Part 2-2 Actual Battle 実戦
Armored Reconnaissance Unit 1st Company 6th Squadron 1st Cavalry Regiment 1st Armored Division Ⅲ Corps Army Commands US.Army Company Training Ground Fort Bliss, TX. 19:32 Jul 13
7月13日19:32 テキサス州フォート・ブリス アメリカ陸軍 陸軍コマンド第3軍団第1機甲師団第6戦隊第1騎兵連隊第1中隊機甲偵察部隊の演習地
偵察兵乗り込む空間が斜めに切れ落ちそのエッジが暗がりの中で明るい橙黄色の光りから鈍い照柿のものへと冷めてゆくがまだ残るサウナ思わせる熱が振り向けた顔を焼いた。
その歪な開口部にインディゴよりもさらに深い黒に近い何かのシルエットが入り込んで、いきなり砲手のテレンス・オールダム曹長が喚いた。
「うわぁ! 何しやがる! くそったれがぁ!!」
一気に砲手席から引き剥がされ外に引き摺り出される部下の両眼にブラッドレーの切れ落ちた車体の赤い光りが反射し乱れ流れそれが急激に遠ざかり引き摺られる曹長はM17をホルスターから引き抜き闇に際立つその豪腕の持ち主のシルエットへ向けて撃ち始めた。
咄嗟に車長ヴィンス・コルケット少尉は操縦士のコンラッド・マシューズ1等兵へ怒鳴った。
「コンラッド! テスが攫われた! 取り返す! 戻ったら全速で脱出するぞ!」
「しょ、少尉!? 俺1人にするんですか!?」
上擦った声でコンラッドが返事をしているのが、車外で続けざまに聞こえだしたM17ハンドガンの銃声に掻き消され、少尉はM4A1をガンラックから引き抜きコッキングハンドルを引き放ちセーフティをフルオートにしながら車長席から身を翻した。
外での発砲音が途切れテレンス・オールダム曹長の喚き声がすでに数十ヤードは離れているであろう先から聞こえヴィンス・コルケット少尉は車輌後部外へ跳び下りると被っているECH(:陸軍標準ヘルメット)のブラケットを下ろし改良型暗視ゴーグルを左目に装着した。
暗視装備のスイッチを入れ緑色のモノトーンの光景に見えたものにはヴィンス・コルケットは息を呑んだ。
襲ってきた奴が一瞬蠍に見えた。だが地に這いつくばる捕食者と大きく違っている。二足で立っていた。首は見分けつかずその幅広い肩の左右から4対の腕が広がっており、最上の1対の先には大きな鋏が突き出し地面に接する尻の先から鈎状の人の腕の長さほどもある毒針が伸びていた。だが地上で見かける昆虫では絶対にないと思ったのはその立ち上がった蠍のシルエットでなく首持たぬ台形の頭部から一角が伸びていたからだった。
どう見間違っても人ではない! 魔物だ!!!
そいつが左の鋏で踠き暴れるテレンス・オールダム曹長の片足をつかみ引き摺り偵察装甲車からどんどんと遠ざかりつつあった。
少尉は1度M4A1のACOGで照準しようと覗き込みLEDのレティクルに負けて標的が定まらない事に気づき、どのみち距離で30ヤードほどならエリア照準でも外しはしないとチークピースに頬着けし左目で覗く暗視ゴーグルでその化け物を睨み据えトリガーを引き絞った。
膨れ上がったマズルブラスト一瞬で暗視映像が見えなくなりACOGから離した右目に火炎に仄かに照らしだされたそれが見えて彼は固まってしまった。
曹長を引き摺り逃げるそれが間違いなく立った巨大な昆虫に思えそのサイズを受け入れられずに戸惑い続けたが駆け足で追い縋った。
大型セダンを縦にしたよりも大きな蠍などこの世に存在するわけが有り得ない!
ヴィンス・コルケット少尉は自分らがM3A3BFISTブラッドレー装甲偵察車輌ごと縮んだのかと己に問い始めていた。
そんな事があるものか!
彼は唐突に以前にワイドニュースで見たニューヨークに現れた蜘蛛の化け物を思いだした。タランチュラのような躰で背には百足の胸部が生え、蠍の尾を3つも持つ乗用車よりも大きな悪魔。
警官の撃つ何千ものM855A1ミリタリー・ボールを砂粒ほどにも感じない化け物。
あのデヴィルがテキサスに現れたのだ!
