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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #17
81/164

Part 17-1 Kuoleman Kirous 死の呪い

NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY 00:42 Jul 14

7月14日00:42 マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル




 なにが起きているのか恐ろしく強くなった。からだの特殊な構成のせいでコンマ数秒────理解がおよばなかった。



 廊下奥の土嚢どのうの陰から重機関銃を撃っていた若い女が立ち上がりそのボロ布のようなスーツ姿の女がパトリシア・クレウーザに下がるようにジェスチャーしたように見えた。



 サンタマリアが云々────そう聞こえた。



 その瞬間にはそれが始まっていたのだ。



 皮膚に感じる異常より、視覚から入る不合理にまず気づいた。



 廊下奥の土嚢どのうの後ろに立つヒスパニック系の女とパトリシア・クレウーザの姿が蜃気楼先の景色のようにゆがみ揺れ動き始めていた。



 土嚢どのうから自分よりの床から一斉に水蒸気のようなものが立ち上る。



 パトリシア得意の幻覚作用なのだとクラーラが思いこもうとした寸秒、それは違うと彼女は何かが警告を発していることに気づいた。



 眼球の表面が乾ききっており、急激な痛みにまぶたを細めた。



 前屈みになっている姿勢のまま床から舞い上がる水蒸気の白い筋からクラーラ・ヴァルタリはおのれの両手をひっくり返し手のひらを見つめやっと気づいた。



 張り巡らしたセラミックとカーボンの特殊皮膚のうろこ状の隙間すきまから急激に水分が逃げだしていた。





 気温が凄まじい勢いで上昇している!?





 パトリシア・クレウーザの未知なる能力なのか!?





 それとも────あのヒスパニック系の!?





 その両手が、両腕が、一瞬で火焔に呑み込まれパトリシアらの方へ脚を踏みだしていたクラーラは思わず立ち止まり顔を手のひらでかばった。



 なぜだ!? あいつらは火焔放射など持たなかったはずだ。さっきパトリシアが投げつけてきたのはドイツ製手榴弾(D M 5 1)などでなく白燐手榴弾はくりんてりゅうだんだったのか!? いや、テルミットの可能性が!



 火焔に全身を包まれ消す方法も逃れる手段も思いつかず怪物と化した女テロリストは咄嗟とっさに前にもました勢いで脚を繰り出し始めた。



 まだ表皮の防弾性の高いうろこがかろうじて皮下組織を守っていた。



 指の間から薄目を開いて獲物らをにらみつけようとした刹那せつなクラーラは目にしたものに驚愕きょうがくした。





 廊下全体の空気を構成するあらゆる種類の分子が陽イオンと電子に分離しオフホワイトとかすかなオレンジの濁流が吹き荒れる白熱の地獄と化していた。





 パトリシアとあのヒスパニック系の女すらこの溶鉱炉に呑み込まれたのか!? 獲物をつかみ損ねた後悔と、もはやクラーラ・ヴァルタリの表皮は悲鳴を上げ廊下の壁を突き破り逃れようと右腕を伸ばし壁との距離をはかろうとした瞬間、女テロリストは固く閉じたまぶたの下で虹彩を大きく見開いた。



 石膏ボードの壁に触れた手のひらが、指すべてが冷たく静粛していた。



 やはりこの火焔地獄はパトリシアの幻覚作用!?



 だが壁からわずかに離れた手首からは吹き荒れる火焔が容赦なく水分とからだの構成要素を奪い続けていた。



 クラーラはからだの中の酸素を運ぶヘモグロビンが異様に躍動し乱れていることに気づき、その理由を思いついた。



 うねり重なる強力な磁場が廊下全体を支配している。その磁場にエネルギーを注ぎ込まれた空気が分解し陽イオンと電子が荒れ狂う熱を生み出していた。



 これはもう太陽表層そのものだと、ともすれば飛びそうになる意識でクラーラはかろうじて考えることができた。



 これはパトリシア・クレウーザの幻覚じゃない!



 あのヒスパニック系の女がこれをもたらしていた。





 すごい────凄いぞ!!!





