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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #15
72/164

Part 15-2 Confronting 対峙

NDC Hangar Teterboro Airport 111 Industrial Ave. Teterboro East Hasblack Heights, NJ. 23:52 Jul 13/

10 يوليو ، 2019 15:55 المملكة العربية السعودية منطقة الرياض الجبلية بالقرب من شمال دالامان

7月13日 23:52 ニュージャージー州ハスブラック・ハイツ東部テターボロ インダストリアル・アベニュー111番地テターボロ空港NDC格納庫(ハンガー)

2019年7月10日 15:55 サウジアラビア リヤド ダラマン北部付近の山岳地帯





 刺すような水銀灯の冷たい灯りの下、ヴィクトリア・ウエンズディは精霊戦闘機シルフィのそばでパイプ椅子に腰掛けうなだれて握りしめた太腿ふとももの上のこぶしを震わせていた。



 格納庫(ハンガー)に戻って9時間近くが経っていた。



────汚染されたのね────。



 ルナの叱責と表裏の指摘が何度も蘇ってくる。



 ウルトラマリンブルーの機体がけがされた。



 自分の責任にヴィクトリアは押しつぶされそうになっていた。判断と対処を誤った自分のせいで精霊をけがしてしまった。



 機体を侵食する変色部位は除去もままならず物理的削除も受けつけずその範囲が広がり続けている。唯一()がせたのは、ワーレン・マジンギ教授が取っていったわずかなサンプルぐらいだった。



 辛いのと同時に押さえようのない怒りが込み上げてくる。



 あの昆虫(よう)の飛翔体は絶対に悪意のかたまりだとヴィクは思う。まるでもてあそぶように天駆ける戦闘機を追い落とす。技量の駆け引きや機体性能の競い合いなどお構いなしに追い落とす。



 あいつらは空をけがす悪魔だとヴィクトリアは感じた。



 鬱々と怒りを溜め込んでいる最中さなか格納庫(ハンガー)の大きな扉が突然開かれヴィクは椅子に座ったまま顔を持ち上げた。





「おう! ヴィクトリア! お待たせしたな!」





 戸を開いたのは白衣姿のワーレン・マジンギ教授(Prof.)だった。



「シルフィを侵食しているものの正体がわかったぞ」



「汚染を落とせるのか!?」



 ヴィクは腰を浮かし教授(Prof.)に問い返した。



 教授(Prof.)はにやついて格納庫(ハンガー)の大きな扉をどんどんと横へ引き開けていった。その見えた先に大型の台車に載せられた剥き出しのジェットエンジンのようなものが乗っている。



 ワーレン・マジンギがさらに反対の左側扉を開くと同じような機材がすべてで6台と大きな立方体の発電機かコンプレッサーのような台車もあることにヴィクは驚いた。もしかしたらワーレンは突貫でこれら機材を組んでくれたのか!? と彼女は感動した。



「シルフィの汚染物はいったい何なんだ!?」



「あれはな炭素13に近いサイズのナノマシンだ」



 教授(Prof.)が台車の1台を押して格納庫(ハンガー)に入ってきながらヴィクトリアにそう教えた。



「炭素? 原子の炭素? き、機械なのか!?」



 ワーレン・マジンギがヴィクから視線を逸らし高い天井を見上げた。



「機械だと思うのだが、正確なところ小さすぎて何かはわからん。じゃが────」



 視線を下ろした教授(Prof.)が人さし指を立てて左右に振った。



「解明できなくとも、対処方法を見つけるのがこのわしじゃ。サンプルの磁気双極子モーメントが歳差運動するのが炭素13に近い898Mヘルツで──」



 ヴィクトリアが眉間に深いしわを刻んで唇をへの字に曲げたので、その表情を見た教授(Prof.)は易しく言い直した。



「止まっている荷電粒子は周囲に電場を生むが、動いている荷電粒子は電場と磁場も生む。その磁力の向きと強さをあらわすベクトル量で、原子が微小の磁石なのだが、静磁場を当てると磁石は磁場ベクトル周囲を特定の電磁場周波数で自転している回転軸が円をえがき振れる。共振じゃよ。共振。そこでじゃナノマシンの固有周波数がわかったので派手に共振させて破壊するんじゃ」



 ヴィクは小さな機械生物に強力な電磁場を浴びせて壊す下りはわかったが、荷電粒子だの、回転軸が円をえがき振れるなどわからなかった。いやもしかしたらスパイラル・スピンのことか?



