Part 16-5 A.U.M.S. 奥の手
1 Cavalry Regiment Camp 6th Squadron 1st Armored Division Ⅲ Corps Army Commands US.Army Company Training Ground East of Fort Bliss, TX. 23:37 Jul 13
7月13日23:37 テキサス州フォート・ブリス東方アメリカ陸軍 陸軍コマンド第3軍団第1機甲師団第6戦隊第1騎兵連隊野営地
頭上を飛び抜けて行った極超音速の砲弾の衝撃波の余韻が抜けきらぬその時、野営地司令テントへ向かっていたルナはテントから出てきた司令将官と下士官らと鉢合わせなり、ルナはマテリアル・ライフルを払い下げる話をする前に野営地連隊の指揮官パトリック・ネルソン大佐に問い詰められた。
「ミズ・ロリンズ、我が野営地を襲ってきている連中の情報を開示してもらおう!」
今夜、すでに30輌以上の主力戦車を失い司令の激昂する理由を理解はできたが、こうなることを事前に警告したはずだとルナは思った。
「敵陣営の属国は不明。敵部隊の規模、呼称、兵力も不明。明確なのは40フィートを超える昆虫型の機動兵力もしくは10フィート余りの白兵戦戦闘を行える人型歩兵。さらにメガ粒子砲──恐らくは陽・電子ビーム砲を備えた装甲戦闘車輌を有する敵が既存の東陣営の産物であると思わくたば、ご自由に────敵はこの世界の住人にあらず」
一気に言い切ると聞いた内容を反復するのに時間がいるとでもいうように大佐は固唾を呑み喉を鳴らしルナに再度問うた。
「間違いないのか? 異世界からの兵力だという証拠はあるのか!?」
「私が論拠を明白にしたところでこの野営地の防御力が嵩上げされるわけでもないでしょう。今のところあなた方陸軍が優勢を保っているのは1輌のレイルガンを搭載した試験車輌のみのようですが」
「レイルガン──?」
パトリック・ネルソン大佐が言葉に詰まると傍にいた尉官が彼に耳打ちし、ネルソンは意味を知ると民間軍事企業を指揮するプラチナブロンドの女指揮官に詰め寄った。
「我々陸軍のものではない! 君らこそが戦場に試作品を持ち込んだのではないのか?」
どうして軍人はこうなのだとルナは猜疑心を疎んだ。だが陸軍が用意した先端兵器でなければ、どこかの軍需産業がこの混乱を莫大な額の商機と睨んで研究機材を投入したのかも知れない。後で調べる必要があると思いながら連隊司令に告げた。
「いえ、あの援護射撃を行っているのは我が企業ではありません。むしろ我々ならばもっと徹底して叩きます」
大佐の表情には一抹の疑念が影を落としていたが、彼の方から情報を求めた。
「我々が新たに送り出した偵察隊への連絡がつかない。NDCの民間軍事企業────」
ルナは内心驚いた。M-8マレーナ・スコルディーアからの報告では敵機甲部隊の報せがあっただけで、野営地から3・7マイル先の8カ所に索敵として出ているM3A3BFISTブラッドレー騎兵戦闘車の動向は触れていなかった。
「スターズです大佐」
「君らスターズは何かしらの情報をつかんでいるのではないか?」
「敵機甲部隊が進軍したのは5470ヤード(:約5km)先の丘陵地でした。当然、ブラッドレー騎兵戦闘車の索敵ラインを越えて来ているので遭遇戦闘があった可能性があります。衛星からの情報でよろしければ提供いたしますが、無人偵察機を数機出された方が正確な戦況を得られます」
ネルソン大佐は傍らの大尉にMQ-9を要請するように命じて大尉がテント内へ駆け去るとルナへ向き直り不本意そうに尋ねた。
