームライフルも小型原子力パックがパワーサプライだったのを思いだし、何を今更とマリーは考えを切り捨てた。
マリーは胸当を開いたままパワード・プロテクト・スーツでしゃがみこんで後部ランプにいる2頭のホワイトタイガーらを手招きし声をかけた。
「おいで────」
虎たちは睨みつけるような視線を向けもう下がりようがないほどに後退さった。
そうだ。警戒するに決まっている。
人を見慣れた怪物もきっと意表を突かれるだろう。
「ヘラルド────これ実戦で運用してみるわ。武装や弾薬も────」
言っている寸秒、いきなり意識にパトリシア・クレウーザの声が強烈に割り込んできてマリーは一瞬目眩を感じた。
────マリア! ヴェロニカがベスに!!!
元の時空間への道筋が見えマリーが意識した瞬間、マリーはヘラルドへ怒鳴った。
「武装パッケージを!」
そう告げた寸秒、機首側隔壁の手前に火花散るゲートが急激に口を開いた。
「これがバトルライフルとショットガン、それに弾薬の入ったコンテナだ。蓋が盾になる」
そう大声でヘラルドはマリーに貨物室側壁に置かれた細長いコンテナを指し示した。
マリーはその上部に突き出たグリップをP2Sの右手でつかみ持ち上げ半身振り向いて後部ランプにいるホワイトタイガーらに怒鳴った。
「おいでお前たち!」
時空間ゲートにパワード・プロテクト・スーツで駆けだしたマリーへヘラルド・バスーンが大声で告げた。
「この世界の君を連れ戻してほしい!」
横を振り向き彼へ頷いたマリーは胸当の前部プロテクタを閉じながら時空間ゲートに駆け込んだ。その後脚が消え去る直後、2頭のベンガルトラが火花散るゲートに跳躍し次々に飛び込むと火花の名残りを撒き散らしゲートが閉じた。
出た場所にマリア・ガーランドは唖然となった。
夜の荒れ地に幾つもの戦車やハンヴィの残骸が焔と煙を立ち上らせていた。
「AI、現在位置を測位」
P2Sの内部でマリーがそう告げると360度フルスクリーンの右手に地図ウインドが開き青いブリップが位置を示した。
フォート・ブリスから東方数マイルの場所だった。
マリーはコンテナを開きセミオートのショットガンを引き抜き、それの負い革を首に下げ次にFN SCARーHに似たサイズで2倍強あるバトルライフルを引き抜き、負い革に並んだ弾倉パウチを取り出しパワード・スーツの肩から脇腹に回し着込んだ。そうしてショットガンにスプレー缶ほどものショットシェルが覗く弾倉を取り付けチャージし、次にバトルライフルに50口径のものより2回り大きな弾倉を取り付けチャージング・ハンドルを引いて初弾を装填しバットプレートを肩に押し当て右腕1つで構え上げ最後に左手でコンテナからサーベルほどもあるコンバット・ナイフを鞘ごと引き抜きそれを胸の装具に取り付けた。そうしてコンテナの蓋の裏のハンドルを握りずらすと盾としてコンテナから外れた。
その合間にもパノラマモニタに動くものを探したが、残骸と化した車輌の焔と煙以外に皆無だった。
機甲部隊を殲滅したのはおそらくあの昆虫型の怪物らだとマリーは思った。
東の遠方には車輌の残骸はなくマリーのいる場所から南北と西にかけて燻る残骸が多く点在しており、西の方をつぶさに観測すると、戦闘車以外に軍用トラックやタンクローリーを見つけマリーはここが陸軍野営地のそばではないのかと思った。
ルナらとここから東の地で怪物らと遭遇戦になった。
ということは怪物らはさらに西へ侵攻し野営地を壊滅させたことになる。
マリーは2頭のホワイトタイガーらを従え西の車輌残骸が多く散らばる方へと用心深く歩き始めた。
ところどころに遺体があり服装から陸軍の兵士だと判断できた。だがマリーはどの遺体にも触れようとはしなかった。損壊の状況が甚だしくとても生きているとは思えないだけでなく、万が一怪物らが遺体にトラップを仕掛けていたらと警戒した。
「まさか怪物らが爆発物を使うことはないだろうけれど──」
野営地のテントや簡易宿舎もすべて破壊されており、いたるところに空の薬莢や弾倉が転がっていて野営地に入り込んだ怪物らと兵士達が死闘を繰り広げたことが手にとるようにわかった。
ルナらはどこにいるのだろうか? 東の荒れ地にいるのかもしれないと思ったマリーはふと時空間の異なるこのパワード・スーツにもスターズ・セキュリティの居場所を表示する機能があるのではないかと考えた。
「AI、半径16マイル内のスターズ・セキュリティのポジションを表示」
パノラマモニタに地図ウインドが表示されマリーは驚いた。