「理屈はいい──早くシルフィを除染してくれ。頼む」



「よしゃ、任せろヴィク」



 ヴィクトリアが懇願こんがんするとワーレン・マジンギ教授(Prof.)は浮き足立って大きな台車に載ったジェットエンジン状のものを格納庫(ハンガー)に次々に入れ精霊戦闘機シルフィの周囲に配置し、それらを腕ほども太さのあるケーブルでつなぎ出した。そうして最後の長方形の立方体に似た形のものが載った台車にケーブルを集めた。



教授(Prof.)、この機械らでシルフィが壊れたりしないのか?」



 ヴィクが不安になりそう問うと教授(Prof.)は口を尖らせた。



わしがそんなヘマをするかい! さあ、格納庫(ハンガー)を出るぞ」



 ヴィクトリアは教授(Prof.)に腕をつかまれ一緒に格納庫(ハンガー)の外に出ると、教授(Prof.)は小走りで大きな引き戸を閉じてしまった。



「そばで様子を見てはダメなのか?」



 精霊戦闘機シルフィを心配するあまりヴィクは教授(Prof.)に聞いてみた。



「お前さん、巨大な電子レンジの中にいたいのか? まあ、電子レンジは語弊ごへいがあるが、医療用のw核磁気共鳴(NMR)に近いものじゃ。ラビ振動で侵食体を根こそぎぐ。ヴィクトリア、格納庫(ハンガー)からもっと離れろ。なにせ100ヘクトテスラも磁場がある!」



 ヴィクトリアはそばで見たいという考えを撤回した。もしかしたら作業着のポケットに入れたレンチやドライバーから火花が散ると勘違いした。



 仰々(ぎょうぎょう)しい機械の割にコントローラーはワーレン・マジンギ教授(Prof.)がポケットから取りだした、ただのセリー(:米でのモバイル端末の俗称)だった。画面が立ち上がると教授(Prof.)は複数のアイコンを順にタップし、そうして画面右に縦にあるスライダーをスワイプした。



 刹那せつな、大きな低い周波数のハム音が格納庫(ハンガー)から鳴り響き聞こえだし、色んな金属のぶつかる音が連続し始めた。



 その大小のぶつかる音が急激増して、ヴィクトリアの不安がぶり返した。



「ワーレン──本当に大丈夫なのか────!?」



「何を心配するかぁ、すべては計算ずくで────」







 格納庫(ハンガー)の屋根の下で鉄骨のたわきしみが間合いを縮め間欠に響き始めた。







「何を言うか、あれすら計算ずくで────」



 爆音を放ち2枚の大扉が大きく内側に折れ曲がった。



「止めろ! 止めるんだワーレン! シルフィが鉄骨に押しつぶされる!」



 ヴィクトリアに肩をつかまれ激しく揺さぶられたワーレン・マジンギ教授はセリーを落としてしまった。その落下するモバイル端末に咄嗟とっさに腕を伸ばしヴィクトリアはつかもうとした。



 精一杯伸ばした彼女の人さし指で跳ねたセリーが勢いつけて液晶面からアスファルトに落ちてしまった。



 ヴィクトリアは教授(Prof.)を突き飛ばしひっくり返ったモバイル端末に飛びついて拾い上げたそれを操作しようと裏返した。





 激しくひび割れた液晶面に表示されていたすべては消え、いびつな虹模様だけが広がっているのを見てヴィクトリア・ウエンズディは愕然がくぜんとなった。





 ヴィクは尻餅をついたワーレン・マジンギ教授へ振り返りセリーの壊れた液晶画面を見せ泣き顔で懇願こんがんした。



「ワーレン────どうしよう!? なんとかしてくれ!」



「ヴィクトリア、お前さんがわしをあんなに揺さぶるから────どうにもならん!」



 ティラノザウルスのえ声のような大きなきしみが聞こえあごを落としたヴィクトリアが半身振り返ると鉄骨の悲鳴に混じりパルス音が急激に高まりその須臾しゅゆ、内部にくの字に折れ曲がっていた格納庫(ハンガー)ドアに2条のエメラルドグリーンにかがやむちが突き抜け数回曲線を踊らせ格納庫(ハンガー)内部へ砕け散った扉に逆らうように精霊戦闘機シルフィが姿を現した。



