Part 15-2 Confronting 対峙
NDC Hangar Teterboro Airport 111 Industrial Ave. Teterboro East Hasblack Heights, NJ. 23:52 Jul 13/
10 يوليو ، 2019 15:55 المملكة العربية السعودية منطقة الرياض الجبلية بالقرب من شمال دالامان
7月13日 23:52 ニュージャージー州ハスブラック・ハイツ東部テターボロ インダストリアル・アベニュー111番地テターボロ空港NDC格納庫/
2019年7月10日 15:55 サウジアラビア リヤド ダラマン北部付近の山岳地帯
刺すような水銀灯の冷たい灯りの下、ヴィクトリア・ウエンズディは精霊戦闘機シルフィの傍でパイプ椅子に腰掛けうなだれて握りしめた太腿の上の拳を震わせていた。
格納庫に戻って9時間近くが経っていた。
────汚染されたのね────。
ルナの叱責と表裏の指摘が何度も蘇ってくる。
ウルトラマリンブルーの機体が汚された。
自分の責任にヴィクトリアは押し潰されそうになっていた。判断と対処を誤った自分のせいで精霊を汚してしまった。
機体を侵食する変色部位は除去もままならず物理的削除も受けつけずその範囲が広がり続けている。唯一剥がせたのは、ワーレン・マジンギ教授が取っていった僅かなサンプルぐらいだった。
辛いのと同時に押さえようのない怒りが込み上げてくる。
あの昆虫様の飛翔体は絶対に悪意の塊だとヴィクは思う。まるで玩ぶように天駆ける戦闘機を追い落とす。技量の駆け引きや機体性能の競い合いなどお構いなしに追い落とす。
あいつらは空を汚す悪魔だとヴィクトリアは感じた。
鬱々と怒りを溜め込んでいる最中、格納庫の大きな扉が突然開かれヴィクは椅子に座ったまま顔を持ち上げた。
「おう! ヴィクトリア! お待たせしたな!」
戸を開いたのは白衣姿のワーレン・マジンギ教授だった。
「シルフィを侵食しているものの正体がわかったぞ」
「汚染を落とせるのか!?」
ヴィクは腰を浮かし教授に問い返した。
教授はにやついて格納庫の大きな扉をどんどんと横へ引き開けていった。その見えた先に大型の台車に載せられた剥き出しのジェットエンジンのようなものが乗っている。
ワーレン・マジンギがさらに反対の左側扉を開くと同じような機材がすべてで6台と大きな立方体の発電機かコンプレッサーのような台車もあることにヴィクは驚いた。もしかしたらワーレンは突貫でこれら機材を組んでくれたのか!? と彼女は感動した。
「シルフィの汚染物はいったい何なんだ!?」
「あれはな炭素13に近いサイズのナノマシンだ」
教授が台車の1台を押して格納庫に入ってきながらヴィクトリアにそう教えた。
「炭素? 原子の炭素? き、機械なのか!?」
ワーレン・マジンギがヴィクから視線を逸らし高い天井を見上げた。
「機械だと思うのだが、正確なところ小さすぎて何かはわからん。じゃが────」
視線を下ろした教授が人さし指を立てて左右に振った。
「解明できなくとも、対処方法を見つけるのがこの儂じゃ。サンプルの磁気双極子モーメントが歳差運動するのが炭素13に近い898Mヘルツで──」
ヴィクトリアが眉間に深い皺を刻んで唇をへの字に曲げたので、その表情を見た教授は易しく言い直した。
「止まっている荷電粒子は周囲に電場を生むが、動いている荷電粒子は電場と磁場も生む。その磁力の向きと強さをあらわすベクトル量で、原子が微小の磁石なのだが、静磁場を当てると磁石は磁場ベクトル周囲を特定の電磁場周波数で自転している回転軸が円をえがき振れる。共振じゃよ。共振。そこでじゃナノマシンの固有周波数がわかったので派手に共振させて破壊するんじゃ」
ヴィクは小さな機械生物に強力な電磁場を浴びせて壊す下りはわかったが、荷電粒子だの、回転軸が円をえがき振れるなどわからなかった。いやもしかしたらスパイラル・スピンのことか?
