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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #16
78/164

Part 16-3 MAD 狂気

NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY 00:37 Jul 14

7月14日00:37 マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル



 襲ってきた爆風と鉄球のストームに一瞬よりも短い寸秒に顔の前で交差させた両の前腕部(フォーアーム)に有りっ丈の鉄分とセラミックを集中させた。



 穿うがたれ、えぐられ、2つのひじから先が抑えきれなかった陵辱りょうじょくほおの肉を突き刺し、閉じた片瞼まぶたを破り、対の耳を引き裂き、額に3つの穴を開いた。



 3ヤードも押し切られ前傾させたからだがバランスをくずるようにひっくり返され鉄球の抜けた穴開く後頭部をしたたかに床にぶつけ追い越すように下半身を空に跳ね上げ後ろに回転させうつぶせに倒れた。





 屈辱────押さえきれない怒りが噴き上げてくる。





 乱舞した鋼球に砕けた床や天井、壁の残滓ざんしが灰色の濁流となりまとわりつくのを押しのけ、もう警官の姿は止めだとばかりに一瞬でブロンドの編み髪に戻した頭を上げくずれた顔をクラーラ・ヴァルタリは振り上げた。



 ハンドガンの9ミリパラベラムやアサルトライフルの5.56ミリミリタリー・ボールなんて微風そよかぜだと思った。



 何百という鋼球のエネルギーが銃弾(ブレット)を遥かに勝っていた。



 耐えきれなかった天井の埋め込み照明器具が床に落ちかんさわる硬質な音を響かせ右の内耳が損なわれていることに気づいた。



 眼孔の中で粉砕したライトブラウンの瞳の組織が急激に再構築されてゆくのを感じながら片目で波打つほこり隙間すきまから切れぎれに見える土嚢どのうの陰からのぞく2人の顔をクラーラはにらみ返した。



 余力はある。



 体中のタンパク質が活性化し欠損した細胞や骨を組み立ててゆく。



 頭蓋骨に残った鉄球の1つが額の穴から押し出され無傷の左目の前を落ちて床で跳ねた。



 傷ついた脳の再構成を蓄えた情報を補完しながら新たに生み出していた。



 怒りに唇をねじ曲げながらひび割れた床に突いた両腕を伸ばし上半身を上げようとしてまだ不完全な右上腕の骨が砕けた。



「パぁトリぃ──シアぁ────」



 無傷だと勘違いした左の顎関節がくかんせつがずれののしりが途切れた。



 対装甲車地雷をまともに受けてまだ生きていた。



 ポーランドで対戦車ミサイルを喰らい胴体の3分の1が欠損したのを思いだした。



 死にはしなかったが限界が垣間かいま見えた。不死身だと思い上がっていた。現実を口の中にねじ込まれ吐き出すこともできずにいることが恥辱ちじょく



 左腕だけで上腕を起こしひざをついて立ち上がろうとして今度は右膝みぎひざが外れ横に倒れ込んだ。



 再生が追いつかない。



 だが生まれ変わるのに必要なものはまだからだの内に十分に残っている。



 時間さえあれば。十分な時間さえあればふたたびあの小娘を追い詰め喰らって我が内の────。







 再生したばかりの鼓膜が爆轟を捉え数10発のミリタリー・ボールが皮膚を切り裂いた。







 ミニミ7.62Mk3! と気づいた刹那せつな上半身を斜めに起こしかかった支える左腕を2発のM80ボールが粉砕しクラーラはまた横様に倒れ込んだ。倒れうずくまる背に容赦なくフルパワーカートリッジが撃ち込まれ怪物となった女テロリストは、小娘らの機関銃弾倉の弾薬が切れるまでだと奥歯を噛み締めた。











 ポニーテールのティーンを追いかけあの人喰い警官が通路に出た直後だった。凄まじい爆発が事務所前の廊下で起きてクライド・オーブリーは机の陰で身を縮め頭を抱え込んだ。



 顔を引っ込める直前にあの警官が爆風にもんどり打って後ろにひっくり返るのが一瞬見えた。



 クライドはまた大型ミサイルがこのビルに突っ込んだのだと思った。



 いったいNDCは誰を敵にまわしたのだ!?