少尉は走りながら車輌からアサルトライフルしか持って来なかった事を後悔し始めた。手榴弾が、いいや戦車砲弾が必要になる。
明るい緑に見えるテレンス・オールダム曹長がつかまれていない右足でそいつの腕を蹴りつけ喚き逃れようと抵抗し続けていた。
どこに連れて行こうというのだ!?
ま、まさか巣穴に!?
怪物があの大きさなら、巣穴はブラッドレーが入ってゆける洞窟かもしれない。ヴィンス・コルケット少尉は走りながら残弾が数発の弾倉をM4A1から引き抜きチェストリグのパウチから新しいものを引き抜き装填しボルト・キャッチを叩いて初弾をチェンバーに送り込んだ。
撃った銃弾の半数は命中している。
グリズリーですら足止めできる数だった。
"Mother Fucker!!!"
(:くそったれがぁ!!!)
悪態吐き捨てた寸秒、急激に背後から聞き慣れた8気筒ディーゼルターボの咆哮が聞こえ始めている事に気づき振り向くと迫る自車ブラッドレーが見えた。
その痛手負ったハウンドドッグ3が掠りそうな際を轟音を上げ駆け抜け砂塵を浴びせ一気に曹長を引き摺る化け物へと迫った。
テレンス・オールダムをつかむ左中間の腕を避け怪物の右側を巻き込み押し倒し乗り上げ停車し、同時にエンジン音が止んだ。
少尉はその場に駆け寄るとオールダム曹長は足首つかむ悪魔の歪な手を蹴りつけ逃れようとしていた。
ヴィンス・コルケットはカービンの銃口をその全体が一対の爪に見える根元にフルオートで数発撃ち込んだ。弾倉のミリタリー・ボールを使いきりようやく爪が開くと自由になったオールダム曹長は慌て離れた。
「し、少尉! こ、こいつ、な、何なんですか!?」
「わからん! 地の底から来た悪魔か、宇宙からきた化け物だ!」
コルケット少尉はM4A1の空の弾倉を引き抜きパウチから新しいものを取り出し叩きつけるように装填しボルトキャッチを叩きブラッドレー騎兵戦闘車に踏み潰されている怪物へ銃口を向けながら右に傾いた車輌後部へ移動すると切れ落ちた後方開口部へ顔を近づけ操縦席のマシューズ1等兵へ怒鳴った。
「コンラッド! お前が轢いた怪物から前進してゆっくりと下りろ」
「少尉殿! 轢いたなんて──人聞きの悪い」
中から聞こえる悪態にコルケット少尉は左の履帯を蹴り飛ばし怒鳴った。
「早くしやがれ!」
ディーゼルターボが咆哮を上げた瞬間にそれが起きた。改良型暗視ゴーグルの光学照準器視野に見える濃緑色の車体下部からもっと暗いものが履帯やサイドスカートから上を染め広がると、後方の切れ落ちた開口部からコンラッド・マシューズ1等兵が喚きながら飛び下りた。
いきなり暗視装置の光学照準器視野がハレーションを起こしヴィンス・コルケット少尉はゴーグルを跳ね上げると怪物から逃れたテレンス・オールダム曹長がフラッシュライトでブラッドレーを照らしていた。
その狭いが白い明かりに照らし出された装甲車の砲塔下までデザートカラーの色合いが暗いマットの紫一色に染まっていた。それを見つめ少尉と曹長は後退さるとコンラッドが走って2人の背後に逃げ込んだ。
「少尉、何ですかこりゃあ!?」
「知るか! だが良くない兆候だ。俺たちの偵察車が汚染されてるみたいだ! コンラッド、お前何で逃げだした!?」
戦車長に問われ操縦手は呪いの言葉を吐き捨てた。
「あ、あいつらオーメンです! 俺っちのサンドブーツに這い上がって迷彩服のパンツの中がざわざわしだしたんで逃げだしました!」
コルケットは横顔を向けコンラッド・マシューズのユニフォーム・パンツを確かめた。暗がりで鮮明ではないが装甲車の様に侵食されていない様に見うけられた。視線をブラッドレーに戻すと砲塔がほぼ呑み込まれる寸前だった。
少尉は砂糖にたかる蟻の様に金属の塊に群がる何かに銃弾を浴びせても無駄だと直感で悟った。
「どうするんですか、少尉!?」
曹長に問われ退き際だと思い始めた矢先にそれが聞こえ始めた。
重苦しく長く響き始めたのは紛う事なきサイレンだった。その音が3人の神経を逆撫でした。どこで鳴っているのか、夜空に響き渡るその唸りから追い立てられた。
「車輌を置いて──逃げるぞ」
少尉にそう命じられ2人は後退さる脚を素早く繰り出していた。ヴィンス・コルケット少尉だけが振り向いて駆け出すと部下らも向きを変えて全力で走りだした。
徒歩で星空の下を野営地まで逃げるには距離がありすぎた。
脚をつかまれ引き摺られたテレンス・オールダムはあの昆虫の様な怪物がまた追って来る様な気がしてならなかった。どこかに連れ去られかかり、暴れながら9ミリパラベラムを2弾倉撃ちきった。彼は走りながら残りの最後の弾倉を装填しベースまでの11マイルが大陸並みに遠くに感じた。舌打ちした瞬間、隣を遅れて走っているコンラッドが大声で喚きひっくり返った。
曹長は繰り出す脚を緩め振り向いて部下を急かそうとフラッシュライトで照らし固まってしまった。
リンカーン並みの大きすぎる蠍が片足でコンラッド・マシューズ1等兵を踏み敷いで自販機ほどもある鋏を振り上げていた。
やはり装甲車に潰されていなかったのだ!