「理屈はいい──早くシルフィを除染してくれ。頼む」
「よしゃ、任せろヴィク」
ヴィクトリアが懇願するとワーレン・マジンギ教授は浮き足立って大きな台車に載ったジェットエンジン状のものを格納庫に次々に入れ精霊戦闘機シルフィの周囲に配置し、それらを腕ほども太さのあるケーブルで繋ぎ出した。そうして最後の長方形の立方体に似た形のものが載った台車にケーブルを集めた。
「教授、この機械らでシルフィが壊れたりしないのか?」
ヴィクが不安になりそう問うと教授は口を尖らせた。
「儂がそんなヘマをするかい! さあ、格納庫を出るぞ」
ヴィクトリアは教授に腕をつかまれ一緒に格納庫の外に出ると、教授は小走りで大きな引き戸を閉じてしまった。
「そばで様子を見てはダメなのか?」
精霊戦闘機シルフィを心配するあまりヴィクは教授に聞いてみた。
「お前さん、巨大な電子レンジの中にいたいのか? まあ、電子レンジは語弊があるが、医療用のw核磁気共鳴に近いものじゃ。ラビ振動で侵食体を根こそぎ剥ぐ。ヴィクトリア、格納庫からもっと離れろ。なにせ100ヘクトテスラも磁場がある!」
ヴィクトリアはそばで見たいという考えを撤回した。もしかしたら作業着のポケットに入れたレンチやドライバーから火花が散ると勘違いした。
仰々しい機械の割にコントローラーはワーレン・マジンギ教授がポケットから取りだした、ただのセリー(:米でのモバイル端末の俗称)だった。画面が立ち上がると教授は複数のアイコンを順にタップし、そうして画面右に縦にあるスライダーをスワイプした。
刹那、大きな低い周波数のハム音が格納庫から鳴り響き聞こえだし、色んな金属のぶつかる音が連続し始めた。
その大小のぶつかる音が急激増して、ヴィクトリアの不安がぶり返した。
「ワーレン──本当に大丈夫なのか────!?」
「何を心配するかぁ、すべては計算ずくで────」
格納庫の屋根の下で鉄骨の撓む軋みが間合いを縮め間欠に響き始めた。
「何を言うか、あれすら計算ずくで────」
爆音を放ち2枚の大扉が大きく内側に折れ曲がった。
「止めろ! 止めるんだワーレン! シルフィが鉄骨に押し潰される!」
ヴィクトリアに肩をつかまれ激しく揺さぶられたワーレン・マジンギ教授はセリーを落としてしまった。その落下するモバイル端末に咄嗟に腕を伸ばしヴィクトリアはつかもうとした。
精一杯伸ばした彼女の人さし指で跳ねたセリーが勢いつけて液晶面からアスファルトに落ちてしまった。
ヴィクトリアは教授を突き飛ばしひっくり返ったモバイル端末に飛びついて拾い上げたそれを操作しようと裏返した。
激しくひび割れた液晶面に表示されていたすべては消え、歪な虹模様だけが広がっているのを見てヴィクトリア・ウエンズディは愕然となった。
ヴィクは尻餅をついたワーレン・マジンギ教授へ振り返りセリーの壊れた液晶画面を見せ泣き顔で懇願した。
「ワーレン────どうしよう!? なんとかしてくれ!」
「ヴィクトリア、お前さんが儂をあんなに揺さぶるから────どうにもならん!」
ティラノザウルスの吼え声のような大きな軋みが聞こえ顎を落としたヴィクトリアが半身振り返ると鉄骨の悲鳴に混じりパルス音が急激に高まりその須臾、内部にくの字に折れ曲がっていた格納庫ドアに2条のエメラルドグリーンに輝く鞭が突き抜け数回曲線を踊らせ格納庫内部へ砕け散った扉に逆らうように精霊戦闘機シルフィが姿を現した。
パルス・デトネーション・ジェットの噴流を青く引き伸ばした優美な曲線の戦闘機が格納庫から出きり離れ制動をかけフロント・ギアが縮体した寸秒、格納庫が内側に完全に倒壊し割れた大量のスレートが粉煙を吹き上げた。
ヴィクトリア・ウエンズディは唖然と自分の戦闘機を見つめていた。
1対の垂直尾翼の付け根からエンジンナセル、主翼付け根まで侵食していた灰色のものは消え失せていた。
力が抜けがっくりと膝を落としたヴィクトリア・ウエンズディの首を後ろから手をさし伸ばし抱きしめた風の精霊シルフィードが彼女の耳元に囁いた。
────心配してくれてありがとうヴィクトリア。
────私はもう大丈夫ですよ。
うなだれたヴィクトリア・ウエンズディの喉元に蒼い紋章が浮かび上がっていた。
小石混じりの砂を巻き上げ全力で駆けた。
足の裏が焼けた砂に熱いとか、尖らせた小石が痛いとかかまっている余裕はなかった。
「なんでこんな場所に虎がいるの!?」
デザートにいるはずのない理解不能の苛つきにマリア・ガーランドは荒い息をしながら怒鳴った。
1頭でも追いつかれたら対処できないのに、嫌がらせのように2頭もいる! それもとびきり大きい成獣なのだ。
斜面を斜めに駆け下りながら、いつ飛びかかって来るのかと神経を逆なでされ焦る気持ちに何度も前のめりにバランスを崩しかかり、その度に大きく跳躍して姿勢をリカバリーした。
こんな走り方をしてたら足首か膝を傷めて逃げられなくなる。
M・Gはあえて速度を落とし落ちている石に次々と視線を移した。
いずれ2頭に追いつかれる。
背後から襲われて組み伏せられるより、待ち構えて鼻面に1撃を与える。それで1頭はなんとかなる。だが2頭目が間髪入れずに手を出して来るだろう。
何も武器のない状態で対峙するわけにはゆかなかった。拳よりも大きな石を拾い上げ打撃の武器にする。素手で戦うよりはマシだとマリーは思った。
斜面はあと550ヤードは続いていた。
平地で迎え伐ちたかったがとても山裾まで辿り着けそうになかった。
なら斜面で戦うことになる。
低い場所にいる自分の方が不利なのは承知だがかまってはいられない。1頭目の鼻に1撃を入れ斜面の低い方へ投げ飛ばす。2頭目は出たとこ勝負だった。
手頃なグレープフルーツほどの大きい石を見つけマリーは走り寄ると立ち止まりそれを拾い上げた。つかんでみるともろくはなく一カ所に軽い突起がある。だが都合よく2個目が見つからずマリーは頂きへ振り向いた。もたもたしてる余裕はなかった。あの2頭はもう頂上に登りきったはずだった。
片手に握る石を握りしめて頂きに眼を凝らすと2頭の虎がこちらを探しているのが見えた。
斜めに駆け下ったのですぐに見つけられずにいる。
マリーはゆっくりと姿勢を下げ斜面に腹這いになった。これで見つからないなど甘くは考えていなかったが、荒い息を抑えるために時間が必要だった。
あいつらは獣だ。
追い詰めて噛み殺すまで止めはしない。
渇いた土の上で僅かに顎を動かして視線を上げ隆起の合間に頂きを仰ぎ見た。
いた!