 事務室入り口の硝子(ガラス)扉は2枚とも砕け廊下のほこりが押し寄せた。



 咳き込みそうになりクライドはあわててハンドガンを握ってない手で口を塞いだ。



 2発撃ち込まれたのなら、このビルが倒壊するかもしれなかった。もうマリア・ガーランドを調べるのなんて止めだとクライドは思った。命は金に代えられない。



 ゆっくりと恐るおそる顔を上げ逃げ道の様子を探った。



 照明の幾つかが消え残った明かりが瞬いていた。あの人喰い警官は即死だっただろう。



 3発目が来たらこんな硝子(ガラス)張りのビルなんて一気に倒壊するぞ。



 ビルにいる連中が混乱している間こそ逃げだすチャンスだと立ち上がった瞬間、フルオートの銃声が響き出入り口のを暗いオレンジにかがや曳航弾(トレーサー)が踊った。



 クライドはあごを落とした。



 フルオートはアサルトライフルなんかではない。誰かが機関銃をぶっ放しているのだ。



 テロリストが攻めてきた!



 ここは戦場になってしまった!



 退路をふさがれクライドは事務机のファイル・ラックの陰に頭を下げ様子をうかがった。



 ふと探偵は廊下に平行でなく左の床へとオレンジのかがやきが下がっていることに気づいた。何と撃ち合っているのだ!? その出入り口の開口部のかたわらの床にうずくまる編み髪のブロンドをした女性の頭の一部が見えた。そのからだへ向け凄まじい数の銃弾(ブレット)が撃ち込まれていた。



 し、死体を撃ってやがる!?



 正気じゃないと思った直後、テロリストなんてまともなわけがないじゃないかと考えた。



「くそう──くそう────どうする!? どうしたら逃げられる!?」



 そう口走った寸秒、数多あまた銃弾(ブレット)を撃ち込まれているはずの死体が起き上がり始めた。











 爆轟と舞い踊るほこりに眼を細めると、パトリシアが耳元でささやいた。



「ベルセキアは死んでないわ! 再生してる!」



 いきなりそのささやきが大声になった。



 パトリシア・クレウーザが撃てと断言していた。去年末のあの撃っても撃っても死なない黒い鱗状の皮膚をした怪物の女がヴェロニカ・ダーシーの脳裏をよぎった。



 NDC超民間軍事(PMC)企業のテレパシストの告げた言葉は真実だと思った刹那せつな、ヴェロニカはミニミのトリガーを引き絞った。瞬間、連続し重なる爆轟にオレンジにかがや曳航弾(トレーサー)が5発に1発の数で撃ち出されているのにその微妙に曲がりぶれるわずかに切れる光線が、舞うほこりの合間見える床から身を起こしかかった編み髪の女へ集中した。



 暴れる!



 極めて暴力的な火器だとヴェロニカは顔を強ばらせた。



 グリップを固く握りしめ土嚢どのうに載ったバイポットの片方を左手でつかんでいるのに両手から、肩から逃げ出そうと暴れる。NSAが支給しているSG751SPRーLBなど足元にもおよばない。5.56ミリを撃ち出すアサルトライフルのフルオートなどカーニバルの射的の玩具に思える暴力にベルセキアがえられるわけがないと心の片隅で思った。



 凄まじい勢いで薬莢(カートリッジ)とリンクが横へ吐き出されいた。



 これをパトリシアは何度も撃っていたと説明したことが本当なのかとヴェロニカは唇を歪めた。



 この一瞬に100を超える銃弾(ブレット)を受けてベルセキアはぼろぎれのように裂かれている。



 その死を宣告された怪物へ横にいるパトリシアが何かを投擲とうてきし叫んだ。



手榴弾(グレネード)!」



 爆轟が押し寄せる前に引き金を引いたままヴェロニカは両の腕のあいに顔を沈めた。



 フルオートの銃声を押し消す3重の津波が押し寄せ揺すぶられヴェロニカは自分が何をしているのか一瞬意識が飛んでしまった。



 パトリシアは同時に3つの手榴弾(グレネード)を投げたのだ!



 寸秒遅れてわれを取り戻したヴェロニカ・ダーシーは横で少女がFN SCARーHを肩付けし猛然と連射していることに驚いた。



 これだけの攻撃を受けてベルセキアは生きているものかとサイトの先に見える黒いかたまりに意識が集中した。







 身動きしてる!!?







