Part 14-2 الشيطان الأبيض 白い悪魔
GW特別掲載号
RYIB7239 ، صالح بن عمران ، 4165 ، عرقة ، الرياض 12583 المملكة العربية السعودية 13:45 2019.
2019年7月10日 13:45サウジアラビア12583リヤド・イルカ4165オムラン・サレーイヴンRYIB7239
これがこの国の刑だとマリア・ガーランドが思い知った刹那、最初の投げられた拳2つほどの大きな石が顔の横に落ちて重い音を立てた。直後2つめの野球ボールほどの石塊が顔の前2フィートほどに落ちて鈍い音を上げ鼻先まで転がってきた。
数百人の市民の男らが投げる石を土から出た頭部で死ぬまで受け続ける。そんな野蛮で理不尽な刑がまかり通っていた。
2つまでは運が味方した。
だが投げつけられた3番目の礫は顔の正面だった。咄嗟にマリーは固く瞼閉じて首を捻り顔を背けた。
しかしその衝撃が訪れずにマリーは瞼を恐るおそる開いて横目で顔面に当たるはずの拳大の投石を確かめた。
その飛礫がフィートほどの目前の空中で浮いていた。
何が起きているのか理解できないマリア・ガーランドは大きく見開いた瞳でその止まった石を見続けると飛来した数多の飛礫が次々に同じ距離で空中に止まり出した。その数が一気に50ほどに膨れ上がった。
異様な光景だった。放物線の軌道を途中で断ち切っている。マリーはその原因かもしれない理由にふと気づいた。
石塊すべてが極めて薄い色合いの青のスクリーン上で止まっている。そのアクアブルーの膜は顔を覆うように約1フィートの距離で湾曲し均等に後頭部へ回り込んでいた。
「何なのこれって────」
マリーがそう呟いた時にはすでに石の折り重なった壁となっていた。その外で弾かれた礫が派手な衝撃音をごつごつとあげている。
理解できない変化がさらに起きた。
石のドームが一気に5ヤードに膨れあがりすべての投石を勢い持って外へ弾き返した。弾かれた百数十の石が顔から離れた10ヤードほどの地面に落下し外に向けて転がるなか遅れて投げられた飛礫が今度は停止せずにその5ヤードの距離で淡い青の壁に次々に弾かれてゆく。
すぐに異様な光景に男らは足元の石を拾い上げることすら止めてしまった。
天幕の下で椅子に座った王子が傍の将校に何か話しかけているのがマリーには見えていた。直後その将校はアラビア語で周囲の兵士らに怒鳴ると兵士らは一斉にH&K G36アサルトライフルを構え銃口をマリア・ガーランドの頭部に向けた。
刑が始まりムハンマド・アール=サウード第3王子は異変にすぐに気づいた。
囚人の顔の正面に命中するかに見えた3個目の投石が顔の寸前で空中に停止した。寸秒、次々に投げられる石が魔女の埋められた場所を中心にドーム状に重なりだした。
それが百を越えいきなり外へ弾かれて30ヤードほども飛ばされた。
座っているムハンマド王子は足元に転がってきた石を見つめゆっくりと顔を上げるとドーム状に石を次々に弾き返している埋められた魔女を三白眼で睨みつけた。
やはり本物の魔物だったのだ。
怒りを押さえきれないムハンマド王子は顔を僅かに脇に立つ警護責任者の少佐の方へ向け手短に命じた。
"أطلق النار على تلك الساحرة"
(:あの魔女を銃殺しろ)
投石刑は古くからある最も重い刑の1つで囚人が死ぬまで執り行われる。それを中断し銃殺に切り換えるのは極めて異例のことだった。だが囚人は魔女。それを証明するかのように埋められた魔女に投石は届かずすべて弾かれていた。
警護中隊の少佐は一瞬戸惑い大きな声で数小隊──40余りの陸軍兵士に命じた。
"أطلق النار على هذا السجين!"
(:あの囚人を銃殺!)
埋められた魔女から80ヤードの距離にいる兵士らは一斉にドイツ製アサルトライフルを構え装填し命令を待った。
"أطلق النار!"
(:撃て!)
死ぬはずだった。間違いなく死んでしまうはずだった。刹那、撃った5.56ミリ・フルメタルジャケット弾すべてが埋められた魔女の5ヤードの見えない半円形の壁に火花散らし跳弾し遠巻きに取り囲んでいる市民の男らの数人が倒れ恐れながら男らは一斉に後退さり始めた。
セミオートで撃った銃弾が届いていない異変に幾人かの兵士らはフルオートに切り替え猛然と撃ち始めた。
それら数百のフルメタルジャケットは凄まじい火花を残しすべて弾かれてゆく。その異様な光景に理解不能の事態がさらに拍車をかけ警護隊少佐は兵士らに命じた。
"توقف عن إطلاق النار! ! !"
(:撃ち方止め!!!)
巨大な鐘が爆轟を伴い鳴り響いた。
投石が止み、直後アサルトライフルで撃たれ始めてマリーは今度こそ終わりだと覚悟した。
だが5ヤードの距離にある淡い青の半円形の壁の外で次々に火花残し届かぬ銃弾にマリーは困惑に眼を游がせた。
すごい!