 パルス・デトネーション・ジェットの噴流を青く引き伸ばした優美な曲線の戦闘機が格納庫(ハンガー)から出きり離れ制動をかけフロント・ギアが縮体した寸秒、格納庫(ハンガー)が内側に完全に倒壊し割れた大量のスレートが粉煙を吹き上げた。



 ヴィクトリア・ウエンズディは唖然と自分の戦闘機を見つめていた。



 1対の垂直尾翼の付け根からエンジンナセル、主翼付け根まで侵食していた灰色のものは消え失せていた。



 力が抜けがっくりとひざを落としたヴィクトリア・ウエンズディの首を後ろから手をさし伸ばし抱きしめた風の精霊シルフィードが彼女の耳元にささやいた。







────心配してくれてありがとうヴィクトリア。







────わたくしはもう大丈夫ですよ。







 うなだれたヴィクトリア・ウエンズディの喉元に蒼い紋章(クレスト)が浮かび上がっていた。











 小石混じりの砂を巻き上げ全力で駆けた。



 足の裏が焼けた砂に熱いとか、尖らせた小石が痛いとかかまっている余裕はなかった。



「なんでこんな場所に虎がいるの!?」



 デザートにいるはずのない理解不能の苛つきにマリア・ガーランドは荒い息をしながら怒鳴った。



 1頭でも追いつかれたら対処できないのに、嫌がらせのように2頭もいる! それもとびきり大きい成獣なのだ。



 斜面を斜めに駆け下りながら、いつ飛びかかって来るのかと神経を逆なでされ焦る気持ちに何度も前のめりにバランスをくずしかかり、そのたびに大きく跳躍ちょうやくして姿勢をリカバリーした。



 こんな走り方をしてたら足首かひざを傷めて逃げられなくなる。



 M・Gはあえて速度を落とし落ちている石に次々と視線を移した。



 いずれ2頭に追いつかれる。



 背後から襲われて組み伏せられるより、待ち構えて鼻面はなっつらに1撃を与える。それで1頭はなんとかなる。だが2頭目が間髪入れずに手を出して来るだろう。



 何も武器のない状態で対峙するわけにはゆかなかった。こぶしよりも大きな石を拾い上げ打撃の武器にする。素手で戦うよりはマシだとマリーは思った。



 斜面はあと550ヤードは続いていた。



 平地で迎えちたかったがとても山裾やますそまで辿たどり着けそうになかった。



 なら斜面で戦うことになる。



 低い場所にいる自分の方が不利なのは承知だがかまってはいられない。1頭目の鼻に1撃を入れ斜面の低い方へ投げ飛ばす。2頭目は出たとこ勝負だった。



 手頃なグレープフルーツほどの大きい石を見つけマリーは走り寄ると立ち止まりそれを拾い上げた。つかんでみるともろくはなく一カ所に軽い突起がある。だが都合よく2個目が見つからずマリーはいただきへ振り向いた。もたもたしてる余裕はなかった。あの2頭はもう頂上に登りきったはずだった。



 片手に握る石を握りしめていただきに眼を凝らすと2頭の虎がこちらを探しているのが見えた。



 斜めに駆け下ったのですぐに見つけられずにいる。



 マリーはゆっくりと姿勢を下げ斜面に腹()いになった。これで見つからないなど甘くは考えていなかったが、荒い息を抑えるために時間が必要だった。



 あいつらはけものだ。



 追い詰めて噛み殺すまで止めはしない。



 渇いた土の上でわずかにあごを動かして視線を上げ隆起の合間にいただきを仰ぎ見た。





 いた!





 2頭のホワイトタイガーが首をもたげ斜面の方々へ顔を向けている。



 一瞬、1頭と目線がからんだような気がして気配を殺した。見つかっただろうか!? まだ────いいや、私は見つかってしまった!