「君らは敵機甲部隊が再度侵攻する場合、どこからこの野営地を襲撃すると考える?」
ルナはそれを考察するのが士官の務めだろう──恥も外聞もないと一瞬考え戦術の叩き台にそった意見を述べた。
「戦場前線での敵の最も攻守ある方面を叩き突破する場合、機動力と火砲や支援攻撃力の必要数は敵陣営の最低で3倍。短時間での攻略を望む場合6倍から10倍以上の攻撃能力を持つ部隊が必要になります。私が思うには、先の敵機甲部隊は火砲で勝るものの数で遥かに劣り、それが最小限での威力偵察と想定した場合、野営地戦場前線の防衛網を撃破したものの完全に作戦は失敗であり、野営地の防衛ラインの最も脆弱な南部ルートから完全侵攻を完徹するため北部ルート、加えて正面方面からの陽動を企てるでしょう。それは戦術の基礎であり敵怪物らが知識、思考を異質にする場合でも必然的な帰結になります」
言い切ってルナは連隊に残存する主力戦車員数では2方面防衛が限界であり野営地は一気に決壊するだろうと想定した。
ネルソン大佐は10秒近くルナを見つめ最善の策を模索した。野営地はもう詰んでいるのだ。だがまだそれは先だとルナは助け船を差しだした。
「空軍に近接航空支援を要請すべきです。敵南部ルート部隊に一撃を与えるには燃料気化爆弾の投入準備を急がれた方が良いでしょう」
野営地司令はあからさまに困惑げな面もちになった。
「無理だ────テキサス近隣の空軍基地はFAEを持ち合わせていないはずだ。空輸に最低でも8時間必要になる」
これを待っていたのだとルナはNDC副社長の要職を思いだした。
「我々NDCにはカートリッジ・システムの高性能燃料気化爆弾実験弾頭を所有しております。カリフォルニア射出場から中距離弾道弾で国内のどこにでも──デリバリー────撃ち込めます。所要時間は、そうですねフォート・ブリスまでおおよそ1200秒余り。費用はお安くしておきますので2日後の政府承認決済で8千6百万ダラーで結構です」
「む────無理だ────そんなことをすれば弾道弾警戒システムが大騒ぎに────」
否定しようと記憶を弄っている最中に大佐は去年の末の騒動を思いだし眼を丸くした。眼の前のプラチナブロンドの女副社長がいる超巨大複合企業がカリフォルニアからニュージャージーの州立公園へ1発打ち込んでいた。1枚の耐熱性ガラス製品の運搬に中距離弾道弾を使ったのだ。
ルナは顎を引き半眼のエメラルドグリーンの瞳でパトリック・ネルソン大佐を捉え一瞬微笑むとそそのかした。
「国防総省へ一言要請し説明を添えるだけでよろしいのですよ」
異空間から怪物が攻めて来た夜、陣営に悪魔のような女が現れたとネルソン大佐は固唾を呑んだ。
超音速で落ちてくる物理的エネルギー弾の予測落下地点が己の侵攻動線と重なることに一瞬で気づいたそれは急激に弧を描く回避機動を取った。
コンマ03秒。目視する超高速落下物が紫の輝きを側方に曳きながら有り得ない軌道に曲がると小型で原住民並みの大きさしかないレイジョに直撃した。
70アールマを抉ったクレーター中央でそれはコアが粉砕するナノ秒に今し方捉え続けた落下物の機動力を共有化した。
原住民は物理法則をねじ曲げる力を持っている。
あの機動を回避するにはさらなる高速機動力が必要だと総意としてそれらは共有した。
地面の抗力を利用する従来の方法が否定され、すでに実績のある空中機動力を地面で利用する変更がなされ新たなレイジョが創出された。
それらは原住民が集落とする場所から遥かに離れた地点へ現出し移動し殲滅していたルーチンに変更を加え、原住民の強勢仕掛け集落がある座標にそう差違がない空間座標を設定すると一気に60のそれらを現出させた。
