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衝動の天使達 3 ─殲滅戦線─  作者: 水色奈月
Chapter #14
68/164

Part 14-3 Hell Gate 地獄の門

GW特別掲載最終号

NDC HQ.-Bld. Chelsea Manhattan NYC, NY 23:56 Jul 13

7月13日23:56マンハッタン・チェルシー地区NDC本社ビル



 NDC本社ビルから調査対象のマリア・ガーランドが深夜になっても出てこずオウル・アイズ総合調査会社の経営者兼調査主任クライド・オーブリーは今日はもう諦めようかと思い始めていた。



 NBCネットワーク・ニューヨーク支局の看板プロデューサーのクリフトン・スローンが提示した破額の調査費用は魅力的だが、調査対象のあの女社長は調べれば調べるほどほころんで裏の面が出てくるとんでもない女だとわかり始めた。



 たった1人の肉親である父親は退役した元海軍の生粋きっすいの軍人で驚いたことに特殊部隊ネイヴィ・シールの総指揮官だった男だ。



 母親と姉を爆弾テロで失い軍人の父独りに育てられたあの女は粗暴どころか正真の兵士の一面を隠し超巨大複合企業(Exコングロマリット)の責任者を装っている。



 一昨年暮れのマンハッタン核爆弾テロの際、海兵隊偵察部隊と国家安全保(NSA)障局に先んじて公開前の民間軍事企(PMC)業セキュリティを率いてテロを阻止したと一部で語られている。



 昨年のニュージャージーとニューヨークで多くの犠牲者を出した怪物に州兵や司法組織に先んじて数人で対処した1人にあの女社長の顔があった。



 直後のCBSの緊急報道番組のインタビューであの女社長はとんでもないペテンをやらかした。インタビュー・スタジオをどこかの原生林に繋がったように見せかけ襲いかかったウィキにも載ってない恐竜をでっち上げそれを片手指をひねるだけで噴き飛ばした。取材番組は多くの反響を呼び起こし放送がCGの特殊効果だと説明するものや、本物だと信じ切ったものに二分された。



 番組を生で見たクライド自身あれは眉唾物の放送業界の仕組んだトリックだと思っている。だからシンデレラともてはやされるあの女社長が胡散臭い女だと思うようになった。



 綺麗事を時々振りかざすあの女社長をクライドは気に入らなかった。



「何が、世界中のテロリストども! この──マリア・ガーランドにかかって来い! ────だぁ」



 NDC本社ビル前の車道挟んだ歩道で向かいの低いビルの入口に寄り添い捨てた煙草を爪先でもみ消してクライドはそうつぶやいた。



 深夜にもなり、NDCビルのスカイレストランや展望台が営業を終了すると都心部のビル街から離れたここチェルシーの1画は人通りも車の行き交いもぐっと減り静かそのものだ。



 その静粛をかき乱すようにジェットエンジンの甲高い音がかすかに聞こえだし探偵は顔をビルエントランス出入り口から空へ振り上げた。この時間に都心部を通過する旅客機はずっと高い高度を衝突防止灯を点滅させ飛んでいるはずだった。いや、日中ですら911以降NY都心部上空の低空飛行は禁じられている。



 何かがおかしいとクライドは胸騒ぎを感じそそり立つ高層ビル周辺の空を見回した。寸秒、一瞬だが翼を持った小型機のような細身のそれが一直線に南から飛来しグラスシャトウの最上階近くに吸い込まれた。



 刹那せつな、最上階近くの硝子(ガラス)壁面上に火焔が膨れ上がり一瞬遅れて爆轟が通りに響き渡り数秒遅れて多量の砕けた強化硝子(ガラス)とステンレスの枠材やコンクリートの破片が車道挟んだ歩道に降り注ぎ始めた。



 おどろいたクライドが爆発した上階を見つめていると火焔は異常な速さでビルに吸い込まれ夜でもわかるほどに多量の黒煙が次々に噴き出した。



「小型飛行機じゃねぇ! ありゃぁミサイルだ! どこかのテロリストがやりやがった! 小型の携行ミサイルじゃねぇ! 大型ミサイルだ!」



 クライドは一瞬迷った。もうじきこの1角は消防署と司法組織の車輌でごった返す。居合わせた自分は厳しい職質と場合によっては身柄を拘束こうそくされる。そうなったらマリア・ガーランドの身辺調査どころではなくなる。場合によっては依頼主(クライアント)にも迷惑がかかるかもしれなかった。



 不審な奴は見なかった。



 いいや、本当か!?