テレンス・オールダム曹長はライト握る左手の平にマガジンエンドを乗せその大きすぎる標的を撃ち始めた。命中し跳弾が火花散らし、怪物横の至近距離からヴィンス・コルケット少尉がアサルトライフルでミリタリーボールをフルオートで頭部と思われる肩から盛り上がった瘤の如き頭を撃ち火花を跳ね上げた。
その合わせ20発余りの銃弾をものともせず、その大型の捕食者は大きな閉じた鋏を一気に振り下ろした。
フラッシュライトで照らし出されたコンラッド・マシューズの腹に食い込んだ凶器はまるで紙をナイフで切る様に易々と胴体を裂き臓腑が散らばったのを眼にして曹長は顔を強ばらせ銃口を下げた。
無理だ。今度捕まればコンラッドの様にバラバラにされる!
怪物が横に振り上げた逆側の鋏で至近距離で銃弾を浴びせている車長のヴィンス・コルケット少尉を殴り飛ばした。
「少尉!!!」
テレンス・オールダムは怪物を回り込む様に駆け出し少尉が落ちた方へ懸命に走った。70フィート(:約21m)駆けても指揮官は見えてこない。怪物が振った腕は大して速くなかった。だが重さが半端でない。突っ込んできた乗用車に跳ねられたのと変わらない。いいやトラックに跳ねられたのだ。
乱れるフラッシュライトの明かりにうつ伏せに倒れた迷彩服の男が見えてきた。殴られ飛ばされ負傷してる様だが手足は繋がっていると曹長は安堵した。
「少尉! 大丈夫ですか!? 少尉!?」
曹長は駆け寄り小声で尋ねると小隊長が呻き声を溢し腕を立て上半身を起こし部下に命じた。
「テス──ライトを消せ────奴に丸見えだ──くそう。なんて馬鹿力だ──18ウィラーに跳ねられた気がする」
ヴィンスはセミトレーラーにぶつかった事があるのかとテレンス・オールダムは思いながらフラッシュライトを消したは息を殺し闇を見回し眼が慣れるのを待った。
「少尉、コンラッドが殺られました。即死でした」
「運が良かったのかもしれんぞ」
殺されてなぜラッキーだと言うのだと曹長は顔を歪めた。
「奴は最初にお前を攫おうとしたんだ。楽に死なせてはくれないのかもしれん」
そうなのだとテレンス・オールダムは思った。連れ去るのには理由がある。利用されるのだ。喰われるのか、標本にされるのかも、いいや卵を仕込まれ────曹長は吐き気がしてきて話を逸らした。
「少尉、静か過ぎます。奴からそう離れていないし、ライト振り回して走って来たんでこちらの場所はわかってるはずです。バッタみたいに飛べるから一気に────」
傍に何か落ちた音がしてオールダムは振り向いた。
「少尉────」
曹長は声をさらに小さくし問いかけ小隊長に手を伸ばした。返事がなくオールダムは少尉の肩のあたりに指をかけ軽く揺すろうとした。ユニフォームの布地に触れた指先の湿った感覚に彼はフラッシュライトのスイッチを入れ照らすと首が断ち切れ血が溢れていた。
悲鳴を呑み込んで後退さった刹那、彼は脚を掬われ強かに背中から地面に倒れこんだ。同時に手荒く引き摺られ始めテレンス・オールダム曹長はライトを振り向け見えたダークラベンダー色の肩や首、頭部とも判別のつかないものへM17ハンドガンの銃口を振り上げ狂った様に撃ち始め最後の弾倉を瞬く間に使い切った。
「降下し、それを拡大してくれ」
ハンヴィを改装した地上コントロール・ステーション内で背後に立つ第1騎兵連隊第1中隊長のブレンドン・ダリモア中佐に命じられ左のコンソールに座る操縦士の曹長に命じた。