素材不足にならぬようにレイジョは己の空間から多量の素材を同時に送り込んだ。
コアさえやられなければ豊潤構成素材がいくらでも瞬時に外殻筐体を補えさらには必要に応じて創出でき現地での作戦遂行に支障をきたさない。
それらは同数で3方向へと別れた。
レイジョには陽動の概念がなかった。
原住民の強勢仕掛け集落がある3方向から奇襲をかければ、原住民の力の限界値が判明する。
そうすればオチデンタリス原住民集落の壊滅後に投入するレイジョの数と構成素材の量が必然する。
1大陸の殲滅が終われば次にこの惑星表面の原住民を一掃するのに必要なすべてが共有できる。
時間は掃いて捨てるほど途方もなくあった。
ただ1つ足らないのはリソースだけだった。
同時刻、同位置に存在できるのは1つの数だけだ。
その数に原住民という意味はないとレイジョは想定していた。
地より両の脚を浮かべ次元振動の羽根で一斉にホバリング移動をし始めた地球の蟷螂に近い様相のそれらは原住民の駆ける15倍以上の速度で暗闇の先に僅かに光漏らす原住民強勢仕掛け集落へと群がった。
街を抜けると一気に荒れ地が広がり、そこへ北東に伸びるハイウェイをアン・プリストリらの乗るワンメイクの装甲車輌は爆走していた。
27撃破し砲身がそろそろ寿命を迎えアンはまだこのままいくか、それともプラズマで磨耗したバレルを入れ替えるかでふてくされていた。
威力は買うが、高々30発程度で寿命を迎えるレイルガンの弱さに真っ赤な下唇をつきだし青い眼を寄せる。
魔力で強化してこの有り様だ。何もしなければ10発ともたなかっただろゥ。
同じ材質と構成でこしらえたロータリー・バレルはあと2本。60体倒したらこの戦車はただの張りぼてになる。
後部車輌のNDC研究所から強奪してきた小型原子炉をメルトダウンさせて周囲の敵を一掃するという奥の手はまだあるが、下手をすると俺様や操縦させているレギーナが逃げそこなうと放射能で眼も当てられない姿になっちィまう。
今まで何度も死んで魔力の加護で生き返ってはいたが、繰り返すたびに蘇生までの時間が伸びていた。放射能を浴びて死ぬと下手すると数ヶ月でも元に戻らないかもしれねェ。
「まあ内緒にしてるがァ、レギーナは死ねばァ魂は地獄行きだと決まっているのでェ心配はいらなねェ──どんなに俺様にィ貢献してもォ、旦那の裁きが覆ることなんてねェ────しィ」
巻き舌で呟いていることに気づきアンは慌てて口を閉じた。
レギーナに聞かれでもしたら操縦から逃げだすだろう。そうなりャたちまち立ち往生だァ。
少佐が戻るまで状況をもたせないと、あいつマジに沈んじまうからなァ。
魔物は地獄の専売特許だったのが、ここのところすっかり世の中様変わりしていやがる。
少佐は去年格闘した異界の魔物が気に入ったらしく取り込んじまったァ。
それに気を良くしたのか、他の異界からぞろぞろとこの荒れ地に出て来やがった。
アンは気配が急激に膨れ上がったことに顔を上げると車長用照準システムの対眼レンズのパッドに顔を押しつけた。
都合の悪いことにフォート・ブリス近空のNDC資源観測衛星がすべてエリア・アウトしていた。軍やよその会社の衛星をハックするのは難しくないが、自社の衛星に比較し痕跡が残るのが二の足を踏む要因だった。
邪眼で様子は見れても人間が作り出した照準システムとは相容れず狙い通りに弾が当たってくれないのはこれまで経験済みだった。
「しゃあねェ! 戦場前線に乗り込んで肉眼で撃つかァ────おいィ、レギーナァ!」
アンが途中から声を張り上げると下前方から捕らわれの身となっているロシア対外情報庁特殊部隊ザスローンの元大佐が声を返した。
