Part 16-2 Devil's Roar 魔の咆哮
1 Cavalry Regiment Camp 6th Squadron 1st Armored Division Ⅲ Corps Army Commands US.Army Company Training Ground East of Fort Bliss, TX. 23:15 Jul 13
7月13日23:15 テキサス州フォート・ブリス東方アメリカ陸軍 陸軍コマンド第3軍団第1機甲師団第6戦隊第1騎兵連隊野営地
飛来した長距離極超音速ミサイルのような攻撃により怪物らの用意した5470ヤード(:約5km)先の装甲戦闘車輌はすべて撃破された。
ルナは最大ズーミングで低い丘陵地の頂きを中心に近い方の斜面をつぶさに観察し怪物らの生き残りを捜した。だが車輌ごと殲滅されたのか丘に動くものは見当たらなかった。
ルナはヘッドギアのフェイスガードに付いたマイクを通し衛星経由の無線でダラスのデータ・センターへ行ってるM-8マレーナ・スコルディーアを呼びだした。
『ハ──イ、マースです』
「ルナよ。マース、フォート・ブリス近郊の怪物らの動向はモニタしてるの?」
『20マイル(:約32km)東までモニタしてるよ。今のところ怪物らはいないみたい。7分後に上空の観測衛星が領域から離れ次の衛星が来るのはそれから13分後だよ』
「わかったわ。敵を発見しだい知らせて頂戴」
決して陸軍の斥候部隊が無能だとルナは思わなかった。ただ怪物らの機甲部隊を見逃した以上、情報の信頼を寄せるのは手の内におきたかった。
『了解』
会話の一部を聞いていた傍らのロバートがルナに今後の作戦方針を尋ねた。
「野営地の基地司令に警告は出さないのか? 怪物らはこれで退くとは思えない」
警告はすでにしたとルナは思った。20に近い主力戦車を防衛戦で失ったのがこれ以上にない警告になったはずだ。それを裏づける様に基地からの救護員が撃破されたM1A2C/SEPV3エイブラムスに回る最中、戦隊第1騎兵連隊は野営地から新たなMBTを出して陣形を組み始めていた。
問題は彼我の戦力と敵の戦術だわ。
NDC副社長は眉根寄せて暗がりに砂塵舞い上げ機動するエイブラムスの様子を肉眼で見つめていた。
怪物らは学習し戦術だけでなく兵装を変えていた。陸軍は当初、機動力を武器に白兵戦を仕掛けてくる怪物らになす術もなく陸と空の部隊を潰してしまった。実際、自分達の遭遇戦は白兵戦のみで敵の怪物らは火器を一切使わなかった。
だが一旦は優位に立った方式が怪物らに甚大な被害を与えると、あいつらは遠距離戦を行える機甲部隊を用意してきた。
それをさらに巻き返したのだ。
陸軍がどうやって援護火砲を用意したのか、極超音速のミサイルで敵を組み伏せた以上、必ず怪物らはまた攻め手を変えてくる。恐らくはミサイルに狙われないようにするためにまた機動力にシフトしてくるだろう。それに小銃やレーザー攻撃に耐性を身につけた怪物らが戦車砲に耐えうるようになるのは目に見えている。
次々に詰み手を返され退いては巻き返してくる連中を倒すには意表を突く戦術が必要だった。
ルナは右腕を振り上げ彼女の背後を指さすシルフィーの姿が意識に過った。
────爆薬や地雷が多くあるじゃないか────
野営地陸軍のM795E2砲弾とM15やM19地雷を流用し仕掛け爆弾を仕込むにもこうも守備範囲が広くしかも怪物らがいつ来るかわからない状況では陸軍の工兵隊を駆り出しても無理がある。だが主力戦車に必ず攻撃をしかけてくる怪物らが接敵してくる動線は限られるだろうし、それならトラップを仕掛けることも可能かとルナは考えた。
ルナはふと妙な思いにとらわれた。
なぜ、怪物らは大量な数で攻めて来ないのだろうか?