 この1つのビルに人とかけ離れた能力を有するものが2人もいた。パトリシアを喰らい世界1のテレパシストの能力をみずからのものとするだけでなく、この特異な環境を生み出せるあのヒスパニック系の女も喰らい莫大なエネルギーを操る能力も取り込んでやる!





 怪物と化した女テロリストはこの死と隣り合わせた状況から逃れるのを止めほのおのベールを掻き分け前へと脚を繰り出した。











 いきなり廊下が火焔に呑み込まれファイル・ラックの上からのぞいていたクライド・オーブリーは目を丸くした。



 そのたけり狂うほのおが先の爆風のように事務所出入り口から押し寄せてくる──そう探偵は覚悟した。



 気化したガソリンにでも引火したのか。



 だがほのおはまるで出入り口に厚いガラスで仕切られているようにまったく押し寄せてこない。



「どうなってやがるんだ────?」



 その火焔が一時のものであり今にも消え去ると思ったが最初は赤とだいだいはほとんどオフホワイトの輝きを溢れさせていた。ほのおの行き着く先が何かなど知ることもなかったが、こんなものはもう火焔じゃないとクライドは感じた。



 あの人喰い警官はもう灰になってしまっただろう。あれだけの銃弾(ブレット)に死ななかった悪魔でさえ生き残る望はなかったのだ。







 ならこの度の過ぎた火焔は何を焼こうとしているんだ!?







 クライド・オーブリーは猛火が出入り口から押し寄せてきそうな予感に捨てていた防火帽をまさぐり拾い上げた。











 土嚢どのうを乗り越えて仁王立ちのヴェロニカ・ダーシーが発生させた状況にパトリシア・クレウーザは眼を見張りつぶやいた。



「すごい────!!!」



 通路に薄いオレンジの濁流が数万匹の蛇のように渦巻き互いを食い合っていた。だが壁や床の内装はまったく被害を受けておらず能力を身につけてもないヴェロニカがもう完全にこれを意のままに操っていると少女は思った。



 マリアの執務室に侵入した殺し屋らをヴェロニカがどうしたのか、パトリシアは精神リンクで見ていたので発火能力(パイロキネシス)がどんなものか知ってるつもりだった。



 だが目の当たりにする光景がそんな生易しいものではないことぐらい直感でわかっていた。



 もしかしたらヴェロニカはベルセキアを本当に焼き殺せるかもしれない。だがこの先にいる怪物はそんなに容易たやすいとは思えないと否定した。



 去年、マリアとシルフィーがあれほど苦戦してやっと倒せたぐらいの化け物だった。



「パトリシア──逃げて────」



 背を向けた若き国家安全保(NSA)障局職員がそう告げてもパトリシアは彼女をおいて1人逃げるなど意識にもなかった。



「まだベルセキアは焼け死んで────ないわ」



 最後通牒さいごつうちょうのようにヴェロニカが言い切った。それは自分も感じるとパトリシアは思った。



「ヴェロニカ! ベルセキアはいったんこのままに。退きましょう!」



 そうパトリシアが大声で持ちかけてもヴェロニカは振り向こうともしない。ヴェロニカは命に代えてもパトリシアを逃がそうとしていた。そのことが逆に少女が逃げることに踏み切れない理由になっていた。



 パトリシア・クレウーザは即断した。



 ルナ!



 1680マイルを隔てたフォート・ブリスにいる副指揮官へにマインド・リンクを開き名を呼んだ。



────どうしたのパトリシア?



 NDC本社ビル(グラス・シャトー)にベルセキアがいるの!



────ベルセキア!? どうして!? 対応は?



 ヴェロニカと2人で86階に足止めしてるけれどもうもたない!



────わかったわ。マリアと数人のセキュリティを送り込むから持ちこたえなさい。



 マリア・ガーランドがフォート・ブリスにいるはずはないと思っていたパトリシアは驚いた。だが怪物らに対応してるテキサスの状況も抜き差しならぬものだとパトリシアは知っていた。



 待ってルナ。マリアとシルフィーだけでいい。



────駄目よパトリシア。シルフィーは抜けさせられない。マリアと数人でベルセキアをなんとかしなさい。以上よ。



 意思で言い切られパトリシアは向こうの状況が酷いのだと理解した。だがマリアが来てくれると希望を抱いた寸秒、少女は思いを打ち消した。



 もう1人のマリアだ!