 そういや展望台営業時間終了間際に5人の色違いのベースボール・キャップを被った男らがエントランスに入って行った。男らは2台のイエローキャブに分乗してビル前に乗り込んできた。5人とも太っていないものの体つきはしっかりしておりまるでオフの軍人のようだったとクライドの記憶にあった。



 偶然だが連中もまだビルから出てきてなかった。



 あいつら観光客じゃねぇな──探偵のかんがそうささやいていた。



 だが、どうする!? 撤退するか!? 迷っているうちに3台の消防車がイエルプサイレンを鳴らしながら通りに入ってきた。



 クライド・オーブリーは腹を決めた。NDCビルにID無しで堂々と入れるチャンスだった。大型の消防車がビル前の車道に停車して銀色の防火服姿の消防士がトラックから下りて忙しそうに消火の準備に入った。そうこうしているうちにさらに後続の消防車が通りの東西から次々に入ってきた。



 チャンスは1度きりだ。そしてそれは今しかない。



 探偵はNDCビル前の低いビルから離れ小走りで車道を渡り消防士の離れた消防車の1台に近づいた。消防車側面の半開きになったシャッターの下に目当てのものが都合よく見つかった。人通りのある昼間には絶対無理だとクライドは思いながら急いで靴を脱ぎそれをトレンチコート左右のポケットに押し込みコートの上から防火服を着込み長靴状の安全ブーツを履いた。そうして小型のボンベと顔面を覆うマスクを手に取りボンベの蛇腹のホースをマスクに差し込んだ。



 後は度胸と運次第だとクライドは消防車を離れエントランス出入り口へと続く車道からの半円形の長いスロープを駆け上った。



 迫ってくる回転扉並ぶビル出入り口の外と内に制服を着たセキュリティが合わせて5人立っておりこの時間まで残業していたNDC社員を外へと誘導していた。



 クライドが外のセキュリティの1人に近づくと彼の容姿1つで手招きを受け回転扉に案内されマスクと防火帽越しに聞こえるようセキュリティが大声で教えてきた。



「火災は169階です! 上がるにはエントランス左の小型エレベーター6基のどれかをお使い下さい。音声指示で169階へ上がります。エレベーターのID確認は解除されています!」



 ブロンズ硝子(ガラス)の回転扉を押し開きエントランスに入ったクライドはエントランス左壁面にあるエレベーターへと小走りに向かった。



 エンボスの彫刻を施されたステンレス製の扉が開くまで胸が高鳴った。



 169階にまず行ってみる。社長室が何階だとか、5人のベースボール・キャップを被った男らがどこにいるかなど後回しだった。



 マスクをつけたままエレベーターに乗り込むと荒い息でクライドは扉の方へ振り向き目的の階を告げた。



 電子音が鳴りエレベーターが上昇し始めるとクライドは脚下へかさましした重力を感じ我を取り戻した。



 ミサイルを撃ち込むぐらいだ。このビルにはテロリストはいない。再度ミサイル攻撃をしてこなければ血生臭い危険は取りあえずなかった。だがあの5人の男らは何なのだろうか。NDCがやとった連中なのか。それだと展望台営業時間終了間際にビルに入ったのも理解できた。



 らしくない、という言葉がある。主観的な観察評価なのだろうが、探偵家業で直感は大切だった。浮気調査で理由もなく愛想がよい男は十中八九浮気をしている。裏を返せば相手の注意を他に向けようと必死の努力を重ねる。表裏一体紙一重。



 あの5人は堅気(カタギ)じゃない。



 マリア・ガーランドがまだ退社してないことを知っていてビルに入ったんだ。



 クライドはふとあの女社長を拉致らちしにきたのじゃないだろうかと思った。5人がかりで殺しに来たにしては手ぶらだったのだ。1人2人では荷が勝ちすぎると考えたのかもしれない。ミサイルを撃ち込むぐらいだ。わざわざ手を下し殺しに来たとは思えない。下手をすると爆発に巻き込まれる。だが拉致らちする相手の事務所にミサイルをどうして撃ち込むんだ?



 考えが堂々巡りをし始めると軽い電子音が鳴り脚にかかっていた加重が急激に減った。



 ゆっくりと開いていく扉の隙間すきまから見える光景にクライド・オーブリーは生唾を飲み込んでつぶやいた。



「なんだこりゃぁ────」



 正面の100ヤードほど奥行きのある通路が真っ黒にすすけていた。薄い煙が立ち込め足元を見るとエレベーターホールに敷き詰められた赤いカーペットの一部が見えそこから先の床が激しく炭化して無数のひびが走っている。極度に焼けているのは床だけではなかった。側壁の壁紙(クロス)がまったく残っておらずき出しの石膏ボードが強度の熱で激しく波打っていた。



 火災の調査を請け負ったことがあったが半焼の家ながらこれほど酷い有り様ではなかった。火にあぶられた部屋壁はしっかりと平面を保っていた。



 クライドが視線を上げ奥へ流すと天井に埋め込まれた照明設備はもちろんアクリルカバーがまったく残っておらず埋め込まれた金属の筐体きょうたいが歪んでいるのが見えた。



 クライドは視線を上げたままエレベーターホールへと足を踏み込みマスクの下で口をあんぐりと開いて照明器具を見上げた。







 金属の筐体きょうたいのプレスプレートの下部が溶解し今にも滴り落ちてきそうなほど変形している。







 ミサイルの爆薬でこうまで破壊されるのか!?