 嘘だわ。これだけ無茶苦茶されて死なない生き物がいるものか! だが、横向けに倒れうずくまるブロンドの編み髪の頭を守ろうとベルセキアは手を動かしかばおうとしていた。



 生への執念。



 あいつは地獄に突き落としても這い上がってくる。その丸まった背にヴェロニカは容赦なく曳航弾(トレーサー)の流れるかがやきを呼び寄せた。



 そのオレンジの光が、背を突き抜けずに弾かれ踊るのを眼にしてヴェロニカは唇を開いてしまった。



「パトリシア────銃弾(ブレット)が────」



 空の弾倉を落とし捨て4つ目にマグチェンジした少女が即座に撃ち始め怒鳴った。



「わかってる! を与えてはダメ! 奴にも限界はある!」



 突然、ミニミの銃口が沈黙し弾倉が空になったことを知ったヴェロニカは、パトリシアに教わった即席講習の通りに左横の弾倉を外し新しいものを取り付けレシーバー上部のトレイカバーを前へ上げ弾倉からM27弾薬ベルトで繋がった弾帯を引っ張り出し爪式給弾機構にベルトの弾薬を合わせトレイカバーを閉じロックをかけた。



 ボルトオープンの状態から初弾のサイクルが始まる。



 即座にねらい引き金を引こうと人さし指をトリガー・ガードの中へ入れた刹那せつな、ヴェロニカは見えたものに鳥肌立った。







 うずくまっていたベルセキアがからだひねり両腕をついて上半身を起こそうとしていた。







 その上目遣うわめづかいの三白眼ににらみ据えられ、わずかに見えた赤い唇が動かされるのを眼にしたヴェロニカは横で連射するフルオートの破裂音に決して聞こえていなかったのに意味が分かった。



 パトリシア────!



 少女の名を繰り返している。パトリシアに固執する何かがあるのだと一瞬思いながらヴェロニカはトリガーを引き絞り曳航弾(トレーサー)のネオン光のようなラインを廊下にうずくまるベルセキアの方へ集束させた。



 これまで効果があった銃撃が一転変化した。



 膨大な銃弾(ブレット)を身に受け床にしていた怪物女が、ゆっくりとだが抗い床に腕をつき上半身を起こしひざをつき立ち上がろうとしていた。



 いきなりかたわらのパトリシア・クレウーザがバトル・ライフルの射撃を止め2人の前に低く積み上げた土嚢どのうに身を乗り出し百科事典1冊よりも大きな対装甲車地雷の脚を素早く開いて設置し、起爆コードを土嚢どのうの後ろに引き込み起爆ユニットを接続した。



「ヴェロニカ! フォードンスニィナを起爆させる! 対起爆防御!!!」



 寸秒、パトリシアが樹脂の安全カヴァーを押し上げて起爆スイッチを押し込んだ。刹那せつな土嚢どのうすべてが浮き上がりそうな衝撃にヴェロニカ・ダーシーは口を開き腕のあいに頭をうずめ両腕で耳をかばった。



 千個以上の鉄球のストームが通路を走り抜けエレベーター・ホール近くまで残っていた照明灯すべてが消えひどく間合いのある間隔で非常灯に切り替わった。



 リズミカルな破裂音にわずかに頭を上げたヴェロニカが眼をおよがせるとパトリシアがもうバトル・ライフルをフルオートで発砲していた。



 直後ヴェロニカはミニミ機関銃の銃身を上げサイトに薄暗い廊下先のベルセキアへ照準した。







 前屈みながらも怪物女が両の足を開き立ち上がっている!







「嘘よ────」



 こちらへぎこちなく踏みだしてくるベルセキアはいつの間にかNDC特殊部隊スターズらの着るウエットスーツのような姿に変わっており上目遣うわめづかいの顔さえ黒に染まっていた。



 駄目だわ。



 所詮しょせん、携帯火器であの怪物を制圧するのに無理があったのだ。



 このままではパトリシアが捕まって殺されてしまう。



 ヴェロニカ・ダーシーはミニミ機関銃のピストル・グリップとバイポッドから手を放し立ち上がりスペイン語で言い切った。





"En el Nombre de Santa María, aplasta tu injusticia!!!"

(:サンタマリアの名において──貴様の不義を叩き潰す!!!)







 その刹那せつな、2人が見つめる通路先の光景が急激に揺れ始めた。











 聞こえてくるのは重機関銃の射撃音ばかりではない。サイクルレートの違う他のフルオートの銃声も混じっていた。



 探偵クライド・オーブリーは床に投げ捨てていた防火帽を拾い上げあわてて被るとデスクトップ上のホルダーに並ぶファイル越しに様子をうかがっていた。



 恐ろしいことにこれだけ多量の銃撃を浴びせてもその対象である人喰い警官が死んでいない事実。生きていると踏んでいるから誰かは撃ち続けているのだ!