青いスクリーンは石どころか銃弾も寄せ付けない。
驚きが感激に変わり、一方的に理不尽に撃たれ続ける状況に凄まじい怒りが膨れ上がった。
地面から首だけを出した己の有り様に半眼のラピスラズリの眼で天幕にいる敵意あらわなサウジアラビアのサウード第3王子を見つめていた寸秒、凄まじい変化が起きた。
頭上で巨大な鐘塔が打ち鳴らした衝撃にマリーの周囲で地面から爆風が噴き上がり瀑布のような土埃に幾万の砂礫が飛び上がった。寸秒、土煙が流ればらばらと石が落ちてドーム状に流れる。
静かに瞼開いたマリア・ガーランドは30ヤード余りの大きな半円形に陥没しひび割れた地面の中央に立っていた。
そのMk.86自由落下型爆弾の直撃のような激変に取り囲んでいる市民の男らが顔を引き攣らせ一斉に逃げだしていた。
この凄まじい力は何だ────。
マリーは己に問いかけた。散々、魔女だと罵られそれが事実だったのか。
この現実に恐れをなしていた兵士らが我に返り全員がフルオート射撃で私1人を殺そうとする。
顎を引いて上目遣いに陥没した地面の底から三白眼で見上げるマリア・ガーランドは天幕の左右にいる兵士らにラピスラズリの虹彩を振って一薙ぎにした。刹那、椅子に座る王子の天幕とアサルトライフルを構えていた兵士らが吹き飛ばされ処刑地の外周の道路に落下した。
ゆっくりと息を吸い込んで怒りを低くシフトさせてゆく。
右腕を振り上げたマリア・ガーランドは顔を強ばらせ肘掛けを強くつかみ座り続けるムハンマド・アール=サウード第3王子を指差し無言で私は必ず戻って来るぞと言い知らしめ半円形に陥没した斜面を後退さり登り始めた。
スクウエァの処刑地の端までマリーが後退さったその時、王子が横にいる将校に何か命じているのが見えていたがマリーはそれを黙って見ていた。
襲い目にした天変地異にムハンマド王子は椅子の肘掛けに指を食い込ませ堪えられたのは威厳のおかげだった。
投石どころか銃弾すら寄せつけず噴き上げた土砂の後に見えてきたのは首までしっかりと埋まっていたはずの白髪の魔女が半円形に陥没した地面の底から見上げてくる鋭い眼差しだった。
魔女は方便のつもりだった。
抹殺する都合のいい理由づけのはずだった。
本物の魔女がいるとは生まれてこの方、初めて思い知った。
その自由になった魔物めがけ護衛隊の兵士数十がフルオートでG36を撃ち始めた。その猛攻はドーム状の火花を生みだしただけで睨みつける魔女はまったく身動きもしない。
刹那、天幕が飛ばされ喚いた声を残し左右にいた数小隊の兵士が一斉に掻き消えた。
何の武器も持たぬ女にいいようにあしらわれていた。
眉根寄せ低い場所から睨みつける魔女を凝視していると陥没した半球の底にいる女が振り上げた右腕で指さしてきた。
お前の命を必ず取ると宣言されたようでムハンマド王子は閉じた唇を怒りで震わせた。
女は指さしたまま後退さり抉れた地の底から出ていこうとしていた。
このまま逃がすものかとムハンマド王子は横に立つ将校に命じた。
"احضر لي الشيطان الابيض"
(:白の悪魔を連れてこい)
少佐はあからさまにうろたえ第3王子に問い返した。
"قريب جدا من المدينة. سيكون هناك ضحايا غير السحرة"
(:町に近すぎます。魔女以外に犠牲者が出ます)
"هل تريد أن تُطلق عليك النار؟"
(:銃殺にされたいか?)