ジョイスティックを軽く押し込みRQ-7Bシャドウ2000無人偵察機の送信してくる各種画映像を映し出すモニタの高度表示が減算し始めるとサーマルヴィジョンに映る大豆よりも小さく火焔を上げるものが初めはゆっくりと、それが徐々に大きくなり焔が照らすものがはっきりと見えてきた。
右のコンソールに座るミッション・コントローラーがサーマルヴィジョンから赤外線カメラに切り替え揺らぐハレーションから突き出たオフホワイトの輪郭からブラッドレーの前部左のトラクター・フェンダンーとフロントパネルだと結論づけた。
偵察演習中のハウンドドッグ3が無線で交戦許可を求めてきた1930時点で他の4輌の偵察車輌と無線交信ができない事が判明した。
「引き続き付近に退避した兵士を捜してくれ」
赤外線カメラの映像からブラッドレーは全壊で偵察小隊は壊滅的だった。誰に襲撃されたにせよ短時間で広域のこれだけの被害を受けるからには敵対するものらはそれなりの武力で複数の何ものかであったが、ここはイラクやアフガンではないのだ。
合衆国のど真ん中でアメリカ陸軍に公然と挑んで来るのがテロリスト以外の何ものでもないとダリモア中佐は思った。
国防総省や陸軍情報部からは国内での敵対勢力の攻勢は想定されておらず寝耳に水だった。
だがどんな勢力であろうとアメリカ合衆国に武力行使してくるのであればこれを排除するのが国防総省のドクトリンである。
正面切って拳上げられ売られた喧嘩は買うべきだとブレンドン・ダリモアは思った。彼はコンソール左にある連隊本部へと繋がる電話の受話器を取った。
「ブレンドン・ダリモアです。パトリック・ネルソン大佐を至急お願いします」
待たされたのは2分にも満たなかった。
『私だ。ブレンディ、どうした?』
「第1中隊機甲偵察部隊の演習地で火急の事案が発生しました」
『何事だ?』
「第1偵察小隊が壊滅。目下、シャドウで敵対勢力と救助者の捜索を行っております。1925から1935間で広域展開していたブラッドレーが5輌全滅ですので複数の敵がいるものと思われます」
『演習要項になかったオプションの作戦か?』
「いえ大佐。演習ではありません。テロの可能性を捨て切れません。偵察装甲車が5輌大破し第1小隊全員の生存が確認とれておらず、攻撃偵察隊と一般支援航空隊のアパッチ、ブラックホークを索敵捜索救助に出して頂きたい」
数秒の間があり連隊長が決断を告げた。
『わかった。501航空連隊のアパッチを6機とブラックホーク4機を出す。中隊からエイブラムス12輌と第2、第3偵察小隊を展開させよ。全力を持って索敵にあたれ。必要とあらば容赦するな』
「了解しました!」
受話器を戻すとブレンドン・ダリモア中佐は横に立って指示を待つ無人偵察機オペレーターらの女性チーフに命じた。
「少尉、索敵を続行。敵の規模を早急につかみたい。合成開口レーダーに頼るな。装甲車の類ではないだろう。敵は用心深い歩兵部隊だけかもしれん」
「了解です中佐」
ハンヴィ後部のGCSから下りたブレンドン・ダリモアは恒常的な演習のために設営されている建物へ急いで向かいすでに展開している赤軍部隊へ無線で実戦への移行を通達するためにドアを開いた。
出入り口へ振り向いた通信士の1人がダリモアへ大声で報せた。
「中佐、ハウンドドッグ1のサイクス少尉から連絡が入っております!」
生きていたか! と思いながら通信機器の方へ向かう中佐へそう告げて通信士が伸ばした手に握られているのはヘッドセットではなくセリー(:モバイル通信端末の米での俗語)だった。