今、いる場所から200ヤードも離れていない場所に幾つものブリップとそれぞれに名前が表示された。
マリーは駆け足になりP2Sを走らせた。
見えてきた土嚢を積まれた防御陣に20数個のブリップが集中している。
いきなり近づき怪物と思われ撃たれる可能性があった。
「AI、付近のセキュリティに一斉に無線コール」
呼び出しを入れても誰からも返事が返らないことにマリーはデジタル暗号化通信の方式が異なると考えた。だが状況は悪い予測が当たるというジンクスを思いだし息が荒くなり始めた。
バトルライフルの光学照準器視野をモニタに見ながら土嚢の山を迂回してゆく。
端から見えてきた倒れたNDCバトルスーツの脚が見えてマリーは息を呑んだ。
そのまま呼吸するのも忘れ回り込んでゆく。
頭部を失った遺体が何体も折り重なっていた。
転がっている知ったヘッドギアを被った頭が幾つもありマリア・ガーランドは唖然となった。
その1つにヘッドギアをしていない頭部を暗視装備の単色の画像見つけマリーはAIに震える唇で命じた。
「AI、外部ライトを点けて────」
いきなり不自然な真っ白い明かりに浮かび上がったプラチナブロンドの頭部を眼にしてマリア・ガーランドは膝を落とした。
エメラルドグリーンの瞳が力なく見上げていた。
「ダイアナ────!!!」
その刹那、絶望に堕ちたマリア・ガーランドは叫び声を上げ意識が飛んでしまった。
ジェシカ・ミラーが腕だけ振り向けたソードオフから火炎噴いて飛び出した連射されたスラグ弾は怪物の右肩と左胸板を粉砕し突き抜けた弾体は怪物背後のサーヴァー2台を撃ち抜いて奥へと消えた。
その大きなダメージを受けた怪物は僅か200ミリ秒あまりで粉砕された部分を再構成しながら半身振り向きかかったジェスへ襲いかかった。
その怪物の動きよりもM-8マレーナ・スコルディーアの動きの方が素早かった。
ジェシカ・ミラーの左手首をつかみ振り回しサーヴァーの列の外へと自分より大きな女を放り出し自分が怪物の正面にパンプスを急激に交差させ踊りだした。
ソードオフを握った腕を伸ばすほども余裕がなかった。
手首だけを捻り自動人形は不自然な姿勢でショート・バレルのショットガンを発砲した。
1発目が怪物の顔を吹き飛ばし、2発目が胸ぐらに大穴を開いた。
だがその打撃すら一瞬で再生した怪物は4本の腕でゴシック・ドレスを着た小娘をつかむとそのまま押し切り壁へぶつけコンクリートが陥没し破片を飛び散らせた。
床に倒れたジェスはマースが壁に叩きつけられ殺されたと思い次は自分なのだとバレルを折って排莢し2発の新しいスラグ弾を装填しバレルを跳ね閉じその銃口を怪物の胴へ振り上げ2発続けて発砲した。
その寸秒、ジェスは信じられない光景を眼にして唖然となった。
ゴシック娘が陥没した壁を両足で蹴り怪物の肩を華奢な両手でつかんだまま頭上を1回転し飛び越え怪物の背後に飛び下りる勢いで頭上に怪物を振り上げてサーヴァー・ラックの間の通路に投げ落とした。
間髪入れずその怪物へ片腕を振り向け指差しマースが怒鳴った。
「お気に入りのドレスを傷ものにしたなぁ!」
ジェシカ・ミラーはフェイス・ガードの裏で顎を落とした。
こぉ、こいつぅ、痛いとか思わないのかぁ!? コンクリート壁が陥没しているんだぞ!
ジェスはソードオフを再装填しながら立ち上がりサーヴァーの通路へと向き直ってさらに驚いた。
詰め寄るマースに怪物がつかみかかり、その躰をソードオフを逆手に持ち替えたゴシック娘がハンドグリップで強かに殴りつけ容体で遥かに勝る怪物がサーヴァー・ラックに飛ばされ叩きつけられ、そこからさらにマースへと飛びかかった。
バレルをつかんでいた手のスナップで一瞬にショットガンを回転させグリップを握った自動人形は至近距離から発砲し怪物の胸元に大穴を開けた。
だがそれでも勢いなくさない怪物はマースの首を片手でつかみ横に振り回した。
スチールの棚の柱に額から激突したマースの頭部からレースの黒いボンネットが千切れ飛びスチール柱が轟音を放ち折れ曲がった。
あれじゃ即死だとジェシカ・ミラーが思った目前でゴシック娘が首をつかんだ怪物の手首を握りしめサーヴァーを蹴り込んで再び怪物の頭上を1回転し飛び越えその勢いで頭上に怪物を振り上げ床に片腕で叩きつけ言い放った。
「マリアに可愛いと褒められた髪飾りを千切ったなぁ!」
こ、こいつは頭のネジが2、3本イってると眼を点にして唖然と見つめるジェシカ・ミラーの眼の前で小柄なマレーナ・スコルディーアと大きな怪物が組み合った。