荒野に現出してくるエネルギー的制限が数を決めているのだろうか。それとも怪物自体の構成体が例えばリソース不足で数が制限されて────遭遇戦で白兵戦ディフェンスを行った時に怪物らはまるで砂状の城が崩れるように瓦解した。銃弾が命中する部位によっては急激な再生をおこなえるのに急所に命中すると、一気に崩壊する。
まるで躯の構成体が制御を失った────まさか、マイクロマシンの集合体なのか。中央の指令を失うと結合力を失う理由。それならそもそも生命体でさえもない可能性が。
『レイカ・アズマから呼出』
ヘッドギアのAIに思索を邪魔されレイカが何だろうかとルナは思いヘッドギア・フェイスガードのマイクに繋ぐように命じた。
「どうしたのレイカ?」
『デヴィッド、ジャック、コーリン3人連れて敵装甲車が殲滅された丘陵地を隠れ場所にし奇襲する怪物らを背後から狙撃する』
4人ともスナイパーだった。だが怪物らにレーザー・ライフルは効果がないと知ってるはずじゃないかとルナは思った。
「得物はどうするの?」
『陸軍からM107をMk263Mod2弾(:長距離狙撃徹甲弾)込みで買い上げて欲しい』
バレット・ライフルかとルナは納得した。
「わかったわ。すぐに掛け合う」
無線通信を切り、ルナは傍らで護衛についているクリスチーナ・ロスネスに声をかけた。
「ロバート、リーダーを代行。クリス、司令部テントへ行きます」
ルナは元SAS中佐に部下を任せ踵返しクリスを連れて司令部テントへ小走りに向かい始めた。
レーザーの効かない怪物らに徹甲弾とはいえ50口径で役に立つとスナイパーとしてベテランのレイカが判断したのなら何かしらの糸口に気づいたのだろう。
陸軍の歩哨の横を通り抜けたその時、上空を衝撃波の爆轟を置き去りにしてまた極超音速の飛翔体が東へ飛び抜けて行った。ルナは顔を振り上げ夜空にその噴炎をとらえようとしたが見つからず1つの結論にいたった。
やはり怪物らの装甲車輌を殲滅したのはレイルガンだわ!
いったいどこの部隊がレイルガンなぞ持ち出してきたのだ!? まだ試験艦での小型のものだけが開発されていただけなのにとルナはエメラルドグリーンの眼を細めたまま顔を振り戻した。
カリフォルニアのNDC研究所でも同種のものを開発中だった。だが大電力が必要であり、ズムウォルト級などの発電余力のあるガスタービンなどの大型システムがある洋上艦でしか運用ができなかった。小型原子炉パックを拡充したパッケージを用いて陸上ヴァージョンを開発している最中だった。
今の1撃が、当てずっぽうの威嚇射撃だとしたら、また東の地に怪物らが現出している可能性があった。観測衛星をたえずモニタしているマースがまだ1報をしてこないので飛び越していった弾体が何を狙ったのか定かではなかったが、ルナはふと思いつきフェイスガードのマイクを使いAIに命じた。
「AI、フォート・ブリス近空の観測衛星にリンク。索敵モード。索敵条件、120ミリ砲以上の主砲を備えた装甲車」
16秒してAIがイヤー・プラグを通し報告した。
『対象57個体』
その殆どはM1エイブラムスだとルナは思い次の指示を出した。
「識別条件追加、M1エイブラムスの車格より10%以上大きな車輌」
今度は絞り込んだ上でのフィルターなのでAIの反応は早かった。4秒でAIが報告した。
『対象2個体』
「その車輌を私のフェイスガード・モニタにモニタ・イン・モニタで表示」
命じた直後タイムラグもなくヘッドギアが衛星からの画像信号を受像した。フェイスガードに映る野営地の光景の4分の1に新たなウインドが開き街中の車道を爆走するその車輌の俯瞰画像が映った。
見たこともない異様な車輌だとルナは眼を見張った。
戦車の車体のようなものが前後で連結されておりその先頭車輌の固定砲塔から異様に太い主砲が前へ突き出していた。
一瞬、傍を通り過ぎた路駐するGMのピックアップトラックとの比較からルナはその1輌がM1エイブラムスより2回り大きいと判断した。
恐らくは前方車輌にレイルガンを搭載し、引き連れる後部車輌が動力ユニットで連結部の細さから動力を電力に換え主砲に供給するだけでなく機動モーターにも供給している。
だがレイルガンの動力源たる発電をまかなえるガスタービン・パッケージを載せられる大きさに1輌が足らない。その逃げ道に思い当たりルナは顔を強ばらせた。
小型原子炉ユニットだわ!
こんなもの国内のどこの軍需企業でもまだ開発していない。いったい国防総省はどこと契約したのだ!?