 チーフが他の世界からフォート・ブリスに連れてきた存在。



 だがこの窮地から逃れられるなら瓜二つのマリアにすがるしか方法がなかった。



 見つめるヴェロニカ・ダーシーの背姿の先の白炎が揺らぎ中央に徐々に濃くなる人陰が見えだしパトリシア・クレウーザは覚悟を決めた。











 NDC民間軍事企(PMC)業の第1戦闘中隊であるスターズが出払いビルのセキュリティは第2戦闘中隊に任されていた。



 169階に外部からミサイルが撃ち込まれたのは、警備システムの画像から臨時の指揮官である情報2課のエレナ・ケイツ──レノチカに知らされた。



 その直前に同じフロアへセキュリティ侵害の警告があり、レノチカは夜勤情報職員へその侵入者5人の身元を洗わせ始めた。



 その直後に社長室外壁にミサイルが撃ち込まれたのだ。幾つかの監視画像からミサイルはトマホークでありテロリスト風情が入手できるものはなかった。



 テキサスへの陸軍襲撃事案に当たっているチーフらに負担を与えぬためにレノチカは本社内での対応を判断した。



「まったくなんて夜なの!」



 そうレノチカがボヤいた直後、ビルのどこかからまた爆轟が響いてきた。



 セキュリティ・カムの映像をくまなく調べたレノチカは86階通路にパトリシアとNSAのヴェロニカの姿を確認した。



 2人は通路に土嚢どのうを積み上げ防御陣とし、制服警官(ブルースチール)らしい女と戦闘している様子にレノチカは唖然となった。



 パトリシアとヴェロニカは1人の警官相手にバトルライフルや機関銃を猛射していた。それどころか手榴弾を使い直後、対装甲車地雷を用いているのを最後にセキュリティ・カムの映像が切れてしまった。



 レノチカはキー・テレフォンで即座に待機中の第2中隊リーダー──トレイシー・サムソンを呼び出した。



「トレイシー、レノチカです」



『どうしたんですレノチカ?』


「82階でパトリシアとヴェロニカが制服警官の女と交戦中。10人を市街地戦闘装備で出して大至急(ASAP)状況を鎮圧。警官が生きていれば拘束こうそく。それとパトリシアに報告(リポート)を入れさせて」



了解(コピー・ザッツ)


 受話器を下ろしながらレノチカはなんのきっかけでパトリシアらが警官と戦闘になっているか至急知る必要があった。ビルにミサイルが撃ち込まれ市警と消防関係者が大挙して押し寄せていた。



 その警官とパトリシアがなぜ撃ち合いになる!? いいや、女警官は手に銃を握っていなかった。制服警官(ブルースチール)の服装だからと警察官だとは限らなかった。ミサイルと関連したテロリストの可能性もあるかとレノチカは危虞きぐした。



「チーフの留守中を承知で狙ってきたのか?」



 つぶやきながらレノチカは状況を整理した。



「レノチカ、82階エレベーター・ホールのセキュリティ・カムがまだ動作中! これを見て下さい!」



 情報3課のブースから呼ばれレノチカは大股で急いでその職員に寄ると肩越しにデスクトップのPCモニタをのぞき込んだ。



 映像がさかのぼって再生されていた。



 対装甲車地雷が爆発した濛々たる粉塵に通路が見えなくなり直後、遠方の土嚢どのうの先で立ち上がってバトル・ライフルを撃つパトリシアらしい姿と銃撃を受けてなお倒れない女警官の後ろ姿が映っていた。



 なぜあれだけ撃たれて倒れない!?



 防弾ベストはあれほどの銃撃を防げない。



 あれではまるで去年末にニュージャージーとマンハッタンを混乱に陥れたベルセキアのようだとレノチカは思った。



 まさかあの怪物が復讐に現れたのか?