「なんですかぁアン様ぁ!?」
「道を外れてェ東へ向かえェ!」
言ったそばから急激に動力車輌を振り回し横滑りしながら対向車線を斜めに横断し荒れ地に突入した装甲車輌の無限軌道が派手に土砂を抉り飛ばし爆走し始めた。
それまで執拗に追い続けていた4台の保安官のインタセプターが舗装路に取り残され青いLEDフラッシュを暗闇に明滅させ装甲車輌を見送った。だが砂塵の上空から1機のベル206BジェットレインジャーⅢは諦めずに機首下部に付けたターレット・サーチライトを玩ばれる軍車輌に浴びせ続けた。
「見失うなよ!」
ヘリ助手席のエルパソ郡保安官ジャスティン・ハリントンは大声でパイロットに命じた。
「わかってます!」
パイロットと助手席のハリントンは知っていた。
荒れ地を爆走する装甲車輌の向かう目と鼻の先には陸軍野営地があり何10輌という戦車が待ち構えていると。
しばらく前までやたらと主砲を撃っていた装甲車輌が大人しくなって久しかった。
保安官事務局ヘリ助手席のハリントンは装甲車輌が弾薬を撃ち切ったと思っていた。野営地の戦車に取り囲まれたらヘリを下ろしてこの自分が手錠を掛ける。そう考えているジャスティン・ハリントンはまだ陸軍野営地が戦闘状態にあるとは報せを受けていなかった。
その保安官事務局のベル206BジェットレインジャーⅢの油圧パイプのロックワイヤーを掛け忘れたナットが振動で緩み始めていた。
デヴィッド、ジャック、コーリン3人連れてレイカ・アズマは胸に両手でM107対物ライフルをわずかに傾け胸に抱いて黙々と歩いていた。
陸軍から買い上げ各人にバレットM107狙撃ライフルと200発のMk263Mod2弾(:長距離狙撃徹甲弾)を用意してくれたルナが珍しく詳細を尋ねなかった。
鋼鉄の橋でも叩かずには渡らない女が──だ。
ただ一言、南北には行くなと命じられた。
あれは何か覚悟を決めた半眼だった。
レーザーに耐性を身につけた怪物らが、なぜか戦車砲弾には無力に殺られた。コンマ51インチ対物ライフル弾がたとえ徹甲弾であったとしても怪物らに有用性があるとは言い切れなかったが、長年培ったスナイパーの経験が効果があると囁き続けていた。
もしも駄目でも状況が沈静化するまで原野にストーキングし待てばよかった。
怪物らは戦闘車輌は見逃さないが、野の人は見逃していた。だから戦車兵の女曹長は生き延びることができたのだ。
荒れ地に溶け込むなど電子光学擬態を使わずとも容易かったし、付いて来る3人のスナイパーにもそれら技術を叩き込んでいた。
1弾撃ってみれば気がすむ。
安全な2000ヤードの距離から人外を駆逐するのだ。
あれらは生き物ではない。
心配するな。
急所らしきものを撃たれ砂状の城が波に瓦解するように崩れ落ちる生き物などいやしない。
人でなければ、気後れせずに自分の全技術を投入できる。
後ろからジャック・グリーショックが小声でいまだもって超民間軍事企業スターズとその養成部隊中ナンバー1を維持し続ける女スナイパーに問いかけた。
"Hey,Rey...Can't the monsters spot us by the sound of shooting?"
(:レイカ──怪物らは射撃音で我々の場所を見破りませんか?)
「心配するな────」
そう呟くように日本語で返し東麗香は暗闇に溶け込むような瞳で丘陵地をじっと見つめ思った。
暗闇の夜は遠距離からの射撃音の残響定位は当てにならず、この暗闇なら標的に超音速弾の連なる波動すら見られることはない。
連射する愚行さえせずにマズル・フラッシュさえ見咎められなければすべてOKだ。