冷ややかに脅され少佐は振り返り命じられそうな残っている兵士を探しに駆けだした。
王子の傍をその将校が離れ連絡に走ったその時には魔女は背を向け処刑地に選んだ空き地の外の道路を渡ろうとしていた。
道路を裸足で渡りきり向きを変え急ぎ足で処刑地から遠ざかる。遠巻きに疎らいる現地人の視線がすべて自分に向けられているとマリーは思った。
処刑から逃れた女。
魔女────サーヒラ。
こんな忌々しい地から早く逃れたかった。
交差点1つ抜け100ヤード余りも急ぎ足で歩くと荒れ地に出た。どっちが北か、どこへ向かえば国境かと朧気にしか思いだせないサウジアラビアの地理を思い描く。
しばらく、半時間も歩いていると強い日差しに繰り出す脚が遅くなった。
どうせ逃げ出すのなら、処刑前に最後の望みでたらふく喉を水で潤すんだったとマリーは後悔した。この中東で目覚めてから1度も満足するまで水を飲んでいなかった。
左右200ヤードほどにベージュ系の色をした低い家々の町並みが続く。マリーは人目を避けるように町から距離をおいて歩き続けた。
息切らし歩き続けるとハイウェイらしき車が高速で行き交う場所に出くわした。そのハイウェイにかかる高架橋の道路を伝いマリーは町から離れようと歩いた。家を見ると向きを変え、集落を避け歩き続ける。数時間歩いていると木もない低い山々が連なるのが見えてきた。
山があるなら、平坦なサウジから逃れられると一心にそこへ向かう。
背後から照りつける日射しが容赦なく首から上と露出した手足を焼きつける。暑いのは陽に曝される皮膚だけでなく足の裏も焼けたフライパンの上を歩くように苦痛だった。
足元には近くに木どころか雑草1つない。石と砂と土の続く不毛の地だった。
こんな場所なら敵意の視線向ける原住民の男らはいないが、手助けしてくれる白人とも出会わないだろうとマリーは自嘲した。
小高い山の麓にたどり着きマリーは比較的登りやすそうなルートを選び傾斜を登り始めた。中ほどまで上がり足を止め背後を半身振り返った。
かなり離れた場所に集落から町へと続く景色が見て取れた。家々の大きさから1番近い集落まで2マイルほど歩いたのだとマリーは目測で見当をつけた。遠く広がる街がサウジアラビアになんという都市なのだと考え自分がこの中東の街の名をそう幾つも知ってはいないことにマリーは気づいた。
人目を避け用心深く逃げて来たはずなのに首筋をちりちりと刺激する感触にマリーは少女の時に培った戦闘経験を呼び起こした。
つけてくるものがいる。
麓を見下ろしたが、動くそれらしい人影は見えない。まるでスナイパーにでもつけられているような感覚にマリーは警戒しながら頂きを目指し歩く速度を速めた。
斥候に出ている時に敵の斥候に出くわすことがある。直後、命がけの追跡が始まる。
追われている兵士がやることは限られている。敵に追わせてスナイピングして狙撃で撃ち負かすか。だが追跡してくる敵斥候は用心深く適切な狙撃チャンスを与えない。それとも待ち伏せして白兵戦ディフェンスで倒すか。用心深く追う斥候が近づいても気配を悟られ万に1つ斬りつけるチャンスは得られない。常套は追わせていると見せかけ追跡者の背後に回り込み後ろから狙撃すること。狙撃手はスナイピングにこだわるが、狙撃手を倒す状況は対面による狙撃の場合が殆どで双方の狙撃手は無意識にそのことに縛られる。幾つかの手法はそこにつけ込むのだった。
だが狙撃銃もコンバットナイフもない状況でやれるのは素手による殺し合いだけだった。
多少体格で劣っても独りで大隊並みのレパートリーを持つ自分ならそれしかないと覚悟して敵を見定める場所へとマリア・ガーランドは前と同じ歩調で向かった。
追っ手が予想外の手練れだったら、そこへ向かうことすら危険を意味する。
だが十代で少佐と呼ばれた百戦錬磨のシールのアザラシを舐めるなと魔女は頂きを睨みつけた。
登っている山はそう言えるほど標高はなかった。せいぜい千3百フィートほどしかない。半時間もかからず息も切らさずに峰に達したマリーは山越えをしたように見せかけ腹這いで見下ろせる場所まで戻った。
岩と岩の間から覗くのは初年兵が最も選びやすいシュチエーションだったが、マリーは頭に沢山の砂を被り手で眼の前の砂をかき集め小さな盛り土を作りそこに僅かな窪みを入れそこから片眼で斜面を観察し始めた。
敵のシークエラーを頼りに相手のルーチンに不備を探す。
サウジ王家が軍に命じた追跡兵なら派兵されてきたのは古参兵で中東戦争の経験者の曹長クラスだとマリーは考えた。いくら混迷の中東戦争を経験していてもそれは平地での戦い。ありとあらゆる想定で訓練して場数を踏むシールズ兵の方が技量は上だと確信がある。
追跡してくる敵兵が手練れの斥候経験者なら見失うまいと距離を詰めたりしない。同じペースで登ってくるとマリーは思った。
時間をおけば注意に魔が差し姿を曝す。
20分ほど身動きせずに斜面全体を見つめ続けた。マークスマン以上の狙撃手なら真後ろを直線的に追跡はしない。斜め後ろから追ってくる。だが斜面広範囲を見回しているのに動くものの姿は何一つ見つからない。唯一見えたのは斜面を転がり落ちる枯れ草の塊だった。
もう20分も待てば敵は頂きに達するだろう。そうしたら今度はこちらが身動きできなくなる。もう5分待って反対側の斜面を駆け下ろうとマリーが決めた矢先だった。
敵の追跡者が姿を現しマリーは顔を強ばらせた。追っ手はベテランの斥候どころではなくシールズ兵に少佐と呼ばれていた女は素手の白兵戦ディフェンスをかなぐり捨てた。
斜面を柔軟に駆け上ってくるのは10フィートもあろうか大型のベンガルトラの白変種だった。最悪なことにそいつが2頭競い合い駆け上ってくるのが見えてマリア・ガーランドは砂を撒き散らし立ち上がると反対側の斜面を猛然と駆け下り始めた。