 尋常ではなかった。



 どんな防弾ベストを着ていても堪えられるわけがない。



 だが事務室出入り口からわずかに見える女の姿に化けた警官は床に両手をついてひねった上半身を持ち上げて曳航弾(トレーサー)の飛んでくる廊下の先をにらんでいた。



 なんで死なないんだ!?



 数発は胴体でなく顔に受けていた。銃弾(ブレット)がヒットしている証拠に化け物のような女警官は顔を左右に揺さぶられては正面に振り戻す。



 突如とつじょ、重機関銃の発砲音だけになり女警官の床についた手のひらのそばにレモンほどの大きさの何かが勢いよく転がり指に当たり止まった。





 手榴弾(グレネード)!!





 驚いたクライドはあわてて頭をデスクトップよりも下に引っ込め身構えた。



 重なるように連続した爆轟に耳がおかしくなり甲高いノイズが聞こえて出入り口に近い事務机に載っていた様々なものが奥のクライドが隠れる机まで飛ばされ降ってきた。



 まるで北軍が襲撃しているベトナムにいるようだった。



 狂ってる。



 死なない人喰いもだが、襲っている連中も正気じゃなかった。



 逃げ道を塞がれ、穴蔵ですべてが通り過ぎるまで頭を抱え込みえるしか方法はない。



 再びフルオートの銃声が聞こえだし、ファイル越しに出入り口をのぞくと立ち上がった人喰い女警官に幾つもの曳航弾(トレーサー)が命中し着弾の衝撃にからだを激しく左右に振り回されていた。



 その光景に今、廊下に出たらエレベーターに辿たどり着く前に確実に殺されてしまうとクライドは震え上がった。



 突如とつじょとして銃声が止み、曳航弾(トレーサー)のオレンジの線条が見えなくなった。



 ケリがついたのか!? それとも、諦めたのか!?



 嫌な予感に鷲掴わしづかみにされ、クライド・オーブリーは勢いつけて頭を下げ両膝りょうひざを抱え込み縮こまった。



 凄まじい爆轟が事務室に襲いかかって彼の隠れる列端の机が揺さぶられた。



 また大型ミサイルが命中したのだとクライドは思った。



 雪崩のように倒壊するこの高層ビルを想像し彼はもうおしまいだと絶望にとらわれ丸くした瞳をファイルの上にのぞかせた。



 灰色と白が互いに食い合う乱舞するほこりの合間に見えたもの。







 ボロ布のようになってなお前屈みだが立っている人喰い女警官の横様。







 あれはきっと悪魔なのだ。



 人の姿など幻覚なのだとクライド・オーブリーが思い始めた矢先に廊下からスペイン語らしき女性の声が聞こえた。



 スペイン語は理解できなくとも、探偵には1つの単語が理解できたように聞こえた。





 サンタマリア────。





 そう聞こえ、聖母の名を言い放つからにはやっぱり人喰い女警官は魔物のたぐいなのだと至った矢先に、ファイル越しに上げている額が急激に暑くなるのを感じ、出入り口から見える人喰い女警官の姿がゆがみだした。











 小賢こざかしい。



 そんなものでもはやわれを倒そうなぞ。



 クラーラ・ヴァルタリは床についた手のひらの先に転がってきて指に当たったものを見つめ静かに思った。



 ドイツ製手榴弾(D M 5 1)────。



 顔の直前で起爆した破砕手榴弾の数10個の破片をもろに顔と胸で受けた以外に、2ヤード先でも2個のものが競い合うように炸裂し頭部や両の肩、腕に数多あまたの金属片が突き刺さり皮膚や肉をえぐり骨にまで達した。



 だが度重なる打撃でタンパク質合成のサイクルを進化させたクラーラはその両の手のひらの指で数えきれない異物を急激に体内から押し出し、損なわれた肉体組織を凄まじい勢いで再構築させ続けた。



 ふたたびフルオートのミリタリー・ボールに身をさらしながら立ち上がる。



 飛び散る体液さえ抑制し、復元へ向けて全勢力を傾ける。



 ぎこちなく両腕を下げたまま前屈みに立ち上がり、顔を上げるとパトリシア・クレウーザの横に伏せミニミ機関銃を撃っていたスーツ姿の女が立ち上がった。



 クラーラはその時ふと気づいた。



 お前のスーツはどうしてそうボロボロなのだ。



 その立ち上がった女がスペイン語らしき言葉を言い放った刹那せつな、それが起こり始めた。







 クラーラ・ヴァルタリの立つ周囲の空気が凄まじい勢いで熱を帯び始めた。











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