 まるでベトナム戦争時にジャングルに投下されたナパーム弾の破壊の惨状以上だとクライドは思った。焼却炉ではこうはならない。溶鉱炉に照明器具を放り込んだみたいだとクライドは思った。



 彼は防火帽を振って否定した。



 ミサイルの爆発の威力じゃない。廊下で誰かがとんでもないものを使ったんだ。



 クライドは唇を引き結び廊下を急ぎ足で進んだ。進むほどに周囲の惨状は酷く、とうとう天井の照明器具が完全に溶解しその垂れ下がった形から元を想像できぬまでに変形してさらに壁の石膏ボードは温度変化に耐えかねて砕け下地のコンクリートの表面をさらしている。そのコンクリートすらひびを走らせ崩れ落ちそうだった。



 尋常じゃない。



 このフロアで何が起きたんだ!?



 廊下中央の右手にドアの外れた部屋への出入り口がぽっかりと開いていた。そこへ廊下の消火設備から長々と2本のホースがうねり引き込まれていた。出入り口横に倒れたドアは頑丈な木材でできていたとみえて炭になっていたが、角の丸くなった長方形の形を残していた。そこに溶けたプレートが埋め込まれていることに彼は気づいた。



 その溶け残った文字の一部がなんとか読めた。





 ──ent’s roo────。







 社長室じゃないのか!?







 マリア・ガーランドが爆殺されたかもしれないと探偵は顔を強ばらせ部屋の中をのぞき込むと4人の消防士がまだ火の手を上げる部屋奥へと放水している最中だった。そのテニスコートよりも奥行きのある部屋の向こう濛々(もうもう)たる黒煙の合間に一瞬、ビル群の光が素通しで見えた。



 外壁やそばの隣室側壁が粉々に吹き飛んでいた。



 対艦ミサイルほどの破壊力だとクライドは臓腑を締め上げられた。



 クライドは踏みつけたものの違和感に視線を落とし安全ブーツの爪先を横にずらした。







 踏んでしまったのは炭化した手首から先の手の甲の骨の部分だった。指はすべて関節からなくなり辛うじて残った肉組織に甲の原形をとどめていた。







 女じゃない! 幅の広さから男のものだとクライドは思った。この部屋にはばらばらになった遺体が散らばっていると彼は床を見つめる瞳をおよがせた。その視線が別なものを見つけだした。



 転がっているのはハンド・プレートのなくなったハンドガンだった。そのスライドを見て珍しいそれが一目で彼には何かわかった。



 FNX45タクティカルだ!



 特殊作戦軍(SOCOM)が15年ほど前に陸軍の次世代サイドアームと特殊作戦部隊が使用する正式版として求めたトライアルにFNハストールから提示されていた特殊なものだ。



 クライドは腑に落ちた。



 あの男ら5人は特殊部隊上がりの連中だ。正規軍か除隊者かはわからぬが、誰かに命じられ女社長に接触しに来た。それが別な連中の横槍よこやりに遭遇した。だが横から手を出した連中は並みのテロリストじゃない。大型ミサイル自体を用意するだけでなくそれを操るシステムや発射装置すら用意できニューヨーク近隣にそれを堂々と持ち込める組織だ。もしかしたら軍が関係しているかもしれなかった。



 根が深い!



 テロリストの恨み買うレヴェルの話じゃなくなってくる。もしも、もしもだが、これをあの女社長が生きて逃れていたら、ことの真相がわかり抱き合わせでもったいぶって情報提供すれば依頼主(クライアント)は報酬を2桁は上げてくる。吊り上げるためにはマリア・ガーランドに接触しこの破壊の原因を問い詰める必要があった。それも今夜中に、とクライド・オーブリーは決意した。



 消火中の消防士らに気づかれぬように探偵は後退あとずさり手探りで部屋を出た。



 問題はどうやってこのビルからあの女社長を探しだすかだった。



 一度彼は消防服を脱ぎ捨て私服で探し回ろうかと考えた。だが調査会社を名乗るのは賢くはなかった。多くの場合、探偵だと身分をあかすと誰もが口を閉じてしまう。



 仕方なくクライドは消防士の格好で歩き回ることにした。あの女社長の居場所を見つけるのはそう難しくもないかもしれない。森を知るにはきこりに聞けという通りだ。誰か社員をつかまえ社長室の火災のことで社長に幾つか質問したいと言えばいい。



 クライドはエレベーターホールに戻ると扉の前に立った。仕組みはわからなかったが、すぐにエレベーター横のパネルの上昇中の三角の透過光樹脂が光った。



 しばらく待つとステンレス製の二重扉が連なって開いてゆく。その時になって彼は気づいた。たとえ酸素マスクをしていてもわずかにものの燃えた匂いを嗅ぐ。だがこのフロアは匂いすら昇華していた。不安になりながら向かい合ったエレベーターの扉の見つめクライドは眉根を細めた。







 エレベーターの二重扉がまったく焼けていない。







 そんなことがあるものか。照明器具ですら溶解していたんだ。だが焦げ跡すらなく連動した二重扉が動いてゆく。まるで地獄の門が風化しないようなものじゃないかと彼は困惑しそれを黙殺した。クライド・オーブリーはまだ知り得なかった。



 今宵こよい理解不能の地獄の門が────音もなくその扉を開けた。












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