いずれにしてもその正体不明の戦闘車輌が野営地方面へ全速で向かっているのだと判断してルナは衛星画像のウインドを閉じた。
120ミリ滑空砲よりも射程と破壊力のある粒子砲を怪物らは持っていた。だが所有者は不明でも人類側の兵装はそれを上回るレイルガンだった。怪物らの隠しカードは何にせよ、レイルガン以上の通常兵器を人は────。
司令部テントが見えてきてルナは思わず立ち止まった。
地上戦が拮抗する場合の対抗策はあった。
即座にルナは国防総省へ無線を繋ぐようにAIに命じた。
合衆国空軍に攻撃ヘリ以上の近接航空支援を要請する。うまくいけば燃料気化爆弾や地中貫通弾を連中にお見舞いできるとルナは考えた。
まだ人の手にも隠しカードはある。
寸秒、頭上をまた極超音速飛翔体が飛び抜けて爆轟を振りまいた。
司令部テントから数人の尉官と兵が出てきてルナは鉢合わせになった。
コアだけを現出させ放電球が消滅するとそれは地上に僅かに四散している構成素材の残滓を呼び集めた。
先のレイジョは原住民の移動仕掛けの強勢仕掛けを模して6のものを構成した。
だがそれらは空中から襲ってきた超高速物理体の衝突エネルギーによってすべてコアを失ってしまった。
先のレイジョはその超高速物理体のベクトルを調べ遠距離からの攻撃であると共有した。
距離が離れれば物理体を当てる確率は大きく減衰する。また目標サイズの小ささに命中率も減衰する。
その現出したコアは手近な構成素材を僅かに呼び集め原住民の4分の1の大きさでしかない大きさで外殻を作り上げるとオチデンタリスへ向け急激に移動を始めた。
原住民の空からの強勢仕掛けは投射元が十分に遠く、しかも標的となるそれはサイズもかなり小さく機動もかなり速い。打撃を受ける確率は極めて低かった。
数百アールマごとにオチデンタリスへ向け移動しながらそれは共有している情報を鑑みた。
原住民の鋼鉄を多用した強勢仕掛けは強度のエネルギーを持つ電子ビーム砲にそれほどの強度もなく屈服した。
問題は戦術にあり、それを探るのが役割だった。
原住民遺体の思考中枢から知ったことでは、原住民の思考アルゴリズムはそれほど抜きん出たものでなく、レイジョの共有蓄積された情報処理には及ばないことがわかっていた。
だが原住民は同種間での長い抗争の経験から戦術に深い知識を蓄積していた。それはこの世界を蹂躙するのに脅威であり支障である。
まずは原住民が構築した集合居住地区外縁の強勢仕掛けエリアを叩き潰すのにどれだけのレイジョと構成素材が必要であるか計測算出し共有する。
センシングした結果、付近に原住民の気配もなく1のレイジョは10数度目の跳躍を終えて急激に迫るそのエネルギーに気づき顔を振り上げた。
オチデンタリスの空からそれが猛速で襲いかかった。
「化け物どもがァ! 調子にィ乗るなよォ!」
巻き舌で吐き捨てアン・プリストリは砲塔の車長席で衛星画像を睨みながら、怪物らの戦闘車輌を殲滅し残存兵力を探しまわっていた。
戦車の操縦はロスケ女に任せていたから次の得物を探し狙いをつけることに専念すればよかった。
「プリストリ様ぁ、前方の交差点を警察車輌が封鎖しています! 止まりますか!?」
レギーナ・コンスタンチノヴィッチ・ドンスコイが操縦席から大声で砲塔内にいるアン・プリストリへ尋ねた。勝手に車輌を止めればアンが激怒して電撃チョーカーのリモート・スイッチを押しかねなかった。
「ばっきゃろうゥ! 止まるわけェねえじゃないかァ! 公道で戦闘車輌を走らせてんだぞォ!」
背後の頭上からアンがどこかを蹴り飛ばし怒鳴ったのを聞いてレギーナは唇を歪めた。
知り合って半年、APの判断基準がおかしいのは十分に承知していたが、公道で装甲車を爆走させているからこそ警察の封鎖に従うべきだろうとレギーナは思った。ロシアでは許される行為であってもここアメリカでは無謀だろう。
「突っ切りますよ! いいんですね!?」
背後のアンがまたどこかを蹴り飛ばし怒鳴った。
「一々、聞くなァ! 突破ァアアア!」
僅かに遅れて派手な衝突音が聞こえ車体が上下左右に激しく揺さぶられた。2輌で33万ポンド余りになるこの化け物のような装甲車が、ペラペラの警察車輌に押し負けるはずがなかった。両のキャタピラーが派手に鼻面を向かえ合わせた警察車輌のボンネットを押しつぶし残り越えて車輌が飛んだ。
着地した瞬間、レギーナは操縦席で激しく身体を揺すり舌を噛みそうになった。
寸秒、レイルガンの射爆の砲撃音が聞こえレギーナはアンが激しく揺さぶられ誤って射撃のトリガーを押し込んだものだと思った。
「うわぁははははァ! ざまァみろってんだァ! 外しはしねェぞォ!」
あの揺れ方で照準ができたのかと、レギーナは操縦席のペリスコープを覗きながら思った。
いったいこの戦闘車の照準システムはどうなっているんだと思いながら、レギーナは交差点に装甲車を突入させ横から走ってきたビッグリグを跳ね飛ばし横転させると戦闘車輌を交差点から猛速で抜けさせた。
直後、またこの揺れの中でアン・プリストリがどこかへ照準しレイルガンから極超音速弾を撃ち放った。
激しく揺れる操縦席のペリスコープの視野から懸命に道の真ん中を走らせようと悪戦苦闘するレギーナは、アンがたとえ500メートル先の戦車を照準していたとしても、命中してないと鼻を鳴らした。
だが誘拐されてきたロシア軍大佐はAPがその遥か10倍以上遠くの人の半分のサイズの怪物に命中させているなど知りえなかった。
アン・プリストリは強靭な魔力でマック5の極超音速飛翔体の弾道を強引にねじ曲げていた。