2頭のホワイトタイガーが首を擡げ斜面の方々へ顔を向けている。
一瞬、1頭と目線が絡んだような気がして気配を殺した。見つかっただろうか!? まだ────いいや、私は見つかってしまった!
1頭がこちらへ向かい一気に駆け下り始めもう1頭がその後を追い始めた。
隠れているは終わりだとばかりにマリア・ガーランドは立ち上がった。
かかってこい!
奥歯噛みしめ顎を引いて駆け下りてくる白虎の躍動を睨み据えた。石を握った右腕を最大限の振り出しをできるように引いて上半身を捻った。
1撃しかチャンスはなく、仮にそれで1頭目の戦意を削いでも、後から飛びかかるもう1頭に手立ては思いつかないでいた。
銃でもあれば事態はずっと好転するはずだが、1個きりの石は投げつけたらそれで終わり。拳や手刀では到底あれらの牙や爪に太刀打ちできない。
早鐘のように打ちつけていた胸の臓が静かになっていた。
この勝てるという自信はどこから湧き上がってくるのだ!?
決してホワイトタイガーが、そこいらの野良猫ていどに御しやすいと勘違いしているわけではない。ならなぜ彼奴らを叩き伏せることができると信じるのだ!?
一瞬、眼の前に見えたのは昆虫の寄せ集めのような4本腕と頭。黒い引き締まった容体に相手の腕の先の指が4本でありその黒光する爪が15インチ(:約38㎝)ほどもあり異様に薄く尖っている事実にあれが奴のファイティングナイフであり、スパイクなのだと記憶に過った。
16本のナイフ相手の格闘に自分が胸を高鳴らせていた記憶が鮮明に蘇った。
そうあの時は、得物は肩に柄を乗せた斧────照りつけるアスファルトの輻射熱に空気歪む駐車場が闘技場だった。
間合いが十分に詰まり、相手に理解出来ていなくともマリア・ガーランドはホワイトタイガーらへ大声で告げた。
"Hey, let's do it !!!"
(:さあ! やろうじゃないか!!!)
その寸秒、先頭の白虎が大きな口を開きその上顎の牙が人さし指より長いのだと冷静に見つめている自分がいた。
1頭目が跳躍して高い空から踊りかかってくる。その顔面に石を殴りつける。左足を踏みだし右のつま先を土に食い込ませ投球のように身体のバネを解放した。
その打撃の一閃、信じられない光景を眼にした。
淡く青いドーム状のスクリーンにホワイトタイガーが爪を滑らせ反転しながら背後の斜面に突進してきた勢いのまま背から落下し予想外の出来事に身体を捻り損ねた1頭目がわき腹から落下し斜面を転がり落ちた。
マリア・ガーランドがもう1匹を意識し顔を振り戻した瞬間、その後から駆け下りてきた獣はドームの先端に激突し横滑りしながら背後の斜面に転がり落ちた。
あの投石を空中で止め、バトルライフルの銃弾を削いだ青い障壁に護られていた。
その刹那、仰ぎ見る大きな木の麓で交わした盟約を思いだした。
私は────世界樹の摂理に触れ万物の絆──ガイアから盟約の契りを授かっている。
4つしかない原質と関わり根底に触れそれらの意味を理解した須臾、止まっていた瀑布が一瞬で鼓動を始め乱舞する途方もない数の銀の羽根に成り代わった。
────ほら──あなたは──盟約──契りよりも深い繋がりを──いま──理解した──。
ガイアにそう呟かれた。
護っているのは風のエレメンタル────エアリアル。
その華奢な少女を抱きしめ赦した自分を思いだした瞬間、彼女は途切れとぎれの記憶が繋がった。
私はマリア・ガーランド!
転がり落ちて体勢を立て直した獣らに振り向きNDC超巨大複合企業の総帥は指を開いた右手を振り向け魔法呪文詠唱もなく凝縮する火のエレメンタルを材料に急激に膨れ上がる熱射の球を生みだした。