 あれはチーフとハイエルフが倒したではないか。



 レノチカは固唾かたずを飲んだ。



 対装甲車地雷を食らっているのよ!











 腕や肩だけでなく頭部も燃え盛っていた。



 4千や8千度(:華氏)の高温ではない。



 普通のからだならとうに動けなくなるはずだった。



 クラーラ・ヴァルタリは呼吸を止め体内の酸素を最大限に使い肺が炭化するのを防いだ。



 まだたどり着かないと繰り出す脚に勢いをつけた。



 どれだけの熱量があれども倒されなければ終わりじゃない。今、対戦車ミサイルを喰らえば持ちこたえることは不可能だろうと怪物である女テロリストは思った。



 余力はわずかだったが漠たる自信があった。



 この白熱のベールをあと幾つめくればあのヒスパニックにたどり着く?



 熱波の中に右手を突き出した瞬間、5本の指に感触があった。



 いきなり高原のような清涼の中に踏み出しクラーラは自分がつかんだものを目の当たりにして口角を吊り上げた。







 傷んだスーツ姿のヒスパニックの女の首を鷲掴わしつかみにしていた。







 その女は自分がおかれた境遇を理解してないのか、あごを引き青と緑入り混じった瞳の三白眼で睨みつけていた。



「お前は終わりだ」



 クラーラはつかんだ女の斜め後ろに立つパトリシアを無視していた。小娘をつかまえるなどもういつでもできる。だが逃げずにいることは賞賛に価した。そう意識した瞬間、少女が両手をクラーラ・ヴァルタリの方へと振り出した。



 パトリシアの指開いた両手から広がった幾億色ものきらめき。



 その衝撃に打ちのめされた瞬間、女テロリストはつかんだヒスパニック系の女の首を手放しそうになった。



 おのれからだを見下ろしたクラーラ・ヴァルタリは自分のからだに突き刺さった様々な色の三角形の薄い紙のようなものを見おろした。



 たかだかカードが突き立った幻覚なのだ。パトリシアが見せる苦肉の策なのだとクラーラはおのれを言い含めようとした。



 その刹那せつな数多あまたの傷口から大量の血液が噴き出した。



 これは幻覚なのだ。



 そのおのれの特殊な血を浴びてなおヒスパニック系のその女はクラーラを睨みつけていた。



 急激に失われるおのれの体液にクラーラは意識が混濁し始めた。



 幻覚なんかじゃない!



 これがテレパシスト最高位の力量。



 クラーラ・ヴァルタリは自分の深層意識からの呪縛で幾つもの傷口を生み出し多量の血を噴出させていた。



 失った体液は取り戻せる!



 怪物である女テロリストは有り得ない大きさに下顎あごを開き一気にヒスパニック系のその女を引き寄せるとその頭部に喰らいついた。



 頭蓋骨を粉砕し流れ込んできた脳髄のいずいの流れに見いだしたものにクラーラは恍惚感を抱きながら知ってしまった。







 この国家安全保(NSA)障局職員は去年末に怪物に憑依ひょういされ1度死にながらマリア・ガーランドの能力により命を復活させていた。







 ポーランドで喰らったルイゾン・バゼーヌがパトリシアに聞かされていた至高の存在の理由。



 マリア・ガーランドが見せた幾つもの奇跡を知ったクラーラ・ヴァルタリはもうパトリシア・クレウーザのことなどどうでもよくなった。



 第1目標がNDC COOにすり替わった。







 マリア・ガーランドを喰らえば、死の呪縛から永遠に解き放たれる。



 その化け物の背後で消え去った灼熱地獄に変わり黒い雲海のような渦が急激に口を開き始めていた。その異空通路ことわりのみちから最初に脚を踏みだしてきたものの気配にクラーラ・ヴァルタリは殺気立ち赤い瞳を揺りおよがせた。直後、背後から名を呼ばれ女テロリストはゆっくりと振り向いた。





「クラーラ・ヴァルタリ! 相手は私だ!」












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