 1頭がこちらへ向かい一気に駆け下り始めもう1頭がその後を追い始めた。



 隠れている(スナイピング)は終わりだとばかりにマリア・ガーランドは立ち上がった。





 かかってこい!





 奥歯噛みしめあごを引いて駆け下りてくる白虎の躍動をにらみ据えた。石を握った右腕を最大限の振り出しをできるように引いて上半身をひねった。



 1撃しかチャンスはなく、仮にそれで1頭目の戦意をいでも、後から飛びかかるもう1頭に手立ては思いつかないでいた。



 銃でもあれば事態はずっと好転するはずだが、1個きりの石は投げつけたらそれで終わり。こぶしや手刀では到底あれらの牙や爪に太刀打ちできない。



 早鐘のように打ちつけていた胸の臓が静かになっていた。







 この勝てるという自信はどこから湧き上がってくるのだ!?







 決してホワイトタイガーが、そこいらの野良猫ていどにぎょしやすいと勘違いしているわけではない。ならなぜ彼奴あいつらをたたき伏せることができると信じるのだ!?



 一瞬、眼の前に見えたのは昆虫の寄せ集めのような4本腕と頭。黒い引き締まった容体がたいに相手の腕の先の指が4本でありその黒光する爪が15インチ(:約38㎝)ほどもあり異様に薄く尖っている事実にあれが奴のファイティングナイフであり、スパイクなのだと記憶によぎった。



 16本のナイフ相手の格闘に自分が胸を高鳴らせていた記憶が鮮明に蘇った。



 そうあの時は、得物えものは肩にを乗せた(アックス)────照りつけるアスファルトの輻射熱に空気(ゆが)む駐車場が闘技場(アリーナ)だった。



 間合いが十分にまり、相手に理解出来ていなくともマリア・ガーランドはホワイトタイガーらへ大声で告げた。







"Hey, let's do it !!!"

(:さあ! やろうじゃないか!!!)







 その寸秒、先頭の白虎が大きな口を開きその上顎うわあごの牙が人さし指より長いのだと冷静に見つめている自分がいた。



 1頭目が跳躍ちょうやくして高い空から踊りかかってくる。その顔面に石を殴りつける。左足を踏みだし右のつま先を土に食い込ませ投球のように身体のバネを解放した。



 その打撃の一閃いっせん、信じられない光景を眼にした。







 淡く青いドーム状のスクリーンにホワイトタイガーが爪を滑らせ反転しながら背後の斜面に突進してきた勢いのまま背から落下し予想外の出来事に身体をひねり損ねた1頭目がわき腹から落下し斜面を転がり落ちた。







 マリア・ガーランドがもう1匹を意識し顔を振り戻した瞬間、その後から駆け下りてきたけものはドームの先端に激突し横滑りしながら背後の斜面に転がり落ちた。



 あの投石を空中で止め、バトルライフルの銃弾(ブレット)いだ青い障壁に護られていた。



 その刹那せつな、仰ぎ見る大きな木のふもとで交わした盟約めいやくを思いだした。



 私は────世界樹(ユグドラシル)摂理せつりに触れ万物のきずな──ガイアから盟約のちぎりを授かっている。



 4つしかない原質と関わり根底に触れそれらの意味を理解した須臾しゅゆ、止まっていた瀑布が一瞬で鼓動を始め乱舞する途方もない数の銀の羽根に成り代わった。





────ほら──あなたは──盟約──ちぎりよりも深い繋がりを──いま──理解した──。





 ガイアにそうつぶやかれた。



 護っているのは風のエレメンタル────エアリアル。



 その華奢きゃしゃな少女を抱きしめゆるした自分を思いだした瞬間、彼女は途切れとぎれの記憶が繋がった。







 わたくしはマリア・ガーランド!







 転がり落ちて体勢を立て直したけものらに振り向きNDC超巨大複合企業(Exコングロマリット)の総帥は指を開いた右手を振り向け魔法呪文詠唱(えいしょう)もなく凝縮する火のエレメンタルを材料に急激に膨れ上がる熱射の球を生みだした。












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